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HUNTER  作者: 沙伊
41/137

     笹の兄妹<中>




「何で俺達がこいつらの護衛なんて……」

「文句言わないでよ」

 悪態をつく流星と並んで歩いている悠はため息をついた。

 目の前を歩く笹宮兄妹、忍と可憐の背を見つめ、またため息。

「……私だって嫌だよ」

 忍は鉄鞭姫(カナムチヒメ)という姫シリーズの一つを持ち、可憐はその背に呪印を持つ人柱だ。

 本来なら外出などできるはずがない。その二人がなぜ街中、しかも椿家の山のふもとの街にいるかというと。

「閉じこもるのが嫌で抜け出すとか……危機感無ぇってより馬鹿だろ、アホだろ」

「全くだよ。元々、あの二人は退魔師にしては楽天家過ぎる」

 前方の兄妹に聞こえないよう、二人はそれぞれ言いたいことを言う。ここまで意見が噛み合うのは初めてだった。

「……先程から思ってましたが」

 突然忍が振り返った。聞こえたのかと思いきや、どうも違うらしい。

「なぜ悠さんは僕ではなく、そのちんくしゃと並んで歩いているのです?」

「な! 誰がちんくしゃだっ」

 流星が悪口には悪口で返すっ、と意気込む前に、忍は悠の手を取った。

「貴女にはそんな男より、僕の方がふさわしい……」

 忍が手の甲に唇を押し当てようとした瞬間、悠はその手を振り払う。

「私に触るな。私に触っていいのは、私が心を許した人間だけだよ」

「……失礼」

 忍は酷く残念そうに肩をすくめた。

 流星はというと、悠の言葉を頭の中で反芻(ハンスウ)する。

(触れていいのは心を許した人間……俺は大丈夫ってことは……!)

 内心でガッツポーズする。勝利者の気分だった。

「ハァ~。私は恭弥様がよかったわぁ」

 可憐は憂いっぽく呟いた。服装と声音が全然合ってない。

「……恭兄は人柱だから出られないよ。本来なら、君も行動をひかえるべきだ」

「やぁよ。狭い場所に追いやられるなんて!」

 可憐はぷいっとそっぽを向いた。

「それに私達は強いもの。妖偽教団なんて目じゃないわ」

「その通りだ、妹よ」

 忍は可憐の肩に手を置いた。

「僕らは強い。ご心配無く。あ、護衛は悠さんだけでいいです」

 そう言って笹宮兄妹は再び歩き出した。

「むかつく奴らだなっ」

 流星は眉根を寄せた。

「確かにね。でも大事な戦力だよ」

 悠は本日三度目のため息をついた。

「裏切り者のこともあるのに、人をわずらわせて……」

「……なぁ悠」

 流星は思い切って尋ねる。

「その裏切り者って誰なんだ? 教えてくれよ」

「駄目。朱崋に情報収集させてる段階で、まだ推測の域だからね。ただ」

 悠はふと、表情を曇らせた。

「その人であってほしくないとは思うよ。……傷付けたくないから」

「え……」

 思わず足を止めた流星にかまわず、悠はすたすたと歩いていく。

(傷付けたくない? 悠と親しい奴ってことか?)

 桐生家の中で、悠と一番親しい人物。思い当たるのは……

(……日影さん!?)

 悠が友達と言っていた人物は彼女しかいない。

 傷付けたくない、というのは、戦いたくないということではないだろうか。

 もしそうだとしたら……誰だと言いたくないのも頷ける。

(でも、もしそうだとしたら……悠はどうするつもりなんだ?)

 もし日影が本当に裏切り者だとして、悠は彼女をどうするつもりなんだろうか。

「な……」

 もう一度声をかけようとした時。


 ドバアァァァァァァァァァァァァンッ


 爆音がコンクリートと共に辺りにまき散らされた。

 辺りの人間はざわめき、いきなり爆発した小さなビルを凝視する。

「あはん♪ お久しぶりぃん」

 土煙から一人の女が姿を現す。

 ゾッとするほど美しい顔立ち、女を主張する肢体、煌めく漆黒の髪、布地の少ない黒衣……

「は、羽衣、姫……!?」

 流星はその場から動けなくなった。背筋どころか、全身が凍り付く。

「さぁ……死の舞踏を始めましょぉん♪」

 羽衣姫はすぅっと微笑んだ。


   ―――


「じゃあ、羽衣姫は桜さんの身体を……」

 猛の話を聞き終え、恭弥は顔をしかめた。

 屋敷の一室。部屋の中心にしかれたふとんの上に座った猛は顎を引いた。

「羽衣姫と名乗ったあの女が着ていた服がお袋の全身を包んだと思ったら、女の方はミイラみたいに干からびて、お袋の姿が、あの女の姿に……」

 両手の拳を固めてうつむく猛は、その時のことを思い出したのか、唇を噛んだ。

「……羽衣姫の本体は服の方。羽衣姫を完全に滅殺するには、本体を狩るしかないな」

「狩るって……先人達ですら、封印するしかなかったんスよ! 現代の俺達がどうしろと?」

 猛は驚いたのか、顔をバッと上げた。

「それは戦力が大幅に減っていたためと文献にあった。戦力を確保すれば、不可能じゃない」

 恭弥が冷静に返すと、猛は再びうつむく。

「……羽衣姫」

 猛の口から、きしむような声がこぼれた。

「あんなもののせいでお袋も、親父も、みんな……死んだ」

 大きな両手で顔を覆い、猛はぎり、を歯を噛み締めた。

「あんなものが無ければ誰も、誰も死ななかったんだ! 誰も不幸にならなかった!!」

 大声を出した後、猛は顔から手を離した。

「……恭弥さん」

「ん?」

 真剣な声に、恭弥は首を傾げた。

「親父や、他の人柱のみんなの分まで、生きてください」

「……」

「お願い、します」

 哀れなほど歪んだ顔と、懇願するような声音。恭弥は頷くしかなかった。



 部屋を出た恭弥はふぅ、と息をついた。

 自分は頷いた。あんな目を、あんな顔を、されたから。

「……何をやってるんだ、僕は」

 彼の想いを裏切ることぐらい、最初から解っているのに。

「っ、く……」

 恭弥は急に苦しくなって心臓を辺りを掴んだ。

 鼓動がいつもより早い気がする。人柱が殺され始めてから、体調は悪くなる一方だ。

「まだ、駄目だ」

 唇を噛むと、口の中に鉄の味が広がった。

「僕はまだ、僕である必要がある」

 切れ長の瞳に宿る瞳は、揺るぎなかった。


   ―――


 悠は刀を振った。

「風刃斬!」

 地を這う衝撃波がコンクリートを削る。

「あの時は動揺したけど、今度はそうはいかないよっ」


 その前に、いつの間に刀を持った!?


 唖然とする流星の視界の隅で、当然のように朱崋が存在していた。

(あいつって……神出鬼没過ぎ)

 非常時だというのに、そんなことを思ってしまう。

「んふ♪ 前の妾と今の妾は違うわよぉん」

 羽衣姫は含み笑いを浮かべ、右手を突き出した。

四天壁晶(シテンヘキショウ)!」

 羽衣姫の前に薄ら発光する四角い壁が現れる。半透明のそれは衝撃波を受け止め、かき消えてしまった。

「なっ……!?」

「言ったでしょぉ?」

 澄んだ音を立てて、薄い障壁は崩れる。その破片をまとった羽衣姫は、にいぃっと唇を歪ませた。

「前の羽衣姫と今の羽衣姫は違うのよん♪」

 こっ、とブーツのヒールが音を立てて進み出る。


 ギュルウゥゥッ


 羽衣姫の身体に何重も長い何かが巻き付いた。

 銀色に鈍く光る、ロープのようなものだ。

「ふはは、捕えたぞ!」

 忍は高笑った。

 鋼鉄のロープの先、同じ色に輝く柄を握り締め、忍はぐいっとそれを引っ張る。

「鉄鞭姫、部分解除!」

 パリィ、とロープ――否、鞭に電流が走る。

電雷閃光(デンライセンコウ)!」


 バリバリバリバリバリバリィッ


 鞭から電流が流れ、羽衣姫の全身を電光を覆った。

「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 羽衣姫が悲鳴を上げた。忍は笑みを深める。

「出力を上げる! まだまだ上がるぞっ」

 かあぁっと電光がまぶしいぐらいに辺りに覆い被さった。

「うお! す、すげぇ。このまま羽衣姫倒しちまうんじゃねぇか!?」

「……いや」

 驚く流星に対し、悠は眉をひそめた。

「そう簡単にはいかないだろうね」

「何言ってるの」

 可憐はハッと鼻を鳴らした。

「お兄様の電撃を受けて生き残れるはずが」


 ドスッ


 可憐の言葉が止まる。

 鈍い音と同時に、血がぽたりと地面に落ちた。

「……え?」

 可憐は目を見開いた。

「何……これ」

 小さな唇の端からつ、と紅いものが伝う。

 貫かれた腹からあふれる血が、白い服を濡らした。


『うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』


 誰か、一般人が叫んだ。

 息を飲んで見守っていた人々が逃げ騒ぐ中で、流星は絶叫によりかえって冷静になる。

 可憐は先のとがった太く黒い何かに、腹部を貫かれていた。

 そしてその根元は。

「しびれるぅ~……なんちゃって♪」

 今なお電撃をあび続ける羽衣姫の唇が歪められた。


 右腕の手袋が伸びて、可憐の腹を貫いている!


「いつまでこれ、放出し続けるのかしらん?」

 羽衣姫は忍に目だけを向けた。睨まれたわけでもないのに、忍の顔がひきつる。

「邪魔よん♪」

 羽衣姫の左手が動いた。


 バアァァァァァァァァァァァァン!!


 電撃がはじけ飛んだ。

「ぐあっ」

「きゃっ」

 離れた場所に立っていたはずの流星と悠は、その衝撃により吹っ飛ばされる。

 悠はなんとか耐えられたようだが、流星は無様に建物に叩き付けられた。

「……ってぇ。昨日といい、今日といい、俺壁に叩き付けられ率高くねぇ?」

「そんなことより忍と可憐!」

 悠に怒鳴られ、流星は頭を押さえながら起き上がった。

 羽衣姫の足元に、とぐろになった鞭が落ちている。忍は柄を持ったまま倒れていた。

 羽衣姫は笑みを浮かべたまま可憐から槍もどきを抜く。同時に長さが元に戻り、何のへんてつもない手袋に戻った。

 可憐は一瞬ふらつくが、何とか踏みとどまる。

「うぐ、この……」

 可憐はおぼつかない手付きで数枚の呪符を取り出した。

「可憐、駄目!」

 悠が止めに入ろうとするが、間に合わない。

「羽衣姫ぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 呪符が矢になって飛来した。あなどれないスピードで矢はまっすぐに羽衣姫に迫る。

「無駄♪」

 羽衣姫は目を細め、両手を広げた。

 両腕を覆う手袋から、蛇のような細長いものが突出する。

 それはぐんっと伸びて矢を真っ正面から叩き落とした。

「マズいっ」

悠は慌てたように前に出ようとした。


 トスッ


 しかし彼女の足元に突然矢が飛んで来たことにより、足を止める。

 可憐の矢ではない。なぜならその矢は、突き刺さったとたん霧散したからだ。

 悠がそれに一瞬動きを止めたことで――結果は決まってしまった。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ


 あっと思う間も無く、可憐は全身を貫かれた。

 腹の傷はえぐられ、右腕と左腕と左足が吹き飛ぶ。右腕は筋一本でぶら下がる状態となり、首の半分の肉がもっていかれた。

 羽衣姫の手袋が元に戻る。彼女の唇には、子供のような笑みがかたちどられていた。

 可憐の顔に、様々な表情が浮かぶ。怒り、嘆き、驚愕……しかし何より色濃かったのは、恐怖だった。

「た、たすっ……助けっ」

 血塊を吐きながらの懇願も虚しく――


 ドシャッ


 頭が砕かれた。

 羽衣姫の指先が伸び、槍のように可憐の頭を貫いたのだ。

 肉片と血をまとわりつかせた骨片が散らばる。ハラハラと髪がざんばらに舞った。

 バラバラになった脳が地面でひしゃげ、光を失った眼球が転がる。

 血の臭いがたち込み、視界を血と肉の色が染めた。

 血走った目玉が、流星を見上げる。

 流星は口元を押さえた。

「っ、うっ……おぇっ」

 たまらなくなって、膝を着いて胃の中のものを吐き出す。目に涙がにじんできた。

「……っく、う゛ぅっ」

 胸辺りまでせり上がってくるものを抑え込み、つばを飲み込む。

「っは、なん……」

 言葉が出てこない。嘔吐物で喉が塞がっているため、喋れるわけがなかった。

「足止めご苦労様、月読ちゃん♪」

「いえ」

 羽衣姫が右手側に目をやると、巫女装束の女が姿を現した。

「それで、どうなされますか? 二人の姫持ちを」

「そうねぇん」

 羽衣姫は腕に付いた血を振って雄とし、小首を傾げた。

「羽衣姫!」

 突然悠が声を張り上げた。

「訊きたいことがある」

「……何かしらん?」

 羽衣姫は眉をひそめた。

「さっきの術、四天壁晶についてだ」

 悠の声が低くなった。

「あれは退魔師の防御術だ。橘家の術師が使う……」

「だから?」

「前は使ってなかった術、前とは違うという言葉、それに橘家の死体をざっと確認した時のことを踏まえると……」

 悠の後方にいる流星には、彼女の顔は解らない。

 だが更に低くなった声で、悠が怒っていることが何なとく理解できた。

「羽衣姫……おまえの今の肉体、橘家当主の橘 桜のものでしょ?」

「え……!」

 流星は口元を押さえたまま目を見開いた。

 そういえば、生き残りの人間を探している時、悠は「いない」と呟いていた。

 結局生き残りは猛以外いなかったわけだが、その言葉を妙に思わなかったわけじゃない。

 その言葉が、橘家当主のことだとしたら。

 流星は羽衣姫を見た。

 羽衣姫の唇には、先程とは違う種類の笑みが浮かんでいる。

 いたずらっぽい――流星から見れば、恐怖で思考が止まりそうな笑みだった。

「ホント……鋭い子供だこと」

 羽衣姫はかつん、と足音を立てて、後ろに下がる。

「頭のいい子は嫌いじゃないわん♪」

「そのふざけた口調続けていると……」

 悠の言葉が途切れた。視線が羽衣姫から、忍に移る。

 いつの間か起き上がっていた忍は、地面に散らばった残骸を見つめ、ぶつぶつ呟いていた。

「死んだ、可憐が、羽衣姫、抑えられない、勝てない、負ける、死ぬ、死ぬ、死、死……」

 忍は鞭の柄を握り締めたまま頭を抱えた。

「忍、落ち着いて! それ以上は駄目だっ」

 悠が焦ったように声をかけても、忍は呟くのを止めない。

「もう駄目だ。勝てない」

「忍!」

「勝てない、勝てない、勝てない」

 忍は顔を上げた。恐怖で顔が歪み、瞳には絶望しか映っていない。

「僕達は殺されるんだ!」


 ミシィ……


 何かがきしむ音がした。

「が、ぐあっ……」

 忍はいきなり血塊を吐き出した。

「忍、武器を離してっ」

 悠の声も聞こえていないようで、忍の身体は嫌な音を立て続ける。

「何が起きているんだ……?」

 流星は悠の隣に移動した。吐き気はおさまったが、まだ気分が悪い。

 だがそれより、今は忍の身に起きていることの方が気味悪かった。

「忍は、折れてしまったんだよ」

 悠は険しい顔を浮かべ、刀を握り直した。

「鉄鞭姫に精神を喰われてしまってるんだ」

「そ、それってどういう……」

「姫シリーズは、従うために持ち手を選ぶのではない。己の『肉体』として持ち手を選ぶんだ」

 それは――いつか、武器職人の景信にも言われたことだ。


 それが……今目の前で起きている!?


「う、が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 忍は叫び声を上げた。その間に、髪の色が変化する。

 薄茶色がどんどん色を失っていく。否、金色に変わっていく。

「か、髪の色が……」

「あれがなれの果て」

 悠が呟くのと同時に、忍は叫ぶのをぷつりと止め、立ち上がった。

 虚空に向けられた瞳も、爛々と輝く金色に変わっている。

「あれが、身体を乗っ取られた者の姿だよ」

 悠は少しだけ前に出た。

「心が闇に負けた時……姫シリーズ達はそこをついて使用者の心を喰らう。身体を乗っ取るためにね」

「乗っ取る……」

「あれはもう、忍じゃない」

 悠は刀を構えた。

「あれは、鉄鞭姫だ」

 悠が見つめる中で、忍は忍じゃないものの瞳に羽衣姫を映した。

 唇の端が、にぃぃと持ち上がる。

「ヒサシブリ、姉妹(キョウダイ)

 声も、忍のものじゃなかった。




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