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HUNTER  作者: 沙伊
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第六話 血塗られた夜更けに<上>




 今から四年前、自分を呼ぶ声に、少女は足を進めた。

 村人に近づいてはいけないと言われた祠の前に来て、ようやく我に返る。

 しかし足は止めない。どんどん進む。

 祠の中に入り、薄暗い奥へ足を向ける。


『おいで。妾には、おまえが必要だ』


 頭の中で響く声は甘く、限りなく甘く……ゆえに、少女はその毒に気付けなかった。

『妾の助けに。その身体を、妾に』

 やがて祠の一番奥まで辿り着く。

 注連縄が張られた石の台の上に、大きな薄い木箱があった。

 少女はその箱を手にとる。

『早く、早く妾を自由に!』

「じゆう……自由を。そして」

 すでに半分以上、意識を乗っ取られた状態にあることを、少女は気付けなかった。

 蓋を手に取った時には、もはや少女の自我は崩壊していた。


『この世に悲劇を!』

「この世に悲劇を!」


 禁断の箱が、開かれた。


   ―――


 目が霞む。さすがにダメージは大きいか。

 桐生 日影は、路地裏に座り込んだ。

 ショートの黒髪をかき上げ、首筋に手を当てる。

 汗ばんだ手が、小刻みに震えていた。

「私ともあろう者が……ぐうっ、不意打ち喰らうなんてね」

 日影は手を脇腹に戻した。脇腹の傷口から出る血が、服ににじんでいる。

 傷自体は浅いが、問題は血の量だ。

(あの妖魔……爪に毒があったのね。血が止まらない)

 傷口がぴりぴり痛む。早く治療しなければ、危ないかもしれない。

「こんな時に流亜(ルア)達とはぐれるなんて……ホント最悪」

 ため息をついていると、スカートのポケットの中の携帯が振動しだした。

 通話ボタンを押すと、懐かしい声が聞こえてきた。

『もしもし、日影?』

「! 悠? 悠ねっ」

 親友の声を聞いて、日影の緊張が少し緩んだ。

『そうだよ。元気?』

「正直……元気とは言えないかな。貧血起こしそうなの」

『! 怪我してるんだね。今どこ?』

「桐生家のある山のふもとの町よ。流亜達も多分無事」

 傷が本格的にズキズキしてきた。

 マジで死ぬかな、これ……日影は笑いそうになった。

 人間、ピンチになるとかえって笑えるらしい。

『流亜以外には、家鳴 雷雲だね』

「その口振り、知ってるのね。私達が妖偽教団に襲われたこと。ええ、あと風馬が。人柱は、羽衣姫と名乗る女に殺されたわ」

『朱崋から聞いてる。とにかく、今からそっち行くから、動かないで』

 その言葉に、日影は返事ができなかった。

 近付いてくる気配を感じたからだ。

「……ごめん、悠。一回切る」

『解った。すぐ行くから、それまで持ちこたえてよ』

「ええ」

 ピ、と電子音を上げて、通話が切れた。

「……来るなら来なさい、妖魔共」

 路地の奥、数十人の人影が現れる。

 皆、服がボロボロで、肌が灰色に変色し、崩れている。中には、骨が剥き出しの者も居た。

(亡者か……五十はいるかな)

 日影は上着の内ポケットから黒い扇子を取り出した。

 広げると、黒地に美しい桜吹雪が描かれていた。

「我が『桧扇姫』の舞いに、倒れ伏せ」

 日影は走り出した。


   ―――


 携帯を閉じた悠は、車を運転している男に目を向けた。

「急いで。あまりゆっくりできないから」

「はい」

 男がアクセルを踏むと、車はスピードを一気に加速させた。

 一応舗装された道なのだが、スピードがスピードなので、揺れる揺れる。

 なんせ……

「……俺ら、スピード違反で捕まんねぇか? これ、軽く二百キロ超えてるよな」

「大丈夫。検問があったら突っ切らせるから」

「全然大丈夫じゃねぇよ、それ!」

 流星は後部座席で叫んだ。

 朱崋は、我介さず顔を窓の外に向けている。

「またおじさんに迷惑かけんだろ!? おじさん前に白髪増えたっつってたぞ!」

「年のせいでしょ」

「どう考えても心労だろうがっ」

 ぎゃんぎゃん喚く流星の声を聞かないようにか、悠は両耳を塞く。

 なおも叫ぼうとした流星だが、後は続かなかった。


 キキイィィィィィ!!


 高いスキール音と同時に、三人はバランスを崩した。

 悠と朱崋はシートに掴まって持ちこたえたが、流星は前の運転席に顔面をぶつける。

「……って~。何なんだよっ」

 流星は鼻をさすった。

「どうしたの?」

 悠が前に乗り出した。

「悠様、人が……」

「人?」

 悠は男が指差す方を見た。

 流星も、彼女の横から前方の窓を覗き込む。


 家の光も皆無の道。そこに立つ、車に照らされたそいつを、流星は見た。


 長い白銀の髪、黒衣をまとった細い身体、うつむき気味の顔は中性的で、見ただけでは男か女か解らないような美貌だった。

 身体付きでかろうじて男と解るが、コートか何かを着ていたら、見分けがつかなかったろう。

「あいつは……!」

 悠は男を見たとたん、顔色を変えて車から降りた。

「……貴方、西野紗矢の言ってた銀髪の男だね」

「ほぉ。既に知っていたか」

 男はニヤッと笑った。

 声も男か女か判別できない。本当に男か疑わしくなってきた。

「なら名乗っておこうか。俺の名は熾堕。妖偽教団の幹部だ」

「へぇ……。外道の集まりにも、幹部とかいるんだ」

 悠は不敵な笑みを浮かべた。

「朱崋、『剣姫』を」

「はい」

 朱崋は後部座席の下に置かれた『剣姫』を掴み、悠のところまで行った。

「どうぞ、悠様」

「ありがとう。先に行っててくれる? 私も後から行くから」

「はい」

 朱崋は悠に一礼すると、車に戻ってきた。

「車を出してください」

「! 朱崋、何言ってんだよっ。悠は!?」

「後で来られるそうです」

 ドアを閉めた朱崋はきっぱり言った。

「早く車を」

「は、はい」

「なぁ!? ちょ、おい……どわっ」

 車が再び動き出したので、流星は再びバランスを崩した。

 それでもなんとか立ち上がり、窓を開けて悠に怒鳴る。

「おまえ、こんなとこで戦う気かよ!? 早く友達のとこ行かなきゃいけねーんじゃっ」

「だから日影のとこには、流星達だけで行って」

 悠はうるさそうに顔をしかめてひらひらと手を振った。

「幹部ってことはそいつ、強いんだろ!? 一人じゃ無理だってっ」

「……聞き捨てならないね」

 悠は振り返って、妖艶な笑みを浮かべた。

「私を誰だと思ってるの? こんなとこでやられるほど、ヤワじゃない」

 その笑みに、流星は見とれてしまった。

 朱崋に引き戻され、再び車が動き出したので、そう長く見られなかったが。

「あ、あいつ……餓鬼のくせして……」

 どぎまぎしながらシートに座り込む流星。

「あ゛ーくそっ。何だこの負けた感は!」

「流星様は精神年齢が低いのですから、しかたがありませんわ」

「それ慰めてんの!?」

 流星はまだ喚きかけたが、手に当たった小刀に気付いて、ハッとした。

 紅色の小刀。なぜ渡されたのか、まったく解らない。

「俺にどーしろっつうんだよ、クソッ」

 流星は理解できず、前髪を握り締めた。



 悠は鞘から刀を抜いた。

「この期に及んで、戦わないとか言わないでよ」

「言わないさ。勿論な」

 熾堕は腰の短剣を抜いた。

 それで戦うのかと思いきや、熾堕はそれで自分の手を傷付けた。

 ジワ、とにじむ血が、白い肌に映える。

「契約にもとづき、我が手に剣を」

 血のしずくが、ポタリとコンクリートの地面に落ちた。


 とたん、地面に印が現れた。


 二重の円の中に、五芒星と、悠も見たことが無い文字が描かれている。

 悠が見つめる中、五芒星の中心からズズッと剣が突き出てきた。

 柄も鍔も刃も、全て銀色だ。飾りは無いが、かえってその方が流麗に思えた。

 護拳の付いた、レイピアのような剣を掴み、熾堕は構えた。

「ようやく見れるな……おまえの実力を」

「私の実力を見れるか否かは、貴方の実力次第だよ」

 互いにその言葉を最後に……


 ガギィィィィン!!


 刃が、音を立てて交わった。


   ―――


 火がはぜる音が聞こえる。

「羽衣姫様」

 月読が声をかけると、羽衣姫はくるりと振り返った。

 黒の薄い布地の、水着のような服になっている。

「桐生家の鎮圧、終了いたしました」

「そのようねん♪」

 羽衣姫は笑顔を見せた。

「ん~、もう壊すとこ無いわねぇ。いっそのこと、この山全部焼こうかしらん? ……あらん?」

 誰かが羽衣姫の足首を掴んだ。

 目をやると、生き残りの退魔師が顔を血だらけにしながら羽衣姫を睨み付けていた。

「ぐ……化物、めぇ……」

「……汚ならしい」


 グシャッ


 羽衣姫は退魔師の頭を踏み潰した。

 頭蓋骨が砕け、血が吹き出す。脳か肉片かわからない紅い塊が散った。

「……そう言えば」

 月読はそれを見ないようにして羽衣姫に尋ねた。

「熾堕の姿が見えませんが」

「あぁ熾堕ちゃんね。あの子はいつものごとく、自由行動よ♪」

「また、ですか」

 月読は嘆息した。

「……羽衣姫様。あの男は、一体何者なのです?」

 月読の質問に、羽衣姫は首を傾げた。

「あれは人の気配も、妖魔の気配も持っていません。人でもなく、妖魔でもない。熾堕とは、一体どういう存在なのでしょう」

「……さぁねん」

 羽衣姫はつい、と肩をすくめた。

「妾にも解らないわ。ただあの子は、妾に会った時、言ったのよん」

 羽衣姫は、表情をふっと消した。

「星の行く末を見たいってね」

「星……? 星見のことでしょうか」

 月読は、熾堕が星を見て人の生き筋を占う力を持っていることを知っている。そのことかと思ったのだが。

「妾もそう思ったけど、違うみたいよん♪ ま、いずれにせよ……あれはあくまで、妾の駒」

 羽衣姫は歩き出した。

「せいぜい盤上で舞うがいいわ♪」

 羽衣姫の高笑いが響き渡る。

 頭を下げながらそれを聞いていた月読は、羽衣姫の見えないように、拳を握った。






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