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HUNTER  作者: 沙伊
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第十三話 沈む村<上>




 生きたいと思うことに、何ら罪は無い。

 生きるからこそ生物であり、生きるからこそ、世界は成り立つのだ。

 己の、そして他者の死を願う生物など存在しない。そう、いるはずがない。


 人間を、除けば。


   ―――


 土蜘蛛の件から一週間が過ぎた。

 流星がテストが全くできなくて発狂しかけたという事件もあったが、それ以外はおおむね平和である。

 しかし、平穏というのは唐突に無くなってしまうのが、世の常であろう。



「妖魔が大量発生!?」

 流星は目を見開いた。

 紅茶をのんびりと飲んでいた悠は「そう」と頷く。

「今度ダムに沈む予定の村があってね。その村にゾンビ達が出たんだよ」

 長机の上にあるソーサーにカップを置き、悠は頬杖をついた。

「工事が進まないってね……また政府からだよ」

「刀弥さん経由?」

「そう。全く、余計なことに使うから借金が増えるんだよ」

 悠はあきれたように呟き、座ったまま流星を見上げた。

「でも、狩る数が多くてね。日影達にも頼んだんだよ。もともとこういう仕事は、多人数でやるものだからね」

「ふぅん……。にしても、何でゾンビが大量発生なんか……」

 流星が首筋をかきながら言うと、悠は肩をすくめた。

「知らない。でも、結果があるなら原因がある。その村には、何か後ろめたい闇があるんだよ」

 意味深な言葉に流星は顔をしかめつつも尋ねる。

「いつ行くんだ?」

「色々都合があるからね。明後日だよ」

 悠は再びカップを持ち上げた。

「それって俺も……」

「当然来てもらうよ。どうせ金曜でしょ」

 いや、金曜でも学校あるんだけど。

 流星は反射的にそう思った。

 言っても同行するのは決定事項のようなので、口にはしないが。

「日影……さん達だけ?」

「うん。西野紗矢にも声かけたけど、まだ精神が不安定な時があるからって、雨彦さんに断られた」

 悠はため息をついた。

「一応都内だけど、泊まりになるかもしれないからその用意もしといて」

「オッケー」

 流星は面倒臭いと思いながら返事をした。

「そうだ。これあげる」

 悠はホットパンツのポケットから数珠を取り出した。

 朱色の小さな珠と、大きめの水晶の珠がつらなっている。

「何だよ?」

「お守り。退魔師はみんな持ってるんだよ」

 悠は首のチョーカーの十字架を指でいじった。

「もしかしてそれもか? いつも付けてるよな」

「そ。可愛いでしょ」

 可愛いかどうかはともかく……キリスト教徒でもないのに、十字架がお守りなのはどうだろうか。

 流星は返答に困り、頬をかいた。

「とりあえず……ありがとう」

 流星は数珠を受け取り、右手首にはめた。

「いつも付けときなよ。少しとはいえ、妖魔から受ける影響を防いでくれるから」

 悠の言葉に、流星は素直に頷く。

「じゃ、俺帰るな。用意もだけど、明日朝早いし」

「部活?」

「おう。じゃあな」

 流星は片手を上げ、そのまま事務所を出ていった。



 一人残った悠は、もう冷めてしまった紅茶を飲み干した。

「私が作ったお守りが……流星の精神(こころ)を守れるといいんだけど」

 悠は組んだ両手に唇を押し当て、瞳を閉じた。


   ―――


「流星、話があるんだけど」


 体育館の脇にある手洗い場で顔を洗っていた流星は振り返った。

「若菜か。どうした?」

 水道の栓をひねり、水を止める。まだしずくが少し落ちていた。

「流星。あんたさ、最近おかしいわよ」

 少し離れた場所でこちらを見つめる若菜に、タオルで顔をふいていた流星は眉をひそめた。

「おかしい……って何がだよ」

「学校無断で休んだり、とか。それにこの間の、椿 悠って娘」

 この間というのは葬式でのことだろうか。流星は黙って次の言葉を待つ。

 水が落ちる音がいやに大きく聞こえる気がするが、流星は特に気にしなかった。

「何か……あの娘もおかしいよ。関わっちゃ駄目。絶対だまされてるわよっ」

 さすがにこれにはむっときた。

「若菜。言っとくが俺は悠にだまされちゃいねーし、おかしくもねぇ。だいたいおまえには関係無ぇだろ」

「あるに決まってんじゃん!」

 若菜は甲高い声を上げた。


 ぴちょん、ぴちょん。


 水滴の落ちる音がうるさい。先程は気にしなかったのに、いやに耳についた。

「私は幼馴染みだよ! それに昔からあんたの世話焼いてたしっ」

「何だよそれ……餓鬼じゃあるまいし」

 今度はあきれてしまった。

 確かに昔はうっとうしいぐらい口出しされたが、それに得したことも、感謝したことも無い。

 勿論頼りにすることはあったが、それにしたって数えられる程度だ。

 なので、若菜の言葉は流星には理解しがたかった。

「おまえは確かに幼馴染みだけどさ。でも、それが俺の行動に口出しできる理由じゃねぇだろ」

「っな……」

「俺は信じてるんだ、悠のこと。だからあいつのこと次悪く言ったら、許さねぇからな」

 流星は忠告をしてその場を離れた。

 若菜が焦燥をその顔に浮かべ、涙を流しているのも気付かずに。


   ―――


 ここにいる全員が退魔師と思うと、何だか不思議な感じだった。

 仮設の建物。工事現場によくある倉庫のような建物内に、悠達はいた。

 窓の外には昼の太陽に照らされた土砂の小山が幾つも存在しており、遠くに小さく木々が見える。

「まず、班の確認」

 室内の大きな四角い机に廃村の地図を広げた悠は、メンバーの顔を順に見ていった。

「私と流星は南側、日影と流亜は北、雷雲と風馬は東側ね」

「西側はどうするんだ?」

 桐生流亜が尋ねた。

 日影の双子の弟らしいのだが、彼女と似てるところが少ない。

 黒い髪や瞳は同じなのだが、日に焼けた肌や筋肉の付いた腕など、全く似てなかった。

 そんな彼の質問に、悠は地図の西側を指差した。

「西側には山がある。人間の足じゃ越えるのは難しい。ましてやゾンビの足じゃ、向こう側にたどりつくのは不可能だ」

「つまり、最終的には山のふもとに妖魔達を追いつめるというわけですね」

 燐が地図を覗き込んだ。

「そう。念には念を入れて、結界頼むよ」

「はい」

 燐は力強く頷いた。

「じゃ、何か質問ある?」

 悠が全員の顔を見ると、パッと手が上がった。

「雷雲、何か言いたいことでも?」

「何でこの流星ってあんちゃんがいるの? 役立たずなのに」


 パシィィンッ


 雷雲の言葉が流星の心に突き刺さるより速く、風馬の平手打ちが少年の頭にヒットした。

「いってぇぇ!」

「おまえはどストレート過ぎるっ」

 その叱責もどうなんだろう。

 傷付いた流星はそう思った。

「まぁ確かに流星は役立たずだし弱いし駄目駄目だけど」

「悠まで! つかそこまで言う!?」

「でも退魔師である以上、戦闘経験を積んでもらわないとね」

 悠は胸の前で腕を組んだ。

「妖偽教団との戦いもあるんだ。実戦を積んでもらわないといけない」

 悠は真剣な表情を浮かべた。

「戦いにおいて必要なのは、実力と経験。みんなも解ってるでしょ?」

 全員黙り込んだ。悠に反論できる者がいないからだ。

「……解ってるならよし。じゃ、行こうか」

 悠は立てかけてあった刀を手に取った。



 廃村と言うからにはもっと崩れかかっているかと思ったが、そんなことはなかった。

 確かに家屋は木でできた古いものが多いが、比較的新しい建物もある。

 道もコンクリートで舗装されていて、特に過疎化が進んでる様子も無かった。

「本当にここ……ダムに沈んじまうのか? 何か……そんな風には見えねぇや」

「確かに……妙だね」

 流星と悠は立ち止まり、辺りを見渡した。

「ダムに沈むにしては、やけに近代化が進んでる。沈める必要は無いはずだ」

 悠は顔をしかめた。

「どうやら日本政府は、何か抹消したいことがあるらしいね」

「抹消したいもの?」

 流星は首を傾げた。

「政府の常習の手さ。都合の悪いものを政策と称してもみ消す。歴史も随分書きかえられてるしね」

「じゃ、日本史とか正しくないってことか?」

 流星は目を見開いた。

「そう。矛盾が生じてるとことかが改ざんの跡だね。正しく伝わってるのは、当時の文化や風潮ぐらいだよ」

 悠は肩をすくめた。

「羽衣姫に関してもそう。当時の人口を多く失ったにも関わらず、ある理由で歴史から抹消したんだから」

「……随分裏事情知ってんなぁ。何か怖いんだけど」

 流星が顔をひきつらせていると、悠はこちらに向き直った。

「退魔師の一族は政府の裏仕事を請け負ってるからね。嫌でも知るよ」

「そうなのか……でも、危なくねぇか?」

 流星が尋ねると、悠は小首を傾げた。

「何で?」

「だってある意味、退魔師も存在してほしくない存在じゃねぇの?」

 流星が言うと、悠はすぅっと微笑んだ。

「その点は大丈夫だよ。政府と退魔師は、一蓮托生だから」

「え?」

「退魔師は政府の裏を知っている。それに個々の力も強大だ。腰抜け共に、私達は裏切れない」

 悠は何気無い動作で刀を抜いた。

「私達を裏切れば政府は大打撃を受けるしね。それに、理由はもう一つある」

「もう一つ……?」

「妖魔だよ」

 悠は流星に向かって歩き出した。

「時代と共に、光が強くなるほどに、闇は濃くなる。妖魔の力もしかり」

 悠の意図が解らず、流星は固まる。悠の言葉と足はまだ止まらない。

「私達がいなければ、妖魔は消せない。妖魔を狩る者がいなければ、妖魔でこの世はあふれ返ってしまう。だから」

 悠は流星の横を通り過ぎ、刀を横に振った。

「政府は私達を頼りにこそすれ、裏切るなんてできないんだよ」

 何かが落ちる音がした。

 道路に目をやれば、なんと腐りかけた頭が転がっていた。

 灰色に変色したそれの脇に、頭部の無いボロボロの身体が倒れる。

「な……!」

「背後を取られるなんて、まだまだだね」

 悠は刀を薙いだ体勢から元に戻した。

「流星、気を抜かないでよ。気をゆるませたら、死ぬから」

 全く気付かなかった。

 すでに周りは、ゾンビに囲まれていたのだ!


   ―――


 燐は地図を前に集中していた。

 机上の地図は微かに発光しており、燐の術が発動してることを示している。

 広範囲に結界を張る場合、地図などの媒体を必要とする。

 更にこの術を発動している際、燐は完全に無防備だ。

 だが、今は政府が派遣した警備隊が外にいるし、何よりここもまた結界内のため、安心して術を発動することができた。

「っ!?」

 だが、突然建物内に入ってきた気配に、燐は驚いた。

 なぜならその気配は、明確な殺気を持っていたからだ。

 燐は振り向こうと身体をひねった。

 その瞬間、目の前に鉄棒が迫り、燐の額を勢いよく殴り付ける。

「あっ、ぐ……!?」

 頭にいきなり来た衝撃に、燐はたまらず膝を着いた。

 押さえた額から、ぼたぼたと血が落ちる。脳と視界がぐらぐら揺れた。

「だ、誰だっ……!?」

 燐は顔を上げるが、目に血が入ったせいで視認できない。

(マズい……結界がっ……)

 燐は何とか耐えようとするが、そのまま横倒しになってしまう。

「ゆ、う……逃げ……」

 燐はそのまま、最後まで呟くことができずに意識を失った。



「おやすみ、鬼堂燐」

 血で濡れた鉄棒を放り投げ、その人物は唇を歪めた。

 足元に広がる血の池。それを少し踏みつけながら、目を細める。

 動かない燐を映した目は、狂気と歓喜に染まっていた。





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