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HUNTER  作者: 沙伊
21/137

    Ripper<下>




「……あれ?」

 痛みも何も感じない。身体もくっついたままだ。

 確かに何かが斬り裂かれた音がしたのに……

 流星は、恐る恐る頭を上げた。

「なんとか間に合ったね」

 艶やかな黒髪、綺麗な声、華奢だが力強さを感じさせる背中。

「ゆ、う……?」

「やぁ、流星。昨日振り」

 悠はにっこり笑った。

「え、何で!? どうしてここに? つか、今何したんだ?」

「何って……かまいたちを刀で叩っ斬っただけだよ」

「離れ業を当たり前のように言うなっ」

 流星は悠に怒鳴った。

 何かめまいがする。会えて嬉しい。嬉しいんだが、どっと疲れた。

 額を押さえた流星はふと、卓人のことを思い出した。

「そうだ。卓人、無事か……どぉっ!?」

「流星ぇぇぇぇ! おまっ、ヒヤヒヤさせんなよっ。死ぬかと思ったろうが!」

 卓人はいきなり胸ぐらを掴んできた。

「だぁぁぁ! 落ち着けっ。つか泣きすぎだろ。うおっ、鼻水汚ねぇ!」

「どっちにしろ血まみれなんだから変わらないじゃない」

 悠はぴしゃりと言った。

「それに、まだ安心はできないよ」

 流星は卓人を剥がそうとやっきになりながら少年を見た。

「椿 悠ぅぅ……てめぇだけは、俺が殺す!」

「……私、君に恨まれるようなことした?」

 悠は小首を傾げた。

「悠、こいつは俺の……」

 声がかすれていることに気付いた流星は、唇を湿らせて言い直した。

「こいつは、俺の家族を殺した妖魔の息子らしい」

「……あぁ、なるほど」

 合点がいったのか、悠は再度少年を見る。

「親子そろって半妖になるなんて、頭おかしいんじゃないの?」

「うるさい!」

 少年は右手の鎌を振り上げた。

 が、それより速く、悠が刀を突き出して地面を蹴る。

 鈍い音を立てて、刃が少年の心臓を貫いた。

「がっ……!?」

「私、今機嫌が悪いの。君ごときと長く話すつもりは無いよ」

 刀を抜くと、少年の胸からどくどくと赤黒い血が流れ出た。

「雑魚が私の命を狙うなんて、身分不相応もいいとこだね」


「そうか?」


 鎌が悠の首筋めがけて横薙ぎにされた。


 ガギイィィィィィィィィィィィン!!


「今のはちょっと危なかったかな」

 刀の腹で鎌を受け止めた悠はくすっと笑った。

「心臓貫かれても死なないなんてね。今まで何人喰い殺してきたの?」

「……さぁな。百人超えたとこで、数えんのやめたから――な!」

 少年の左手がかすむ速さで悠の頭を狙った。なんと、左手まで鎌になっている。

 悠は身をギリギリまで沈める。黒髪が数本舞った。

「おまえこそ、今まで何匹妖魔を狩ってきたんだよっ」

「さぁ? 千あるか無いかくらいかな」

 悠は後ろに身を投げた。それを追い、少年は地面を蹴る。

「今度こそ死ねよ! 椿 悠っ」

「君は馬鹿だね」

 少年の視界から、悠の姿が消えた。

「なんっ……ぐあぅ!!」

 少年の両手が飛んだ。正確には、両手の鎌が。

「風を操ってたにしては遅かったね」

 悠は刀を少年の前に突き付けた。

 両手首から血をだらだら流した少年は、顔をひきつらせる。

「今なら見逃してあげるよ。私が斬ったのは妖魔化した手だし、心臓もその生命力なら、再生が可能だしね」

 切っ先で少年の首筋をつつく悠は、哀れなものを見るような目で言った。

「今なら人の道に戻れる。復讐なんてくだらないこと続ける気なら」

 プツリ、と少年の首筋から血がつぅっと流れた。

「ぐ……! ……う!? ああああああっ」

 少年は突然めちゃくちゃに走り出した。

 恐怖のあまり混乱したかと思ったが、どうも違うような……

「まさか。流星! 自分とその友達の目を塞いでっ」

 悠が大声で言った。

 不審に思いながらも、流星は言われた通りに卓人の目を塞ぐ。

 しかし、自分の方は間に合わなかった。


 ブシャッ


 少年の身体が唐突にバラバラになった。

 複数の刃物に斬り刻まれたように、肉片になるまで。

 どこが腕か、足か、頭か、解らないぐらいに。

「……え?」

 さっきまで生きてたはずだ。

 なのに何だ、このあっけなさは。

 何だ、この……息苦しい感覚は。

「なん、で」

 流星は卓人の目から手を離しそうになった。

「流星、そのまま」

「え?」

 悠が卓人の前に立った。

「何だ? 何が起きてるんだ!?」

 卓人が喚いた。しかし、彼は知らない方がいいかもしれない。

 流星は悠がしようとしていることを感じ取り、身体を少しずらした。

「悪いけど教えられないよ。ごめんね」

 悠は勢いよく卓人のみぞうちを殴った。

 くたっと全身の力が抜けた卓人を、流星はなんとか支える。

 傷は負ってはいるものの、座った状態だったので苦労は無かった。

「……一体、何があったんだ?」

 流星は血だまりを見ないようにしながら尋ねた。

「おそらく、彼には呪いがかかってたんだよ」

 悠は刀を収めて答える。

「失敗したら、自分の術が己に逆流する呪だろう。彼の身体がバラバラになったのは、彼の風の力が体内から吹き出したからだと思う」

「そんな……むごすぎる。でも、誰がそんなことを?」

 流星が訊くと、悠は顔を僅かにしかめた。

「一人……というか、一団体しか思いつかないでしょ?」

「! それって……」


 妖偽教団……


 流星は唇を噛み締めた。

「君の友達には悪いことしたね」

 悠は山下の死体に近付き、しゃがみ込んだ。

 繊手を伸ばし、山下のまぶたを下ろす。ため息をついて立ち上がった。

「狙いは、多分私だよ。その一環として、流星を狙ったんだと思う」

「? 何で俺を狙う必要があるんだ?」

「それは……」

 悠は急に口ごもった。

 何か、微妙に顔が赤いような?

「そ、それより、これからのことを話そう」

 露骨に話をそらした。

「流星、君はこれからどうしたい?」

「は?」

「私は、もう一度君にバイトをしてもらいたいと思ってる」

 流星は卓人を倒しそうになった。

「マ、マジか!?」

「待って。まだ話の途中だよ」

 悠は流星を押し留めた。

「その前に、流星の意志確認」

「俺の?」

「そう。君は、こっちに戻る気はあるの?」

 悠はしゃがんで、上目遣いでこちらを見た。

 じっと見つめられると、色々ヤバイのだが。

「もし戻ったら、もっと大変な目に会う。死ぬこともある。どうする?」

 ふと、うもれていた記憶が頭をもたげた。

 悠が、自分に手を差しのべてくれた時のことだ。

『こちらに来るか、否か』

「こちらに戻るか、否か」

 今とあの時。状況は違うが、よく似ている。

 悠は笑った。思わずどきりとしてしまうぐらい、蠱惑的に。


「全ては、君次第だよ」


 このセリフを聞いたのも、久しぶりな気がする。

 流星はずっと黙っていた想いを口にした。

「悠、俺……退魔師になりたい」

「え?」

「もう、目の前で誰かが死ぬのは嫌なんだ。もう、弱い自分でいたくないんだ」

 家族を失って、友達も助けられなくて。

 なのに自分は生きている。弱く、無力感を抱えて。

 もう、こんな気持ちを持ち続けるのは嫌だ。

「悠、頼む! 退魔師にしてくれ。強くなりたいんだっ」

「……本気なの?」

 悠は流星を驚き顔で見上げた。

「死ぬ確率、高くなるよ?」

「死なねぇ。絶対に」

 流星は拳を握り締めた。

「誰かが死ぬ哀しさを、俺は知ってるから。だから死なねぇ」

 意思表示のために拳を突き出すと、悠は眩しそうに笑った。

 初めて見る笑い方だったので、流星の心臓が跳ね上がる。

「じゃ、約束ね。絶対生きるって。私も、生きるから」

 悠は流星の頬に触れた。

 ひんやりとした心地よい感覚に、流星は目を細める。

 その様子を見て、悠は笑みを深くした。

「絶対に生きてよ。死んだら承知しないから」

「……あぁ」

 流星は深く頷く。

 やがて、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


   ―――


「また星見なの? 熾堕」

 妖偽教団の本拠地にある大広間。本来は茶や会話を楽しむサロンのような部屋に立ち尽くす男に、月読は眉をひそめた。

「ところかまわずするのはやめてちょうだい。邪魔になるわ」

「……ん? あぁ、月読か」

 肩を叩くと、熾堕は初めて気付いた、という顔をした。実際今気付いたんだろう。

「最近星の動きが活発になっててな。が、まだ小さい」

「そう」

 興味の無い月読は、ソファーの一つに腰を下ろした。

「刹嵐……失敗したそうよ。それも『視え』てたのかしら?」

「まぁ、一応」

 銀糸をかき上げ、熾堕は息を吐く。

「言ってやればよかったか?」

「別に。言っても同じことでしょう、結果は」

「……確かにな」

 空気が沈みかけた時、広間の扉が開いた。

「たりない……ビーズ、まだ……」

 ショートカットの女の子が入ってきた。ピンクのワンピースを着た、十歳前後の子供だ。

「ピジェッラ」

 熾堕が声をかけると、少女――ピジェッラは顔を上げた。

 大きな目に、そばかすの浮いた顔をしている。

「シダ。ビーズ、あとちょっとで、そろう」

 つたない言葉に熾堕が「そうか」と答えると、ピジェッラはにまぁ、と笑った。

「ピジェッラのねがい、かなう。ヒメサマ、よろこぶ」

 ピジェッラのワンピースのポケットから何かが落ちた。

 糸を通す穴が空けられている、白い物体だ。

「あとヒトリ、ころしたら、ピジェッラのねがい、かなう!」

 ピジェッラは無邪気に笑った。

 己の罪も、解らないで。





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