表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HUNTER  作者: 沙伊
22/137

第八話 祓魔の武器職人<上>





 すすり泣く声が聞こえる。

 山下の母親のものだろう。

(まさか、こんなに早く友達の葬式をすることになるなんてな)

 流星は内心で嘆息した。

「卓人、おまえ大丈夫か?」

 木下の声に流星はふと、隣を見た。

 卓人は真っ青だった。

 無理もない。あんな場面を見たら、誰だってそうなる。

 自分も少し耐性があるだけで、あれに何も感じないわけじゃない。

 舞う血の臭いは、今でも脳にこびり付いている。

 あの後、警察に一部始終を、次郎には全てを話した。

 全部聞き終えた次郎の一言目はまたか、だったが、その後は慰めの言葉をくれた。

 しかし、流星が退魔師になると言うと、一気に渋い顔になっていた。

 悠の説明に納得したようなことを口にしたが、本心はどうなんだろうか。

 卓人の方は朱崋の力で記憶を改ざんしたため、山下が殺された後のことは覚えてない。

 だが、あの凄惨な光景は忘れていない。

 朱崋の話だと、印象が強すぎる記憶は、消し去るのはほぼ不可能らしい。

 一昨日、少しの間だけ病院に居た時も錯乱の様子を見せていたし、この様子だと思った以上にショックは大きいようだ。

 今も、叫ぶのを我慢しているかのような表情を浮かべている。

 この場にいる全員が、こんなことが起こるなんて予想してなかったろう。

 誰も、山下が死ぬなんて思いもしなかったろう。

 それほどまでに、死は突然なのだ。

 生きていた者が、次の日死ぬ。

 生者が死者になるのは自然な流れだけど、それがいつなんて誰も解らない。

 死はゆっくり来るものではない。気付けば傍にあるものだから。



 葬式を途中で抜け出した流星は、葬式場の門の前に居る悠を見つけた。

 それはいいのだが、なぜか若菜も一緒だ。中にいないと思ったら、外に出ていたらしい。

 珍しい、というかありえない組み合わせである。二人は互いのことを知らないはずだ。

 とりあえず近付くと、先に悠がこちらに気付いた。

「おはよう、流星」

 悠は挨拶と同時に素早く流星の手を取った。

 驚いている内に、ぐいぐい引っ張られる。

「ちょっと! 待ちなさいよっ」

 若菜が叫んだ。明らかに怒っているような。

「やだよ。君なんかに指図されないから」

 悠は若菜に向かって舌を突き出した。

 あっ可愛い、と思えたのは一瞬である。

 もの凄い力で引っ張られ、流星は悲鳴を上げた。

「いづっ。悠、そんな引っ張んな! 腕もげるっ」

「あの人嫌いだよ」

「い゛!?」

 無理矢理歩くことになった流星は、悠の口から出た嫌いという単語に敏感に反応した。

「流星に近づかないでって……意地悪だね、君の幼馴染み」

 あ、何だ。若菜のことか。

 流星は深く安堵した。

 でも、一体二人の間に何があったんだ?

「流星、このままこの間言ってた人のところに行くけど、いい?」

「あ、あぁ」

 流星は戸惑いながらも頷いた。


 流星が退魔師になるにあたって、一つ問題があると悠は言った。

 それは、武器である。

 脇差の煌炎でもいいじゃないか、とも思ったが、駄目なんだそうだ。

 もともと煌炎は悠専用の退魔武器であり、悠にしか完全に扱いきることができない。

 悠は護身用に渡しただけで、流星用の武器など全く考慮に入れてなかった。

 しかし流星が退魔師になることで、話は大きく変わってくる。

 つまり、流星専用の武器が必要ということだ。 そこで、これから退魔武器専門の武器職人に煌炎を打ち直してもらいに行くのである。

 本来は一から造るのだが、妖偽教団のことがある以上、悠長にしていられない。煌炎を元にした方が早いのだ。


 流星は横目で悠を盗み見た。

 ここ四日間で、悠の気まぐれっぷりが嫌というほど解った。

 辞めろと言った次の日にまたやれと言ったり、本当に疲れる。

 おまけに自分は、それに一喜一憂してしまうのだ。

 神経がいずれ、すりきれて無くなってしまうかもしれない。

 離れればいいじゃないか、とも言われそうだが、それもできない。

 なにしろ、目を離したらどこに行くか解らない子猫のような存在なのだ、悠は。

(……ん? それって、俺一生悠から離れられないってことか?)

 今更そのことに気付く流星だった。


   ―――


「華凰院君って、華凰院財閥の人よね」

 日影の質問に、紅茶を淹れていた燐は顔を上げた。


 鬼道宅の居間である。

 家を失った日影達に部屋を提供した燐は、彼女達に同情しつつも、それを表に出さなかった。

 同情しても、彼女達の傷は癒されない。むしろ、傷口をえぐってしまうだろう。

 今自分にできるのは、彼女らの手助けをすることだけだ。


 なので、突然の問いにも穏やかに「そうですよ」と返した。

「……じゃ、一ヶ月前の事件を解決したのも、悠なのね」

「はい」

 燐が頷くと、日影はいぶかしげな顔をした。

「華凰院財閥といえば、日本経済を担う超ド級の大金持ちじゃない。何で、あの娘のとこでバイトしてるんだか」

「あ、そのことなんですけど」

 燐は口を開きつつ、言っていいかどうか迷った。

 しかし、完全に聞く気モードの日影を誤魔化せる自信が、燐にはない。

 仕方なく話し始めた。

「華凰院さんは華凰院姓を名乗っていますが、もうその家の人間では無いんです」

「……って、言うと?」

「今の当主は彼の叔父なんですが、その人は兄夫婦を嫌ってました。できのいい兄を妬んでたんでしょう。また、当然でしょうが息子の華凰院さんも嫌ってたようで、彼の祖父である華凰院 竜玄(リュウゲン)にあることないこと吹き込んでいたようです。効果は無かったようですが」

「……」

「そんなことがあって、華凰院さんの家族と祖父が殺された時、真っ先に疑われたのは叔父でした。しかし、証拠不充分で捜査は打ち切り、事件は迷宮入りに……表面上では、ですが」

「真実は、悠が犯人の妖魔を狩って解決したのよね」

「ええ。悠がすぐ妖魔を狩ったからいいものの、そのまま放っておいたら華凰院さんも喰われてたかもしれません。そんなことがあって、叔父は華凰院さんを追い出しました。表では更なる被害者を防ぐため、本当は邪魔者を消すために」

 燐がそう話をくくると、日影は複雑な顔をした。

「さすがの情報力ね、燐。それにしても……辛かったでしょうね。彼、家族だけじゃなく、家も失って」

「でしょうね。そんな彼を救ったのが、悠なんです」

 燐は、なるべく感情を出さないよう言った。

 胸中にある、嫉妬の念が吹き出しそうだからだ。

 男の嫉妬は醜いと言うが、まったくだ。

 これを表に出したら、醜態をさらしていることと相違ない。

「狙った理由は、彼の異常なまでの霊力ね」

 日影の言葉に、燐は頷くだけにとどめた。

「会って解ったわ。あれは、放っとくと危ない。本来、あの力は人が操れるものじゃないのよ」

「ええ。コントロールできなければ、いずれ飲み込まれるでしょうね」

 そうなればいいのに、と思ったことは黙っておいた。

「ともあれ……悠に任せるしかありませんよ」

「そうね。ところで」

 日影が真剣な顔で口を開いたので、燐は少し身構えた。

 しかし、彼女の言葉は拍子抜けするようなものだった。

「他のみんな、どこ行っちゃったの?」

 燐が呆然としたのは言うまでもない。


 今それ訊きますかっ。


 こめかみを押さえつつも、律儀に答える。

「他の皆さんは、仁菜と一緒に買い物に行きましたよ」

「私と燐を置いて?」

「あ、貴女寝てたでしょうっ」

「じゃ、燐は何で?」

「日影さん置いていけるわけないでしょうが。寝てたんですから」

 起こせばよかったのに、とふてくされる日影に、本格的に頭痛がしてきた燐だった。


   ―――


 縁側に座った恭弥は庭には目もくれず、手の平ばかり見つめていた。

「恭弥様、そろそろ部屋に戻られては?」

 背後に控えた氷華の言葉に、恭弥は首は横に振った。

「おまえこそ、奥に戻ったらどうだ。雪女(ユキメ)のおまえには、この日差しは毒だろう」

「いいえ」

 氷華はするり、と恭弥にすり寄った。

「氷華は貴方のお傍に居たいのです」

 妖しい微笑を向けられ、しかし表情は一ミリも動かさず、恭弥は「戻れ」と命令した。

 氷華は少し傷付いたような顔をしたが、すぐに言われたようにした。

(今頃悠は、景信(カゲノブ)さんのところか)

 家にいない妹のことを思い、恭弥は頬杖をつく。

 兄は当主代行として、家の奥でいそがしく手を動かしているところだろう。

 自分の周りだけ、静かだ。

 まどろむ恭弥の左手に、白い蝶が舞い降りた。

 焦点の合わない目で、恭弥は蝶を見つめる。

 時が流れる。静かに、静かに。


 ぐしゃり


 恭弥は我に返った。

 手にねっとりとした、嫌な感触を感じる。


 今、僕は何をした?


 左手を開いて目を落とす。

 蝶がいた。

 羽がひしゃげ、潰れた身体から体液をにじませた死骸がいた。

「僕は……」

 一瞬、自分じゃない自分がいた。

 意識が、乗っ取られる感覚があった。

「……もう、残された時間は少ない」

 内側からがらがらと、自己が崩壊していくのが解る。

 いつまで自分は『自分』でいられるのだろうか。

「早く、早く人柱を」

 恭弥は唇を噛んだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ