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HUNTER  作者: 沙伊
32/137

     狐狂い<中>





 夜の校舎はどこも不気味だ。

 特に、古びた校舎は目に見えない何かが渦巻いてるように見える。

「はぁぁ。何でまた、夜の学校で……」

「昼間するわけにはいかないでしょ」

 疲れたように息を吐き出す流星に、悠はツインテールにした髪を指に絡ませながら言った。

 その様子を見て、またため息。

「……それよりいいのかよ。一般人巻き込んで」

「この際仕方がないだろう」

 ぼうっと夜空を眺めていた恭弥は、視線を流星に戻した。

「僕らだけでやっても、こっくりさんの使いとやらは出てこないだろうしな」

「だから俺らのクラスメイト集めたんじゃねぇか」

 校門にもたれかかっていた透はあくびを噛み殺した。

「あと十分くらいか、みんなが来るのは」

「もとい、こっくりさんの使い候補だね」

 腕時計を見つめる恭弥の呟きに、悠は下唇をぺろ、となめた。


 悠は、こっくりさんの使いは晋羅高校の生徒だと推測した。

 何かがただ取り憑いただけなら、クラスは特定できても霊気や妖気が弱すぎて誰に取り憑いてるかまでは解らない。

 そこで深夜の学校でこっくりさんをすることにしたのだ。無論、特定されたクラスの人間と一緒に、だ。

 こっくりさんの名を出せば、使いの方も出てくるだろう……悠はそう予測した。

 少々不安が残るし、完璧な作戦とは言えなかったが、他に策は思い付かない。

 さっそく恭弥が妖気を探ってみたところ、なんと流星と透のクラスからだということが解った。

 それでこっくりさんをしようと透がクラスメイト全員に提案し、四人が来ることになったのである。

 思ったより人数が集まらないのは、ノリのいい人間が少ないからだろう。


 十分弱ほどたって、校門前にメンバーが集まってきた。

「うっそぉ! 椿君もいるぅっ」

 四人の内二人の女子が黄色い声を上げた。

 恭弥は一瞬きょとんとした後、にこっと笑って「こんばんは」と返す。女子がまたきゃぁきゃぁ言った。

 そこで恭弥は三人目の女子に目を止める。

「あれ、結城さん?」

「っ!!」

 眼鏡の少女は大げさなほど肩を震わせた。

「恭兄、知ってる人?」

 悠は恭弥の後ろから顔を覗かせた。

「あぁ。中学が一緒だったんだ。同じクラス委員だった」

 透は覚えてないだろうが、と言って、恭弥は後方の親友を見やった。

「んだと! お、覚えてるに決まってるだろ……」

「語尾が弱いぞ」

 恭弥はやれやれとばかりに首を振った。

「あ、あのっ」

 結城は震え声を振り絞った。

「椿君……私のこと、覚えてて……」

 先を続けられないのか、結城はそこでうつむく。恭弥はその様子を見つめた後、頷いた。

「勿論だよ。席が隣だったし、よく話したよね」

「……!」

 結城の顔が赤く染まる。

 そんなやり取りを見ていた流星は、四人目である男子生徒が固まっているのに気が付いた。

「どうしたんだよ」

 声をかけても反応無し。

 不思議に思って視線たどると、納得できる人物がいた。

 悠だ。おそらく彼は、悠に見惚れて動けなくなってるのだろう。

 ふと見れば、女子陣も固まっている。悠が原因なのは間違い無い。

「あ、紹介する」

 恭弥はにこやかに悠の肩に手を置いた。

「妹の悠だ」

 数秒の沈黙。


『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』


 四人は仲良く合唱した。



 その後もうだうだ校門前で話していたが、十分ほどしてようやく校内に侵入した。

 懐中電灯の光を便りに階段を上り、薄暗い廊下を進んでいく。

「椿君もこんなことするんだねぇ」

 女子の一人が甘ったるい声を出した。髪を茶色に染めており、お世辞にも進学校の生徒には見えない。

「ん? あぁ。たまにはいいだろ」

 先頭を歩いていた恭弥はさわやかに笑った。

 黄色い悲鳴が上がる。話しかけた女子は失神寸前だった。

「……あれ、わざとか?」

「や、素だよ」

 耳打ちした流星に、悠は肩をすくめて見せた。

「いわゆる天然タラシってやつかな。本人無自覚だし、そんな気も無いけどね」

「……」

(恭弥がモテんの、見た目や性格だけじゃない気がしてきた)

 流星は頭をかいた。どちらにせよ、うらやましいことにかわりないが。

「あ、ここだ、ここ」

 恭弥と並んで歩いていた透は、廊下の一番奥にある教室のドアを開けた。流星と透、結城達のクラスである。

「鍵はどうしたんだ?」

 恭弥が尋ねると、透はにっと笑った。

「掃除当番の特権。鍵閉めるフリして実は開けといたり」

 一同あきれ返った。感心の意を示したのは恭弥ぐらいである。

 中に入って、懐中電灯で室内を照らす。当然誰もいない。

「まずは机を動かして、あと五円玉と紙が必要だね」

 悠はそう言って目配せを――


「用意ならできてます」


 突然結城が教室の中心を指差した。

 全員指の先を追う。次いで目を見開いた。

 いつの間にか、机が全て後ろに下げられている。一つ、部屋の中心に残されているだけだ。

 そしてその机の上に、紙と五円玉が一枚置かれていた。

 流星は鳥肌が立つのを感じた。

 さっきまで普通だった空間に、ぴんと張りつめたような『何か』が混ざっている。

 異常に気付くまで無かった、一種の緊張のような感覚。そしてそれに真っ先に気付いたのは、悠でも恭弥でもない。

(結城、さん?)

 ごく普通の女子校生であるはずの彼女が、感覚の鋭い椿兄妹より先に気付いた事実。

 偶然なのか、それとも。

「悠……」

 流星が小さく声をかけると、悠の瞳に刃のような光が灯る。

「アタリ、だね」

 悠は首のチョーカーの十字架をいじり、すうっと微笑んだ。

「……始めるか」

 恭弥の言葉に、皆我に返ったように机に集まった。

 紙に書かれた五十音のひらがなと「はい」、「いいえ」の一番上には、鳥居のマークが描かれている。

 紙もその上に置かれた五円玉も、特に妖しいところなど無い。

 全員手を伸ばし、五円玉の上に指を乗せた。

「ね、誰がこっくりさん呼ぶ?」

 女子の一人の言葉に、皆顔を見合わせた。

 全員、流星達ですら迷っていると、結城が口を開く。

「こっくりさんこっくりさん、鳥居からおこしください」

 流星は身を固めた。

 右隣から聞こえる声があまりにも冷たくて、ぞっとするほど異質に聞こえたからだ。

「結城さ……!?」

 声をかけかけた流星は言葉を飲み込む。


 五円玉が動き出した。


「やだ……ちょ、誰が動かしてんの!?」

 女子が一人悲鳴もどきを上げた。

「俺じゃねぇよっ」

「あ、あたしじゃない……! 結城さんが動かしてるんじゃないの?」

 三人が騒ぎ出した。結城の声はなおも続く。

「こっくりさんこっくりさん、おいででしたら『はい』とお答えください」

 すす、と五円玉が移動し、「はい」のところで止まる。

「ひっ……」

「う、嘘っ」

 事情を知らない三人は顔を見合わせる。流星も薄気味悪くなってきて指を離そうとした。

 だが、力を入れても、指は動かない。

(外れない!?)

 流星は目を剥いた。

 どれほど指を離そうとしても、腕自体が固まってしまったように微動だにしない。

 流星は悠に声をかけようとして、女子の片割れに遮られた。

「ね、マジでこっくりさんなんているの?」

 揺れる瞳を落ち着けなさげに動かしながら、彼女は囁くように言う。

 おそらく、言葉自体は恐怖を抑えるためだろう。

「だって、いるわけないじゃん、そんの。そうよ。今だって誰かが動かしてるのよ。こっくりさんなんているわけな」


 ガッ


 結城が女子の首筋に噛み付いた。

 目を見張る女子が抵抗する暇も与えず、首の肉を喰いちぎる。

 女子の首筋から紅い血が吹き出し、机や紙を染め上げた。

 首の一部を失った女子生徒は、重力に逆らえずに床に倒れ込む。

「なっ……」

 流星はけいれんして横たわる女子を見つめ、言葉を失った。

 首から流れ出る血は止まらず、床に紅い池を作っる。

 呆然とする一同を前に、結城は血で染まった口を開いた。

「こっくりさんこっくりさん、貴方を信じない奴らを、殺してもいいですか?」

 結城は、焦点の合わない目で周りを、流星達を見渡す。

 五円玉は、「はい」を示していた。


   ―――


 彼女は笑った。自分を呼ぶ声に。

 尋ねる言葉は決まっている。誰が誰を好きかとか、そんなことだ。

 そんなくだらないことを……わざわざ何かに尋ねなければ解らない。

 そんな人間は、とても愚かで、おもちゃには最適だ。

「私を求めなさい。そして……しもべと成り果てなさい」

 彼女は、嘲笑った。


   ―――


 悠と恭弥の行動は早かった。

「朱崋!」

 悠が鋭く呼ぶと、何も無い空間から白ワンピースの少女が現れる。

「彼女を頼むよっ」

「はい」

 朱崋はたたっと倒れた女子に駆け寄った。

「みんな、机から離れろっ」

 恭弥は怒鳴った後、結城の右腕を掴んだ。

 結城は抵抗するように左腕を振り上げる。

 しかし恭弥はその腕も掴み、両腕を彼女の背中の後ろへひねった。

 そのまま、容赦無く床に叩き付け、完全に抑え込んだ。

 結城はじたばた暴れる。しかし恭弥の力の方が強く、足を動かしただけに終わった。

「やっぱ、結城さんがこっくりさんの使いなのか?」

 恐る恐る近付いた流星に、悠は唇に人差し指を押し当てて見せた。黙ってろ、ということらしい。

「全員そこを動くな!」

 恭弥の鋭い声に、全員ピタッと動きを止めた。逃げかけていた女子と男子ですらだ。

 結城の呻き声以外の物音が、ぱったりと消える。

 呼吸を忘れそうな沈黙が流れ――


「そこだ!」


 悠が動いた。

 静から動への切り換えがあまりにも速く、流星の目では捉えられない。

 解ったのは、悠が黒のレッグウォーマーをはいた右足を旋回させたことぐらいである。

 鈍い音を立てて、悠の蹴りが止まった。

「見付けたよ……こっくりさん」

 悠はニヤッと笑った。

 暗闇でよく見えないが、誰かが悠の蹴りを腕で防いでいる。

 体型からして女らしい。つり上がった目は深紅に輝いている。

 悠は足を下ろすとすぐさま間合いを取った。

「その瞳とこの気配……狐の眷族だね」

 悠の言葉と同時に、女は完全に姿を現した。

 薄い金髪を腰まで伸ばし、整った面差しに冷笑を浮かべた女は、ふんと鼻を鳴らした。

「まさか私に気付くなんてね、椿 悠」

「私だけじゃないよ」

 悠は結城を抑え込んだままの恭弥に視線だけ投げかけた。

「恭兄もおまえの監視に気付いていてね。それとなく私に教えてくれた」

「……いつ?」

「私をみんなに紹介した時。恭兄は術師だ。言葉を使わなくとも伝達方法はいくらでもある」

 悠は朱崋の方に右手を向けた。

「朱崋」

「はい」

 朱崋は銀色に発光する右手を倒れた女子にかざしながら長細い何かを投げた。

 悠はそれを受け取り、鞘を抜き払う。悠の刀、『剣姫』だ。

「あの植物男が死んだから、今度はおまえが見張りに来たわけ? 妖偽教団」

 悠のセリフに、流星は目を見開いた。

「妖偽教団!? じゃ、こいつは恭弥を狙って……?」

 流星が女を凝視すると、彼女は不快げに顔をしかめた。

「口のきき方に気を付けることね、坊や。私はおまえ達人間よりはるかに上位にいる存在よ」

 尊大な態度に反論するより早く、恭弥が後ろを振り返った。

「透、校舎から出ろ。僕らに任せるんだ」

 透は一瞬、戸惑ったような、後ろめたいような表情を浮かべた。

 だがすぐ頷き、まだ呆けてる二人の背を押して教室を出る。

「朱崋、おまえも怪我人を連れて外に」

「はい」

 朱崋は一礼すると、女子生徒をずるずる引きずっていった。

「……さて『こっくりさん』」

 朱崋が出ていった後、悠は刀を女に向けた。

「何でこっくりさんを流行らせたの?」

「退屈しのぎよ」

 女は再び鼻を鳴らした。

「人柱の監視なんて、つまらないことこの上無いわ。だから遊ばせてもらったの」

 女はまだ暴れている結城を見つめ、瞳を光らせる。

「人柱……そろそろ私のおもちゃを返してもらうわよ」

「っ……!?」

 恭弥が蹴り飛ばされた。

 結城が無理矢理身体をひねり、足を蹴り上げたのだ。

 恭弥は机の山に突っ込んだ。音を立てて机が幾つも倒れ、姿が見えなくなる。

「恭兄!」

 悠は女から視線を外した。

「甘い」

「! あうっ」

 悠が視線を戻した瞬間、女の拳が彼女の腹に入った。

 吹っ飛ばされた悠は、教卓に叩き付けられる。

「悠っ」

 流星は悠の元に駆け寄り、彼女を起き上がらせた。

「うっ、くぅ。油断した……私としたことが……」

 悠はよろめきながらもやんわり流星を押し退けた。刀は離していない。

「恭兄は……」

 悠と流星は恭弥の方を見た。恭弥も起き上がるところで、頭を軽く振っていた。

「油断した。だがもう……」

 恭弥の言葉が途切れた。

 視線は結城にそそがれており、苦渋に満ちた表情が浮かんでいる。

 恭弥の視線を追って結城の方を見ると、彼女は全身を震わせていた。

「血、血、血、ち、チ」

 真っ赤になった手の平を見下ろす結城。目の焦点は合わず、意識が正常かさえ疑わしい。

 確認せずとも解る。彼女の心は……壊れてしまった。

「貴様……彼女の魂を喰ったのか」

 恭弥の問いに、女はにんまり笑った。

「そ。この娘だけでなく、他にも何人かね。全員おまえのことを訊いてきたよ。本当、恋する娘の愚かしいことったら」


「黙れ」


 低い恭弥の声に、女の言葉が止まった。

「悠、依頼しておいて悪いが、こいつは僕に任せてくれないか」

 恭弥は上着のポケットから呪符を取り出した。

「こいつは……僕が狩る」

 恭弥の顔に表情は無い。ただ憤怒だけが、漆黒の瞳を彩っていた。






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