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HUNTER  作者: 沙伊
14/137

    Crimson<中>




「これは……!?」

 刀弥は愕然として、近くの炭化した柱に手を付けた。

 暗くて気付かなかったが、苔むしってる。

「……これ、ここ二、三日で焼けたわけじゃねーな」

 周りを見渡してみても、煙らしきものは見えない。それどころか、死体の一つも無い。

 死体はともかく、血の跡すら無いのは、明らかに不自然だ。

「おそらく一ヶ月……二ヶ月……いや、もっと経ってるかもしれない」

 奏司は焼け野原に足を踏み入れた。

 ジャリ、と小石混じりの土が音を立てる。僅かだが、雑草が生えていた。

「妙だ。使いが来たのは昨日だぞ。なのになぜ?」

 刀弥は眉をひそめた。

「今まで連絡が途絶えたことも無いな。しかし……」

 奏司は突然立ち止まり、人差し指で印を切る。

 音叉のような音を立てて、空中から一本の槍が出現した。

 紅色の柄に、広い刃は赤がかった銀色をしている。

 奏司はそれを掴み、構えた。

「刀弥、気を付けなさい。……いるぞ」

「解ってるよ」

 刀弥はポケットから手袋を取り出した。

 黒革の、手の甲部分に青い宝玉の付いた手袋で、はめると二の腕辺りまで覆った。

「解除」

 呟くように言うと、手袋の姿が変わった。

 肩まで覆うようになり、材質も硬質な鎧のようになる。

 数秒もしないうちに、右腕全体を覆う鎧手袋になった。

「俺は戦闘準備万端だぜ」

「そうか。あちらも態勢が整ったようだ」


 ククク……ハハハ……


 微かな笑い声が、二人の鼓膜を震わす。

 前後左右から幾つもの気配が、二人を囲むように迫ってくる。

「来い、妖魔共」

 刀弥の声が合図だったように――


 幾つもの影が、二人に覆い被さった。


   ―――


 銀の双眸が、はるか上空から地上を見下ろす。

「ふん。品も無くがっつきやがって」

 熾堕は空中で鼻を鳴らした。

 彼の背からは、黒い翼が生えている。それを時折はばたかせ、銀の美しい髪を風に晒す。

 地上で炎が舞った。

 あそこにいる妖魔や半妖共に、炎を操れる奴はいない。ということは。

「あれが椿家現当主、椿 奏司の退魔武器、『火尖槍(カセンソウ)』か。そして」

 妖魔がまとまって数体吹っ飛んだ。

 それをなした、遠目でも解るほど巨大な黒い手を操る青年を見つめ、熾堕はふむ、と唸る。

「あれが椿 刀弥。そして奴が操る『如意ノ(ニョイノテ)』か。能力は書いて字の如し、だな」

 すぅ、と微笑し、戦況を見つめる。

「今のところ妖魔側が劣勢か。だが」

 左手に目をやり、熾堕は笑みをさっさと消した。

「星の運命には逆らえない。人である限り、さだめからは逃れられない」

 瞳を閉じ、芝居がかった口調で、囁くように言う。

「古き星よ。おまえの光は、今日消える」

 風が強くなった。


   ―――


「雑魚は引っ込んでろ!」

「がっ」

 鋭い鉤爪のようになった退魔武器、『如意ノ手』を横に振ると、妖魔が一体血に沈んだ。

「大分減ったな」

 刃に炎をまとわせた『火尖槍』を振り回していた奏司は呟いた。

 戦い始めてまだ十分と経ってないが、既に半数以上の妖魔が地に伏していた。

 何体か半妖もいたようだが、気にしていられない。

 二人は常人レベルを超えた実力者だが、殺気を持つ相手に気を抜けば、殺られるのだ。

「なぁ。例の使者の奴、裏切り者じゃねーのか?」

 刀弥は背中合わせになって尋ねると、奏司は「おそらく」と答えた。

「暗号も知ってたしな。しかしなぜ、ここが壊滅したことを隠していたのか、なぜその場で我々を襲わなかったのか……」


「余興よん♪」


 突然響いた女の声に、二人はハッと顔を上げた。

「せっかくの劇だもの、殺陣(たて)には主だった役者が居なくちゃ、盛り上がらないでしょぉ?」

 ふざけた、甘い口調なのに、刀弥は背筋が粟立つのを感じた。

「だ、誰だ!?」

 勇気をかき立てるつもりで出した声も、無様に震えていた。


 恐怖? 恐れているのかっ、俺は!?


 刀弥は舌打ちをして構え直した。

「フフ……妾を封印した憎き退魔師の子孫とあいまみえる日が、ようやく来た……♪」

 妖魔の群れが割れた。

「初めまして。椿の子達♪」


 現れたのは、妙齢の美女だった。


 漆黒の髪をくるぶしまで伸ばし、瞳は深淵のように深い黒をしている。パーツ一つ一つが丁寧に造られたかのような、日本人形のような顔をしていた。絶世の美女、と言ってもさしつかえないだろう。

 着ているのは、平安時代の貴族女性が着ていた十二単だ。色とりどりの柄が美しい。

「……何者だ、貴様は?」

 奏司は槍を構え直しながら女性に尋ねた。

 穏やかな口調だが、居住まいを正せるような凄みがある。実際妖魔が何匹か後ずさった。

 しかし奏司の睨みに、女は何の反応も示さなかった。

 口元に扇を当て、微笑しながら衝撃の一言を発する。


「妾は……羽衣姫」


「何……!?」

 奏司の目が見開かれた。

「んなわけねぇだろ!」

 刀弥は声を張り上げた。

「『羽衣姫』は武器だ。人じゃねぇっ」

 刀弥の言葉に、女は声を上げて笑った。

「ホホホホ……人間の身体を乗っとるなんて、妾には造作もないことよん♪」

「何っ……」

「それにぃ、貴方達も知ってるでしょぉ? 姫シリーズの危なぁい性質をねん♪」

 んふ、と含み笑いを浮かべる女に、刀弥は顔を歪めた。

「……なるほど。そういうことか」

 奏司は静かな声で言った。

「しかし、一体いつ復活した? 女、いや、羽衣姫よ」

「四年前の冬よ。ちなみにこの身体は、この村の巫女のを借りたのぉ」

 女は唇の端を持ち上げた。

「結界が張られてたから妾も出られなかったけど、この娘が来てホントよかったわ♪ あと、裏切り者もね」

 まぁ妾が呼んだんだけど、と言ってクスクス笑う女――羽衣姫。

「ここを壊滅させた後、ここがまだ存在してるように偽ったのはおまえか?」

「ええ、そうよ♪ ……さて、話はこれくらいかしらん?」

 羽衣姫のまとう着物が変わっていった。

 布地が薄くなり、裾が短くなる。色も黒に変わる。

 ほんの数秒で、暑苦しい十二単から、装飾の付いた黒いレオタードのようなものに変化した。

「妾が外に出てすぐ行動を起こさなかったのは、外の知識を吸収するため」

 赤い唇が、酷薄な笑みを刻んだ。

「ずっと、ずぅっと我慢してたのよ……」


 羽衣姫の姿が消えた。


 ハッと目を見張る刀弥の眼前に、拳が迫る。

『如意ノ手』で受け止めるも、衝撃と一緒に殴り飛ばされた。

「――っ!!」

 少なくとも五メートルはぶっ飛ばされた。

 背中が地面を削り、音を立てて瓦礫の山に突っ込む。

 肺腑の中の酸素が、全部外に吐き出された気がした。

「刀弥!」

 父の叫ぶ声が遠くから聞こえる。

「気絶してっ……たまっかよっ……」

 頭を振り、なんとか立ち上がる。足がダメージで震えた。

「ふ、ふふ……あはは! もう開放しちゃっていいのよねぇ!! この殺人衝動をさぁ♪」

 高笑いする羽衣姫に、奏司は刃先を向けた。

「燃えて鎮まれ! 悪しき意思よっ」

 刃が炎に包まれ、その容量を増やしていく。

 そして。


 ゴオォォォォォォォォォォォォォォォ!!


 空気を焼く灼熱の炎が、羽衣姫に覆い被さった。

 遠くからでも解るほどの温度変化に、刀弥の頬に汗が伝った。

 我が父ながら恐ろしい……しかし、そう思えたのは一瞬だった。


「ほむら火かしらん?」


 炎が引いた後に居たのは、無傷の羽衣姫だった。

 服装に変化は無い。晒された白い肌には、火傷一つ無い。

「マジ、かよ……」

 刀弥は呆然と立ち尽くしてしまった。

 父の実力は、嫌というほど知ってる。

 その父の力が及ばない敵が現れるなんて、考えたこと無かった。

 これは現実か?

 悪い夢じゃないのか?

 こんな、こんなことって……


「絶望しているの?」


 刀弥はびくりと身体を震わせた。

「当然よね。お父様の力でも妾は殺せないんだもの」

 羽衣姫の慈愛の笑みに、しかし刀弥は背筋が逆撫でされたような悪寒に襲われた。

「……刀弥」

 奏司の声に、刀弥は顔を上げた。

「刀弥、逃げろ」

「な……!」

 目を見開く刀弥に、奏司は繰り返し同じ言葉を放つ。

「逃げろ、早く」

「お、親父置いていけるかよ!!」

「早くしろ! これは当主命令だ」

 初めて聞いた父の激した声に、刀弥は一瞬身を固めた。

 しかしすぐ、唇を噛んで奏司に背を向ける。

「……生きてくれよ」

 父の声に、刀弥は振り向きそうになりながら、全速力で走った。

「親父の馬鹿野郎」

 森に入った刀弥は、足を止めず呟いた。

「お袋、姉貴の次は親父かよ……恭弥や悠に何て説明すりゃいいんだよっ……」



「……よく逃がしたな」

 槍を構え直した奏司は穏やかに言った。

「妾が求めるのは、悲劇」

 羽衣姫は魅力的な微笑を浮かべた。

「死ぬ者がいる一方で、生き残る者がいるからこそ、悲劇は成り立つ」

 両手を広げ、芝居がかった仕草をする。

「悲劇に彩られた妾の完全復活。美しい劇になると思わない?」

「思わんな。少なくとも私は」

「あらん、残念♪」

 さほど残念そうでもない羽衣姫は、両手を下ろした。

「もしかしてと思うけど……妾と相討ちを狙ってるのかしらん?」

「……」

「図星のようね♪」

 ころころ笑う羽衣姫に対し、奏司は腰を低くした。

「今の妾は確かに力はほとんど無いけど、傷付けることは叶わないわよん?」

 返答は咆哮で返した。

 槍全体に炎をまとい、常人離れしたスピードで走る。

 道を阻む妖魔達を炎で蹴散らし、羽衣姫のすぐ前まで迫る。

 槍を振り上げ、首筋を狙った。

 本体である着物を貫くことはできずとも、操られた身体なら、と思った攻撃だった。

 あと数センチ、そう思った瞬間、奏司が見たのは、羽衣姫の微笑と――


 ずぐっ……


「……がはっ」

 奏司は血を吐き出した。

 槍は、羽衣姫の首筋で止まっていた。

 刃は白い肌に喰い込んでいるのに、斬り裂くどころか、血すら出てない。

 奏司はぎぎっと、錆びた機械のように首を下に向けた。

 自分の腹を貫く細腕を、残された力で掴む。

「だから言ったのにぃん♪」

 腕をもの凄い力で掴まれてるにも関わらず、羽衣姫の表情は揺るがなかった。

「ホント、人間って愚かな生き物……自分が死ぬことなんて考えないんだから」


 ズブッ……


「あ゛……!!」

「さようなら、椿のの♪」

 心臓を貫くと、奏司は身体をビクリと震わせ、だらりと手を下に下ろした。

 羽衣姫が両腕を抜くと、奏司の身体は土の中に倒れ込む。

「羽衣姫様……」

 妖魔がじりじりと、奏司の死体に近付くのを見て、羽衣姫は血で濡れた手を振った。

 とたん、十数体の妖魔がそれに被さる。

 肉がちぎれる音と血をすする音を聞きながら、羽衣姫は上空に目を向けた。

「降りてきたらどぉ? 熾堕ちゃん♪」

 そう言うと、銀髪の美丈夫が翼をはばたかせて地面に降り立った。

「お気付きになられてましたか」

「まぁねん♪」

 羽衣姫はくすくす笑った。

「月読ちゃん……今回のこと知ったら、どういう顔するかしらねぇん?」

 ちろりと目線を投げられ、熾堕は肩をすくめた。

「何とも思わないんじゃないですか? 彼女は過去の記憶を失ってますから」

「フフ……それもそうね♪」

 羽衣姫は紅い唇で弧を描いた。

「ハァ……血、紅いあかぁい血……。退魔師の、血……」

 自分の両手を見つめ、羽衣姫は色っぽい吐息をついた。

「もっと、もっと……紅く、紅く紅く……空も、大地も、全部ぜぇんぶ紅に……フフ」

 こらえきれない、というように、羽衣姫は笑った。

 狂ったように、喉を逸らして、大声で。


「アハ、ハハハハハハハハハハハハハハハ! フハハハハ、ア、ハハハハ、フフフフ、ハハ、アハ、ハ、ハハハハ、アハハハ、ハハハハ、アハハハハハハハハハハハ!!」


 笑い声が響く闇空に浮かぶのは、無数の星と、血のように紅い月。

「星が、動く」

 熾堕はその空を見上げ、呟く。

 しかしその呟きは、笑い声の中にかき消された。






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