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HUNTER  作者: 沙伊
30/137

    独りぼっちの歌姫<下>




 ステージ上で歌う未來は、悩みや苦しみなど無いように見える。

 テレビ局のスタジオ。スタッフ達が動き回るスペースの隅に、流星は桑原と一緒に立っていた。

「生で聞くと、スゲー綺麗な歌声……」

 機械を通して聞くより、直接聞く方がずっといい。流星はそう思う。

「未來ちゃんの売りの一つは、あの歌声だから」

 桑原は自慢げに言った。

 先程聞いた話によると、彼の妹が未來と同い年らしい。だから本当の妹のように可愛がっているんだそうだ。

 桑原の言う通り、あの澄みきった声は耳に心地よい。

 そして切ない詞が組み合わさって、心を貫くような歌が産まれるのだ。


『月を見ては涙を流してた無力な自分。

 振り返らずにいれば、怖い思いはしないと思ってた。

 足音に怯えて耳を塞いでも意味がないことぐらい、解っているのに……』


 まるで、弱い自分をさらけ出すかのような詞だ。

 だからこそ、彼女の歌は哀しくも美しいのかもしれない。

 流星は目を閉じ、未來の歌に聞き惚れていた。

(やっぱり好きだな……この人の歌)

 心にじんわりと広がる、言いようの無い切なさを感じていると――


『殺してやる』


 流星はハッと目を開けた。

「今の声は……!?」

 きょろきょろと辺りを見渡していると、金属同士がこすれる音が上から聞こえてくる。

 流星は顔を上げ、目を見開いた。


 未來の頭上のスポットライトが、外れかけている!


「危ない!」

 流星が叫ぶと、未來は歌うのを止めた。

 周りがざわつくより早く、ライトが未來めがけて落下する。

 流星はだっと走り出した。スタッフを押しのけ、ステージに乗り上げる。

 流星は勢いそのまま、未來を押し倒した。


 ガシャアァァァァァァンッ


 無人の床にライトの破片がぶちまかれる。

 流星は未來を庇いながら声をかけた。

「大丈夫ですか?」

「あ……大丈夫」

 呆けたような顔の未來はこくこくと頷いた。

 流星はほっとしたものの、すぐスタッフ達に目をやった。

 スタッフ達は呆然としていたが、その内の一人が覚醒して流星と未來に近付いた。

「二人共、大丈夫か?」

「未來さんは大丈夫です。俺も……つっ」

 流星は痛みを感じてこめかみを押さえた。

 嫌な予感がしてその手を見ると、案の定、手の平に血が付いている。

 ガラスでもかすったのか、血がだらだらと頬を伝って床にボタボタ落ちだした。

 流星が思わず口の中で「げっ」と呻くほどの量だった。

「き、君っ。血がっ」

「お、おい! 誰か救急箱取ってこいっ」

 一瞬にして、さっきとは別種のざわめきがスタジオに充満した。



「すみません」

 流星は開口一番謝った。

「どうして謝るの? 私を助けてくれたのに」

 未來は流星の傷口にガーゼを当てながらにこっと微笑んだ。

 テレビ局の一室。流星は傷の手当てをするために未來の控え室に来ていた。

「君が助けてくれなかったら、私死んでた。ありがとう」

「いや、その……」

 流星は照れ入り、うつむいた。

「あ、動かないで。貼れないから」

「は、はい」

 流星は今度は動かないよう神経を使った。

「……はい、終わったよ」

 未來の言葉に、流星は頭に手をやった。

 ガーゼ越しに少し強く押すと、ずきりと痛む。

「跡、残るかもね」

「俺は別にいいですよ。未來さんが怪我しなくてよかったです」

 流星は笑顔を未來に向けた。

「あー、でも学校の奴らの質問攻めに合うな、こりゃ」

 流星が頬をかいていると、ふと、未來の表情がかげった。

「あの……どうしたんですか?」

 流星が尋ねると、未來はため息をついた。

「……私ね、昔ひきこもりだったの」

「え……」

「生きるのが哀しくて苦しくて……自殺も考えたっけ。当然学校は行ってなかった」

 いきなり始まった語りに、流星は戸惑った。

 何を言うべきか迷ってる間にも、未來の話は続く。

「世間体を気にする両親、特に母は、私のことを理解しようとはしてくれなかった」

「……」

「でも、ね。歌うことで、私は心を保つことができたの。歩くことが、できたの」

 未來の言葉に、流星は聞き覚えがあった。

 少し考え、ハッと思い出す。

「生きることは哀しくて、あがくほどに苦しくて、でも歌うから、私は歩き続ける……」

 流星の呟きが聞こえたらしく、未來は淡く微笑んだ。

「私のファーストシングルのサビね。そう……私の想いが、そこに詰められてるの」

 未來はもう一度ため息をついた。

「ずっとずっと独りぼっちで。寂しくて、哀しくて、苦しくて。それでも生きなくちゃならない。それが人だと、伝えたかったの」

「未來さん……」

 流星はじっと未來を見つめた。未來は、応えるように微笑む。

「貴方にも伝わったのかな。私の、気持ちと想い」

「未來、さ……」


 バンッ


 突然ドアが開いた。それも、壊れるかと思うような勢いで。

「!? って、悠かよ……驚かすなよな」

「驚いたのはこっちだよ」

 ノックも無しに入ってきた悠は、流星に近付き、額のガーゼに手を添えた。

「怪我したって聞いて……びっくりしたんだから」

 ほっ、と安心したように息をつく。どうやら心配してくれたらしい。

 いや、それよりも。

(ち、近ぇ……!)

 流星は間近にある悠の顔を見て、かあっと顔面に熱が集まるのを感じた。

 更に昨日のことを思い出し、相乗効果で熱が増す。

「ゆ、その、怪我は大丈夫だからっ。頭だから血がちょっと多かっただけだし!」

「……本当に?」

 悠が疑わしげな顔をしたので、流星は何度も頷いた。

「……ならいいけど」

 悠が離れたので、流星はホッと息をつく。

 悠の方は、ぽかんとしている未來に向き直った。

「妖気の正体が解ったよ、依頼人。……その前に、訊きたいことがあるの」

「訊きたいこと?」

 未來は首を傾げた。

「何?」

「貴女の亡くなった母親……どんな人だった?」

 悠は近くの机に持っていた紙の束を置いた。

「これは貴女についての資料。勝手ながら、調べさせてもらったよ」

「はぁ……」

 未來は目を瞬いた。短時間でこれだけのことを調べられることに感嘆したのだろう。

「で、貴女の母親についてだけど。ベランダから落ちて事故死、だよね」

「は、はい」

「近所の評判では……とてもいい母親だったみたいだね。夫に従順、娘のことを第一に考えて。少なくとも、表面上は」

 悠は意味深な言い方をして、未來を見つめた。

「貴女にとっての母親は……どんなものだったの?」

「それは……」

 未來はうつむき、震え声を絞り出した。

「母は……理想の娘を作ろうとしていたの。従順で、おとなしくて、自分好みの娘を」

「でも、貴女にとってそれは苦痛だった」

 悠が言うと、未來は頷いた。

「子供にとって、親の理想を押し付けられるのが一番苦しい。なりたい自分とその理想が違ったら、なおさら」

「だから、家を出たんだね」

 悠の言葉に、未來は再び顎を引いた。

「どれだけ説得しても、私が歌手になることを認めてくれなかったから。だから家を出て、認めてもらえる歌手になろうとしたの。でも」

 未來の顔が、哀しげに歪んだ。

「母は私が本格デビューする前に亡くなった……認めてくれる、前に」

 膝の上で拳が強く握られた。力が強すぎたのか、白っぽくなっている。

「……そう」

 悠は一つ頷いた。

「……今から言うことは、貴女にとってかなりショックだと思う。心して聞いて」

 あくまで静かに、悠は衝撃の一言を放った。

「貴女の母親は――」


   ―――


 恨めしい、恨めしい、恨めしい。


 そんな想いが心に宿ったのはいつだったろうか。

 手塩にかけて育てた少女。だが、腕の中に彼女はいない。

 思い通りにならないのなら。

 もう二度と、この手に戻らないのなら。


 いっそ、殺してしまおうか。



 流星は背筋が凍り付くような悪寒を感じた。

 激しい憎悪と……吐き気がするような何かが、室内に渦巻いている。

「華鳳院さん。きついでしょうが、耐えてください」

 そう言ったのは、隣にいる燐である。

 鬼道家宅の地下。流星達がいるのは、前に除霊をしに来た時にも使った広い部屋だ。

 注連縄で描かれた円の中心に、悠と未來がいる。

 悠はオリジナル(らしい)の経を読み、未來はきゅっと目をつむっていた。

「……それにしても怨霊なんて。凄い執念ね、あの人の母親」

 なぜか当たり前のようにいる日影は頭を振った。


 怨霊。憎しみと強い思念によって妖魔化した魂。


 怨霊は、他の霊とは一線を画す。

 普通の霊が主に精神に働きかけるのに対し、怨霊は他の妖魔のように肉体に影響を及ぼすのだ。

 とり憑き始めはまだいい。が、怨霊は人にとり憑く月日が長ければ長いほど力と念を増幅させる。

 今回は気付くのが早かったからいいものの、事故を起こしたりと力が強くなってるのは確かだった。

「ん、くっ……」

 未來の口から苦悶の声が漏れた。

 彼女の身体から黒い煙が吹き出る。


『憎い、憎い、憎い』


 ざらりとした声が部屋に反響する。

 流星はぞわっと全身の毛が逆立った気がした。

 腕に触れると鳥肌が立っている。横を見ると、燐が苦しそうな顔をしていた。

「仁奈を上に置いてきて……正解でしたよ。妄執でここまで強大になるとは……」

 恐怖を感じているのは自分だけではないらしい。

 そのことに少し安堵しつつ、悠を見る。

 悠はずっと唇を動かし続けていたが、ふと顔をしかめた。

「燐!」

 声を張上げ、こちらを見る悠の表情は少し強張っていた。

「結界を強化して。今すぐにっ」

「は、はいっ」

 燐は頷いて、注連縄に近付いた。

 ズボンのポケットから呪符を取り出し、何やら呟く。

 バシッと呪符を張り付けると、注連縄がぼうっと輝いた。

 同時に未來に巻き付いていた煙が膨れ上がる。

 煙は上へ上へ上がり、天井近くで収束した。

「すぐ結界から出て! この中は危険だよ」

 悠に言われ、未來はふらつきながら流星達の元に行く。

 注連縄から出た未來が倒れかかると、日影が支えた。

「大丈夫ですか?」

「うん……平気よ」

 日影にそう返し、未來は天井でうごめく黒煙を見つめ、顔を歪めた。

「あれが……お母さん、なの?」

「……もはや、お母様と呼べるかどうか」

 日影は表情を暗くした。

「もう、人としての自我など無いでしょうから」

 煙は少しずつある形を成していく。

 灰色の肌をした細腕が伸び、骨と皮だけの黒い下半身が現れる。鱗まみれの上半身はてらてら光り、脂ぎった艶の無い髪がだらりと垂れた。

「ひっ」

 未來の口から悲鳴が漏れた。おそらく、前髪の隙間から見えた怨霊の顔のせいだろう。

 流星も思わず唾を飲み込んだ。


 その顔、まさに鬼の如し。


 ギョロギョロと飛び出した目の白目部分は黄色に変色し、瞳はギラギラと金色に輝いている。黒い肌は遠目でもやすりのようにざらついてるのが解った。

 そして、その顔。

 憤怒と憎悪が入り交じった表情は鬼以外の何者でもなかった。

 口唇からのこぎりのような歯が見え隠れし、眉間や目の周りに深いしわが刻まれている。同じくしわを刻んだ額には、二本の角があった。

 怨霊は首を巡らせ、未來を視界に収めた。

「ミ゛、ラ゛、イ゛……」

「あ、あぁ……」

 怨霊は猛禽類のような黒い爪を未來に向かって伸ばした。

 そしてその巨体からは考えられないようなスピードで飛びかかってくる。


 バチバチバチィッ


 怨霊が眼前に迫る瞬間、スパークが弾けて怨霊の動きを止めた。

「悪いですが、僕の結界は破れませんよ」

 燐はふっと笑った。

「燐、ナイス♪」

 悠は刀を鞘から抜き払った。

 美貌に不敵な微笑を浮かべ、声を少し張り上げる。

「そこの怨霊! おまえの相手は私だよ」

 悠の声に反応したのか、怨霊は緩慢な動きで振り返った。

 それを見計らったように、悠は間髪入れず走り出す。

 一気に間合いを詰め、刀を横に薙いだ。

 怨霊の右腕が血の筋を残して空中を飛ぶ。

 悠は勝ち誇ったような笑みを見せた。が、すぐさまそれは強張る。


 ズギュルゥ


 斬り落とされた腕が再生した。傷口から突き出るように生えてきたのだ。

「くっ」

 悠は顔をしかめて後ろに跳躍した。それを追うように、怨霊も地面を蹴る。

 怨霊の拳が振り下ろされた。悠に当たりはしなかったものの、殴られた床に亀裂が走る。



(嘘でしょっ)

 悠は内心ぞっとした。

 あんな威力のパンチを受けたら、自分はたちまち肉塊になってしまうだろう。

 それに今の再生力。ただ攻撃するだけではらちがあかない。

「出し惜しみしてる暇は無いね」

 悠は更に間合いを取って『剣姫』を構え直した。

「『剣姫』、部分解除」



「部分解除!?」

 日影は目を見開いた。

「あの娘、部分解除はまだできなかったはずじゃ……?」

「部分解除? 何それ」

 流星が尋ねると、日影は顔をしかめた。

「姫シリーズはね、強すぎる力を封じるたむに封印をかけられてるの。その力の一部を一時的に解放するのが、部分解除よ」

 日影は悠の姿をじっと見つめた。

「いつの間に……今まで飲み込まれる可能性があったから、できなかったのに……」


 飲み込まれる……?


 流星は眉をひそめた。

 身体を乗っ取られるという意味だろうか。

 だが、悠がそうやすやすと身体を乗っ取らせるとは思えない。

 何か、あるのだろうか。


 グギャアァァァァァァァァァァァァッ


 突然怨霊が咆哮を上げた。

 怒り狂ったように、悠に鋭い爪を振り下ろす。

 悠は動かない。何かを待つように、瞳を閉じて微動だにしない。

「悠!」

 流星の声に反応したかのように、悠がすぅっと顔を上げた。

 赤い唇が静かに声を紡ぐ。

(ソメ)の手――風刃斬(フウジンザン)!」

 刀が振り下ろされた。


 ガガガガガガガガガガッ


 刃から白い衝撃波が放たれる。

 衝撃波はコンクリートの床を削り、避ける暇も与えず怨霊にぶち当たった。

 怨霊の身体が縦割りにされる。黒い血が傷口からどぱっと吹き出した。

(今の技……羽衣姫と戦った時の!)

 技名があったのか、などと思ってる内に、怨霊が音を立てて倒れた。

 血がどくどく流れ、床を汚す。その様子は、見ていて吐き気をもよおした。

 戻ってきた悠ははあっと息をついた。

「まだ肉体を保ってはいるけど、その内消滅するだろうね。もう安心だよ」

「え。でももう一人の霊は?」

 流星が尋ねると、悠は肩をすくめた。

「あれは悪いものじゃないよ。それどころか」

 悠は未來に微笑みかける。

「彼女は、貴女を守っていたんだよ」

「えっ……」

 未來は目を見開いた。

「どうもその人、ただ貴女の歌を直接聞きたかっただけみたい。自殺する直前の、最期の願い」

 悠は未來の背後を見つめた。

 流星も視えている。未來の肩辺りにいる、黒い影が。

「でも先客、つまり貴女の母親がいた。しかも、貴女を殺そうとしていた」

 悠は怨霊に目を向けた。

 怨霊の身体は崩れかけていた。肉体がぼろぼろになり、ミイラのように干からび始めている。

「貴女に生きてほしい。そんな思念を持った彼女が守っていたから、今まで無事でいられたんだろうね」

「じゃ、今までのことは……」

「貴女に怨霊のことを教えようとしたんだよ。それが実を結んだから、私がいるんだけど」

 悠は少し胸を張った。

「……でも解りませんね。母親が娘を殺そうとして、赤の他人が守ろうとするなんて」

 燐は信じられないというように頭を振った。

 悠は軽く目を伏せ、再び肩をすくめる。

「家族であるなしは関係無いよ。血が繋がっていることは、想うことに影響しない」

 悠は静かな目で怨霊を見つめた。

「家族が互いを憎むことも、他人同士が愛し合うこともある。人が誰かを想うことに、家族であるか否かは必要無いよ」

 悠の言葉に、未來は顔を歪めた後、怨霊に注連縄越しに話しかけた。

「私……お母さんに認めてもらいたかった」

 怨霊の顔が動いた。うつむく未來を、その目に映す。

「お母さんと同じ道に、お母さんが敷いた道になんて嫌だった。私が好きな道に進んで、認めてもらいたかった」

 未來の頬に涙が伝った。しかしその言葉は、何より力強く響く。

「お母さんが私を愛してくれてたのは解ってたよ。でも、腕の中に閉じ込めて守ってもらうより、外へ歩き続ける姿を応援してほしかった!」

 未來の言葉に、怨霊は何を思ったのか起き上がろうとした。

 しかし怨霊の肉は崩れ骨だけになり、風化してちりになり……やがて消えた。



 しばらく全員がそれを身じろぎせず眺めていたが、悠の一言でまた動き出した。

「未來さん、歌ってくれる?」

「え」

 驚く未來に、悠は微笑を向けた。

「もう一人の霊のおかげで、貴女の命を救うことができた。お礼ぐらいしてあげたら?」

 最後の方は随分偉そうである。だが、未來はそれに怒った様子は見せなかった。

 戸惑ったように悠を見つめ、流星達を見つめ――ゆっくり後ろに二歩下がった。

 両手を胸元に当て、すぅっと息を吸い込む。

 息と共に、歌声が紡ぎ出された。


『独りぼっちで泣いた夜。もう何度重ねたかな。

 歩くべき道も共に行く人も見えず、闇の中で立ちすくんでいたの。

 キラキラ光るものは掴んでもこの手から滑り落ちた。

 道標も無いまま、時折聞こえる雑音から逃げていた。

 傷を見せるのが怖いから、強がりで笑っていたよ。傷を広げる結果になっても。

 道は見えない。闇も晴れない。でも私の足は動き続ける。

 生きることは哀しくて、あがくほどに苦しくて、でも歌うから歩き続けるよ。

 ねぇ、いつか見つかるのかな。私だけのたった一つの光。

 でも今は、今だけは、闇の中で泣かせて。

 いつか本当に笑顔でいられる道を、探して……』


 伴奏もスポットライトも無い。きらびやかな衣装を着ているわけでもない。

 なのに、今の未來はとても輝いて見えた。

「凄い、ですね」

 燐の震え声に、流星は顔を彼の方へ向けた。

「歌声だけで、こんなに心を揺さぶられるものなんでしょうか」

「そうね……」

 日影は思わず、といった感じでため息をついた。

「きっと彼女の想いが、詰まった歌だからでしょうね」

 日影の言葉に、流星は頷きながら悠を見た。

 悠は穏やかに微笑んでいた。まるで歌声に酔いしれるように。

 歌声は響く。どこまでも切なく哀しく、だが、力強く。


『ありがとう』


 微かに、感謝の言葉が聞こえてきた。

 それは霊の声か、それとも……

 それは心に突き刺さり、ゆっくり染み込んでいくように。


 孤独の歌は、ただ静かに紡がれる。






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