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HUNTER  作者: 沙伊
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第十四話 笹の兄妹<上>




 さすがに夜が明けきっていない早朝は眠い。

 しかし、流星達はそんなことにかまってられなかった。

「着いたよ」

 悠は車が停まると同時にドアを開けた。

 大きな門。いつぞやの梅見家のように半壊しており、家屋を囲む塀も似たり寄ったりだ。

 空に向かって立ち上る煙を見るに、中は更に凄惨な光景が広がっているだろう。

「ねぇ、襲撃があったのは昨日でしょ? だったらもう……」

 日影は言いかけて口をつぐんだ。

「なぁ」

 雷雲は風馬の服のすそを引っ張った。

「もうだれもいねぇの? 橘家のみんな、死んだの?」

「……多分」

 風馬は手短にそう答え、拳を握り締めた。

「この様子だと、あのゾンビ達はおとりだったのかもしれませんね」

 燐はぽつりと発言した。まだ血が足りないのか、または別の理由からか青ざめた顔をしている。

「生け贄達を操り、僕達をひきつけている間に橘家を叩く。邪魔が入らなかった分、やりやすかったでしょうね……」

 燐の震え声に、流亜は「全くだ」と頷いた。

「妖偽教団が現れたのもそのためか。くそ! 何でこんな残酷なことできんだよっ」

 流亜の言葉を聞いて、悠と日影は妙な顔をした。

 意外だとでも言いたげな、不思議そうな表情はすぐ消えてしまったが、何か思うことがあったのは違いない。

「……とりあえず、中に入ってみましょ」

 日影の提案に、全員固い動きで頷いた。



 流星は吐きたくなってきた。

 人間が燃えた臭い。鉄錆の臭い。

 嗅覚だけでも気分が悪くなるのに、視覚が入ると吐き気どころじゃなかった。

 バラバラの肢体。地面に染み込んだ血痕。変色した肉片。

 これは本当に現実なのだろうか。あまりにも非日常過ぎて、理解できない。

「妖偽教団の奴ら……いかれてるとか、そういうレベルじゃねぇ……」

 流星は奥歯を噛み締めた。

「こんなことして何になる!? ただ人が死ぬだけじゃねぇか。何も、何も残らねぇじゃねぇか!!」

 こんなことをするのは人間じゃない。こんなの人ができるはずがない。

(でも……)

 なぜか、肯定する自分がいる。

 人は、残虐なことをする前に理性がブレーキをかける。だから悪行に眉をひそめるし、自らの手を罪に染めることも無い。

 だがひとたび理性が――ブレーキが外れれば、何者より残酷になれるのだ。

 流星は退魔師の仕事を通して、そんな人間を見てきた。

 完全に否定できず、完全に肯定できず。流星はどうすればいいのか解らなくなる。

 苦妃徒太夫の言葉が、またよみがえってきた。

「ちょ、あれ!?」

 日影が突然ある一点を指差した。

 全員、指差された方を見る。

「あ、あれって……(タケル)じゃないのか!?」

 風馬が叫んだ。

 がれきの下から這い出るように、一人の少年が現れる。

 ほこりをかぶって白くなっているが短く切られた髪は黒で、薄茶色の瞳は人のよさそうな光を灯している。少し日焼けた顔は精悍でなおかつ整っていた。

 背が高く、身体付きは無駄の無い筋肉が付いているのが服越しでも解る。

 普段なら感心するかうらやましくなる容貌だが、今の彼の状態はそれどころじゃなかった。

「た、猛のあんちゃんぼろぼろだぜっ」

 雷雲の言う通り、少年――猛は傷だらけだった。

 いたるところに傷を作り、服は返り血だか何だか解らないもので真っ赤染まっている。

 薄い唇からもれる息は絶え絶えで、立つことさえできないようだった。

 全員猛に駆け寄る。風馬は彼を助け起こして額に手を当てた。

「おい、熱あるぞ!」

「この傷……ほっとくと化膿するわよ」

 日影は厳しい表情を浮かべた。

「う……ゆうは、いるか?」

 猛の口が動いた。

「いるよ。私に何か?」

 悠はしゃがんで猛と目線を合わせた。

「敵の……伝言、だ」

 猛は悠の肩に大きな手を置いた。

「桐の裏切りに……ハァ、気を、付けろ……」

「桐……!?」

 悠は目を見開いた。流星も思わず燐と流亜と視線を交わらせる。

 猛は言い終えると、力尽きたように悠の方へ倒れ込んだ。


   ―――


 椿家の邸宅。和風の大広間の一番奥であぐらをかいていた刀弥は煙管から口を離した。

「裏切り者、なぁ……。無くは無ぇ話だな」

 悠と同じことを言ってる、と流星は思った。さすが兄妹、というべきか。

「桐生家襲撃の際の手際の良さ。内通者がいた可能性は高い。だが……生き残り組にとはな」

 この場に桐生家の面々はいない。いるのは椿家三兄妹、それと流星と燐のみだ。

 裏切り者のことがある以上、桐生家の者を話し合いに参加させるわけにはいかず、別室で待機してもらっている。

 猛はというと、彼もまた別室で治療中だ。しばらくしたら起きるだろう。

「……別家でも、裏切り者がいるみたいだな」

 恭弥が紙の束を見つめながら呟いた。

「梅見家の退魔師と死亡者のリストだ。四人足りない。骨ごと喰われた可能性もあるが、おそらくは。橘家でも同じ結果が出るはずだ」

「何か、嫌というか恐ろしいですね」

 燐は正座した両膝に置いた拳を握り締めた。

「すぐ近くに敵がいるかもしれない。すぐにでも首をかっ切られるかもしれない。そう思うと……少し、怖いです」

 燐の言葉をそんな馬鹿な、と笑い飛ばす者はいなかった。全員厳しい表情を浮かべ、黙り込む。

「……裏切り者の目星はついてるよ」

 悠が顔を上げて言った。流星は思わず片膝立ちになる。

「マジか!? 誰だ?」

「言えない」

「何で!?」

「推測の域を出てないから……だろ?」

 刀弥は肩をすくめた。

「おまえは勘がいい。……そのせいで一人で突っ走る傾向があったが、それも無くなったみたいだな」

「……私は、三年前に何も学ばなかったわけじゃないよ」

 悠がそう言ったとたん、流星以外の全員の顔が曇った。

 特に恭弥は、哀しそうな顔をうつむかせている。

「……それより、裏切り者をどうやって推測から確定に変えるんですか?」

 燐の問いに、悠は考え込むような仕種をした。

「……朱崋に色々調べさせてる。とはいえ、一応私から鎌をかけてみるよ」

「僕は他の裏切り者のことを調べよう」

 恭弥は手に持ったリストを軽く振った。

「でも恭兄、身体の方は……」

「デスクワークぐらい大丈夫さ。氷華にも手伝ってもらうしな」

 恭弥はさわやかに笑った。

 しかし今気付いたが、顔色が少し悪い。

(体調、よくねぇんだ)

 流星は恭弥をじっと見つめた。

 封印のバランスとやらが崩れているせいか、多分辛いはずだ。

 なのに笑って、何かをしようとしている。

 強い精神力だ。けっして折れることはない、崩れることもない。

 悠も、多分刀弥や燐も、絶対な意志を持っている。だから強い。

(でも俺は?)

 敵の言葉で揺らぎ、迷い、崩れる。とても、弱い。

(俺は、戦っていけるのか?)

 流星が弱々しく拳を握った時、遠くから喧騒が聞こえた。

「どうした?」

「は、はい」

 刀弥は外に声をかけると障子が開き、スーツ姿のごつい男が入ってきた。

「実は……」

「何だ?」

「……笹宮家の人柱と姫持ちが、こちらに……」


『……』


 数秒の間。

 ゆっくり時間をかけた後――


『……はあぁぁ!?』


 五人はぴったり声をそろえた。



 客間でまず目に入ったのは、茶髪の縦ロールという髪型の少女だった。

 薄茶色の長髪を童話に出てくる姫のように幾つもの縦ロールにしている。幼さの残る顔には薄ピンクの化粧をほどこしていた。

 しかし流星が何より驚いたのは、少女の服装である。

 白を基調としたピンクのリボンやフリルがあしらわれたブラウス。下は白いレースを三段重ねにしたスカート、頭には、どういうわけかでかいピンクのリボンを付けていた。

 乙女趣味全開の服に、流星はドン引きする。

(何だ、あのイタイ存在は!)

 言葉が出てこない。できることなら、視界に入れたくない。

 しかしそういうわけにはいかず固まっていると、少女は立ち上がった。……ハイソックスまでレースとリボンだった。

 少女は一直線に恭弥まで走り寄る。

「お久し振りです、恭弥様ぁ!」

 甘ったるい声を上げて、少女は恭弥に抱き付いた。恭弥が目を見開いている間にも、少女はすり寄っている。

「……なにあれ」

「美少年に抱き付くロリファッション少女の図」

 流星の呟きに、悠はため息まじりに答えた。

「ロリ……? ロリコン?」

「それは幼女嗜好。ロリータファッションっていう服の系統だよ」

 悠は常識を話すような口調だが、流星には全然常識じゃない。

「私はゴスロリの方が興味あるな。まぁ普段はパンク系着てるけど」

 どうしよう、悠の言葉が呪文に聞こえてきた。

 流星が頭を抱えている間に、少女はベラベラ喋っている。

「もう二ヶ月前になりますね……私は貴方を忘れたことはありません。再会できる日を、どれほど待ち焦がれたことか……!」

 何やら芝居がかった口調だ。目は本気だが。

「あー、解った。君の気持ちはよく解ったから離れてくれ」

 恭弥は少女を自分から剥がした。

「あいかわらずだな……」

 恭弥はこめかみを押さえた。

「いいえ恭弥様。この可憐(カレン)、恭弥様のために美しさに磨きをかけましたもの~」

 再び迫る少女を、恭弥はさらりと避ける。随分慣れた動きだ。

「ホント、あいかわらず恭兄にベタ惚れだよね、彼女」

「僕は貴方に心酔しておりますが」

 どっからわいてきたのか、一人の青年が悠の右手を取っていた。

 薄茶の髪を伸ばし、どういうつもりか黒革の服を着ている。顔立ちは悪くない。むしろいい方だ。だが、服装のセンスはいいとは思えなかった。

 けっこうな存在感だが、さすがに少女の傍ではかすんでいたのだろう。

(シノブ)、いたの?」

 悠は冷めた目で青年を睨んだ。

「私に触らないで。手、離しなよ」

「まさか! 貴女の繊手を離すなどできな」


『何言ってんだ(ですか)、この変態野郎ぉぉぉぉぉ!!』


 流星と燐は青年の言葉を遮るように絶叫した。

 青年は不愉快そうに振り向く。

「いたのか鬼堂 燐。害虫めがっ」

「誰が害虫ですか!」

 燐はすかさず反論した。

「うるさい。……で、そっちのアホそうな餓鬼は?」

「ガッ……大して歳変わんねーじゃねぇか!」

 流星がガーッと吠えた。

「同い年ぐらいだろ!? 俺十七だしっ」

「勝った。僕は十八だ!」

「一歳しか違わねぇだろおぉぉぉ!!」

 ぎゃあぎゃあと客間が騒がしくなった。

 可憐はまだ恭弥を追いかけてるし、忍と流星、燐は悠をはさんで睨み合っている。

「……ここは幼稚園か」

 刀弥はぼそっと呟いた。



 その様子を、部屋の外から見つめる者が一人。

「飛んで火に入る人柱……」

 その唇が歪められた。





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