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HUNTER  作者: 沙伊
47/137

     鬼童子<中>




「地獄送りは失敗ね」

 月読はどうでもよさそうに呟いた。

「何でだ? ぜってェ成功してたのに」

 髪に赤いメッシュを入れた青年は頭を抱えた。

 明日葉家の屋敷から少し離れた林の中。待機を言い渡された妖偽教団幹部達は話し合いを始めていた。

「誰かが干渉したんじゃないの?」

 苦妃徒太夫の言葉に、全員顔を見合わせる。

「考えられるけど……地獄の亡者達をはねのけて奴らを引きずり上げられるほどの実力者が、現代にいると思う?」

 月読が言うと、全員黙り込んでしまった。

 いくら生者とはいえ、地獄送りにされた人間を引っ張り上げるなど、少なくとも人間では無理だ。

「……熾堕はどうだ?」

 ずっと口を閉ざしていた亜紅太(アクタ)法師が顔を上げた。

「あやつなら、あるいは……」

「おいおい亜紅太のおっさん!」

 青年は亜紅太法師を遮った。

「仲間疑うのはやめようや! ただでさえ人手不足なのによ」

「ぬ……。だが、ここにいる全員が見ただろう」

 亜紅太法師は負けじと続けた。

「あやつが入団直後、他の幹部四人を触れずに殺したところを」

「う……」

 青年の口が閉じられた。

「あれは、妖魔の力ではない。肉体を蒸発させて殺すなど、聞いたことがない」

「それを言うなら、奴の部下だってそうよ」

 苦妃徒太夫はイライラと髪を指に絡めた。

「名乗らない、喋らない。あたし達にも感情はあるけど奴らは……無いみたいだ」

 全員顔をしかめて互いの視線を交える。

 ただ一人、月読だけが無感動に髪をかき上げた。

「……ま、どちらにしても熾堕の実力は本物よ」

 月読の脳裏に、あの銀髪の青年が浮かび上がった。

 何を考えているか解らない。どこか掴みどころの無い男。

 しかし、味方にするならあれほど心強い戦士はいないだろう。

「奴は絶対倒れない。そして絶対死なないわ」

 話は終わりとばかりに月読は立ち上がった。


   ―――


 熾堕の胸から血が吹き出した。

 紅い血だ。人間と変わらない、真紅の血。

(今のは内蔵までいった。即死とまではいかなくとも、もう動けないはず)

 悠はさっと身を引いた。同時に、熾堕の身体が後ろに倒れる。

「不意討ちなんてしたくなかったけど、この際仕方無いか」

 悠は刀を振って血のりを落とし、熾堕に背を向けた。


「容赦無いなぁ」


 全身が凍り付いた。

 雨とは違う意味で、身体が冷えていく。

 悠は刀を構えて振り返った。

「……嘘、でしょ」

 悠は震え声をしぼり出した。

 熾堕は立っていた。口の端から伝う血をなめとり、余裕の表情で。

「馬鹿な! あの傷でどうやって……」

「傷?」

 熾堕は破れた服をめくって見せた。

「……傷が、塞がってる」

 悠は愕然とした。

 確かに斬ったはずの場所に、傷が無い。あるのはうっすら浮かぶ傷跡だけで、それもすうっと消えていく。

(悪霊みたいな、元は思念体の妖魔ならある程度回復できるけど、これは違う?)

 悠は腰を低く落とし、地面を蹴った。

 全体重を載せた突きが、熾堕の胸を貫く。

 悠は刀を引き抜き、さっと後ろに下がった。

「……おいおい。確かめるために心臓貫くなんてことするなよ」

 今度は倒れなかった。血すら出なかった。破れた服から見える胸には傷跡すら無い。

「回復っていうより、回帰レベルじゃないの……!」

 悠は奥歯を噛み締めた。

「ふむ……まぁ手間ははぶけたか」

 熾堕は自身の血と雨が染み込んだ地面に手をかざした。

 地面に魔方陣のようなものが現れ、そこから剣が突き出てくる。

 熾堕は剣の柄を掴むと、剣を引き抜いた。

「さて……本腰を入れるか」

 熾堕の唇がめくれ上がった。



 妖魔の間を猛と『傀儡姫』が駆け巡る。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 猛は槍を振り回して鬼神の如く暴れ回る。

『傀儡姫』は人間には無理な体勢で妖魔達を斬り倒していた。

「に、人形使いを狙え! 操り手は無力なはず……がぁっ」

 叫んでいた半妖らしき男が倒れ込んだ。胸に四本のクナイが刺さっている。

「悪いね。李家の実子はみんな暗器使いよ!」

 右手に三本のクナイ、左手にナイフを四本持った舜鈴はクスッと笑った。

「凄いなぁ。人形操りながら武器使うなんて」

 一旦身を引いた猛は感嘆の声を上げた。

「マァネ。糸を使って操ってるわけじゃないし!」

 舜鈴はクナイとナイフを同時に投げた。

 何体もの妖魔が攻撃を受けて倒れる。舜鈴は更に、服のそでからワイヤーを飛ばした。

 糸が刃のように妖魔を斬り裂いていく。頑丈な身体を持つはずの彼らがばたばた倒れていく風景は、少しゾッとした。

「さすが恭弥さんのカノジョ……ハンパじゃねーや」

「フフ、トーゼン……」

 舜鈴の言葉が途中で途切れた。

「どうしたんだ?」

 猛が声をかけても返答は無い。表情が固まってしまっている。

「……何、この気配」

 舜鈴は動揺が見え隠れする瞳を周囲に向けた。

「これは人? 妖魔? 違う……あの熾堕って奴と同じ気……」

「気?」

 猛は首を傾げたが……すぐ視線を前方に戻した。

 新手が、近付いてくる。

 しかも向かい合っただけで解る。地面に倒れている妖魔達など比べ物にならないほど、強い。

 新手は二人だった。

 一人は黒いマント、同色のフードを被っている。僅かに見える髪は薄墨色で、顔は白く細い顎と白い唇しか見えない。

 もう一人は長い金髪で、神父のような格好の若い男だった。整った顔は、まるでできのいい人形のようである。

「さっき言ってた気って、あいつらから感じる?」

 猛が尋ねると、舜鈴はこくんと頷いた。

「嫌な感じじゃない。でも妙な気……」

 顔にはまだ動揺が残っている。だが手には、すでにクナイが握られていた。

「だけど……人の気じゃないってことは、敵だね!」

「……確かにここに人外の者で、敵じゃない奴がいるわけねーよな」

 猛もまた、槍を構え直した。舜鈴の言う気と言うものは正直よく解らないが、あの二人が味方でないことは確かだろう。

「我々の実力が解らないわけじゃないでしょうに……妙な人間達ですね」

 フードの方が口を開いた。声だけでは男か女か判断できない。

「私がフードのをやる。貴方はもう一人をお願い」

「了解」

 短いやりとりの後、舜鈴と猛は地面を蹴った。



 二本の刃がぶつかり合う様は、周りを圧倒していた。

 悠は刀をはじかれると、すぐさま手首をひねり、刃を降り下ろす。熾堕はそれを受け止め、長い足を振り上げた。

 悠は上半身だけを後ろに倒してそれを避け、起き上がると同時に回し蹴りを喰らわした。

 横腹に直撃を受けた熾堕の動きが止まったのを見逃さず、彼の胸を一閃。

 手応えからして、かなりの深手だ。が、しかし。

「ふぅむ……さすがにやるな」

 塞がった。また、傷が跡かたも無く消えていく。

 いい加減驚きはしなかったが、さすがにげんなりしてきた。なんせ、付けた傷全てが消えてしまうのだから。

「どうなってるの? 一体、その身体」

「どうなってるって……言われてもな」

 熾堕は長い銀髪をかき上げた。

「悪いが俺の身体は人間が理解できるような原理でできてないんだ」

「ふぅん……まぁいい」

 悠は刀を降り下ろした。それを熾堕は剣で受け止める。鈍い金属音が辺りに響き渡った。

「その再生力も、無限ではないでしょ? それに、必ず再生の『核』があるはずだ」

 悠は刀を持つ手に力を込めた。

「そこを斬れば、致命傷になるはずでしょ」

「……どうかな」

 熾堕は刀をはじき飛ばした。

 かろうじて刀は握ったままだったものの後退させられた悠に、熾堕は体勢を立て直す隙も与えず剣を勢いよく薙ぐ。

 悠はとっさに刀を盾にした。剣と刀の刃がぶつかり合う。

(この斬撃……さっきより重い!)

 目を見開いた悠は、攻撃に耐えきれずに吹っ飛ばされた。身体がぬかるんだ地面を滑り、そして沈む。

 どろだらけになった身体を起こすと、熾堕が追撃してくるのが見えた。

 悠は横に跳んで回避すると、刀を突き出した。刃は急停止した熾堕の脇腹を貫く。

「……効かないな」

 熾堕の顔にすうっと笑みが広がった。

 驚愕している悠の右腕を掴み、顔を近付けて囁く。

「俺は殺せない」

 ぐんっと右膝を蹴り上げた。

 動けない悠はもろにそれを腹に受ける。

「がっ……」

 崩れかけた悠はなんとか持ちこたえ、刀を引き抜いた。

 熾堕はぎくんっ、と身体を硬直させたが、すぐさま腕を伸ばして悠の胸ぐらを掴んだ。

 自然と上を向いた顔に雨が当たる。髪や服が濡れて、服にひっつくのがうっとうしかった。

(……!? 身体が、動かない……)

 熾堕の手を振り払おうとして、悠は自身の手が動かないことに気付いた。

 手だけではない。全身が筋肉が固まってしまったように動かなかった。

「一体、何をした……!?」

「ん? あぁ、しばらく眠ってもらおうと思って、俺の力を送り込んだ」

 くすっと笑う熾堕を見ているうちに、頭がぼんやりしてきた。脳をはっきりさせたいが、それもできない。

「っ……一つだけ、教えて……」

 声を出すのも不可能になってきた。それでも気力をふりしぼり、悠は疑問を熾堕にぶつける。

「貴方の気……妖気のような、邪悪な気じゃない。むしろ聖気に近い……。そんな気を持つ貴方が、なぜ妖偽教団にいる……?」

 身体に力が入らない。刀を離さないようにするのがせいいっぱいだ。

「……知りたいか」

 熾堕は自身の唇をなぞりながら少し間を置いた後、悠の耳元で囁きかけた。

「知りたければ生きるがいい、人間。何もかもを知る覚悟があるならな」

 あいにく悠は、熾堕の言葉を半分も聞き取れなかった。

 その後すぐに、意識を失ってしまったのである。



 全身から力が抜けた悠を抱え、熾堕は戦況を確認した。

 周りにはほとんど生者が残っていない。ただ、人間の死体はここには無く、おそらく家の奥で人柱を守っているのだろう。

 逆に妖魔の死骸の数がおびただしい。槍の少年と人形とクナイの少女がどれほどの実力者かうかがい知れた。

 もっとも、その二人はもう戦えないが。

「ご苦労」

 背後に現れたフードと神父姿の二人に、熾堕は声をかけた。二人の腕にはボロボロの少年と少女が抱えられている。

「殺してはいないな?」

「はい。ご命令ですので」

 神父の方がそう答え、少年と槍を地面に置いた。

「それと……人形も回収しました」

 フードの方が全身を覆うマントをさばくと、先程まで剣を振るっていた人形がごとんと落ちた。

「上々だ。こちらもうまくいった」

 熾堕は悠を横抱きにして辺りを見渡した。

「熾堕様、そいつら……」

 生き残りの妖魔達が近付いてくるのに気が付いた。その目は悠達に固定されており、何が目的かは目に見えている。

 熾堕は口角をつり上げると、悠を抱いたまま手の平を彼らに向けた。

「ここにいる者だけだな、俺達の戦いを見たのは」

「はい」

 頷く妖魔らに、熾堕は笑みを深くした。

「そうか。じゃあ」

 熾堕の手の平の上に光の球が浮かんだ。光の珠は一気に膨れ上がる。


「消えろ」


 次の瞬間、妖魔達の足元から光があふれ出した。

「ぐ、ぎあっ!?」

「熾堕様ぁ! 何をぉっ」

 光の中の妖魔達はボロボロと崩れ、血さえ蒸発してしまう。

「熾堕は椿 悠以下三名の姫持ちを生かした……そんなこと、あの者に知られるわけにはいかない」

 熾堕はすぅっと微笑んだ。暖かみが全く無い、冷厳な笑みを。

「我々は見届けねばならない。古き星が瞬く様を。そして創らねばならない。新たな瞬きの足がかりを。そのために!」

 熾堕が光球を握り潰すと、妖魔の足元から光が消えた。

 妖魔の姿は消えてしまっている。死体どころか、肉片すら残っていなかった。

「我々は妖偽教団にいなければならないのだ」

 熾堕は雨水を吸った銀髪を揺らした。濡れた長髪が艶を増して輝く。

「……さて。いい加減、傍観者はやめたらどうだ」

 熾堕が声をかけてやると、戦闘でガタガタになった家屋の陰から一人の女が現れた。

 長い髪も肌も、着ている着物でさえ真っ白だ。濡れた身体は細く、華奢だった。

「何者かは訊かないでおこう。予想できるしな。とりあえずこいつらに危害を与えるつもりが無いことだけ、理解してもらいたい」

「敵なのに?」

 女は首を傾げた。

「あぁ。とりあえず、こいつらを連れていってくれ。もうすぐ羽衣姫が来る」

 熾堕が言うと、女はこちらに近付いてきた。

 地面の少年と槍を背負ったものの、少し顔をしかめて悠とフードが抱えた少女を見比べる。

「……途中まで手伝ってやれ」

 熾堕は神父の方に悠を渡して女を顎を指した。

「解りました。……貴方はどうなされますか?」

「俺は残る。早く行け」

 熾堕に言われ、部下二人は無言で顎を下げて背を向けた。女の方は何か言いたげな目を向けてきたが、すぐに同じように背を向ける。

 数歩歩いたところで、三人の姿が消えた。転移したのだろう。

 遠くで怒声や絶叫が聞こえた。雨音では消しきれず、ノイズのように耳に届く。

 熾堕は腕を組み、羽衣姫が来るのを待つ。



 十数分後、多くの妖魔を従えた羽衣姫が門を破壊して現れた。

「やっほぉ♪ 熾堕ちゃぁん♪」

 羽衣姫は熾堕に駆け寄った。

「んふふ♪ 水のしたたるいい男ってやつねぇん」

 羽衣姫は含み笑いを浮かべ、熾堕をなめるように眺めた。

「……人柱はほっといていいんですか?」

 表情を一ミリも動かさず尋ねると、羽衣姫は目をパチパチさせた。

「あらん……そうだったわねぇん……」

 少し残念そうに、羽衣姫は熾堕から離れ、背を向けた。

「……そうだわ」

 歩き出そうとした羽衣姫の足が止まる。

「こっちに三人、ここのを入れて四人姫持ちがいるはずだけど、知らないん?」

 羽衣姫はこちらを見ない。しかしその声には、こちらを怯えさせる凄みがあった。

 熾堕は見えないのは解っていながら、肩をすくめて少し顔をしかめた。

「逃げられました。現在部下が捜索中ですが、おそらく見付からないかと」

「……そぉん」

 羽衣姫はそれ以上何も言わず、再び歩き出した。

 熾堕はため息をついて空を仰いだ。

(雨は、まだやまないな)

 曇天から落ちるしずくは、未だとどまることを知らない。





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