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HUNTER  作者: 沙伊
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    髑髏と少女、そして邂逅<下>





 悠は動かなくなった妖魔を一瞥した後、流星の方を見た。

「流星、梅見家の方に行くよ。まだ生き残ってる人がいるかもしれない」

「あ、ああ」

 流星は小刀を鞘に戻しながら走り出そうとした。


「誰も残っちゃいないよ」


 紗矢の静かな声に、二人は振り返った。

 朱崋に術で傷を癒してもらいながら、あくまで平静な声で言う。

「視たんだ、未来を。あたし以外の全員が、死んでいた」

 紗矢の声は、冷たい。感情の欠片も感じられない。

 ゆえに、哀しすぎた。

「昨日、視えて。話したんだけど、聞き入れてもらえなかった。例えそうでも、戦うって。あたしだけは、逃げろって」

 紗矢はうつむいた。だが、一瞬彼女の瞳が揺れたことを、流星は見逃さなかった。

「あたしが視た未来が現実になってるなら……もう、誰も生きていないよ」

 紗矢は言い終えると、口を閉ざした。

 悲劇を予見して、それを止められなかった紗矢が、一番辛い。

 しかしこんな時、どう言葉をかければいいのか流星は解らなかった。

 流星が戸惑っていると、悠はふい、と紗矢から目線を外した。

「忠告のつもりだろうけど、それはいらないよ」

 歩き出しながら、言葉だけ投げかける。

「私達は、貴女みたいに未来を視ることはできない。だから、諦めないよ。最後までね」

 紗矢はバッと顔を上げた。

 困惑や哀しみが入り交じった複雑な表情を浮かべ、口を開く。が、結局何も言わず、口を閉ざした。


   ―――


 流星は、当然ながら戦争に関わったことなど無い。

 だがもし戦場を見る機会があるなら、目の前の光景と大差無いのだろう。


「何だ、これは……」

 最早門としての用途を果たせていない残骸をくぐると、死臭が二人を迎えた。

 血と肉の焼けた嫌な臭いに、流星は鼻と口を押さえる。

 建物は数本の焼けた柱を残してるだけで、壁などは崩れ、原形をとどめていない。

 本来は美しい日本庭園だったのだろう。今はただ、焼け野原が広がるだけである。

 地面には人だか妖魔だか解らない死体が転がっており、地獄絵図のようなありさまだ。

「ひでぇ……ここまでするかよ、普通っ」

「妖偽教団に人道を求めたって無駄だよ。殺すことが最高の快楽だって連中だからね」

 悠はふ、と息をついた。そのまま奥へと足を進める。

 その後を追いながら、流星は辺りを見渡した。

 人の気配は無い。直視するのは耐え難い光景なので、すぐうつむく。

 やはり皆死んでしまったのか。もう誰も生き残ってないのか。

 ふと、急に悠が立ち止まった。

「? どうしたんだ」

「敵だよ」

「え!?」

 流星は慌てて身構える。

 耳を澄ますと、声が聞こえてきた。温かさからはほど遠い、冷たい声が。


『人間、人間、にんげん、ニンゲン』


 姿は見えない。声だけが、やたら大きく聞こえる。

「なん、だ……この声は……」

 流星は後ずさった。心情的には逃げたい気分なのだが、悠の存在が後ずさりにとどめさせた。

「向こうが何言っても、君は答えちゃ駄目だよ」

 悠の言葉に、流星は首を傾げる。

「は? どういう意味?」

「いいから黙っとく」

 ぴしゃりと言い放ち、悠は目を閉じた。

 謎の声はいつしか、笑い声に変わっていた。少女のように軽やかで、甲高い声だ。


『クスクス……クスクス……クスクス……』


 そこら中から響いてくる一つの笑い声に、流星の背中はざわざわしてきた。

 不安げに悠を見やるが、彼女はこちらに目線を合わせてくれなかった。

『ウフフ……ねぇねぇ』

 声が突然友好的な言葉を発した。

『貴方は赤が好き? それとも青が好き?』

「は……」

 実にのんきな質問に、流星は思わず答えかけた。

 が、悠の肘鉄を喰らい、言葉と息をつまらせる。

 一方悠は微笑を浮かべ、静かに答えた。

「好きな色、だよね。私は青が好きだな」

『青、あお、アオ……青はぁぁぁ』

 悠の目の前に、突如として一人の少女が現れた。

 青いワンピースを着て、黒髪をおかっぱにしている。

 流星はその顔を見て目を見開いた。

 目と鼻が無い。口だけが、笑みをたたえて浮かび上がっている。

 唇の下から見え隠れするのこぎりのような歯は、血でぬらぬらと光っていた。

「青はぁぁ、血の気の無い肌の色ぉぉ!」

 少女はぐわっと口を開けて、悠の首筋に噛み付こうとした。

「遅い」

 しかし悠は不敵に笑い、目では捉えられないようなスピードで抜刀、同時に少女を横薙ぎにした。

 ビクンッ、と少女は一瞬硬直し、パタリと倒れる。

 その姿が地面に溶けるように消え去ると、悠は刀を鞘に戻した。

「何だったんだ……今の」

 流星が思い出したように訊くと、悠は肩をすくめた。

「例えるなら『赤いちゃんちゃんこ』みたいなものだよ」

「赤いちゃんちゃんこって?」

 流星が首を傾げると、悠は説明を始めてくれた。

「赤いちゃんちゃんこっていうのは、ある質問に答えたら殺されるって話なの。赤いちゃんちゃんこ着せましょうかって訊かれてはいと答えると、首を切られるんだよ」

 悠は人差し指と中指で自分の首を切るフリをした。

「で、首の血が服を赤く染めるから、赤いちゃんちゃんこなの」

「へぇ……」

「こういうたぐいの妖魔は、質問に答えないと実体を見せない。でも」

 悠は突然刀を抜いた。

「ただ姿を隠してるだけの奴の問いには、答える義理無いけどねっ」

 刀で思いっきり地面を打つと、這うように衝撃波が地面を走った。

 衝撃はそのまま、かろうじて形を保っている家屋を破壊する。

「出てきなよ。ずっとこちらを見てたのは解ってるよ」

 悠の言葉とほぼ同時に、人影が土煙の中から浮かび上がった。

 生き残りかと思ったが、悠の顔がけわしいのを見て、流星はその考えを捨てた。

 悠は自分よりも感覚が鋭い。その彼女があんな行動を起こしたのだから、味方ではあるまい。

「気配は消したつもりなのにねぇん……やはり侮れない子供だわ♪」

 甘く、なまめかしい響きをはらんだ声が流れてきた。

「あはん♪ 初めまして、椿 悠ちゃん」

 煙が晴れた。人影の姿に、流星は息を飲む。

 まっすぐ伸びた豊かな黒髪、しなやかで豊満な肢体、そして何より、信じられないほど整った顔立ち。

 全てがゾッとするほど美しく、そしてゾッとするほど恐ろしかった。

 悠と同レベルの、絶世と呼ぶにふさわしい美貌なのに、見ていると恐怖がわき起こる。

 醜い妖魔より、この女の方が怖い。根元的な恐怖を引き起こされる。

 冷や汗を流す流星とは対称的に、悠は平静そのものの声で女に尋ねた。

「貴女が羽衣姫? いや、正確にはその服か」

 悠の目が女の着ている服に向けられた。

 黒い、西洋のドレスのようだ。胸元がざっくり開けられ、谷間が見えている。

「今やこの身体は妾のものと言っても過言じゃないわ。だから、話しかける時はこっちにしてねぇん♪」

 女――羽衣姫はウインクを送った。

 しかし悠はそれに無反応で、質問を投げかけた。

「さっきの悪霊、貴女がけしかけたの? 私の力を試すために」

「あらん? 気付かれちゃった♪ そ。敵となり得るか確かめるためにねぇん」

 ふざけた口調で喋る羽衣姫に、悠は片眉を上げた。

「敵となり得る? 敵じゃなくて?」

 悠の言葉に、羽衣姫はにんまりと笑った。

「だぁって、貴女のお父様でも妾には勝てなかったんだもの♪ 娘の貴女が――」

 言葉が途中で消えた。

「それ以上父のことを言えば」

 悠は羽衣姫を睨み付けていた。

 隣にいた流星は、悠の様子を見て唾を飲み込む。

 怒り、などという可愛いものではない。激情が、悠の全身を包んでいた。

「二度と喋れないように、首を切断するよ」

 刃を向けてるわけではない。ただ悠は、羽衣姫を睨んでいるだけだ。

 なのに……死神の鎌の存在を感じる。睨まれているのは、自分ではないのに。

 流星の肌にざぁっと鳥肌が立った。

 今まで悠を怖いと思ったことはあったが、近付きたくないと思ったのは初めてだ。

 流星は一歩、また一歩と後ろに下がった。

 一方羽衣姫は、悠の怒気を一身に受けてるにも関わらず、にいっと唇を歪める。

「家族を想うなんてらしくないわよ、哀れな罪人ちゃん♪」

 悠の表情がぴくりと動いた。

「……何が言いたいの?」

「妾に、どうこう言える立場じゃないでしょぉん?」

「だから何が言いたい!」

 悠は声を荒げた。

 今まで無かった悠の様子に、流星は目を丸くする。

「忘れたわけじゃないでしょぉ? 貴女の手は、血で真っ赤に染まってるんだからぁ」

「……やめて」

「人形から人になる代償に咎を背負ったのに、逃げようとしてるのぉん?」

「言うな……言うな……」

「逃げようったって、無理なのは解ってるでしょお? だって貴女の罪は」

「言うな!!」

 悠の悲痛な叫びも、羽衣姫には届かなかった。

 酷薄な笑みを浮かべ、羽衣姫は声高に言う。


「母親殺しの罪なんだから!」


 時が止まった気がした。

 流星は呆然と、羽衣姫を見つめる。

 今、あいつは何と言った?

 母親殺し? 誰が? 悠が?


 ユウガ、ハハオヤヲコロシタ?


 驚きなどよりもまず、信じられなかった。

 悠がそんなことするはずない。流星はそう思って、悠の方を見る。

「……」

 悠は立ち尽くしていた。

 いつもの不敵な笑みも、瞳に秘めた強い意思の光もない。

 今にも崩れ落ちそうな姿に、流星は絶句する。

「ゆ……」

 声をかけようとして、流星はやめた。

 何と言っていいか解らない。こんな時、どう声をかければいいのだ?

「アハハ! 面白い反応♪」

 羽衣姫は口元に手を当てて笑った。

「本当に哀れな娘♪ でも、一番哀れなのは貴女のお兄様、椿 恭弥よねぇ」

 羽衣姫の言葉に、悠の肩が震えた。

「だってあの子、貴女のお母様に」


「黙れ!」


 悠はいきなり刀を振った。

 刃が地面を打つ。同時に、衝撃波が生じた。

 地面を這う衝撃波が、羽衣姫に迫る。

「笑止♪」

 羽衣姫は両手を突き出した。

 瓦礫を粉砕して進んできた衝撃波を受け止め、ニヤリと笑う。

「どんな攻撃であろうと、妾には……!?」

 羽衣姫の表情が変わった。

 一瞬目を見開き、次いで顔をしかめて一、二歩後退する。

「くっ」

 羽衣姫の口から呻き声が上がった。


 ドガアァァァァァァッ


 大気を震わす爆発が起こった。

 木片が飛んでくるのを見て、流星は慌てて悠を抱き締めて地面に倒れ込む。

 バラバラと何かが落ちてくる音と感覚が背中にあったが、痛みなどは無かった。

 音がやみ、しばらくして恐る恐る上体を起こしてみる。

「何ともない……! 羽衣姫は?」

 バッと見てみるも、全壊した家屋に人の影は見当たらなかった。

「逃げたか……。……悠?」

 流星は腕の中の少女を見下ろす。

 悠は震えていた。目は焦点が会わず、自分で自分をかき抱いている。

 刀は繊手から離れ、足元に転がっていた。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」

 悠は頭を小さく振りながら同じ言葉を繰り返していた。

 壊れたステレオみたいに、何度も、何度も。

 流星は自然と、悠の頭に手を伸ばしていた。

「大丈夫だから」

 頭を撫で、そのまま抱き締め直すと、悠の身体がピクリと反応した。

 流星は流星で、自分の行動に驚いていた。

 でも何となく、これでいい気がした。

「訊いたり、しねーから。攻めたりもしねーから」


 離れたりも、しねーから。


 流星がそう言って背中を撫でてやると、悠がきゅっと流星の制服を掴んだ。

「……いつか、話すから」

 悠のか細い声を、流星は黙ったまま聞いていた。

「流星には隠したり、しないから……だから今は」

 悠は、こんなにも小さかったか。こんなにも、弱々しかったか。

 今まで忘れていた。悠はまだ、十四歳の少女だった。

 自分よりも年下の、一人の少女だった。

 悠は、顔を上げずに囁く。

「お願い……今は何も……訊か、ないで」

「……あぁ」

 流星はじんわり広がる胸の痛みを感じながら、静かに頷いた。


   ―――


 転移してきた羽衣姫の姿を見て、月読は目を丸くした。

 羽衣姫の手――借り物だが――が壊死している。

 肘から下が黒く変色し、亀裂が入っている。

 おそらく、あの腕の修復は不可能だ。損傷が酷過ぎる。

「どうなされたのですか。その腕は?」

 月読がややあって訪ねると、羽衣姫は「やられたわ……」と呟いた。

「封印がある限り、妾自身は傷付けられない。でも、この身体は別のようね」

 暗く広い部屋。そこに置かれた豪奢な椅子に身を沈め、羽衣姫はため息をつく。いつものふざけた調子ではなかった。

「まったく……新しい身体が必要だわ……」

「では、新たにふさわしいお身体を探しましょう。では、私はこれで」

 月読は深々と頭を下げた後、さっさと部屋を出ていく。

 廊下に出て、月読は眉をひそめた。

(一体誰にあの傷を……? 梅見家は既に全滅したはず……)

 しばらく考え、ハッと顔を上げた。

「まさか……悠?」



 羽衣姫はだらりと両腕を下げたまま、己の考えにひたっていた。

 今の自分は、誰にも傷付けられることは無い。

 それは本体は勿論、借り物のこの身体にも言えるはずだった。

(なのに、このあり様は……)

 ふつふつと、憤怒が心に染み渡る。

 それほどまで、あの娘の力は強力だというのか。

 それほどまで、高い潜在能力を持つというのか。

 これでは、人を喰らうことで高めてきたこの身体の力が全て無駄ではないか。

 それに人柱を殺すことも、しばらくは無理だろう。

 自分の新たな肉体を探すのは、時間がかかるだろうから。

「あぁ、あぁ……憎らしい、怨めしい」

 羽衣姫はぎり、と奥歯を噛み締めた。

「どれほど妾の邪魔をすれば気がすむ……千年前も、現在も! 忌々しい椿の血!!」

 黒い瞳が、一瞬紅く染まった。

 怒りと憎しみを、虚空へ向けながら。






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