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HUNTER  作者: 沙伊
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    血塗られた夜更けに<中>




 熾堕の剣が、悠の首筋を襲う。

 悠は身を沈めてそれをよけ、刀を突き出した。

 喉を狙った一撃が当たるより早く、熾堕は後ろに身を投げた。

 悠が刀を引いている間に、熾堕はバク転で間合いを取る。

 立ち上がった熾堕は、人差し指と中指で印を切った。


 バリバリバリッ


 天空から雷撃が落ちてくる。

 全てを紙一重でよけつつ、悠は妙なことに気付いた。

 なぜ、誰も起きてこない?

 これだけの音だ。数人一般人が起き出てもいいはずなのに。


「考えごとしてる場合か?」


 ハッとした時には、白銀の刃が目前に迫ってきた。

 悠は刀を持ち上げ、刃を受け止める。

「……っく」

 腕に鈍い衝撃を感じたと思った瞬間、靴底を滑らせて、後ろに弾かれた。

(……この男、強い)

 悠は目を細めた。

「……ふふ」

(本当に、強い)

 急に笑いだした悠を不思議に思ったのか、熾堕は銀の瞳を瞬かせた。

「……変な奴。何で笑うかな」

「ふふ、悪いね。ところで」

 笑いを少しひっこめ、悠は首を傾げた。

「貴方、この辺り一帯に術をかけたの? いくらなんでも静かすぎるよ」

「お、気付いたか」

 熾堕はクスッ、と笑った。

 いたずらが成功した時の子供のような笑みで、影が見当たらない。

「この辺りの人間全員を俺の力で仮死状態にした。害は無いから安心しろ」

「……妙な男だね。貴方」

 悠は刀を下ろした。

「貴方の属してる妖偽教団は、人殺しもいとわない集団だ。なのになぜ?」

「人殺しは好きじゃない。むしろ嫌いだ」

「なら、なぜ?」

「……星のままに生きたから、とだけ言っておこう。今はな」

 熾堕はすぅ、と微笑んだ。

「そんなわけで、俺は教団内じゃかなり浮いた存在なわけだが」

 チャキ、と剣を構える熾堕。笑みの種類は、変わっていた。

「幹部の中じゃ、最強だと自負している」

「ふぅん。じゃ、狩りがいあるね」

 悠は笑みを深くした。

「俺も一つ訊いていいか?」

 熾堕の言葉に、悠は彼を見返した。

「おまえ、その刀の『封印』、解かないのか?」

「……知ってるんだ」

 悠は感心してへぇ、と声を上げた。

「解かない、というより、解けない。認めたくないけど、私の力じゃ抑えられないからね」

 肩をすくめ、刀を構え直す。

「でも、必要無いよ。私は充分強いからね」

「……慢心は、敗北を招くぞ」

 二人が再び刃を交えようとした時――


 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ


 かまいたちが次々と熾堕に襲いかかった。

 突然の攻撃に熾堕は避けられず、全身を斬り裂かれる。

「このかまいたち……」

 悠はくるっと振り返った。

「どうして手を出したの? 燐」

「僕としては、助けたつもりなんですけど」

 制服の水色のブレザー姿の燐は、頬をかいた。

「だいたい何で制服なの? もう深夜だよ」

「家に帰ってすぐ着替えず寝てしまって……起きたら遠くから戦闘音がしたものですから」

「相変わらず耳いいよね」

 悠はハァ、とため息をついて熾堕を見た。

 熾堕は倒れて動かない。地面に血の池が広がっていた。

 一応生きてはいるようで、微かに息遣いが聞こえる。

「ともあれ、とどめは刺しとかなきゃね」

「待ってください、悠」

 燐が慌てて止めに入った。

「彼は、妖魔では……」

「ない、ね。でも、人間でもない」

 悠は刀を持ち上げた。

「妙な気配だ。人間のものでも、妖気でもない」

 切っ先を心臓に向けても、反応は無い。出血のショックで気絶しているのか。

「でも彼は、妖偽教団の幹部だよ。敵の戦力は」

 悠は刀を垂直にして、振り上げた。

「早々に削ぐべきでしょ」


 ドスッ


「……!!」

「……!?」

 二人は目を見開いた。

「なっ……いない!?」

 刀を突き立てた地面に、熾堕の姿は無かった。それどころか、血の跡も無い。

「! 身代わりですかっ」

 燐は身構えた。

 悠も刀を構えるが、すぐ下ろす。

 殺気は感じられない。もしすぐ近くに居たとしても、戦う気は無いんだろう。

「……つまんない」

 悠は頬を膨らませた。

 いつ身代わりを用意したんだろう。

 血まみれになった時か、その前か、または最初からか。

 どちらにせよ、気に入らないことに変わりはない。

 悠はムスッとしたまま、鞘を取りに行った。

「ところで悠、何でこんなところにいたんですか?」

 刀を収めていると、燐に尋ねられた。

「日影のとこに行く途中だったんだよ」

「日景さんのところへ? こんな夜中に? ……! まさか」

「そのまさか。君も来る?」

「勿論ですよ」

 燐は頷いて、ふと、表情を陰らせた。

「本格的に動き出しましたね、奴ら」

 走り出した悠は、その言葉に無言だった。

「恭弥さんは、今どこに?」

「本家だよ。人柱が、そうそう出てくるわけないでしょ」

 悠はそう返して腕時計を見た。

 もう一時だ。日付が変わってる。

「出だしから最悪の誕生日……」

 悠はぼそりと呟いた。

 小さく言ったつもりだったが、燐にはばっちり聞こえたらしい。

「確かにいいとは言い難いですね……」

「まぁね」

 悠はスピードを上げた。

 父さんが死んだ、と言ったら、燐はどんな顔をするだろうか。

 驚く? それとも嘆くのだろうか。

 ……いや、後者は無いだろう。少なくとも表面上では。

(泣く暇があるなら、戦わなきゃ)


 怒りで刃を振るうのではない。

 憎悪で敵を斬るのではない。


 己が戦うのは、信念と守るべきものを守るため。

 怒りも憎悪も、刃を鈍らせるだけだ。

(でないと……そう思わないと、抑えられない)

 悠は拳を痛いほど握り締めた。

(抑えないと、飲み込まれる)


 三年前の、あの日のように。



 熾堕は、『分身』人形の消滅を上空で確認して、そっと息を吐いた。

 久しぶりに使ったからか、少し疲れた。

「……封印は、まだ解けてないのか」

 己の唇に指をそえ、考えることに意識を集中する。

 姫シリーズは皆、封印をほどこされている。

 それは『彼女』達の性質ゆえだ。

 使用者はその封印を『部分解除』して、姫シリーズの力を使うのだ。

 しかし悠の口振りから察するに、彼女はそれもままならないようだ。

 だが、それは当然かもしれない。

『剣姫』は姫シリーズトップクラスの攻撃力を誇っている。

 その反面我が強く、使用者として選ばれた者は、ここ数十年でも一人もいない。

 いや、いなかったと言うべきか。

 封印されているとはいえ、持った者を狂気へ導く刀を操る少女。

 彼女なら、あるいは。

「……とはいえ、星が瞬くのはまだ先か」

 熾堕は黒翼をはばたかせ、その場を後にした。


 夜は、まだ明けない。


   ―――


 車が停まった。

「この辺りのはずです」

 車から降りた朱崋は、周りを見渡した。

 商店街だ。当たり前だが、全部の店が閉まってる。

 流星は、人一人いない商店街に、寒気を覚えた。

「その、桐生 日影って人……もう移動してるんじゃないか?」

「そんなはずは……」

 朱崋が言いかけた時、とんでもない音量で破壊音が響き渡った。


 ドガアァァァァァァァァァァァァァァ!!


 店が一つ、跡形もなく消し飛んだ。店主が絶叫するだろうなと流星は反射的に思った。

 で、それを成したのは、いきなり飛んできた巨大な火の玉だった。

「ハァ、ハァ……しつこいわよ、死体共! ……て、あら?」

 火球から発射された方向から、少女が一人姿を現した。

 ショートカットの黒髪、同じく黒の、少しつり上がった目、顔立ちを見れば、目の覚めるような美人だった。

 歳は十五、六ぐらいか。もしかしたら自分と同い年かもしれない。

 その少女、朱崋を視界に収めたとたん、あっ、と声を上げた。

「誰かと思ったら朱崋じゃない! よかった」

 瓦礫に乗り上げ、ほっと息をつく少女。

 赤チェックのミニスカートをひるがえし、なぜか朱崋に抱き付く。

 朱崋の顔が、少女の豊満な胸にうずめられた。

 ……男としては、羨ましい光景である。

「もー心細くって……来てくれてよかった! ……ってあつつ」

 少女は突然朱崋から離れ、脇腹を押さえた。

 黒いシャツだったため気付かなかったが、血がと服ににじんでいる。

「お、おい、大丈夫か?」

「ええ……って、どなた?」

 少女はきょとんと流星を見上げた。

「俺、華凰院 流星って言うんだ。悠のとこでバイトしてる。あんたが桐生 日影なのか?」

「ええ、まぁ。……華凰院って、貴方まさか」


 ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!


 ……先程より凄い爆発が起きた。

「もー、また来たぁ!」

 少女――日影は叫んだ。

 壁に穴が空いたブティック店の中から、十数人の人間が出てくる。


 いや……あれは人か?


 肌は灰色に変色し、ドロドロに崩れている。目は片方垂れ下がっていたり、骨が剥き出しの奴もいた。

 よくゲームに出てくる、ゾンビのリアル版に流星はうぇぇ、となった。

 ゲームなら幾ら出てきても平気だが、現実となると、かなりきつい。臭いし。

「お、おい……あれと戦うのか? 近付きたくねぇんだけど」

「つべこべ言わず、早くいってください」

「……それ、行く? 逝く? どっち?」

 流星は泣きそうになった。

「日影様は怪我をなさってます。傷自体は深くありませんが、毒も受けたようです」

「え……!」

「私は日影様の治療をするため、動けません。運転手は非戦闘員です」

 朱崋はそれ以上言わなかったが、言わんとしていることは解った。


 つまり、一人で戦えと!?


「む、無理無理! 俺戦えんの、人間限定だからっ」

「脇差を鞘から抜いてください」

「無視か!?」

 ツッコミつつ、しょうがないので言う通りにする。


 ボオゥッ


「……!? 炎がっ」

「『煌炎』は、その刃に炎を灯すのです」

 朱崋の言う通り、炎に包まれた刃を見つめ、流星がわたわたしていると、ゾンビ達が近付いてきた。

「ど、どうすんだ!?」

「『煌炎』を逆手に持ってください」

 言われた通りにする。包囲は更に狭まった。

「そ、それで!?」

「離れた状態で、亡者達に向かって振ってください」

「な!? 刃が届かないんじゃ……」

「いいから振ってください」

 ピシャリと言い放たれ、流星は涙目で言われた通りにした。


 ブオォ!!


 刃から、炎をまとったかまいたちが発生した。

 かまいたちはゾンビをまとめて焼き裂き、勢い余って後方のビルをも破壊する。

 ゾンビ達はどんよりした動作で、動かなくなった仲間を振り返った。

「な、な、な、な……」

「今のを繰り返してください。悠様が来るまで持ちこたえればいいですから」

 唖然とした流星にそう言う朱崋は、獣耳と九本の尾を出していた。

 流星は一瞬呆けていたが、すぐ我に返り、小刀を振った。

 先程と同じように炎のかまいたちがゾンビを倒していく。

 近付きさえしなければ、ゾンビ達は怖い存在ではない。

 ばたばたと倒していくと、快感さえ感じた。


 それが……油断を生んでいた。


「流星様!」

 朱崋の声に、流星はハッとして振り向いた。

 ちょうどゾンビが、錆びた鉄棒を振り上げたところだった。

 マズイ、と思って反射的にゾンビを直接刃で斬る。


 ボオゥ!


「ぐ、あ゛っ……」

 ゾンビは倒せた。が、炎は流星自身も焼く。

 小刀を持った右腕がただれ、流星は思わず小刀を取り落とした。同時に刃の炎が消える。

 肉の焼ける、嫌な臭いが辺りに立ち込めた。

(離れてやれって……こういう意味かっ)

 ゾンビを斬った瞬間、一瞬炎が爆発するように膨れ上がった。本来なら、かまいたちとして放たれるはずの炎だろう。

 それを敵の至近距離で放ったものだから、被害がこちらまできたのだ。

 うずくまっていると、ゾンビ達が迫ってきた。

 武器無しで戦える自信は、流星には無い。

 無事な左腕を伸ばして脇差を掴んだ。刃に再び炎が灯る。

 構えようとするが、既にゾンビ達は数十センチも離れてなかった。

(これじゃ刃が振れねぇ!)

 動けない流星に、ゾンビ達が覆い被さった。





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