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HUNTER  作者: 沙伊
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    髑髏と少女、そして邂逅<中>





 ツバサの右手には、既に巨大な剣が握られている。黒光りするそれを、ツバサは振り上げた。


 ガギィィィィィィンッ


 受け止めらた。

 とんでもない質量と勢いだったのに、骨の欠片を通した糸に防がれた。

「ぴじぇっら、ツヨイ」

 骨のみのピジェッラの声は、明らかに変質していた。

 地を這うような、おどろしい嫌な声に。

「アナタ、カテナイ」

 骨がぶつかる音と共に響く声に、ツバサは唇を歪めた。

「どうか……な!」

 がら空きだったピジェッラの腹に、ツバサの蹴りが入れられた。

 身体をくの字にしてよろめくピジェッラに、ツバサは拳を叩き付ける。

 見事顔面にクリーンヒット。遠目からでも顔にひびが入ったのが解った。

 ツバサは更に、ピジェッラに回し蹴りを喰らわせる。

 予想通り、ピジェッラの身体はツバサとは逆方向に吹っ飛ばされた。

 しかしツバサは追撃せず、素早く後ろに下がっる。

 さっきまでツバサがいた場所に巨大骸骨の手が落ちてきた。

 そこで紗矢はふ、と息をついた。

 呪符を媒体にしているとはいえ、やはり無い存在をあるものとするのには精神力がいる。

 精霊などを呼び出す術である式神ですら、かなりの精神力を使うのだ。『創身具現』はその倍に疲れる。

 集中していなければ、ツバサの意識を宿した呪符はただの紙に戻ってしまうのだ。

 だが、今の実力では頑張ったところで十分が限界だ。早々に決着をつけなければ。

「ツバサ、一気にたたみかけろっ」

「解ってるって」

 ツバサは大剣を構え直した。

「……キライ」

 向こう側に転がっていたピジェッラが起き上がった。


 ミシッミシミシッミシィッ


 きしむ音と共に、ピジェッラの骨格が大きくなっていく。

「キライキライキライキライキライキライ! ミンナ、ぴじぇっらノコトイジメルッ。ミンナ、キライ!!」

 声すらも、人のものではなくなかった。

 人に害をなす存在……妖魔だった。


 カハアァァァァァァァァァァ……


 ピジェッラ――否、妖魔の口から、瘴気が発せられた。

「ぐ、うっ……」

 紗矢は顔を歪めた。妖魔が吐き出す息は、大概人間なのだ。

 おまけに紗矢は傷を負っている。このままだと悪化しかねない。

 せめて空気に触れないようにと、印を切って創り出した包帯を巻く。片手では無理なので、術で浮遊させて、だ。

「紗矢、大丈夫か?」

「あぁ……! ツバサ、前っ」

 こちらを振り返っていたツバサはハッとして剣を持ち上げた。


 ギギィィンッ


 鈍い音を立てて、剣が弾き飛ばされた。

「! マジィッ、剣が!!」

 ツバサは空中でぐるぐる回る剣を見上げた。

「シネ!」

 妖魔の拳がツバサの頬に叩き込まれた。

 後ろに倒れるツバサに、妖魔はなおも拳を振るう。

「シねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシねシね……!?」

 妖魔の動きが止まった。

「ゲッホ……おい、おまえ!」

 ツバサは受け止めた妖魔の拳を握り締め、ギロッと睨み上げた。

「この身体だと痛みも感じんだよっ。いい加減にしろ、この骨女!」


 バキィ!


 妖魔の手が握り潰された。

 ツバサは瞬時にパッと離れ、血の伝う頬をぬぐう。

 落ちてきた剣をキャッチし、ちろっと後ろを見た。

「ここまでリアルにしなくてもなー」

「ご、ごめん。なんとなく……」

 あきれるツバサに対し、紗矢は首をすくめる。

 ツバサはやれやれと首を振りながら、剣を垂直に構えた。

「そろそろ壊れちゃえよ、バァカ」

 ツバサはべぇ、と舌を出して、剣を妖魔に突き刺した。


 ズプッ


「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 目玉に剣が差し込まれ、妖魔は絶叫した。

 剣が引き抜かれると、どす黒い血が吹き出し、ツバサの顔を濡らす。

 ツバサはニヤッと笑っても片方も潰そうとした時――


 ツバサの姿が消えた。


 正確には、呪符に戻ってしまったのだ。

 紗矢は「しまったっ」と口の中で呻いた。

『ご、ごめん紗矢! もう少しだったのにっ』

(……仕方がない。あたしの実力不足だからね)

 脳内に響くツバサの声に、紗矢はため息をつく。

「まったく……絶対絶命っていうのは、こういうことを言うのかな」

 のんびり言ったものの、状況はかなり悪い。

 妖魔は潰れた左目を押さえながら、じりじりと近付いてくる。

 残った目をギョロギョロ動かし、身体中の骨をかたかた鳴らす。

 服は破れかけてるがそのままだし、髪も残ったままなのだが、それがかえって不気味さを際立たせていた。

 そんなホラー映画さながらの光景に、紗矢は座ったまま後ずさりしたくなった。

 しかしそれをこらえ、杖を握り締める。

「コンドコソ、シンデ。びーず、チョウダイ?」

 小首を傾げる妖魔を、紗矢はキッと睨み上げた。

「悪いがまだ死ねない。あたしはまだ、生きなくちゃならない!」

 紗矢は妖魔に杖を突き付けた。

炎神招来(エンジンショウライ)紅蓮百華(グレンヒッャカ)!」


 ブオォォォォォォォッ


 妖魔の頭が炎に包まれた。

 近距離での攻撃だ。かなり効いているはず。

 少なくとも、もう動けはしまい。なにせ、胸元辺りまで燃えてるのだから……


 ガッ


「ぐっ!?」

 いきなりの喉への圧迫感に、紗矢は息をつまらせた。

 見ると、骨だけの腕が、己の首へと伸びている。首に手をやると、固い指に触れた。

「アトヒトリ、アトヒトリ、アトヒトリ、アトヒトリ、アトヒトリ、アトヒトリィィィ」

「あっ、ぐぅっ……かはっ!」

 気管を完全に抑え込まれ、呼吸ができない。


『助けて』


 不意に流れてきた声に、紗矢は目を見開いた。

 ツバサの声ではない。では誰の?

「……!? うぐぅっ」

 突然視界がブラックアウトした。

 うっすらと、周りの風景とは違う光景が目の前に浮かび上がってくる。

 意識が、泥に沈むかのようにゆっくり闇に飲み込まれていく。


 数人の少女達が、周りを取り囲んで見下ろしていた。

 幼い顔に似合わない残虐な笑みを浮かべ、手を振り上げる。

 拳が振り下ろされた。頬に痛みがはじける。

 少女達は、休む間も無く拳を振るった。

 頭が、頬が、腕が、足が、腹が、殴られた反動で何度も跳ね返る。

 喉がやめて、と叫んだ。

 だが少女達は聞き入れず、むしろ更に激しく殴った。

『やめてって、どの口が言ってるのよ』

 少女の一人が、口角をにぃぃ、と吊り上げた。

『そうそう。何もできないクズのくせに』

『クズが喋らないでよ』

『黙ってストレス発散させてよねー』

『存在自体、むかつくんだから』

『それくらい、役に立ってよぉ』

 最後の言葉と同時に、腕に鋭い痛みが走った。

 視界の隅に映り込んだ赤が付いた銀色の光に、背筋が凍り付く。

 逃げようとするも、全身を多勢で抑えられて動けなくなった。

 自身の肉が斬り裂かれる音と、身体中に感じる激痛が、絶え間無く続く。

 助けて、助けて、助けて、助けて!

 どれほど叫んでも、誰も助けてくれない。

 ふと、今は亡き家族の顔が、脳裏にかすめた。

 家族が生きていたら、こんなことにならなかったはずだ。独りぼっちにもならなかった。

 でも今は誰でもいい、助けてほしいっ。

 助かるなら、悪魔に魂を売ってもいい!


 突然、周りの風景が戻ってきた。

 目の前には、焼け焦げた髑髏が迫っている。

「アトヒトリ……アトヒトリデ、ぴじぇっらノカゾク、モドッテクル……」

「かぞ、くっ……?」

 紗矢は意識が再び沈むのを感じた。

 もうろうとする頭で、先程の光景を思い出す。

(あれは妖魔の……この娘の記憶か!)

 しかしそれが解ったところで、もう抵抗する力も残っていない。

 紗矢の全身から、力が抜けていった。


 ドゴオォッ


 妖魔の頭に炎の塊がぶち当たった。

 首を締め付けていた手が離れる。急に呼吸が可能になったせいで、紗矢はせき込んだ。

「ゴホゴホッ……い、一体何……?」

 喉をさすりながら、紗矢は首を巡らせた。


「紗矢さん!」


 遠くから、見覚えのある青年が走ってくるのが見えた。

「き、君は……!」

 走り寄ってきた青年を見上げ、紗矢は目を丸くする。

「流星、君……」

「ッハァ~。大丈夫ですか、紗矢さん?」

 青年――流星は安心したように微笑んだ。



 流星は傷だらけの紗矢を見て、笑顔を消した。

 かなり酷い。腕も折れてるようだし、重傷だ。

「流星!」

 追いかけるような声に流星が振り向くと、悠と朱崋がこちらへ向かってきていた。

 夢中で走ってる間に、置いていってしまったらしい。流星は思わず頬をかいた。

「西野紗矢は無事?」

 傍まで寄り、紗矢を見下ろした悠は眉をひそめた。同じことを思ったらしい。

「朱崋、治療を頼む。私は、あれを片付けるよ」

 悠の目線の先には、少女のような服装の妖魔が居た。

 流星の攻撃によって服はところどころ焼失し、頭の髪は縮れてしまっている。

「ゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズ……ヴゥゥゥ!」

 妖魔は隻眼を動かしながら呻き、だんっと地面を蹴った。

 悠も刀を鞘から抜き、迎え撃つように走り出す。

 妖魔の服の袖から何かが飛び出した。

 白い物体が連なった糸だ。それが束になって悠の右腕に絡み付く。

 悠の身体が空中を舞い、次の瞬間には地面に叩き付けられていた。

「ぐっ」

 悠は呻きつつ刀を薙いだ。

 ザンッ、という音を立てて糸が全て断ち斬られた。めいっぱい引っ張っていた妖魔は、ぐらっとよろめく。

 そこに攻め込もうとした悠はピタッと足を止めた。

 向こうで転がっていた巨大骸骨が、急に動きだしたのだ。

「流星、君の出番だよ」

 悠が振り返って言った言葉に、流星は目を剥いた。

「あんな巨大生物を一人で倒せと!?」

「あれは生物じゃないでしょ。じゃ、よろしく」

「反応ポイントそこかい!」

 ツッコミを入れつつ、小刀を構え直した。どうせ逆らえないのだ。

 流星はぶんっ、と小刀を振った。

 炎のかまいたちが放たれ、骸骨巨人(勝手に命名)の額に当たる。

 おそらく紗矢にやられたのだろう、動かない右腕を引きずりながら後退する骸骨巨人を、流星は追撃する。

 目の端で、悠が妖魔の左腕を斬り飛ばしたのが見えた。

 だが、流星はすぐ意識を目の前に戻す。

 頭の中で炎の長刃を思い浮かべると、小刀に宿った炎が長剣のような刃を形成した。

 骸骨巨人が左腕を薙いだ。

 流星は間一髪で下がり、ギリギリ避ける。

(こっえぇ! 悠は何でこんな化物相手に毎回圧勝できるんだよっ)

 流星は内心で叫びながら、再びダッシュする。

 骸骨巨人は再び腕を薙ごうとした。

 それより速く、流星は骸骨巨人の懐に入れ込む。勢いをつけて、小刀を振り下ろした。


 ガラガラガラガラガラガラガラァッ


 悲鳴のように骨が崩れる音が響いた。

 頭を縦割りにされた骸骨巨人は盛大な音を立てて崩れていく。

「……ップハァ。し、死ぬかと思った……」

 一気に息を吐き出した流星は座り込んだ。

 妖魔ってやっぱ間近で見るとこえー……などと思っていると、悲鳴が上がった。

 見ると少し離れた場所で、悠が妖魔の上半身と下半身を切断したところだった。

 骸骨とはいえかなりえげつない光景に、流星は顔をしかめる。

「これで終わりだよ」

 悠が言うと同時に、妖魔の身体は地面に落ちた。

「ねが、い……」

 妖魔の顎が、微かに動いた。

「ピジェッラはただ……かぞくをいきかえらそうと、しただけ……」

 片眼から涙がにじむ。紅い、血の色だった。

「ヒメサマ、やくそくした……ヒャクニンころしたら、かぞくを」

「君の過去に何があったかは知らないし、知りたくもないけど、これだけは言える」

 悠は妖魔の言葉を遮った。

「死者はどれほど願おうと望もうと、決して生き返ったりしない。たとえ、神が死者を求めても」

 悠は無表情だった。だがその言葉には、痛いほどの思いが込められている気がした。

 妖魔がその言葉を聞いて、何を思ったかは解らない。

 なぜか悠の方に手を伸ばそうとして、途中で力尽きたのか腕が地面に落ちる。

 カラン、と乾いた音が、妙に大きく響いた。






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