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HUNTER  作者: 沙伊
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     沈む村<中>





 流星は小刀を横凪ぎにした。

 肉が脆くなっているゾンビの首は簡単に絶ち斬られる。

 確かこれで五匹目だったはずだ。そう思って振り返ると、悠の周りに、立っている妖魔はいなかった。

 あまりの討伐の速さに、流星は舌を巻く。ゲームでもこんな量を数分で倒せるはずが無い。

 改めて、椿 悠という少女の実力を実感した。

 数十はいたはずのゾンビが、例外無く斬り裂かれているのは、かなりゾッとする。

「怪我無い?」

 悠が振り返りながら、刀に付いたゾンビの体液を振り落とした。

「無ぇよ。無ぇけど……」

 流星は腕に残る感触に顔を歪めた。

 直接ゾンビを斬った感覚が、心に鈍い苦しみを植え付けてる。

「……いや、やっぱ何でも無ぇ」

 流星が首を振ると、悠は無表情で「そう」と返した。


 パリイィィィィィンッ


 ガラスが割れるような音が響き渡った。

「な、何だ!?」

 流星は目を見開いて空を見上げた。

 残響が聞こえる中で、悠が呟く。

「燐の結界が破れた……!」

「はぁっ!?」

「燐に何かあったんだ……」

 悠は走り出した。慌てて流星も後を追う。

「ど、どこ行くんだよっ」

「燐のところに決まってるでしょ!」

 悠は走るスピードを速めた。


「行かせん」


 突然響いた男の声に、二人は急停止した。

「な、何だ!?」

「まさか……」

 悠は刀を構え直した。

「貴様らには、ここで死んでもらう」

 建物の影から中年の男が一人現れた。

 白髪混じりの黒い髪、茶褐色の瞳、黒スーツの男だ。取り立て特徴の無い、平凡な容姿だった。

「……妖偽教団だね」

 悠は腰を低く落とした。

「左様。それがしは亜紅妥法師(アクタホウシ)。その命、もらい受ける」

 男――亜紅妥法師の右腕がミシミシと歪み、変色する。みるみるうちに、ぶっとい木の槍のようになった。

「妖木か。この間恭兄に倒された奴と同じだね」

 悠は不敵に笑った。

「そやつと一緒にしてもらっては困る。それがしは、妖偽教団の幹部なり」

「ふぅん。それにしても、時代錯誤なおじさんだ――ね!」

 悠は踏み込み、一気に間合いを詰めた。

 刀を下段から、素早く上段に振り上げる。

「ぬっ」

 亜紅妥法師は木と化した腕でそれを防いだ。

 間髪入れず、悠は刀を振り上げ、次々攻撃をしかけていく。亜紅妥法師はそれを防いでいった。

「悠っ。……!?」

 参戦しようとした流星の腕に、何かが絡み付いた。

「!! か、髪?」

 黒髪だ。髪が束になって流星の右腕に巻き付いている。

「邪魔はさせないわよ」

 女の声に振り向くと、黒髪の根源が少し離れて立っていた。

 黒々とした長い髪の、妖艶な美女だ。遊女のような着方で、派手な着物を着ている。

「っんだ、おまえ……!」

苦妃徒太夫(クピトダユウ)でありんす。どうぞよしなに」

 女――苦妃徒太夫はぶんっと頭を振った。

「うお!?」

 髪が引っ張られ、当然流星も空中に投げ出される。

 そのまま自分に叩き付けられるところを、流星はぎりぎりで髪を外した。

 空中で身体をひねり、よろめきながらも地面に降り立つ。

 小刀を構え直し、流星は苦妃徒太夫を睨み付けた。

「いいわねぇ、その目」

 苦妃徒太夫は紅のさされた唇をちろ、となめた。

「殺しがいがあるよ、坊や!」

 黒髪がぶわっと広がり、流星へと伸びた。

 流星は小刀の刃に炎を灯し、勢いをつけて振りかぶる。

 炎のかまいたちと幾つもの髪の束がぶつかり合った。

 本来なら燃えてしまう髪だが、しかし。

「……!?」

 かまいたちが四散した。

 一方、髪は焦げもせずに炎を貫き、流星に迫る。

「!! がはっ」

 髪の束が鞭のようにしなり、流星の身体を打ちすえた。

 流星はぶっ飛ばされ、近くの民家の壁に叩き付けられる。

 木でできた家屋は壊れなかったものの、流星自身が受けたダメージは大きかった。

 背中を強く打ったため、立ち上がることができない。

「これでおしまいよ」

 苦妃徒太夫の髪の束の先が、針のように鋭くなる。

「さようなら」

 髪の槍が、動けない流星の眼前に迫った。


   ―――


「おい燐。起きろって、おい!」

 誰かが自分を揺さぶっている。

 燐はうっすら目を開けるも、視界がなぜか赤く染まっていてよく見えない。

 頭を起こすと、額に激痛が走った。

「! あ、つぅっ……」

 思わず頭を押さえると、手の平にべっとりしたものが付いた。

「血……!?」

「はぁぁ。よかった、生きてたか」

 聞き覚えのある野太い声に、燐はよく見えない目を声の方に向けた。

「……流亜、さんですか?」

「おう。しかし酷ぇな」

 顔に何かが触れた。感触からしてタオルだろう。

「顔中血だらけだ。……何があった?」

 流亜に訊かれ、燐は気絶する前のことを思い出した。

「……確か、誰かが侵入してきて、振り返ったら、頭を……」

 先程から続く痛みのせいで、うまく言葉を紡ぐことができない。

 顔を歪めていると、頭に何かを巻き付けられた。

「まだ血ぃ出てんぜ。包帯代わりに巻いとけ」

「は、はい、すみません。あの……流亜さんは何でここに? 日影さんは?」

 先程から流亜の声しか聞こえない。尋ねると、ため息が聞こえてきた。

「はぐれちまったんだよ。急にいなくなってさ。探してたら急に結界が解けたから、慌ててこっちに来たんだ」

 案の定これだ、とまたため息。燐は頭を下げた。

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「あぁ。にしても……運がよかったな。へたすりゃ失血死だぜ」

 驚きを含んだ声に、燐は微苦笑を返すことしかできなかった。

 自分が死ななかった理由は何となく解る。だがそれを流亜に言う気にはなれなかった。

 どう返そうか考えあぐねいていると、流亜が言いにくそうに「あのさ」と切り出した。

「実は日影がいなくなった後、妖偽教団の幹部に会ったんだ」

「えぇ!?」

 燐は見えない目を見開いた。

「だ、大丈夫だったんですか?」

「あぁ……まいてきた。だがよ、気になることを二点、言ってきやがったんだ」

 流亜の声は、戸惑いを隠せないようだった。

 燐が黙って先を促すと、流亜は低い声を響かせた。

「桐生家の生き残りに……裏切り者がいるらしい」


   ―――


 金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。

 実際ぶつかり合ったのは金属と金属ではない。

 この亜紅妥法師という男の腕、一見ただの木にもかかわらず、金属並の硬度を誇っていた。

「どうした、椿 悠! ぬしの力はそんなものか?」

 木の槍と化した腕を振り回しながら、亜紅妥法師は挑発してきた。

 無論そんなことで感情を揺らす悠ではない。刀で防御しつつ、不敵に笑ってみせ、挑発を返す。

「そっちこそその程度? 所詮口だけか」

「何!?」

 亜紅妥法師の額に血管が浮き上がった。随分激しやすい(たち)らしい。

「ほざくな人間! それがしは、おまえ達より高みに位置する者なり!!」

「おまえ半妖でしょ? なら元は同じ人間だったはずだ。もっとも」

 悠は嘲笑を見せつけた。

「半妖になるぐらいだから、弱い部類に入る人間だったんだろうけど」

「このっ……ほざくなあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 亜紅妥法師は腕を振り上げた。

 木の槍はコンクリートを粉砕し、破片を辺りにぶちまける。

 しかし。


 そこに、悠はいなかった。


「怒った奴は御しやすい」

 亜紅妥法師の背後に回った悠はくすりと笑った。

「本気を出す価値も無い」

 白銀の刃が一閃した。


   ―――


 幾つもの髪の束が、家屋ごと流星を襲った。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 苦妃徒太夫の口から、呪詛のように何度も同じ言葉が吐き出される。

 その攻撃が止んだ時には、辺りは土煙が舞い上がっていた。

「これだけやれば……」

「げほっ」

「な!?」

 せき込む声に、苦妃徒太夫は驚いたようだった。

 身体を震わせて「な、ななっ……」と言葉にならない声を発している。

「げ、ほっ……あー、くそ。さすがに煙は防げねーか」

 炎の防護壁をまとった流星は、煙を手で払いながらぼやいた。

「ゲームのキャラみたいなシールドがあったらって思ったらマジでシールド作っちまいやがった……凄ぇなこれ。今更だけど」

 炎をまとう小刀を見、流星は苦妃徒太夫に目線を向けた。

 髪先が焦げている。シールドによるものだろう。

 炎のかまいたちを打ち破った髪が、炎のシールドで焦げるというのは、なんとも妙なことだが。

「おのれ……この攻撃を防ぐばかりか、髪を傷付けるとはぁっ」

 苦妃徒太夫の髪がぼわぁっと増えた。

「げぇっ。逆ギレ!?」

 当たり、である。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!


 髪がぶっといミサイルのように飛来してきた。

「だぁぁぁ!? 髪焦がしたぐらいで怒んなよー!」

「髪は女の命なのよ!」

「だったらそれで攻撃すんなあぁぁぁ!」

 流星は逃げながらも全力でツッコんだ。

 はたから見ればかなり笑える光景だが、本人達はいたって真面目である。

(くそっ。何だよあの剛毛っ。全っ然燃えねぇし! シールドの時は焼けたのに……)

 無駄と理解しつつも、流星は連続でかまいたちを放った。

「甘い!」

 苦妃徒太夫は全てを髪で打ち破る。炎の残滓が空中で舞った。

 呆然としている間も無く、幾つもの髪の槍が襲いかかってくる。

「くっ」

 流星は再び炎のシールドを張った。

 炎の膜が髪の槍を無効化する。それどころか、髪先を焦がしだした。

「――っ!! またあたしの髪がっ」

 苦妃徒太夫は目を見開いて髪を引かせた。

 しかし驚愕したのは、流星も同じである。

(シールドよりかまいたちの方が攻撃力あるのに……)

 呆然とした両者だが、苦妃徒太夫が先に我に返った。

「はぁっ」

 小刀を見つめていた流星に髪を伸ばした。流星は反射的に小刀を持ち上げる。

 炎の刃に、黒々とした髪が絡み付いた。が、すぐさま嫌な臭いがたち込める。

「あ゛あ゛あ゛!! あたしの髪がっ」

 苦妃徒太夫はすぐさま髪を引いた。

 さすがに直接では燃えるのだろう。焼け焦げの範囲が広がっている。

(でもシールドは何でだ? 俺どうしたっけ?)

 苦妃徒太夫が自失から戻ってくる前に必死で考える。

 炎のシールドをイメージして、炎を前方に集中させて……

 ……集中させて?

「あっ」

 流星は思わず声を上げた。

「そうか、何だよ、スゲー単純じゃん!」

 難しい問題が解けたかのような、そんなすがすがしさを感じる。

 気付いたからには、すぐやるしかない。

 流星は刃に己の霊力を注いだ。

 炎はイメージと霊力に呼応する。今流星は巨大な炎をイメージしていた。

 炎が一抱えほども大きくなり、熱気が空気を焼くのが解る。

 熱風でじわっと汗が吹き出た。シャツがへばり付くのが不快だ。

 流星がやろうとしていることに気付いたのか、苦妃徒太夫は慌てたように髪を広げる。

 だがその時には、流星は『タメ』を終えていた。

「喰らえ!」

 巨大な炎の矢が放たれた。





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