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HUNTER  作者: 沙伊
53/137

     防戦<中>




 流星の拳が当たったとたん、ドアがバラバラに壊れてしまった。

「おいおい……鉄で補強されたドアだぜ。なんちゅー馬鹿力だよ」

 獏僧(バクソウ)と名乗った男は廊下に逃れた。

 顔に冷や汗がにじむ。その顔は、半分が灰色の分厚い皮に覆われていた。

 顔だけではない。腕も同じような皮に覆われている。しかも五指が太くなり、爪が指先全体を覆うようになった。

 獏僧は嫌な緑色をした瞳をぎらつかせ、笑う。

「いい化物さ加減だねェ。羽衣姫様が欲しがるのも解るよ」

「俺は化物じゃない。人間だ」

 流星はそう反論して小刀を構え直した。

「人間だァ? ハッ、笑わせんじゃねェよ。見た目は鬼で馬鹿力、しかも黒い炎を操って。これを化物と呼ばずに何とする?」

「……そういうおまえはどうなんだ?」

 流星は腰を低く落としながら尋ねた。

「俺? 俺は化物だよ。化物の中の化物さ」

 獏僧は楽しげに言った。

「てめェも認めたらどうだよ。もうすでに角まで出てんぜ。てめェを見た人間、百人中百人が化物って言うだろうぜ」

 言われ、流星は自分の額に触れてみた。

 眉の上部部が盛り上がっている。左右どちらもだ。これ以上大きくなれば、額の皮膚を突き破るかもしれない。

「本当ならすでに理性が無くなって暴れまくってる頃なんだが……その数珠のおかげか? まだおまえがかろうじて人型でいるのは」

 獏僧の視線が流星の手首にはまった数珠にそそがれた。

 流星はハッとして数珠を見下ろす。

(悠、もしかして……)

 流星は奥歯を噛み締めると、だっと走り出した。

「いきなりか!」

 獏僧は右手を上げた。

 黒い炎をまとった小刀と異形となった右手がぶつかり合う。

 防がれたのと同時に、流星は右足を振り上げた。

 獏僧は後ろに下がるも、避けきれずに顎に蹴りを喰らう。

 しかし流星が足を下ろすと同時に頭突きをしてきた。

 直撃した頭を押さえながら、流星はたまらず後退する。廊下の床がきしんだ音を立てた。

 無理して戦えば床が抜けるかもしれない。しかし、それを気にして勝てるほど相手が甘いとも思えなかった。

(何より悠の心がいつまでもつか解らない! 早くここから出ねぇと!)

 流星は小刀の炎をかまいたちにして放った。

 獏僧はそれを左手でかき消し、流星に突っ込んでいく。

 流星は炎を長い刃にして獏僧へ横凪ぎに振った。獏僧は紙一重でそれを避け、流星に飛びかかる。

 流星は振り下ろされた右手を受け止め、よろよろと後退した。

 とん、と背中に壁がぶつかる。もう後が無かった。

「終わりだ」

 舌なめずりするような獏僧の声。それを、流星はにっと笑って押し返した。

「かかった」

 刃の炎が膨張した。

「な、なぁ!?」

 獏僧の狼狽した声。それを封じ込めるように、彼の身体を黒い炎が包んだ。

「っぎゃあァァァァァァァァ! てめっ、何をっ……」

「炎に包まれたおまえを想像しただけだよ」

 廊下でのたうち回る獏僧をそのままにし、流星は再び室内に入った。

「悠、おいしっかりしろ!」

 流星が上体を起こしてみるも、悠は一向に目を覚まさない。

 その代わり、ぶつぶつと呟いていた言葉が明瞭に聞こえてきた。

「ゆ、う……?」

 呆然としている流星の前で、白い頬に涙が伝う。悠は何度も同じ言葉を繰り返していた。


 産まれてきて、ごめんなさいと。


 何でそんなことを言うのか全く解らなかったが、その言葉はあまりにも哀しいもので、流星は言葉を失う。

 しかしすぐにハッとすると悠を抱きかかえて立ち上がった。


「逃がすかよ」


 言葉が背中に投げかけられた。

 振り返ると同時に全身に衝撃を喰らう。

「が、はっ……」

 悠をかばいながらふんばるも、耐えきれずに後ろの壁に衝突した。

 ずるずると座り込む流星の前に、全身を焦げ付かせた獏僧が顔をしかめさせて立った。

「全く……とんでもねェ餓鬼だぜ。こっちの計画が大狂いだ」

 獏僧の指先を覆う爪が鋭くとがる。それを見た流星はぎゅっと悠を片腕で抱き寄せた。

「……おい、邪魔なんだけどよ」

「うるせぇ」

「そいつは親殺した餓鬼だぜ。かばう必要あんのか?」

「うるせぇよ!」

 流星はきっ、と顔を上げ、獏僧を睨み付けた。

 よほど凄い形相だったのか、獏僧はひきつった顔で後ずさる。

「おまえに悠の気持ちが解るかよ! 悠はおまえらとは違う。殺しなんてしたくなかったんだ!」

「……そいつ、母親を憎んでたみたいだけど?」

「それでも、殺したいとは思わなかったはずだ! いや、例え殺したいと思っていても、悠は人殺しの哀しさや虚しさを知ってる。殺しをして喜んでるおまえらとは違う!」

 流星は小刀を持ち上げた。

「俺はおまえ達みたいな奴らの仲間にはならない。俺の力は、守るために使う!」

 流星がそう言った時――


 ダンッ


 目の前に銀色の何かが飛び込んできた。

 ふわりと広がる九本の尾に、流星は目を瞬かせる。

「し、朱崋……?」

『ご無事ですか、流星様』

 銀色の狐はくるりと振り返って軽く頭を下げた。

「や、やっぱり朱崋!? ってかその姿……」

『私の本来の姿です』

 狐はそう言って(それが声なのかどうかあいまいだけども)獏僧に向き直った。

『半妖、この方達に手出しは無用。去りなさい』

「天狐か……戦いたくねェがそうもいかねェんだよ!」

 獏僧は腕を狐に向かって振り下ろした。

 狐は横に避け、その際に流星の学ランの襟をくわえる。

「え、え、えぇぇぇぇ!?」

 そのままもの凄い速度で引きずられていく流星は、悲鳴を上げるしかなかった。



「っち。逃げたか」

 獏僧は人間の姿に戻りながら舌打ちした。

 追いかけてもいいが、あいにく足が遅いので追い付くのは無理だろう。

「あー俺何でスピード無い妖魔と合体したんだろ……せめて鴉天狗(カラステング)とかなら飛べたのによォ」

 呟きつつも、今の状態がベストだということは解っている。

 それぞれの人間には適応というものがある。半妖は自分にもっとも『近い』妖魔と融合しなければならない。

 そうでないと肉体を喰われるし、しかし、それでも半妖は常に精神を喰われる危険性がある。それを避けるための人肉喰らいだ。

 適応できなければ喰われる。

 喰わなければ喰われる。

 しかし得られる力は……大きい。

「……けっ、まァいいか。次がある」

 唇を歪ませ、獏僧は腕を組んだ。

「いずれ気付くさ。守る力なんざありゃしねェと」

 触れた壁が少し崩れる。それを見つめながら、獏僧は目を細めた。

「力を持つ者は破壊者だ。それ以上にもそれ以下にもなれねェんだよ」


   ―――


 屋敷の外に出た。

 しかも門とか裏口とかではなく、塀を跳び越えて。

「ぐえっ……首、しまる……」

『失礼いたしました』

 首をばんばん叩いた流星を、狐はようやく離した。

 流星は息を長々と吐き、無意識の内に悠を抱き締める。

「……あ、そういえば『剣姫』……」

『すでに回収しております』

 狐が右前足で刀を前に出した。

 紅の柄の刀……『剣姫』だ。

『ここは一旦退きましょう。……ですがその前に、流星様のお姿をお姿を戻さなければ』

「そ、そういえば……」

 流星はまだ自分が鬼であることに気が付いた。

「そうだな……このカッコじゃ戻るに戻れないし……人間に……」


 間。


「……戻り方解んねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 流星は絶叫した。

 ここは住宅街であり、人に見られたらかなりやばいのだが、幸いにも誰も来なかった。

「え、どうすんの!? 俺一生このまま!? あれ、でもこの間戻ってたよな……でもほとんど覚えてねぇよ! 意味無ぇよ!」

 一人で騒ぐ流星。見た目が見た目なので、暴れまくってるようにしか見えない。

 そんな彼に、狐は尾で持ち上げた『剣姫』の鞘で一撃を喰らわせた。

「あだっ、何す……」

『そんなことではいつまでたっても戻れませんよ』

 狐の一言に、流星は目を見開いた。

「へっ……どういう?」

『その姿は、いわば興奮状態です。怒りなどが色濃く表に出ている状態。心を落ち着かせれば、元に戻れます』

 流星は狐の言葉に顔をしかめる。

「落ち着かせるっても……」

『目を閉じて……静かに。そう、そのまま深呼吸。吐息の音だけを意識してください』

 狐に言われるまま、流星は呼吸を繰り返した。

 そるとふと、何かが消失したような感覚を覚え、目を開けた。

 手が元に戻っている。額に触れてみるが、角など無かった。

「よかったぁ……」

 流星はほっと息をついた。

『では、椿家に転移します』

「え、でも人柱は?」

 流星は小刀を鞘に戻しながら尋ねた。

『すでに戦いが始まっていますが、今から行けば、かえって邪魔でしょう。それに、悠様のこともありますし』

「そう、だったな」

 未だ目を覚まさない悠を、流星はぎゅっと抱き寄せた。

『では、転移いたします』

 言下と共に視界がぶれた。



 何度か目をしばたかせた後、見慣れた椿家を確認して力が抜けた。

 悠を落とすことは無かったものの、その場にへたり込んでしまう。

「大丈夫ですか?」

 いつの間にか人型に戻っていた朱崋が顔を覗き込んできた。

「大丈夫……。それより、恭弥と刀弥さんは」

 立ち上がろうとした流星が顔を上げると、着流し姿の青年が走り寄ってくるのが見えた。

「刀弥さん……」

「悠、流星? 一体どうしたんだ!?」

 刀弥ははだしのまま駆けつけると、悠の様子を見て眉をひそめた。

「何があった?」

「あの……」

 一言で説明するのは難しい。長々と説明しても伝えられる自信も無い。

 流星が言いかねていると、刀弥は膝を着き、悠の額に触れた。

「……とりあえず、悠を家の中へ。話はそれからだ」

 刀弥の言葉に、流星は黙って頷いた。



 流星は大広間の畳の上にほこりだらけの学ランを置いた。

 流星自身は何とも無いが、制服は少しボロボロになってしまっている。まぁ洗えば何とかなるだろう。

「……おまえの話、いまいち解らないが」

 目の前に座った刀弥はハアァ、とため息をついて片手で顔を覆った。

「しかしおまえが知らないことを……俺達しか知らないことをおまえが知ってるとなると、信じるしかないな」

 刀弥の顔は酷く辛そうだった。

 当たり前だ。あれは他人に触れられたい過去ではあるまい。

「……刀弥さん、大学行ってたんですね」

「……あぁ。一年でやめたがな。今行ってたら、四回生か」

 沈黙。

 互いに何も喋らないし動きもしない。

 女中が二人の目の前に茶を置いて出ていくまで、それは続いた。

「……悠は」

 先に口を開いたのは、流星だった。

「多分悪夢にうなされてたんだと思いますけど……うわごとみたいに何度も繰り返していました。産まれてきてごめんなさいって」

 刀弥の表情が変わった。顔から手を離し、呆然とする。

「あいつはまだ、そんなことを……」

 固まってしまった刀弥に、流星は「刀弥さん?」と声をかけた。

「だ、大丈夫ですか?」

「あっ。あぁ、まぁ……」

 刀弥は我に返ったように流星を見返した。

「悪ぃ……あいつはまだ三年前のことを自分のせいだと考えてると思うと、何かな」

「自分のせい……」

 流星は何と返していいか解らず、口を閉ざした。

「これ以上は悠に訊いてくれ……。俺が言えるのは、おまえが見たことは、三年前に確かにあったというだけだ」

 刀弥の表情はすでにいつも通りに戻っている。しかし切れ長の瞳はぐらぐら揺れていた。

「三年前、あの日は一気に色んなことが起きた。空は穏やかな青なのに、この家では騒がしくてさ。義母兼叔母が死んで、人柱だった大伯父が狂い死んで、弟が人柱に選ばれて……」

「選ばれて……?」

 流星は刀弥の言葉を繰り返した。

「毒を盛られたばっかで、それで人柱に選ばれたんですか!?」

「椿家の中じゃ、あいつが一番適任だったんだ。親父の奴、恭弥に呪をかけた時は今にも発狂しそうな顔してたよ」

 刀弥は目元を押さえてため息をついた。

「そしてそれからなんだよ……恭弥が泣かなくなったのは」





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