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HUNTER  作者: 沙伊
42/137

     笹の兄妹<下>





 顔は忍のものだ。身体も忍のもの。だが髪と瞳、そして中身は、全く別物にすり換わっている。

 忍の形をしたものは、己の手を見つめて唇を歪ませた。

「くっ……くくっ……ふはっ。あはははははははははははははははははははははははは!」

 喉をのけぞらせて笑う様は、どこか異質な、別次元のものを思わせた。

「身体だ! 肉体だ! 私のものだ!!」

 高笑いし続ける彼を、流星は霊を見る目で眺めた。

「あれが、姫シリーズに乗っ取られた姿……?」

「そう。姫持ちである私は断言できる。彼女達は壊すためにある、傲慢な姫達だ」

 悠の言葉に彼、いや『彼女』は笑うのを止めた。

(つるぎ)の使い手か。あの我の強い我らが長子をよく御せたものだな」

「あいにく私も我が強い方でね」

 悠はふっと笑う。

『彼女』――鉄鞭姫はふんと鼻を鳴らすと、羽衣姫に向き直った。

「久しいな、羽衣」

「いやん♪ お久しぶりですわぁん、お姉様♪」

「姉、だと。白々しい」

 鉄鞭姫の顔が苦々しげに歪んだ。

「貴様は忘れたわけではあるまいな。貴様は、我らと違うっ。今度こそ、貴様を壊してくれるわ!」

 鉄鞭姫は勢いよく鞭を振るった。

 羽衣姫を狙った一撃は、しかし、横からはじかれてしまう。

「鉄鞭姫、相手は私がするわ」

 弓で鞭を弾き飛ばした月読は、冷めた目で鉄鞭姫を睨んだ。

「私と、この『鳴弦姫』がね」

「邪魔をするな、小娘が!」

 鞭が空を切った。

 鞭の先に付いた刃が、月読の心臓を狙う。

「『鳴弦姫』、部分解除」

 月読は呟くと同時に走り出した。

接撃打破(セッゲキダハ)

 弓と鞭がぶつかり合う。

(バク)破道(ハドウ)

 ぶつかり合った場所から火花が散り、そして。


 バアァァァァァァァァァァァァンッ


 耳の奥が痛くなるほどのどでかい爆音が辺りに広がった。

「くっ」

「うわっ」

 悠と流星はまたもや飛ばされそうになった。

 何とか踏みとどまるも、周りが煙に覆われ、視界が悪くなる。

「げほっ。何も見えねぇ! どうなった!?」

 流星はむかむかする胸元を押さえながら首を巡らせた。

「今の技……葵姉の。やっぱり月読は、葵姉……!?」

 悠は刀を握り締めながら呟く。しかしハッと顔を上げたかと思うと、刀を持ち上げた。

 一瞬意味が解らなかった流星だったが、煙を押しのけて突進してきた人物を見て慌てて身を引く。

 白銀の刃と鋼鉄の籠手がぶつかり合った。

「あはん♪ やるわねぇん」

「っく……」

 拳を刀に押し付けたまま笑う羽衣姫に対し、悠は汗の浮かんだ顔を歪める。

 二秒ほどつばぜり合いのような状態を続けた後、悠は右足を蹴り上げた。

 羽衣姫はバッと間合いを空ける。間髪入れず、今度は悠から向かっていった。

「三の手、烈火炎刃(レッカエンバ)!」

 刃を覆うように、刀に炎が灯った。炎をまとった一撃は、羽衣姫の脳天を狙う。


 ガイィンッ


 しかし鈍い音を立て、攻撃は受け止められた。

「んふふ、弱い弱い♪」

 籠手を付けた手で刃を掴みながら、羽衣姫は唇で弧を描く。

「人間は脆い。とても、脆い。そんな存在が、妾に勝てると思ってるのん?」

 ぶんっと刀が悠ごと振り投げられた。

 目を見開いた悠だが、空中で身体をひねり、地面に降り立つ。

「あ、そうだわん♪」

 羽衣姫はいいことを思い付いたとばかりに両手を叩いた。

「一つ、バットニュースを教えてあげるわん♪」

「バットニュース?」

 体勢を立て直した悠は眉をひそめた。

 羽衣姫はにっこり微笑む。

「お気付きの通りぃ……月読ちゃんは貴女の姉、椿 葵よん♪」

 流星はハッと悠を見た。悠は、ぎり、と歯を食い縛る。

「……やっぱり。でも疑問が残るよ」

 悠は羽衣姫を睨み付けた。

「何で葵姉は私のことを忘れていの? 私だけじゃない。おそらく、恭兄や刀兄のことも……」

「そう。彼女は『知ら』ないの」

 羽衣姫はすぅっと微笑んだ。とたんに流星の背筋がぞわりと粟立つ。

「だって彼女の元の人格は、壊れちゃったんだもの♪」


   ―――


 矢が放たれた。

 数十の矢の大群が、忍の肉体を乗っ取った鉄鞭姫に迫る。

「笑止!」

 鉄鞭姫は本体の鞭を振るった。

 矢を全て叩き落とし、なおかつ反撃までしてみせる。

 蛇のように飛び出してきた鞭を、月読は右に跳んで避けた。

 しかし鞭は進行中にまがり、月読の左腕に絡み付く。

「っ、しまっ」

 叩き付けられた。

 地面に強く押し付けられ、骨がきしむ。口の中に鉄の味が広がった。

 左腕の圧迫感が消える。すぐ立ち上がろうとして、膝がぐらついた。

「邪魔しないでもらおう。抵抗しなければ、楽に死ねるぞ」

 鉄鞭姫は追撃せず、ただこちらを見つめるだけだった。

 唇には残虐な、人間には共感されないであろう種類の笑みが浮かんでいる。

「どちらにせよ……殺すんじゃない」

 月読は落ちてしまったコートを拾い、羽織り直した。

「全く姫シリーズはみんな」

 月読は突然弓を放り投げた。

 目を見開く鉄鞭姫に向かって、身を低くして走り出す。

 慌てたように振るわれた鞭を紙一重で避け、相手の懐に入り込んだ。

「危険思想家ばかりね」

 正拳突きを鉄鞭姫の腹に叩き込み、間髪入れず回し蹴りを放つ。

「がはっ」

 鉄鞭姫はぶっ飛び、無様に地面に転がった。

「やはり本体の扱いは特級でも、身体を使う体術は不得手のようね」

 月読は束ねた髪を後ろに払った。

「当然よね。ついさっき手に入れた身体だもの」

 立ち上がろうともがく鉄鞭姫に、月読は手刀を持ち上げ、構えて見せた。

「だてに人間の身体で妖魔達をまとめているわけじゃないの。体術だって、妖魔共に引けを取ったことは無いわ」

 月読が睨み付ければ、鉄鞭姫は表情を厳しくした。


   ―――


「四年前、妾はたまたま妖偽教団の妖魔を倒していく退魔師の夫婦に出会ったわん♪」

 羽衣姫は語り出した。自然体なのだが、隙が無い。手出しができなかった。

「妻の方……椿 葵ちゃんは妾に気付くと夫と共に逃げようとしたのん。ま、気持ちは解らなくもないけどん♪ でもぉ、逃げられたら誰だって追いかけたくなるでしょん?」

「……それで葵姉を追跡し、捕えたわけ?」

 悠がきしんだ声を絞り出した。

「そ♪ 夫の方は、妻をかばおうとして死んだわん♪ ま、結局犬死なんだけど♪」

「葵さんのダンナさん、殺したのかよ!? 何のためにっ」

 流星が問えば、羽衣姫はつまらなそうに唇を動かした。

「だっていらないじゃない? 妾は葵ちゃんにだけ用があったんだものん」

「それだけ……? たったそれだけで?」

 流星は絶句する。

 羽衣姫は流星から目を離すと、再び話し始めた。

「妾は葵ちゃんから退魔師達の情報を得ようとしたのん。他家に嫁いだとはいえ、椿家の長子。いい情報源になると思ったわん。でもあの娘、拷問しても口を割らなくて……その内、心が壊れちゃったわん」

「……!!」

「残念だったわぁん。でも、妾はいいことを思いついたの」

 羽衣姫はにまっと笑った。

「葵ちゃんの中に、別の人格を入れることを思いついたのよ♪ 妾に従順で、冷酷な心をねん。今の彼女は、まさにそれ」

「……じゃああれは、葵姉であって、葵姉じゃ、ない……?」

 悠は蒼白な顔で目を見開いた。

「そうよん♪ ……っとぉん」

 打撃音を聞き、羽衣姫は振り返った。

「あらん♪ そろそろかたが付きそうねん♪」

 煙はすでに晴れている。羽衣姫の肩越しに、接近戦を繰り広げる二人が見えた。

 明らかに鉄鞭姫が劣勢だ。近接戦であるため、鞭の能力を発揮できていない。

「マズい!」

 悠は走り出そうとした。

「やっだぁ、妾のことフッちゃう気ぃん?」

 しかし羽衣姫が進路に立ち塞がる。

「忘れないで♪ 貴女の相手はぁ……妾よん!」

 羽衣姫は長い脚を蹴り上げた。爪先の部分がレイピアのようにとがる。

 悠は後ろに身を投げ、間合いを取った。

 体勢を立て直し、地面を蹴って刀を突き出す。

 喉を狙った一撃は、しかし羽衣姫の前に現れた黒い布の壁によって阻まれた。

「やめてよねぇん。妾自身は無敵でもぉ、この身体はそうじゃないんだからん♪」

 羽衣姫の蹴りが悠の腹に入った。口から血をほとばしらせながら後退させられる。

「んふふふ♪ やっぱり悠ちゃんの白い肌には、紅がよく映えるわん♪」

 羽衣姫は楽しげに笑った。

「待っててねん。すぐに全身を真っ赤に染めてあげる♪」

 両手の指部分が鉤爪のように鋭くなった。

 羽衣姫は走り出した。数秒で間合いを詰め、腕を振り上げる。


 ドガアァッ


 炎が爆発した。

 火の粉がまとわり付く腕を見、羽衣姫は目を細める。

「あぁ……もう一人いたわねん」

 羽衣姫に見つめられ、流星は小刀を構えたまま震え上がった。

 全身に恐怖が駆け巡る。それでもしっかり、羽衣姫を見据えることができた。

「……面白い子供だことん♪」

 羽衣姫は唇を歪ませた。


 ガッシャアァァァァァァンッ


 鉄鞭姫が吹っ飛ばされてきた。

 近くの店のシャッターにぶつかり、地面に倒れ込む。

「ぐっ、おのれ……小娘がぁ!」

「慣れない身体で戦ったことが、貴女の敗因ね」

 月読は掌底の構えを解いて髪をかき上げた。

「さっさと逃げるか、間合いを取ればよかったのに」

 月読は離れた場所に落ちている弓の方へ歩いていく。

「敵に背を向けるとは!」

 鉄鞭姫は鞭を振るった。……否、振るおうとした。

「……!?」

 鉄鞭姫の右手首に、銀色に発光する印が浮かんでいた。

 右手首だけではない。左手首、両足首にも同じものが浮かび上がっている。

 それに抑え込まれているかのように、鉄鞭姫の両手足はぴくりとも動かない。

「あれは封縛印(フウバクイン)!」

 悠が我に返ったように呟いた。

「な、何だよそれ?」

 流星は顔を悠の方へ向けた。

「相手の動きを封じる椿家の術だよ」

 悠の瞳が揺れる。刀の先が、少しだけ下がった。

「本当にあれは、葵ね……」


「ぼーっとしてる場合ん?」


 羽衣姫が再び爪を振り上げた。

 悠は顔を上げて刀でガードする。

 ギチギチと刃と爪がせめぎ合う。

「ここは戦場。呆けてたら」

 羽衣姫は手を伸ばして悠の腕を掴んだ。

「死ぬわよん♪」

 悠の身体が空中に舞う。次の瞬間、地面に叩き付けられた。

「か、はっ……」

「まだまだ子供ねぇん。心を揺らすなんて♪」

 羽衣姫はくすりと微笑んだ。

「っの野郎!」

 流星は小刀を振り上げて走り出した。

「ま、ヒーロー登場ねん♪ でもぉ」

 羽衣姫の姿が視界から消える。

 驚いて急停止する流星の背中に、衝撃が加えられた。

「ぐあっ!?」

「特攻はいただきないわねん♪」

 背骨がミシィッと嫌な音を立てる。足が地面から離れたと思ったとたん、倒れ、突っ伏す結果になった。

「あはは、弱い弱い。人は何て脆いのかしら♪」

 羽衣姫は長く豊かな髪を後ろに払った。

「さぁてぇ……あちらも片付きそうねん♪」

「っ……」

 悠がガバッと起き上がった。

 まだダメージから回復しきれてない流星は顔だけを上げる。

 月読は鉄鞭姫に矢を向けていた。

 鉄鞭姫はまだ動けないらしく、未だもがき続けている。呪印の浮かぶ手足首から血が流れていた。

「くそっ……くそっ……人間めがあぁぁ!」

 憎悪の込められた声を聞いても、月読の表情は変わらなかった。

「目に焼き付けておきなさい、悠ちゃん♪」

 羽衣姫は楽しそうに笑う。その声は酷く耳障りで、神経を逆撫でされるようだった。

「あれが、現在(いま)の椿 葵、月読ちゃんよ♪」


 光の矢が放たれた。


 矢は吸い込まれるように鉄鞭姫の左胸――心臓に突き刺さる。

 鉄鞭姫は一瞬身体を強張らせた後、目を剥いた。

「お、の、れ……」

 口から怨嗟の声がこぼれる。しかし矢が消えた瞬間、その身体から力が抜けた。

 胸から血が流れるのと比例して、髪と瞳の色が元に戻っていく。完全に戻った時には、忍の身体から生気は感じられなかった。

 悠が目を見開く。流星もまた、その光景に閉口いた。

「あっははははは! よくやったわぁん、月読ちゃん♪」

 羽衣姫は唇を歪めた。

「そんな……何も殺すことねぇじゃねぇか!」

 流星は憤りを口にした。

「敵は殺す。そのことの、どこが間違っているの?」

 月読は冷めた目で流星を見返した。

「貴方が妖魔を狩ることと、何の大差があるというの?」

「っ……!」

 流星は言葉を失った。

 再び頭の中で、苦妃徒太夫の言葉がよみがえる。


『偽善者が!!』


 繰り返されるその言葉。頭の中で、何度も、何度も。

「大差? あぁ、確かに無いね」

 悠が刀の切っ先を月読に向けた。

「でもね、私達は守るために妖魔を狩る。欲望と目的のために人を殺すおまえ達とは違う!」

 悠の声は、吹っ切れたような、それていてまだ何か縛られているようなものだ。

 しかし強い意志を秘めたそれは、流星の顔を上げさせるのには充分だった。

「月読。おまえが葵姉であろうと、もうそれは関係無い」

 悠は凛とした表情を浮かべ、月読に言い放った。

「おまえは今から私の敵だ。それ以上にも、それ以下にもならない!」

 とたん、軽やかな拍手が響き渡った。流星は思わず身体を強張らせる。

「素晴らしい宣言ねん♪」

 いつの間にか月読の隣に移動した羽衣姫はにんまり笑う。

「姉妹が刃を交える……なんて美しい悲劇でしょぉん♪」

 でも、と羽衣姫は右手を持ち上げた。手袋が槍のような形状になる。

 まるで本物のように、黒い槍もどきはぎらりと輝いた。

「残念ね……ここでエンディングよん♪」

 裂けるかと思うほどつり上がった口角に、流星はゾッとする。

「幕引きは、妾がしてあげる♪」

 そう言って羽衣姫は槍を振り上げ――


 ガギイィィィィィンッ


 金属音が鳴り響いた。

 白銀の刃が、羽衣姫の槍もどきを止めている。

 悠の刀ではない。両刃の、細身の剣だ。

 そしてそれを操っているのは、モノクロの服を着た少女だった。

 スカートが広がった白いワンピースの上から、黒いレース付きベストを着ている。黒いニーソックスをはいており、靴はベルト付きの黒いローファーだった。

 黒い髪を少年のように短くして、日本の花を模したらしい銀細工の髪飾りを付けたその姿は、まるで着飾った人形だ。

 少女は幼さの残った愛らしい顔に似合わない、傲岸不遜な笑みを浮かべた。

「あらん? 貴女……」

 羽衣姫の目が僅かに見開かれる。

 少女は笑みを深めて羽衣姫の槍もどきを弾き返した。

 後退させた羽衣姫を追いかけもせず、少女はだらんと両腕を下げる。


「幕引きはさせないよ」


 声が発せられた。

 少女の、ではない。声は何と、上空から聞こえてきたのだ。

「まだ、終わらせない」

 二人の前に、降り立つ者が一人。こちらに向けた背中で、長い髪が風に舞った。

「だぁれ、貴女?」

「ハジメマシテ、羽衣姫。私は貴女の敵でです」

 小首を傾げる羽衣姫に、彼女は堂々と言い放った。





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