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HUNTER  作者: 沙伊
15/137

    Crimson<下>




 椿家宅の居間には、重苦しい空気が漂っていた。

 畳の上に座り込みながら、流星は横に腰を下ろす悠を見る。

 うつむき、初めて見る弱々しい表情は、あまりにも痛々しい。

 その顔にさえときめいてしまう自分に、嫌気がさした。

「……駄目だ。やはり繋がらない」

 黒い携帯に耳を押し当てている恭弥は小さく呻いた。

「刀兄……仕事とか大学行ってるときは、携帯の電源切ってるからね。父さんに至っては、携帯持ってないし」

 ぼそっと呟かれた悠の言葉に、恭弥も「あぁ」と返す。

 しばらくの沈黙。それを破ったのは恭弥だった。

「! 繋がった」

「……!」

「もしもし、兄さん?」

 安堵した顔で恭弥は携帯の向こうにいる兄に話かけてた。

 最初はほっとした顔をしていた恭弥だったが、じわじわと、端正な顔に驚愕が広がていく。

「それは……でも、確かなのか? ……うん、解った」

 恭弥は通話を切ると、息をついた。

「悠」

「……何?」

 悠が僅かに身を乗り出すと、恭弥は唇を湿らせて、言った。


「父さんが、死んだ」


 悠の肩が震えた。

 瞳は光を失い、顔色は青くなる。

 やがてうつむき、絞り出すように呟いた。

「そんな気、してた」

 悠は膝を抱えた。

「恭兄の予感、よく当たるからね。特に悪い方は」

「ゆ……」

「触らないで」

 手を伸ばしかけた流星は、拒絶の言葉に固まった。

「部屋、戻る。もう眠い」

 悠は立ち上がって、居間を出た。

「悠……」

「一人にしてやってくれ」

 恭弥はジーンズのズボンのポケットに携帯を入れて言った。

「誰かがいたら、あの娘は泣けない」

「え……」

「強い人間は、強くあろうとする人間は、人に弱みを見せない」

 恭弥は机の上にある湯飲みを手に取り、すっかり冷めた緑茶をすすった。

「だから、一人じゃないと、あの娘は泣けないんだ。強いから、強くあろうとするから、な」

「……恭弥は?」

 顔を上げ、問いかけると、恭弥は困ったように笑った。

「僕は、涙を枯らしててな。泣かない、というより、泣けないんだ」

「強いから、じゃなくて?」

「……僕は弱いよ」

 恭弥は微笑を、哀しげなものに変えた。

 訊いてはいけないことだったか。流星は少し慌てる。

 それに気付いた恭弥が「気にするな」と言ったので、結局口を閉じたが。

「あと、父さんが死んだ理由だが……」

 言いかけた恭弥は言葉を切った。

「やはり、悠がいる時にしよう。妖偽教団も関わってるし」

「あ、うん。俺、あんま関係無いもんな」

「え、何で?」

「は?」

 きょとんとした恭弥を、流星は見返した。

「いや、だから俺関係無ぇし」

「だが、君は悠のところでバイトしてるんだろう」

「いや、してるよ? してるけど、俺退魔師じゃ……」

「それは解っている。だが、悠と一緒にいる以上、無関係ではいられないだろう?」

「……あ」

 そうだった。

 悠には、関係大アリだった。

「あ゛ー、そうだった! 俺のアホッ。悠と一緒にいてたら、巻き込まれる可能性大じゃん。どうしよー! バイト辞めるか? でも、うぅ……」

 頭を抱えて悩んでいる流星を、恭弥は面白いものを見るように観察する。

 それに気付いた流星は、慌てて話題を変えた。

「そういえばまだ訊いてなかったよなっ」

 首を傾げる恭弥に、流星は尋ねた。

「葵って、誰なんだ?」

 恭弥の表情が硬化した。

 しかしやがて息をつくと、静かな声で話始める。

「葵は……椿 葵は、僕らの姉だった人だ」

「だった?」

「……葵姉さんは、四年前に亡くなった」

「え……!?」

「夫と一緒にある山に巣食う妖魔を狩りに行って、そいつに……」

 恭弥は言葉を詰まらせた。

 先の言葉は容易に想像できる。

「何か……ごめん」

「何で謝る。事実だからな。それに過ぎたことだ。……いや」

 ここで恭弥は顔をしかめた。

「過ぎたことだった、と言うべきか」

 言い直した恭弥に、流星も眉をひそめる。

「……あの女の人、何者だろうな。その、お姉さんに似てたみたいだけど」

「解らない。ただの他人の空似なのか、それとも……。どちらにせよ、悠は相当キツいだろうな」

 恭弥は拳を口元に当てて考えるような素振りをした。

「葵姉さんに一番なついてたの、悠だからな」


   ―――


 ベッドに寝転ぶと、自然とまぶたが落ちた。

 しかし、頭はさえていて、眠れない。

「父さんが……死んだ」

 口の中で、繰り返す。

 悠はふ、と息をついた。

 わけが解らない。

 死んでいたはずの者が生きていて、生きていた人間が死んで……

「葵姉……」

 浮かんだのは、優しかった姉の姿だった。

 椿 葵。

 椿家の長子であり、悠の腹違いの姉だった。

 しかし四年前、妖魔と戦い、命を落とした。共に戦った夫と共に。

 まだ二十三歳だった。伴侶であり、幼馴染みだった雪宮静流(ユキミヤ シズル)も同い年だった。

 十一歳だった悠は、実感がわかず、姉の死に泣けなかった。

 そして今、父の死に対しては。

「……最悪の誕生日になりそう」

 もう一度目を開けると、夜の暗闇に染まった自室が広がった。

 白を基調にした家具の中で、木の茶色が映える部屋。一年前、家を出た時と変わらない、部屋。

 この空間は変わらないのに、自分は、周りは変わっていく。

 止められない。止まることなど無い。

 やがて、つうぅ、と頬に涙が伝う。

 悠は涙を服の袖で拭い、起き上がった。

「何の用? 朱崋」

 部屋の一角に、朱崋がすぅ、と現れた。

「申しわけありません。お邪魔をしました」

「いい。それで、用件は?」

「はい」

 朱崋は一礼して、重苦しく言った。

桐生(キリュウ)家が攻撃されました」

「! 何だって」

 悠はベッドから飛び下りた。

「それで、人柱はどうなったの?」

「……殺されたようです」

「そんな……」

 呆然とした悠だが、それは一瞬のことで、すぐさま別の質問をする。

「桐生家の姫持ちはどうなったの?」

「桐生 日影(ヒカゲ)様と家鳴雷雲(ヤナリ ライウン)様はご無事です。『桧扇姫(ヒオウギヒメ)』も『卯槌姫(ウヅチヒメ)』も、お二方が所持しております」

「そう……よかった」

 友人の生存を聞き、悠は胸を撫で下ろした。

「日影達はこっちに向かってるの?」

「おそらく。迎えを送りますか?」

「私が直接行く。今から出よう」

 悠は壁に設置されたハンガーから白いパーカーを取って羽織った。



「! 悠、出かけんのか?」

 廊下を歩いていた流星は、小走りの悠と朱崋を見て声をかけた。

「友達が大変なの。助けに行かなきゃ」

「! おま……友達いたのか!?」


 腹に一発入れられた。


「失礼だよ、君」

「ゲホッ……だって意外過ぎ……あ、スミマセン、斬らないでください」

 刀を振り上げた悠を見て、流星はへこへこした。

 俺って立場弱いなー、と今更ながら泣けてくる。

「ふんっ。……そうだ。流星も来て」

「……は?」

 流星は悠が言ってる意味が解らず、首を傾げた。

「朱崋、あれを」

「はい」

 朱崋はさっと紅い棒を差し出した。

 いや、棒ではない。小刀だ。

 紅に金の装飾が付いた、美しい脇差だった。

「これ、『煌炎(コウエン)』っていうの。私が昔使ってたんだ」

「悠が……」

「で、あげる」

「あ、ありが……はい!?」

 手の上に乗せられた小刀を見て、流星は目を大皿並に大きくした。

「ほら、行くよ」

「ちょ、待て待て! 俺、空手はできるけど、武器使うのはできねぇってっ」

「そんなの関係無いよ。行こう」

「どうしろっつうんだよ、これ! おぉい!?」

 流星の絶叫は、悠にも朱崋にも無視されたのだった。


   ―――


「僕はいつまで生きられると思う?」


 そう訊くと、電話の向こうの刀弥は一瞬言葉を失ったようだった。

 庭の奥に建てられた倉にやってきた恭弥は、鍵を開けて中に入った。

『いきなり何言ってんだ? おまえを死なせるわけねぇだろ!?』

「死なない生き物はいないよ、兄さん」

 恭弥は入口付近で止まったまま言った。

「……兄さん。僕は人柱だ。奴らは必ず、僕を狙うだろう」

『……あぁ』

「だが僕を狙うのは、おそらく最後のはずだ」

『? どういうことだ』

 刀弥不思議そうな声に、恭弥は自分の考えを口にした。

「兄さんの話を聞くと、羽衣姫はこの戦いを劇として見ている」

『あぁ』

「そういう奴は、更に戦いを盛り上げようとするだろう。いわゆる愉快犯だ。なら、人柱最強といわれる僕は、最後になるはずだ」

『……なるほど。弱い者を倒していき、最後に最強を倒す、か。RPGみたいだな』

「奴にとっては実際そうだろう。人柱を殺すたびに、封印は解けていくんだからな」

 だが、こちらもただでは殺されない。

 恭弥は携帯を握り締めた。


 この方法を取れば、僕は……


 だが、もしまた羽衣姫を封印しても、同じことを繰り返すだけだ。

(他の人柱達に恨まれるだろうか。だが、これ以上の悲劇を招かないためにも)

「兄さん」

 向こうにいる兄に声をかけると、『何だ?』と訊き返してくる。

 恭弥は倉の入口近くに積まれた本を一冊手に取って言った。

「結界と封印の共通点、知ってる?」





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