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HUNTER  作者: 沙伊
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    顔剥ぎさん<中>




 彼女はまだ満たされなかった。

 もっと、と求めていた。


 足りない……


 何が?


 まだ『顔』が、足りない……


 闇をさ迷いたどり着いたのは。

「……まだ……」


 更なる闇。


   ―――


 悠の言う通りになった。第二の犠牲者が出てしまったのだ。

「今度は三―Bの教室で……」

「鍵、壊されてたらしいよ。顔も……」

「やっぱあの噂、マジじゃねぇの?」

「まっさかー……」

 騒ぎまくるクラスメイトの声を聞きながら、流星は黙って席に座っていた。

 やっぱり『顔剥ぎさん』が犯人だ。

 ……でも、何でうちの学生だけなんだ?

 殺されたのはまた女子生徒らしいが、そもそもどうして学校で殺されるんだ?

 妖魔の出現にはちゃんとした理由があるらしいが、今回は一体……

 流星がそう考えながら首を傾げた時だった。


 ピルルッ


「っ!! ……て、ケータイかよ」

 深く考え込んでいたため、携帯の音に必要以上にびっくりしてしまった。

 流星は顔をしかめてズボンのポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『もしもし、流星?』

 携帯から悠の声が流れてきた。

「おう、悠じゃん。何?」

『第二の犠牲者出ちゃったんでしょ?』


 どっから仕入れてくんだ、その情報。


 そう思ったが黙っておく。返答が怖い。

『どうやら本物みたいだね。そっちは大丈夫?』

「混乱はあるけど、特には……」

『周りじゃなくて』

 悠の声が低められた。

『君自身のことを言ってるの。霊感少年』

 うっ、と言葉に詰まってしまった。


 悠の言う通り、流星は異常なほど霊感が強かった。

 物心ついた頃から当たり前のように霊が見えていて、昔から何度、そのことで苦労したことか。正直、霊感より勉強できる頭が欲しかった。


「……つうか、少年って何だよ。俺十七だぜ。どっちかっつーと青年じゃねぇか?」

 抗議の声を上げると、向こう側から鼻で笑う声が。

『精神年齢低いくせに、何言ってんの』

「年下のおまえに言われたかねぇぇぇ!!」

 携帯片手に絶叫する流星に、クラスメイトは驚きと好奇の目を向けた。

「何携帯相手にわめいてんのよ」

 こちらに近付いてきた若菜が呆れ顔で教室の扉を指差した。

「沙菜が、あんたに話があるって言ってるんだけど。いつ知り合ったの?」

「あー……昨日」

「はぁ?」

 不審顔の若菜を適当にあしらい、流星は席から立ち上がった。



 教室の入口に立ち尽くす沙菜は、流星を見て少し頭を下げた。

「えっと、おはよう、華凰院君」

「おう。……若菜の友達だったんだな」

「うん。華凰院君のことは、若菜から聞いて知ってたの」

 少し間を置いて、沙菜は口を開く。

「……信用、していいの?」

「え?」

「昨日の娘」

 どうやら後になって不安になってきたらしい。

 まぁ無理もない。

 あんな子供(悠に言ったら殺されそうだ)に、何ができるのかと思うのが普通だ。

 しかし、悠のあの圧倒的な実力を見たら、そんなことは言えなくなる。

「あのさ」

 流星は頬をかいた。

「あいつはまだまだ子供だけど、退魔師としての実力は、信用できるぜ」

「でも、私まだ退魔師ってどういう職業かよく解ってないのよね」

「わ、解らず依頼したのか」

 流星は脱力した。

「まぁいいや。普通そうだし。陰陽師とかエクソシストならわかるか?」

「うん」

「それと同じなんだよ」

 退魔師は、時代によって姿を変えた。

 日本に置いて一番有名な退魔師は、天才陰陽師と呼ばれた安倍晴明だろう。

 彼を含め、陰陽師達は平安時代には重宝されていた。特に、不吉を忌み嫌っていた貴族達には。

 退魔師は、現代版陰陽師と言っていい。

 表では非科学的なものを否定してる政治家の大半にお抱え退魔師がいたり、代々退魔師を輩出している家と繋がりを持っていたりする。平安時代の貴族達のように。

 ちなみに、政治家は利用してるつもりが利用されてることに気付いていない。

 最後だけ口にせず説明すると、沙菜は解ったような解らないような顔をした。

 どうしたら解るかな、と頬をかいて、流星ははたと気付く。

「やっべ! 悠と電話してたんだったっ」

 俺のアホ! と内心で自分をなじりながら、携帯を耳に当てる。

「悠! 悪ぃ、忘れ……いや、じゃなくて……」

『……言いわけはいい。聞こえてたから』


 あ、拗ねてる。


 直感的にそう感じ、携帯相手に平謝りする。他人から見れば、さぞ滑稽だろう。

『もういいよ。そのかわり、ミルフィーユとモンブラン』

「あー……はいはい。買ってくるよ」

 なんとか許してもらえたようだ。

『それより、今度は誰が死んだの?』

 悠の質問に、流星は「解んねぇ」と答える。

「何しろ、今回も顔があれだったらしいからな」

『ふぅん』

 人が死んだというのに、悠はあまり興味無さそうだ。実際今回の依頼が無ければ、顔剥ぎさんなど見向きもしなかったろう。

 そういう冷淡な人間なのだ、椿悠という奴は。

 ……ただ、自分はその冷酷人間に惹かれているのだが。

 思考が変な方向に行きそうなので、話を戻す。

「悠、何で電話してきたんだ?」

『今日、流星の学校に行こうと思ってね。放課後いいよね』

「おぉ。ただ……授業、普通にあんのかな? 昨日だって、昼までだったし」

『私の予想では、多分……』

 悠が何か言いかけた時、担任がせかした足で入ってきた。

「あ。担任来たから切るわ」

『そう。それじゃ、また後で』

 悠はそう言うと、通話を切った。

「はぁ……。じゃあな、雪野」

「う、うん」

 流星は沙菜に軽く手を振って自分の席に戻った。


   ―――


『今日、君の学校に行くから。君にも付き合ってもらうよ、雪野沙菜』

 簡潔な説明だけして、悠は一方的に電話を切ってしまった。

 沙菜は憮然としつつ、教室で待つ。授業も無しで帰宅と言われたので、誰もいない。

 年下なのに君呼ばわりで敬語無し、おまけにフルネーム呼び。なのにむかつかなった。

 きっと彼女は普段からこんなのだろう、と思ったからだ。

「苦労人ね、華凰院君も」

 彼が悠のところでバイトをしているのは、若菜から聞いて知っている。

「何か、アンティークショップでバイトしてるらしいんだけど、店の場所教えてくれないんだよね。第一、あいつバイトする必要無いはずなのに」

 そう、不思議そうに若菜は話してくれた。

 沙菜が椿事務所のことを知ったのはそのすぐ後だ。

 オカルト染みた問題を解決してくれる、霊媒師のような存在がいると。

 都市伝説かと思いきや、調べるとそういうことを請け負う『事務所』が、実際あったのである。

 今でも信じられないが。

「やっぱり、契約書に名前、書かなきゃよかったな」

 沙菜がそう一人ごちしている時――


 背筋が凍った。


 鳥肌が全身に立つのを感じる。

 首筋に刃を突き付けられたような、この感覚は何?


「……沙菜」


 沙菜は肩を震わせた。

「っ! ……て、なぁんだ、和子(カズコ)か。びっくりさせないでよー」

「……? 何でびっくりするの?」

 沙菜の親友、佐野(サノ)和子は首を傾げた。

「うぅん、何でもない」

 沙菜はひらひらと手を振った。

(……あれ?)

 ふと、沙菜は和子に違和感を感じた。

 何か、違う。問われれば答えられないが、どこかがずれている気がした。

「ね、和子……」

 沙菜が口を開きかけた時だ。

「あ、いたいた」

 ハッと振り返る。

 廊下の奥から、悠と流星、それから朱崋とかいう白ワンピースの少女が、この教室を覗き込んでいた。

「沙菜」

「ん?」

「あたし、帰る。じゃあね」

「え。ちょっと和子?」

 いきなり背中を向ける親友に、沙菜は戸惑った。しかし、和子の方は言葉通りさっさと教室を後にする。

「……あの娘は?」

 悠が近付いてきた。

「私の親友、佐野和子よ」

「ふぅん……」

 悠は昨日と格好が違っていた。

 服装は勿論だが、アクセサリーを付けている。

 長い黒髪は銀のリングで束ねられ、首には十字架をあしらったチョーカーを巻いていた。キリッとした美少女だけに、クールな格好が似合ってる。

 ……少々派手だが。

 というか、女の自分ですらどきりとするほどの美貌のため、服より顔に目が行ってしまう。

「それじゃ、行こうか」

 悠は髪と黒のミニスカートをひるがえした。



 死体があった場所は、まだ血の跡が残っていた。

 放課後ということもあり、周りには誰もない。日が高いのに学校に人気が無いのは、何とも不気味な気がした。

「……妙だな。妖気と一緒に、悪意も感じる」

 悠がぼそりと呟いた。

「それが妙なの?」

「うん」

 沙菜の問いに頷き、悠は血の跡を見下ろした。

「妖魔は知性があるものもいるけど、理性は無い。そして悪意は、理性が無いと生まれないんだ。つまり」

「……つまり?」

「人が関わってるかもしれないってことだよ」

 悠はしゃがんで、染み込んでいる血痕に触れた。

「何をするんだ?」

 流星が尋ねると、悠は唇の端を持ち上げた。

「呼び覚ますんだよ、死者の記憶をね」

 悠の手が、血痕から離れた。


 グニャン


 血痕が空中に浮かび上がった。

「なっ!?」

「え!?」

 流星と沙菜は目を見開いた。

「な、何だあれ!?」

「死者の『念』です」

 朱崋が呟くように流星に答えた。

「死ぬ前とは、強い念が残りやすいのです。記憶の断片が何かに取り憑いてしまうほど」

 流星達の目の前で、空に浮く血痕は姿を変えていく。

 やがて、一人の少女の姿になった。

「っ! リサ!?」

 沙菜が声を上げた。

「じゃ、あれは……犠牲者の、記憶?」

 流星は少女を見つめた。

 血の塊のはずなのに、それはちゃんと色を持っていた。

 染めた茶髪、白い頬、紺色の制服。開かれた黒目は、恐怖に彩られていた。

『たす、け……て……』

 どこか遠くから聞こえてくるような声を発して、少女は手を伸ばした。

 揺れる瞳は、涙をたたえて空を見つめている。

『ど、して……私は、ただ……』

 伸ばされた手が、一番近くの悠に届く。

 喉元まで伸びた手を、しかし悠は冷たく見下ろした。

『ただ……綺麗に、なりたかっ』


 メキィッ


 少女の首が、嫌な音を立てて曲がった。

 まだ生きているだろう、痙攣する少女の身体から、更なる音。


 メキキッ……


 流星は、次に起こることを感じ取った。

 目を逸らしたい。しかし首はおろか、目すら動くことを拒否した。

「あっ……」

 沙菜が、少女に駆け寄ろうとした。しかし、それより早く。


 メリメリメリィッ


 耳を塞ぎたくなるような音と共に、少女の顔の皮が剥ぎ取られた。

 剥き出しの顔の肉、まぶたを失った眼球、僅かに見える骨。

「ひっ、あ……」

 沙菜は口元を押さえた。

 ボタボタと、表皮を失った顔は血を流す。何も映さない眼球を濡らし、唇の無い口に伝う。

 まだ、死んではいないらしい。顔を失った少女はもう一度手を伸ばして……


「……いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 沙菜がやみくもに走り出した。

「雪野!?」

 おいかけようとした流星の腕を、悠が掴んだ。

「離せよ!」

「君が行って何になるの?」

「だからってほっとけるわけねーだろ!?」

「君に彼女を慰められるの?」

 流星は言い返そうとしたが、悠に見つめられ、結局目を逸らす。掴まれた腕はそのままだ。

「……あんなの、見せる必要あったのかよ」

 少女の姿はもう無い。血痕も地面に戻り、辺りは何事も無かったかのように静まり返っている。

「彼女は真相を知りたいと願った。なら、辛い真実も見てもらわなきゃ」

 悠は朱崋に目配せした。

 朱崋は一礼すると、姿を消した。

 それを見届けた後、悠は呟く。

「これをきっかけに、諦めて日常に戻るか……君みたいに、闇に足を踏み入れるか」

 悠は流星をちらっと見た後、手を離した。

「どちらを選ぶかもまた、彼女次第だ」

 黒髪が揺れるのを、流星は黙って見つめる。

「さて……彼女はどっちを選ぶかな?」

 悠は足音を立てず、沙菜の走った道を辿った。



 女子トイレから嗚咽が聞こえる。

 多分吐いてるんだろう、と思いながら悠はそこに入った。

「っ……」

 口元を押さえ、洗面台の前で背中を丸くしていた沙菜は、鏡越しにこちらを見た。

「大丈夫?」

 水音にかき消されないよう少し声を張り上げると、沙菜は顔を歪めて喉を鳴らした。

 駄目そうだな、と思いながら悠は前髪をかき上げる。

「今なら契約を無効にできる。これ以上は無理なら……」

「……嫌」

「え?」

 悠が首を傾げると、沙菜はぎゅっと唇を噛んだ。

「リサ……あんな殺され方して……もう一人の娘も。許せないよっ」

 汗がにじむ顔に、怒りが垣間見える。僅かな、憎しみも。

 しかし、これは許す、許さないの問題ではないのだが。

 悠は顔の横の髪をいじりながら忠告する。

「何があっても知らないよ。これ以上の悲劇が起きてもね」

「これ以上酷いことって無いわよ!」

「犯人は人なんだけど」

「そんなの知らない! リサを殺したんだもん……死んだってかまわないわよ!!」

「……言ったね」

 悠は沙菜を冷たく見つめた。

「要望通り、犯人と真相を明かしてあげる。たとえ死体を一つ作ってもね」

 沙菜の顔が強ばった。

「じゃあね。犯人の目星はもう付いてるから」

「ちょっ、まっ……うっ」

 またせり上がったらしい。沙菜はまた洗面台に顔を突っ込んだ。

 それを尻目に、悠はトイレを後にした。



 何度、この選択を選んだ人間を見てきたことか。

「世の中、知らない方がいいことの方が多いのに、どうして真実を求めるかな」

 そう呟いた時、誰かが右手首を掴んだ。

 そちらに顔を向けると、貼り付けたような笑みを浮かべた少女が一人。

「君は……」

 悠は少女の顔を凝視した。

 整った顔のパーツを持っているが、一つ一つの釣り合いが取れてない。酷くアンバランスだ。

「ねぇ」

 少女はちぐはぐな顔に暗い笑みを浮かべた。

 彼女の顔の下から、黒い煙が吹き出している。それが、蛇のように悠に絡み付く。


「いいこと、教えようか?」


 少女の口から、甘い言葉が発せられた。




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