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HUNTER  作者: 沙伊
48/137

     鬼童子<下>




 うっすら目を開けると、見覚えの無い天井が瞳に映った。

「……どこだ、ここ」

 しぼり出した声があまりにもしわがれていて、流星は唇を湿らせた。

「起きたか」

 ほっとしたような声に顔を動かすと、少し離れた場所に恭弥が正座していた。

「恭弥がいるってことは……ここは椿家!?」

 流星は勢いよく上体を起こした。

 辺りを見渡すと、畳や障子のある、和風で広めの部屋である。調度品は少なく、天井の明かりは暖かい光色だった。

 そんな部屋の中心にしかれたふとんに、自分は寝かされていた。服も白Tシャツに黒ズボンに着替えさせられている。

「戦いは? みんなは? 人柱はどうなった!?」

「落ち着け。順を追って話していく」

 一気にまくし立てる流星を、恭弥はそっとなだめた。

「まず戦いだが……僕達の負けだ。人柱も二人共、殺された」

「そんな!」

 流星は立ち上がりかけた。しかし全身に鈍痛が駆け巡り、前めのりに倒れそうになる。

「っぐ……」

「無理するな。身体に変化が生じてるんだ。しばらく痛みは抜けないぞ」

 恭弥の言葉に、胸元を掴んでいた流星は顔を上げた。

「なぁ、『鬼童子』って何だ?」

「……」

「羽衣姫が言ってたんだ。俺のこと鬼童子って。何なんだ、それ。一体、俺の身体に何が起きたんだよ!?」

 流星はふとんからはい出て恭弥の服にすがり付いた。

「俺は何なんだ……人じゃねぇのかよ……」

 震える手でぐっ、と恭弥の服を握り締める。

 一体自分の身に何が起きたのか、まだ理解できない。一体、自分は何者なのか。

「……君は、人間だ」

 ややあって、恭弥が口を開いた。

「だが君は……同時に鬼でもある」

 流星は顔を上げた。

「お、に……?」

「あぁ」

 恭弥は細い顎を引いた。

「鬼童子は、人間の突然変異のようなものだ」

 恭弥は流星の手を外し、下に下ろした。

「生まれつき鬼としての特徴を持っていて、成長すると、妖魔のように人を喰らうようになる」

 恭弥は流星の目を真っ正面から覗き込んだ。そのあまりにも悠に似ている目に見つめられ、流星は思わず目をそらす。

「それを防ぐ方法は二つ。殺すか封印するかだ。君の家族は、封印を選んだんだろう」

 恭弥の説明を、流星は呆然と聞いていた。

 少し間を置いて、顔を上げる。

「恭弥は……知ってたのか? そのこと……」

「……あぁ。実力のある退魔師なら、大概気付く。今までそういう奴らに会わなくてよかったよ」

 流星は意味が解らず、眉をひそめた。

「どういう意味だ……?」

「鬼童子は、昔から忌み嫌われている存在なんだ。普通なら、問答無用で殺されている」

 恭弥がさらっと言った言葉に、流星はゾッとした。

「殺すって、そんな……」

「退魔師はある一定の辺りまで犯罪行為が認められている。殺人も理由次第では……」

 恭弥は言いよどんだ。

 その先は、言わなくとも理解できる。流星は再びうつむいた。

「……んだよ、それ」

 畳の上に拳を置き、喉から声をしぼり出す。

「俺……それってつまり、化物だったってことか? 人として認められてねぇってことかよ、なぁ!」

 流星は恭弥の胸ぐらを掴んだ。周りには誰もいないため、それをとがめられたりしない。

「……人だよ」

 しかし恭弥の静かな微笑に、憤りをごっそり削がれてしまった。

「少なくとも、僕ら兄妹はそう認めている」

「それって……悠、も?」

「勿論」

 恭弥はこくんと頷いた。

 悠が人として認めてくれている。それだけで、流星の気持ちは少しだけ軽くなった。

「それに君の家族も、君を人と認めてくれていたはずだ。だから君は今、生きてるんだよ」

「家族……」

 流星は、家族との想い出を思い出した。

 封印されていたなら、両親と祖父は自分の身体のことを知っていたはずだ。

 なのに家族は、常にありのまま、変わらず接していてくれたはずだ。

 流星はにじんできた涙をぬぐい、立ち上がった。まだふらつくが、動けないほどではない。

「恭弥、悠どこ!?」

「え……。この部屋を出て左側の、小さな家屋だ。だが……」

「サンキュッ」

 流星は最後まで聞かず、部屋を出ていった。



「……入浴中だって、言いそびれた」

 恭弥は座したまま、ぽつんと呟いた。


   ―――


 流星は目的の家屋の前まで来て、辺りを見渡した。

 辺りはとうに日が落ち、真っ黒である。雨は上がっていて、月や星が夜空に浮かんでいた。

「どこだ……まさかもういないとか?」

 呟いてから、中に手をかけようとして止める。中から水音が聞こえてきたからだ。

(もしかして……ここ風呂場か!?)

 物置小屋大の木材建築物は、本宅から少し離れている。よくよく見れば、窓から白い煙が立ち上っていた。

 間を置くこと十数秒。流星は忍び足でその場から離れようとした。

(恭弥の奴……風呂入ってるって教えろよぉ! 見付かったらヤベーじゃんっ)

 恭弥が教える前に自分は出ていってしまったとは思っていない流星である。

 息を殺して移動を始める。が、結局徒労に終わった。


「誰?」


 流星は声にならない悲鳴を上げた。

 今のは、聞き間違えようがない。

「……何だ、流星か。どうかしたの?」

「あ……え、とだな……!」

 流星は振り返りかけ、すぐさま顔を戻した。

 声をかけた人物――悠は、窓から顔を覗かせている。

 それはいいのだが、木の格子をはめた窓から、白く細い肩が見えたのだ。つまり、今彼女がどういう状態でいるかよく解る。

「お、おおおおおまえ、服着ろよ!」

「お風呂に服来て入る馬鹿がどこにいるの」

 全くもって正論である。しかし、流星は落ち着かない。

 隔てがあるとはいえ、好きな女子が裸で後ろにいれば、誰だって落ち着かないだろうが。

「……っ、俺、一回戻る! また後で話するから」

「待って」

 呼び止められてしまった。ちょうど歩き出そうとしていたのに。

「ちょっとでいいから……傍にいて」

「で、でもさ……」

「お願い」

 甘えたような声。これに逆らえるほど、流星の意志は固くない。

 うつむき気味に悠の方に足を向ける。建物の壁に背を預け、悠の方を見ないようにした。

 しばらくの沈黙。先に口を開いたのは流星だった。

「恭弥から……聞いた。人柱、二人共死んだって」

「……うん」

 弱々しい声が返ってくる。いつもの調子じゃない。

 靴越しでも、足元がぬかるんでいるのが解る。正直、あまり長く立っていたくなかった。

「熾堕って奴、いたでしょ。彼に負けた」

 淡々とした声。流星からは顔は見えないので、悠がどういう表情をしているかは解らなかった。

「負けたの、久しぶりだった」

「あぁ」

「この数年……特にここ一ヶ月、強くなってるって思ってたのに、全然駄目だった」

 ぱしゃん、と水音が跳ねた音がした。

「変わってなかった。私……弱いままだった」

 悠の声が、どこか独白するようなものに変わった。

 自分に向けられていないような感覚に、流星は何とも言えない気分になる。

「どうしてかな? 『剣姫』を手にして、部分解除もできるようになって……実戦続きだったから、実力だって上がってきたはずなのに」


 自分はまだ……弱い存在にしか思えない。


 耳に届いた声に、流星はぐっと拳を握り締めた。

「悠は、弱くなんかねぇよ」

 微かに聞こえていた水音が止まった。

「悠は俺を救ってくれたろ。俺の学校で起きた事件を解決したし、悪霊だって倒した。紗矢さんに進む道を示したし、未來さんを助けてあげた」

 流星は今までの依頼人達の顔を思い出した。

 中には救われなかった人もいるけれど、悠がいなければ、悲劇は今なお続いていたろう。

「全部、弱い奴じゃできないことばっかだ。だから、悠は強いよ」

 返答は無かった。

 顔を上げてどうしているか確かめたかったが、それはどうもはばかれる。

 どうしようかと考えあぐねいていると、中から物音が幾つか響いた。

 それに戸惑っていると、いきなり引き戸がバンッと開いた。

「わっ! って、悠……」

「今のセリフ……本気で言ったの?」

 服を着込んだ悠は、ぬれた髪を揺らしながら流星を見上げた。

 風呂上がりのせいか、いつもより艶が増している。流星は思わず見とれてしまった。

「聞こえているの?」

 しかし悠に思いっきり睨まれ、すぐ我に返った。

「私が強いって……本気で思ってる?」

「思ってなきゃ、あんなこと言わねーと思うけど」

 流星は目を瞬かせた。

 悠が疑うように目を覗き込んできたので、たじろぎ、後ろに下がる。

「な、何だよ」

「……嘘を言ってるわけじゃないんだね」

「嘘言ってどうすんだよっ」

「普通、こういう場合は嘘をついてでも慰めようとするものだけど」

 悠はふ、と息をついた。

「君の場合は……違うよね。愚直なんだもん」

 ほめられてるんだろうか、これは。

 流星は首をひねった。そもそも、愚直の意味すら解っていない。

「……ま、とりあえずほめ言葉として受け取っておくよ」

 悠はすでにいつもの調子に戻っていた。ひねくれた返答を返し、髪をかき上げて髪留めで留める。

「あ、その髪留め……」

 銀色に輝く蝶の髪留めを見て、流星は小さく声を上げた。

「あぁ、これ? ありがたく使わせてもらってるよ」

 悠はふっと微笑した。それを見て、流星は頬が熱くなるのを感じる。

「そ、それよりっ」

 流星は慌てて話をそらした。

「俺……悠に言いたいことがあって」

 改めてかえりみると、何だか照れ臭い。妙に緊張して、口からごにょごにょと意味をなさない言葉を発した。

 悠は不思議そうな顔でこちらを見つめ続けている。

 流星は意を決して、深呼吸した。

「その……ありがとう」

 悠は目を丸くした。礼を言われる理由が解らないのだろう。

 流星は慌てて説明を付け加えた。

「恭弥から聞いたんだ、俺の身体のこと……。鬼になるかもしれないんだよな」

 我ながら他人事のような口調だ。内心自嘲しつつ、話を続けた。

「どう考えても人じゃない。いつ人を襲うようになるか解らない身体だ。だけど……恭弥と刀弥さん、悠は……俺を人間として認めてくれたよな」

 流星はにかっと笑った。

「だから、ありがとう」

 とたん、悠は肩を僅かに震わせ、ふいっと顔をそむけた。

「っ……それ、恭兄と刀兄に言ったの?」

「あ、言ってねぇ!」

 流星は慌てて走り出した。

「俺、二人にもお礼言ってくる! じゃあな、悠っ」

 悠に手を振り、流星はその場を後にした。



 悠は流星の姿が見えなくなると、自身の胸に両手を当てた。

「まっすぐ過ぎるよ、流星……」

 静かに脈打つ心臓。さっきより、鼓動が速くなってる気がする。

「ハァァ……駄目だ、完全に惚れ込んじゃってる」

 悠はため息をついた。

 我ながら、何であれに惚れたのか解らない。

(でも私に……彼からあんなまっすぐな目を向けられる価値があるのかな)

 彼は確かに妖魔の力を身体に宿しているが、その心は人間と変わらない。

 笑ったり泣いたりする、ごく普通の青年なのだ。

(そんな彼の目に……私はどう映る?)

 悠は己を抱くように両二の腕をぎゅっと掴んだ。


   ―――


 妖偽教団のアジト内は歓声がわき起こっていた。

 一日に二人も人柱を殺したことで、団内の士気も上がっているらしい。

 妖魔、人間、半妖……全てが混じり合い、別の部屋で騒いでいるようだ。

 熾堕は、その馬鹿騒ぎに参加する気にはなれなかった。

 木でできた床を足音も立てずに歩き、特に何も考えずに進む。


「不機嫌そうだなァ、熾堕」


 声をかけられ、熾堕は足を止めた。

「何だよ、騒ぎに乗らねェのか?」

 周りが暗いため、赤メッシュの入った髪の青年は陰から飛び出るように立っている。

 青年が漂わす酒気に、熾堕は振り返りながら顔をしかめた。

「誰があんな、品の無い乱痴気騒ぎに参加するか」

「乱痴気、ねぇ。そう言わず、行って脱いできたらどうだ?」

「男の裸なんて見たい奴がいるか」

 熾堕はあきれ声で返し、髪を後ろに払った。

「クククッ、オ・ト・コねェ」

 しかし青年は愉快そうに笑い、熾堕の左胸をつついた。

「男でも女でもないその身体に、性別なんてあんのかよ」

「……」

両性具有(アンドロギュノス)っつーんだよなァ。面白いよねェ」

 青年はくつくつ笑いながらつつくのを止めた。

「なァ、おまえは一体何なんだ?」

 青年は熾堕を見上げた。熾堕の方が背が高いので、どうしてもそうなってしまう。

 酔ってるのか、青年の声は少しおかしい気がした。

「人でもない、妖魔でもない、半妖でもない。更に男でも女でもない。一体どういう存在で、何のためにここにいるのか。俺の能力でも解らない……」

「……知りたいか?」

 熾堕は青年を見下ろし、唇で弧を描いた。

「知りたければ生き続けるがいい、人間」

 青年に背を向け、また歩き出す。

「貴様の星に、それができればの話だがな」

 熾堕はそのまま、その場を後にした。



「クククッ、ゴーマンたねェ」

 青年は笑った。

「俺が死ぬようなことを……全く、ありえねェ」

 タトゥを入れた頬に触れ、ますます笑みを深める。

「人間? 俺が? 何を言っている……」

 青年はすでに見えなくなった後ろ姿に向かって囁きかけた。

「俺達は化物だ。光を、人間を踏みにじる、闇の軍団だ」

 その声は、廊下に静かに響き渡る。

「さァて、俺も行くか」


 任務を果たすためにな。


青年もまた、その場を離れた。

 笑い声を響かせながら。





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