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HUNTER  作者: 沙伊
39/137

     沈む村<下>




 金属音と共に、鈍い衝撃が腕に伝わった。

「……邪魔しないでくれる?」

 悠はふっと笑った。しかし、頬には汗が伝う。

「一緒に斬られたいの? 熾堕!」

「相変わらず鋭い目だな、椿 悠」

 銀髪の男――熾堕は、剣で刀を受け止めながら笑った。

「熾堕、おぬし何故に……」

 かばわれた亜紅妥法師は、わけが解らないという顔で熾堕を見つめる。

「人手が足りないんだよ。幹部が死んだら、教団内をまとめにくくなる」

 熾堕はそう言い、刀を弾いた。

 悠は後方に飛ばされながらも、何とか体勢を立て直す。

「作戦はほぼ成功なんだ。小娘相手に熱くなるのは、どうかと思うぞ」

「ぬ……」

 亜紅妥法師は黙り込んだ。言い返せないようだ。

 その様子を見て、熾堕はふっと笑った。

「退くぞ。苦妃徒も回収する」

「! 逃がすかっ」

 悠は刀を振り上げた。

「初の手、風刃斬!」

 衝撃波が地を這い、熾堕に迫る。


 バアァァン!


 はじかれた。

 熾堕が片手を突き出したと思ったら、破裂したように四散したのだ。

「まだまだ弱いな」

 呆然とする悠をよそに、熾堕は亜紅妥法師を抱え込んだ。

「これでは俺どころか、羽衣姫すら壊せない」

「くっ……!」

 悠は唇を噛んだ。

 それを見た熾堕は、面白そうに微笑む。

「強くなれ。星の瞬きが消えないように」

 熾堕はだっと走り出した。

「っ、待て!」

 悠は我に返って熾堕を追いかけた。



 民家が焼き崩れる。

「う、ぐあ……」

 苦妃徒太夫は全身を焼き焦がし、それでもなお生きていた。

 流星はほっと息をつく。殺す気は無かったので、彼女が生きていて安心した。

「もうこれ以上戦ったら、あんたの身体もたないぜ。諦めろよ」

 流星の言葉に、苦妃徒太夫はぎろっと睨んできた。

 恐ろしい形相にひるみそうになりながらも、流星は言葉を続ける。

「それに俺、あんたのこと殺したくないし」

「何……!?」

「あんた半妖だろ。元々は人間だったわけだし、俺人殺しなんてしたく、ないし」

 流星の言葉に、苦妃徒太夫は酷く驚いたようだった。

 目を見開き、流星の顔を凝視する。

 その視線を居心地悪く感じていると、苦妃徒太夫はうつむいた。

 肩が震えている。泣いてるのかと思えば、笑い声が聞こえてきた。

 小さな笑い声。やがて苦妃徒太夫は喉をのけ反らせて高笑いし始めた。

「あは、あははははははははは! あはははは、ははっ、あっはははははは!」

「なっ……」

 今度は流星が驚く番だった。

 何を笑われているのか解らず立ちすくんでいると、苦妃徒太夫はぴたっと笑うのを止めた。

「ふざけんな、餓鬼が!」

 般若のような表情で睨まれる。思わず後ずさる流星に、彼女は声を張り上げた。

「何が殺したくない、よ! いい子ぶってんの? だったらあんたは、妖魔も殺したくないわけ?」

「あ、え……?」

「あんたは何の命も奪ったこと無いの? 違うでしょ。あんたは犠牲の上に立ってる。無意識でも命を殺してんのよ!」

 苦妃徒太夫はぐいっと流星のシャツを引っ張った。

 逆らえずにそのまま膝を着くと、彼女は顔を近付けてくる。

 血の臭いがする。血や髪の焼けた臭いがする。

 死人の、臭いがする。

「それとも人の形をした奴を殺したら『殺し』なわけ? それ以外の生き物を殺しても『殺し』じゃないわけ!?」

「それは……」

「ふざけんな! ここは戦場よっ。殺すか殺されるかなの。そんな場所で気色悪い優しさ振りかざすな、この偽善者が!!」

 流星は心臓を貫かれたかのような衝撃を受けた。

(偽善……? 俺はただ、人を殺したくないだけだ。そう、人を殺したくない、だけ)


 でも……それが偽善なのか?


 流星は呆然と地面を見下ろした。

「っ、く……」

 苦妃徒太夫は叫んだせいで残り少ない体力が尽きたのか、力無く地面に伏した。

 しばらくその場には、僅かな呼吸音しか響かなくなる。それを破ったのは、第三者だった。

「よう。随分なナリじゃねぇか、苦妃徒」

 背後の声に流星が振り返るより速く、腹を思いきり蹴り飛ばされた。

「っがは……!」

 肺全ての酸素が無理矢理吐き出される。

 みしっと骨がきしんだ気がした。受け身は取ったものの、背中をしたたかに打つ。

 何とか起き上がった時に流星が見たのは、煌めく長い銀髪だった。

「……! おまえ、確か……」

「久しぶりだな」

 銀の双眸を細目ながら、銀髪の美丈夫は笑った。

「おまえにはちゃんと名乗ってなかったな。俺の名は熾堕だ。覚えておけ」

 忘れるはずなかった。その容貌は、あまりにも印象深過ぎる。

「苦妃徒、掴まれ。教団へ転移する」

「え、ええ」

 苦妃徒太夫は熾堕の手を掴んだ。

「待て!」

 再び声。振り向くと、悠がこちらに走ってくるのか見えた。

「逃がさないよ、熾堕っ」

 向かってくる悠を見て、熾堕はにやっと笑った。

「ふっ……今のおまえに、俺を止める(すべ)は無い。そう」

 熾堕と、妖偽教団幹部二人の姿が透けていく。

「今は、な」

 謎のセリフを残し、熾堕達の姿はその場から完全に消失した。



 しばらく呆然としていた二人だが、流星は沈黙を破った。

「……なぁ」

「……何」

「俺は……偽善者か?」

 悠を見ると、無言で先を促してくる。流星はぼそぼそと、苦妃徒太夫に言われたことを話した。

 全部話し終えた流星は、ぐしゃりと前髪を握り潰す。

「俺……間違ってんのか?」

 傍に立つ悠を見上げ、流星は問うた。

「例え半妖でも、人を殺すのは悪ぃことだろ。でもそれは、間違ってるのか? 例え半分は妖魔でも、半分は人間じゃねえか。でもそれは……ただの俺の偽善だったのかよ……!?」

 自分を構築していたものが、がらがら崩れていく気がする。

 正しいと思っていたものが全て間違っていたような、そんな気が。

 まともに悠を見れない。こんな弱い自分、できれば見せたくなかった。

 流星はうつむき、拳を握り締める。

 そんな彼の頬に、悠の手が触れてきた。

 驚いて顔を上げると、抱き寄せられる。小さな膨らみが、頬に当たった。

「え、ちょっ、ゆ……」

「流星は間違ってないよ」

 首にまわされた腕に力が込もった。

 悠の鼓動がじかに聞こえる。それを聞いている内に、気持ちが落ち着いてきた。

「流星はただ……人としての優しさを持っているだけ」

 悠の声はいつもより優しく、温かい。

「だから流星は、間違ってないよ」

 流星は肩を震わせた。

 肯定されることが、これほど嬉しいことだとは思わなかった。

 視界がにじみそうになるのを必死で抑えていると――


「何やってるんですかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 誰かが絶叫した。第三者の乱入に、二人は固まってしまう。

 流星は目だけ(首は動かないので)を声の方へ向けた。

 男が二人、こちらに向かってきている。

 片方は血のにじんだタオルを頭に巻き、もう片方はごつい肩をタオルの男に貸していた。

 その二人を見た悠は、小首を傾げる。

「燐と流亜……? どうしたの、その格好」

 悠は二人の姿を見て眉をひそめる。

 二人の男――燐と流亜は血まみれだった。

 流亜は返り血のようだが、燐は自身の血のようだ。タオルににじんでいるのは、頭の傷だからだろう。

「ちょっと、血が足りない状態で叫んで大丈夫なの?」

 悠が尋ねると、燐は青い顔で額を押さえた。

「大丈夫じゃないです……傷、塞がりかけてるんですけど今のでまた」

 言ってるそばから血がたらーっと頬を伝った。

「あぁもう! 朱崋っ」

 悠があきれ半分狼狽半分で朱崋の名を呼んだ。

 建物の影から現れた朱崋は燐に駆け寄り、頭のタオルを外す。

 悠から顔を離した(腕はまわされたまま)流星は、怪我の具合を見て顔をしかめた。

 服などに付いた血の量から見て軽くないのは解っていたが、ここまで酷いとは。

 前髪の付け根部分の皮膚は裂け、そこから血が流れ出ている。周りが少し腫れ上がっており、傷が深いために骨が見えそうだった。

 見ただけで背筋がゾッとする傷口を、悠は冷静な目で眺める。

「金属バットか何かで一撃、だね。刃物との傷とは違うし、もしそうなら即死してる」

 なかなか怖いことを言う。頬をひきつらせている流星を、燐はじろっと睨んだ。

「……いつまでくっついてんですか」

 言われ、流星は現状を思い出して赤くなった。

「慰めてあげてるんだよ。落ち込んでたから」

 そう言って更に密着してくる悠。嬉しいのだが、燐の顔が凄いことになってる。

「悠、俺もう大丈夫だから。別にもう慰めなくても」

「ん? そう」

 悠はようやく腕を外した。少々名残惜しいが。

「……で、燐。その傷誰にやられたの?」

 悠が尋ねると、燐は朱崋に治してもらいながら顔を伏せた。

「解りません。いきなりのことで、相手の顔は見てなくて」

「解らないってことか……」

 悠はチョーカーの十字架をいじりながら考え込んだ。

「……裏切り者かもな」

 流亜がぼそっと呟いた。悠が瞬時に顔を上げる。

「裏切り者って?」

「いや、妖偽教団の奴の話だから、信憑性は無ぇんだけどよ……」

 流亜は顔をしかめた。

「俺達桐生家の中に……妖偽教団と繋がってる奴がいるらしいんだ。誰かは、解らねーけど……」

「そんな!」

 流星は目を見開いた。

「妖偽教団と退魔師が繋がってるなんて……」

「いや、ありえない話でもないよ」

 悠は胸の前で腕を組んだ。

「退魔師といえど人間だからね。心変わりもするよ」

「脅されて、とか?」

「……だったら救いがあるんだけどね」

 流星が尋ねると、悠は眉間にシワを寄せた。

「ところで、まだ何か言いたそうだけど、何?」

 悠は横目で流亜を見た。

 流亜は地面に目を向けながらぼそぼそと話し出す。

「この村のことも、妖偽教団から聞いたんだよ。ここは、命であがなわれた村だってな」

「命であがなわれた、村?」

「……ここのゾンビ達」

 流亜は村を見渡した。

「あれは墓から出てきたとか、誰かに操られて来たとかじゃなくて……生け贄の死体なんだよ」

 流亜は顔を上げながら歪めた。

「この村は十年前まで、年に一度、人間を山に生き埋めにしてたんだ」

「なっ……! それって殺人じゃねぇかっ」

 流星は目を剥いた。

「あぁ。それも集団殺人。普通なら村自体が罪に問われるところを、与党の人間がこの村出身だったためにもみ消されることになった」

「それを、妖偽教団が?」

 悠が訊くと、流亜はこくりと頷いた。

「そんなの、私達も知らなかったことだよ。政府内にも妖偽教団が紛れ込んでるのかもね」

「え? 何でそうなるんだ?」

 流星は目を瞬いて悠を見つめた。

「裏の事情を知ってるってことは、国の内情に詳しいってこと。つまり内部に敵がいるってわけ。全てが事実だったらの話だけどね」

 悠は口元に手を当てた。

「それにしても、無くは無い話だね。近代まで、生け贄を捧げることは、ざらにあったし」

「……は? どういう意味だ、それ」

 流星は眉をひそめた。

 悠は一瞬考え込むような仕種をした後、口を開く。

「……日本では工事中に事故が多発すると、土地神の怒りと信じて人間を捧げたんだ」

「なっ……!」

「コンクリートに埋めたり、焼き殺してその灰を材料に混ぜたり、ね。最近まで、それが普通だったんだよ」

「っんだそれ! そんな、そんなこと……!」

 流星はいきりたって身を乗り出した。

 そんな流星を、悠は冷た過ぎるほど静かに見つめる。

「でもこれは事実だよ。建築物には、未だに骨が埋まってるところもあるはずだ」

「っ……」

 熱くなりかけた脳が、急速に冷えていった。

(本当に、こんなことが……)

 流星はぎり、と奥歯を噛み締めた。

「こんなことがあって、たまるかよ……!」

「流星……」

 悠は手を伸ばしかけた。

 だが無機質な電子音により、それは阻まれる。

「……もしもし」

 悠は顔をしかめて携帯を取り出し、通話ボタンを押した。

 最初は不機嫌だった悠の顔に、みるみる驚愕が広がっていく。口から「そんな」という言葉がもれた。

「悠、どうしたんですか?」

 燐は恐る恐る尋ねる。

「橘家が……」

 悠は携帯から耳を離し、顔を上げた。

「人柱が、襲われた」


   ―――


 美しかったはずの日本庭園は、戦場の焼け野原となっていた。

 家屋は原型をとどめず崩れ、辺りには血まみれだったり身体の一部が無い死体が転がっている。

 死臭と焦げ臭さが混じり合う中を、一人の美女が闊歩していた。

「あはん♪ いいわぁ、この身体……さすが橘家当主の肉体♪」

 女――羽衣姫は己の手を見下ろした。

 椿 悠に壊された手ではない。傷一つ無い無い、白い肌をした繊手だ。

「月読ちゃんの言う通りねぇん。妾の身体にふさわしい♪」

「おほめいただき、光栄です」

 付き従っていた月読は深々と頭を下げた。

「さぁてぇん……もう用は無いわねぇん♪ さっさと行きましょ」

 羽衣姫の言葉に、辺りの妖魔や半妖達は咆哮で応える。

 異形の者達が絶世の美女を先頭に進む姿は、見ていて圧倒されるものがあった。

 月読もそれに続こうとして、ふと、ガレキの一部が動いていることに気付いた。

 月読は足を止めてそのガレキをじっと見つめる。

 やがてガレキは少しだけ倒れ、少年が姿を現した。

 十五、六ぐらいだろう。黒髪に薄茶の瞳をしている。

 少年は月読と目が合ったとたん、精悍な、しかし幼さを残す顔を強張らせた。

 何やらガレキの中から引っ張り出そうともがく少年に、月読は声をひそめて声をかける。

「私は別に、人肉を喰らう趣味は無い。だから今回は見逃してあげるわ」

「へっ……?」

 少年は間の抜けた声を上げた。その手には、半ば現れた黒い槍が握られている。

「ただし、見逃すのは一度きりよ。次会った時は即刻殺す」

 月読は少年を一睨みして背中を向けた。

「……あぁそうだわ」

 一つ思い出して、顔だけを少年に向けた。

「椿 悠に伝えなさい。桐の裏切り者に気を付けろ、とね」

 月読は今度こそ、その場を後にした。



 残された少年は痛みや疲れ、もろもろの感情も忘れ、ただ呆然としていた。

「桐? 桐って……桐生家のことか?」

 それに解答する者は、いない。




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