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HUNTER  作者: 沙伊
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第九話 髑髏と少女、そして邂逅<上>





 炎が舞った。


「グ、ガァ……」

 古臭い鎧を着込んだ骸骨達が、炎に焼かれて呻く。

「流星、ナイス。後は私に任せて」

 刀を構えた悠は地面を蹴り、骸骨達の頭上まで飛んだ。

 その際に淡いブルーの下着が彼女のスカートの下から見えたので、慌てて流星は目をそむける。

 戦闘中に何やってんだ俺っ、と己にツッコみつつ、小刀を構え直した。

 が、自分が手助けする必要はもう無さそうだ。

 悠はかかしでも相手にしてるかのように、骸骨達を薙ぎ倒していく。

 いつものことながら、少女(しかも超絶美少女)だということを忘れそうになるくらいの戦いっぷりだ。

 しかも、目を奪われるくらいの鋭い美しさを兼ね備えている。

 凛とした横顔、鬼女のような動き、舞踏のような剣さばき……

 それらに流星が見惚れている間に、骸骨達は一体残らず地に伏してしまった。

「口ほどにも無いね」

 悠はいつもの不敵な笑みを浮かべて刀を下ろす。

 彼女の首に巻かれたチョーカーに付いた十字架が、キラリと輝いた。


 流星達は現在、梅見家のある街に通じる国道にいた。

 人気の無い道だと思っていたら、骸骨達の足止めを喰らったのだ。

 全員落武者の姿のようで、ボロボロの鎧を着て、干からびた髪はざんばらだった。

 悠は淡々と敵を倒していたが、流星は正直ゾッとした。

 自分も死んだら、あんな骨だけになるのか。そんな想像を浮かべてしまう。

 皮も肉も失い、誰か解らない骸骨になった自分……考えただけで恐ろしかった。


「ちょっと時間かかったね。急ごうか」

 悠の声と刀を鞘に収める音に、流星は意識を現実に戻した。

「人柱は無理でも、せめて霧彦さんや西野 紗矢が生きていればいいんだけど……」

 さすがの悠も知り合いは心配なのか、顔を歪めている。

「……っていうか、随分後ろ向きな考えだな。悠らしくねぇ」

 流星が言うと悠はきょとんとして、次いで嘆息した。

「確かにね。ただ、嫌な予感が消えないものだから」

 悠は頭を軽く振り、近くに停めさせてあった車に足を向けた。

「行くよ」

「あぁっ」

 流星もまた、悠を追いかけるために小走りになった。


   ―――


 紗矢はじっと、ピジェッラと名乗った少女を見つめた。

 人の気配ではない。どちらかといえば、妖魔に近い。

 しかし、人間と同じ気配も感じられなくはない。

「半妖だな」

 紗矢は手に持った杖を握り締めた。

「あなた、よわい。ピジェッラ、つよい」

 にたぁ、とピジェッラは薄い唇に笑みを形どった。

「ピジェッラの、かぁち」

「勝ちを確定するには、少々早計過ぎやしないか」

 紗矢はじろっとピジェッラと、巨大骸骨の手を睨んだ。

「確かに精神面に置いて、あたしは弱いが」

 杖を構え、走り出す。

「実力が無いとは、一言も言ってないよ」


 パキャアアアァァァァ!!


 杖が骸骨の手の甲を打ち砕いた。

 バラバラに崩れる手。ピジェッラの目が、大きく見開かれた。

「あたしはどうも、男にケンカをふっかけられやすくてね」

 杖をピジェッラの鼻先に突き付け、紗矢は淡々と言った。

「だが負けたことは、ただの一度も無い」

 紗矢が目に力を入れると、ピジェッラの目の端に涙が溜まった。

 本来なら慌てる場面だが、ピジェッラの人間離れした気配と紗矢の頭に流れてきる思考が、彼女をかえって落ち着かせた。

『ゆるさない。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!』

 ピジェッラの背後に、ドス黒い煙が吹き出した。

「――!?」

「いじめるやつ、キライ!」

 思わず後ずさった紗矢の目に、ピジェッラの服の下から飛び出した何かが映った。

 白くざらついた、ごつごつしている表面を持つ、糸の通された大量のそれ。


 まさかあれは……人骨か!?


 紗矢はゾッとした。

 あれだけの骨を手に入れるのに、あの娘は一体何人殺したんだ!

「しんで、ビーズになれ!」

 糸でまとめられた骨が、紗矢の腕にまとわりつこうとした。

 紗矢は杖を薙いで、それを阻む。歯を食い縛った彼女の耳が、幾つかの悲鳴を拾った。

(まだ人が残っていた! こんなところで戦ったらまずいっ)

 紗矢は走り出した。

 ピジェッラの脇を通り過ぎ、街の外へ向かう。

「にがさない!」

 ピジェッラが振り返る気配を感じる。

 追いかける気か。しばらく足止めをするか。

 紗矢は右手で印を切った。

「!? なに、これぇ?」

 ピジェッラの動揺した声に、紗矢は彼女の方を向いた。

 ピジェッラの足元から、コンクリートを突き抜けて太いツルが伸びていた。

 ツルはピジェッラの足や腕に絡み付き、ピジェッラの動きを封じている。

 あのツルは自分が作りだしたツル。そう簡単に外れやしない。

 紗矢は顔を周りに向けた。

「逃げろ! 早くここから離れるんだっ」

 紗矢の言葉に、周りの人々は身体を震わせ、霧散するように逃げ出した。

 紗矢も、ピジェッラと間を置くために後ろに下がり始める。


「にがさないっていった!」


 ピジェッラの怒鳴り声と何かが飛来してくる音が同時に聞こえた。

 反射的に上を見ると、五回建てビルほどもある巨大骸骨が落ちてくるのを見た。

 紗矢はだんっと地面を蹴る。


 ドシィィィィィィィィィィィィィィィン!!


 直後に、衝撃と震音が襲ってきた。

「! きゃっ……」

 紗矢は震動に足を取られ、転んでしまった。

『大丈夫か、紗矢!?』

 ツバサの声に、紗矢は「あぁ……」とかすれ声で返した。

 立ち上がりながら振り返ると、周りの建物を押し潰して先程の骸骨が四つん這いになってこちらを見ていた。

 黄色い目玉をギョロギョロ動かすのが、なんとも不気味だ。

「にげちゃ、だめ」

 ピジェッラはツルで動きを封じられながらも言った。

 紗矢はふと少女の顔を見て、思わず声を上げた。

「な、に……!?」

 ピジェッラの顔から、皮と肉がなくなってる。


 骸骨のそれになってる!


「ねぇ、ビーズちょうだい。もうちょっとでねがい、かなうの……」

 カタカタと骨がぶつかる音が、少女の声と一緒に鼓膜を震わせる。

「ねぇおねがい。あなたのビーズ、ちょおだいぃぃぃ」

 ピジェッラの声に呼応するように、巨大骸骨が手を振り上げた。

「っ。『卯杖姫』、部分解除!」

 バチィッ、とスパークがはじけ、杖先の宝玉に光が灯った。

雷神招来(ライジンショウライ)雷撃刀(ライゲキトウ)

 杖先から放たれた雷撃が刃の形を成した。

 紗矢は押し潰そうとする骨の手を紙一重でよけ、杖を薙ぐ。

 刃は骸骨の右腕の肘に叩き込まれた。

 肘は見事に断ち斬られ、巨大骸骨はバランスを崩して倒れる。

 どでかい音と同時に、鈍い衝撃が地面に広がった。

「……見かけ倒しか」

 拍子抜けした紗矢はピジェッラに目線を向けた。

 顔が骸骨なだけに、表情が解らない。

 ましてや、うつむいていては顔自体見えなかった。

 もう人は残っていないし、これで全力で戦える。

 紗矢がそう思った時だった。


「……いじめないで」


 え? と紗矢が眉をひそめる前に、背中から衝撃が来た。

 骨がきしむ音を聞いた次の瞬間、気付けば建物の壁に叩き付けられる。

 とっさに受け身は取ったものの、左半身に熱さと冷たさが入り交じった激痛が走った。

 一瞬ぴったりと壁にくっついた後、ズルズルと肌をこすりつけるようにして座り込む。

 足は無事だったものの、それ以外の痛みは尋常じゃなかった。

 左手首は妙な方向に折れ曲がり、二の腕の肌は皮がめくれて血がにじんでいる。頬は腫れ上がっているようで、視界が狭まっていた。

 紗矢は起き上がろうと右手を着いた時、左耳からどろりとしたものが垂れていることに気付いた。

 思った以上にダメージが大きい。でも、今の攻撃は一体……

 紗矢は右目だけピジェッラに向けた。

 ピジェッラの顔は骸骨のままだった。

 問題は、あの巨大骸骨だ。

 身体は地に伏したまま、だが無事な方の腕はガラガラ動いている。

(しまったっ。片腕だけでなく、両腕を使えなくするべきだった!)

 紗矢は今更ながら後悔する。

 おそらく、さっきの衝撃はあの骸骨に殴られたものだろう。

 よほどの怪力だったのか、背中の痛みで足腰に力が入らない。

 確実にとどめを指す前に、もう動けないと思って油断してしまった。

 とんだ失態に紗矢が唇を噛んでいると、ピジェッラの声が響く。

「ビーズ……ビーズあつめれば、ピジェッラのねがい、かなうんだ……」

 巨大骸骨が、身体を引きずりながら迫ってくる。片腕とは思えないスピードだ。

「くっ……」

 紗矢は杖を振るった。

氷神招来(ヒョウジンショウライ)氷塔壁(ヒョウトウヘキ)!」

 杖先の宝玉から氷風が吹き荒れる。氷風は紗矢とピジェッラ達の間に、分厚い氷壁を作り出した。

「ハッ、ハッ……」

 浅い呼吸を繰り返しながら、紗矢は思考を巡らす。

 あの氷壁はあくまで時間かせぎだ。すぐ壊されるだろう。

 対抗できる手が無いわけではないが、うまくいくかどうか。

(どちらにせよ、あたし自身は満足に動けない。一か八かにかける!)

 紗矢はパーカーの内ポケットから、人型の呪符を取り出した。

 梅見家でやり方を教わっただけだが、この際仕方がない。

(ツバサ、いい?)

『当然! 紗矢がしたいことは、俺のしたいことだし』

 頭の中で響くツバサの声に、紗矢は思わず声を上げて笑った。

 頬が痛むし、口内に鉄の味が広がったのですぐやめたが。

(そうだね。ありがとう)

 紗矢は呪符を前に投げた。

創身呪術(ソウシンジュジュツ)無在具現(ムザイグゲン)

 指で印を切り、意識を呪符へ向ける。

 呪符がぐにゃりと歪んだ。

 ぶくぶくと膨らみ、人一人の大きさになっていく。

 色も変わっていった。白だったのが、黒と肌色に変色していく。


 パリィィィィィィンッ


 氷壁がガラスが割れるような音を立てて破壊された。

 崩れた氷の瓦礫の間から、ピジェッラが姿を現した。

 ツルを引きちぎったのか、ゆらりと前に出る。

 顔だけでなく、露出した肌全てが白骨化していた。おそらく、ワンピースの下も肉など無いだろう。

 ピジェッラは歯をカタカタ鳴らしながら、少女姿の時そのままの目玉でギョロリ、とこちらを睨んだ。

 目と同じくそのままの髪を風になびかせるその姿は、恐怖をあおるには充分だった。

「……ダァレ?」

 ピジェッラは呪符をじっと見つめた。

「おまえを壊す者さ」

 呪符はにやっと笑った。

 いや、呪符ではない。

 黒髪に黒目、黒服に白い肌をした少年だった。

「おい、餓鬼。これ以上紗矢に傷を付けたら、怪我する程度じゃすまないぜ」

 少年――ツバサはニヤッと笑って走り出した。






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