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HUNTER  作者: 沙伊
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第十七話 死花<上>




 教室に入ったとたん、流星は違和感に気が付いた。

 何だか……自分に向けられた視線が痛い。

 しかし、昨日の戦闘と鬼童子と解ったショックによる疲れがまだ残っている。

 だから特に気にせず、自分の席に倒れ込むように座った。

 しかし、周りが安息を与えてくれない。

「若菜フッたって……」

「ひっどー」

「泣かせたらしいよ」

「サイテーだよねー」

 流星は音を立てて立ち上がった。

 大声でヒソヒソ話すクラスメイト(主に女子)の方を向く。

「ちょ、待て! 俺は若菜フッた覚えは無いぞっ。そもそも、コクられてもねぇし」

「え……でも若菜本人が言ってたわよ?」


 あいつか、あいつが元凶かっ。


 なんてことを話してるんだ。とんだガセじゃないか。

 頭痛がしてきた。寝不足というのもあるけれど。

「……つぅかその話、いつしてたんだよ」

「先週の金曜」

 ……しゃがみ込みたくなった。

「俺……木曜にあいつの提案つっぱねたけど、好きだの付き合うだの、そんな話じゃなかったぞ」

 流星はそう弁明したが、女子陣はうろんげな目で見つめてきた。

 運悪く、今流星の友人は教室にいない。色々ピンチである。

(あいつ腹せいになんてことを……あぁっ、マジどうすれば!)

 流星が頭を抱えていると、いきなり携帯が鳴り出した。

 慌ててズボンのポケットから携帯を取り出す。

 ディスプレイには、悠の名前が映っている。通話ボタンを押すと『もしもし』と聞こえてきた。

『いきなりで悪いんだけど、事務所に依頼が来たの。今から言う場所まで来てくれる?』

「あ、ちょい待って」

 流星は机に置いた鞄を肩にかけた。

 この嫌な空気から抜けられると思うとホッとする。そそくさと教室を出た。

「ちょっと! 逃げる気!?」

「うっせぇな! バイトだバイト」

 流星は女子にそう言い返し、小走りで廊下に出た。

「で、場所は?」

『……私もしかして、タイミング悪かった?』

 尋ねる声に、流星は「いいや」と返した。

「逆に助かった。完全アウトロー状態だったし。それで、場所どこ?」

『うん。場所は……』

 悠が説明した場所に、流星は思わず足を止めた。

「そこって……確か……」


   ―――


 その場所は、廃虚と呼ぶにふさわしかった。

 鉄でできた門は赤サビが浮いていて、塀にはツタが絡み付いている。その奥にある青い屋根の屋敷は、人が住んでいたとは思えないほど荒れ果てていた。

 明るい住宅街の中で、ここだけやけに暗く感じる。寒気さえ感じた。

「官僚一家殺人事件……ニュースでがんがん流れてたよなぁ。確か、四年前だっけ」

 門の隙間から屋敷を眺めていた流星が言うと、悠もこくんと頷いた。

「かなり凄惨な事件だったらしいね。よくそんなことがあった家を買ったね」

 悠は依頼人を振り返った。

 二十代の若い男だ。スーツに眼鏡をかけた、臆病そうな男である。昨日転んで付けたという、ガーゼに覆われた左頬の傷を見るに、かなりドジらしい。

 男は黒髪をいじりながら、困ったように眉根を寄せた。

「確かにいわく付きですが、安かったし建物自体はまだしっかりしてますから。しかし……やっぱりねぇ」

 入るのに勇気が、と呟く男の気持ちは、流星も解らなくはない。

 ぱっと見、ここはリアルお化け屋敷だ。

「それに色々噂が立ってるし……」

「噂?」

 流星と悠は顔を見合わせた。

「噂って……」

「窓から光が漏れていたとか、すすり泣く声を聞いたとか」

 つまり霊が住んでるかもしれないということか。

 流星は普通の霊媒師か神社に頼めよと思った。さすがに口にはしないが。

(にしても……)

 生い茂った木の先にある家は、霊気というよりも、別のものをまとってる気がする。

 もっと嫌な、何かを……

 流星は額から吹き出した脂汗をぬぐった。



 家の中は、当然ながら荒れ果てていた。

 床や壁は崩れているし、カビやホコリの臭いで充満している。

「うわっ……四年ほっといただけで、ここまでなるもんか?」

 流星は舞い上がったホコリを手で払った。

「私が買い取るまで管理者もいなくて、掃除も何もされなかったそうですから」

 男――墨丘が答えた。先程名乗ったのである。

「そうなんだ……にしても」

 流星は歩を進めつつ、足元に目をやった。

「……悠」

「……君も気付いたみたいだね」

 悠に声をかければ、彼女は難しい顔で頷いた。

「地面の下……何かいる」

 ホコリの積もった床。普通の人間からすれば何のへんてつも無い床だ。

 しかし床下に流れる何か……その何かは、強い妖気を帯びていた。悠と流星には、それが解った。

「足元……気持ち悪ぃ」

 流星は口元を押さえた。

「少し我慢しなよ。多分地下に、複数の妖魔が住み着いているんだ」

 悠は爪先で床を軽く蹴った。

「……そういえば人柱の護衛、おまえ付かなくていいのか?」

 流星が尋ねると、悠は「少しならね」と答えた。

「今回は一人だし、戦力が増えたからね。普通はこんな時に依頼は受けないんだけど、事務所の維持費や生活費もあるからね」

 悠はため息をついた。

「椿家から援助は受けてないし、依頼をなるべくこなしていかないと」

「けっこう……切羽詰まってたんだな……」

 初めて知った事実に、流星はそう返すしかない。

「だから俺のバイト代も出ないわけか」

 嫌味を込めた言葉は完全無視された。

「さっき話した怪奇現象が起こるのはこの部屋です」

 墨丘の声に、二人は顔を上げた。

 少し大きめの、木製のドアだ。他のドアがガタガタなのに対し、このドアだけがしっかりしている。

「開くの?」

「開きますよ……」

 悠に尋ねられ、墨丘はドアノブに手をかけた。

「どうぞ……お気を付けて」

 墨丘がドアを開けたとたん。


 ビュビュッ


 部屋から飛び出した何かが、悠と流星の腕に絡み付いた。

 黒い糸のようなもの。否、これは髪だ。

 髪は二人を引っ張り、部屋の中に引きずり込む。

 二人はいきなりのことで対処できず、部屋の中心に無様に倒れた。

 悠はすぐさま立ち上がって抜刀したが、流星はもがいてやっと身体を起こした。

「……何だ、ここ」

 流星は思わず呟いた。

 床一面に、謎の円形陣が広がっている。薄赤く発光しており、わけの解らない文字や図形が描かれていた。

「……これはどういうこと?」

 悠はドアの方に向けた。

「……クククッ。まんまとひっかかってくれたなァ」

 墨丘は眼鏡を外して低く笑った。

「華鳳院 流星、まだ俺が誰か気付かねェの?」

「何……!?」

「まァ、気付かれねェ自信があったから、この役買って出たんだけどよ」

 ぺりぺりとガーゼを外してく。その下にあったのは、黒い龍のタトゥだった。

「……! まさか昨日のっ」

「やっと気付いた? いやー、カツラって疲れるねェ」

 ずるりと髪、ではなく、カツラがずれる。その下の髪には、赤メッシュが入っていった。

「よォ。椿 悠は初めましてだな」

 墨丘――否、妖偽教団の幹部はニヤッと笑った。

「ふん……どうやら罠だったようだね」

 悠は前に踏み込もうとした。

 しかしそれより早く、男の唇がますます歪められた。

「悪夢に二名様、ごあんなァい♪」

 次の瞬間。

 視界が全て、黒に塗り潰された。



 上も下も右も左も、全て黒。

 そんな中で、流星は唯一色を持って立っていた。

「何が起きた? あいつ、何をしたんだ……」

 流星は起き上がりながら呟いた。

 一応身体は何とも無い。周りは黒ばかりで、かといって暗いわけでもなかった。

「悠はどこだよ……」

 目の前で刀を構えていた少女は、どこにもいない。気配すら感じなかった。

「おーい、悠ぅぅ」

 大声で呼んでみても、返事はおろか、反響すら聞こえない。流星は段々心細くなってきた。

「うぅ……こういう時、俺って情けねぇよな」

 流星はがっくり肩を落とした。

 しかしふと、聞こえてきた声に顔を上げる。

「……歌声?」

 旋律をともなった声に誘われるように、流星はフラフラと歩き出した。

 正直なところ、この声しか頼るものがない。この声に近付けば、光明が差す気がした。

 おそらく子供の声だろう。美しい声だが、たどたどしい。

(確か……これ手鞠唄じゃなかったか?)

 小さい頃、母がよく歌ってくれた。手鞠など興味無かったから、うろ覚えなのだが。

 そのままおっかなびっくり足を進めていると、突然視界が広がった。

 驚いて辺りを見渡す。どうやら、日本庭園のようだ。

 しかし、どうも四季がおかしい。

 あと四日すれば六月、つまり梅雨に突入するはずなのに、木の葉は赤く色付いている。これはどう見ても……秋だ。

「何これ……俺立ちながら夢でも見てんの?」

 色々おかしい。いや、最初から変だったけども。

 というか、歌声が随分近くなったような……

 流星は振り返り、小さく声を上げた。

 女の子だ。十歳ぐらいの女の子が手鞠で遊んでいる。

 長い髪に赤と桃色の花をあしらったかんざしを差し、紅の綺麗な着物を着ていた。艶やかな黒髪は、誰かを思い起こさせる。

 流星の心臓が大きく跳ね上がった。

 まさか、と思った。ありえないことだ。ついさっきまで一緒にいた少女とは、身長も服も違うのに。

 少女はふと、鞠つきを止めて横を向いた。

 幼いながら驚くほど整った顔立ち、陶磁器のように白く滑らかな肌、何より目を惹く、大きな切れ長の瞳。

 流星は言葉を失った。

 これは何の冗談だ。何の夢だ。


 幼い悠が、目の前にいるなんて。


 流星は動かない。幼い少女も、動かない。


   ―――


「悪趣味ねぇ。悪夢に引きずり込んで精神攻撃なんて」

 苦妃徒太夫は肩をすくめた。

 目の前の赤く光る結界陣に、二人の人間が倒れている。

 片割れである少女の刀を回収したいが、陣内に入ると自分まで『夢』に飲み込まれかねない。

「じゃ、あたしは行くけど……椿 悠と華鳳院 流星は任せたわよ、獏僧(バクソウ)

 赤メッシュにタトゥの青年にそう言い、苦妃徒太夫はその部屋を出ていった。

「クククッ……」

 青年――獏僧は低く笑った。

「あぁ……やってやるさ。椿 悠を殺し、華鳳院 流星を捕まえ帰る。しかし正面じゃ分が悪い……」

 ネクタイを外し、床に放り投げる。シャツのボタンを三つ外して笑みを深めた。

「だからまずは……心を弱める。その過程で心が壊れても、まァいいや」

 獏僧は壁に背を預け、目を閉じる。

(待ってりゃ結果が来る。それまで休ませてもらう)

 口の端を、吊り上げたまま。





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