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HUNTER  作者: 沙伊
131/137

      願い<中>




 土御門の屋敷へ向かっていた(ユウ)流星(リュウセイ)紗矢(サヤ)の三人は、日影(ヒカゲ)雷雲(ライウン)風馬(フウマ)文菜(フミナ)の四人と合流していた。

 特に示し合わせていたわけではなく、偶然進路が重なっただけである。

「……雷雲、文菜」

 流星は面々の中でも幼い部類に入る二人を見て絶句した。

「何で、武器持ってんだ?」

 二人の武器は、大鎚と鉄球である。二人はそれを手に、今まで進んでいたらしい。いくら人気の無い場所とはいえ、あまりにも目立つ様だった。

「何でって……あっちに行く間に、襲われたらどうするんだよ」

 頬を膨らます雷雲と、同意するようにこくこく頷く文菜。流星は頭が痛くなる思いだった。

「言ってることは正しいけどな、往来でんなもん持ち歩くな! 目立ってしょうがねぇよ」

「でも、俺達が持ってたら、おもちゃって思うかも」

「あってたまるか、そんなおもちゃ!」

 そんな精巧かつ物騒な玩具、存在してはならない。

 そう思う、というより、そう願う流星である。

「……日影と風馬も持ってる」

「二人のは隠せるし、そもそも手には持ってねぇからな!?」

 文菜の小さな主張にも、流星はきっちりツッコんだ。

 日影は扇、風馬は銃が武器である。どちらも懐に隠せるものだし、実際二人はそうしている。

 第一、ごまかせるというのは日影の扇のような、持っていてもおかしくない物だった場合のみだ。大槌や鉄球をごまかすことはできない。

 悠と紗矢も、それぞれの武器を隠したり仕舞ったりしているし、流星もまた、小刀を制服の内に隠している。だというのに。

「どうにかならないのかよ、日影、風馬さん……」

 助けを求めるように二人に目を向けるも、返ってきたのはあいまいな笑みだった。しょうがない、と言いたげである。

「猛は私と同じように布でくるんでるんだけど……この二人はどうしようもないんじゃない?」

 ついには悠もさじを投げた。実のところ、流星は彼女に一番期待していたのだが。

「鎚と鉄球を持ち歩いて、よく捕まらなかったな」

 紗矢に至っては、どこかずれた感心をしていた。そんな発言に、風馬は答える。

 律儀な男だった。今回は、その律儀さがいいように働く。

「それなんだがな。道中、人影を見ることは無かった」

「どういうこと?」

 悠の片眉がぴくりと跳ねた。対し、風馬は難しい顔で腕を組む。

「人払いをされているというか――いや、どちらかというと封鎖だな。ここら一帯、封鎖されているような感じだった」

「多分……土御門が動いてるんだと思うわ」

 日影は眉間にしわを寄せて言った。不愉快そうである。

 それはそうだろう。それはつまり、相手の手の平で転がされているようなものである。いいように動かされて、気分のいい者はいない。

「となると……あちらからすれば、無事に土御門の屋敷に来てほしいわけか」

 気に入らないな、と、悠は吐き捨てた。

 流星達は、まばらながら人の姿は見かけた。しかしそれでも、道行く途中、土御門の誘導が無かったとも言い切れないのだ。

 悠の性格を考えれば、それが一番腹立たしいだろう――流星はそう思った。

朱崋(シュカ)に調べてもらって、先にこの辺りの連中を捕まえに行くか?」

 流星の提案に、悠はむ、と唸った。我ながらいい案だと彼は思ったのだが、悠も同様らしい。

「そうだね――朱崋にはお兄達のことを見てもらっているけど、その必要は無いかもしれないし」

 だって刀兄いるし、と言う悠は、特に不安を感じている様子は無かった。

 刀弥ならば大丈夫。そういう安心が、彼女の中にはあるようだった。

 悠だけではない。流星も、紗矢も、日影も、雷雲も、風馬も、文菜も、皆が皆、刀弥がいるというだけで安心していた。不安など、一切感じていなかった。

 安心も安堵も、するだけ無駄だと皆知っているはずなのに。

 嫌になるほど、理解しいるはずなのに。

「悠様」

 と。

 はかったようなタイミングで、朱崋が一行の前に現れた。

 今まさに、呼ぼうとしていたタイミングである。

 それに対し、ちょうどいい、今呼ぼうと思っていたところだ、などと言うほど、悠は楽観的ではない。

 何より、朱崋は理由も無く、呼ばれずに現れるような従者ではないのだ。

「……何があった」

 悠は少し緩んでいた表情を厳しくした。他の者も、つられて身を固くする。

「ご報告いたします」

 次に放たれた朱崋の言葉に、全員の表情が強張ることになった。

「刀弥様、恭弥様、舜鈴様、猛様、雄輝様以下五名が、土御門天地によって捕縛されました」

「なっ……」

 悠の口から、引きつったような声が上がった。

 朱崋を睨み付け、身を乗り出す。しかし一瞬だけ唇を噛み、元に戻った。

「……全員の安否は」

 押し殺したような、地を這うような声で、悠は朱崋に問うた。聞き取りづらいその声に、流星の背が凍り付く。

 思わず喉を鳴らした。残暑とは違う、別の意味で吹き出した汗が、彼の肌を撫で下ろす。

 悠が怒っている。同時に、絶望している。自然とそう思った。

「ご安心を、皆生きております。四方八方からの、呪術による爆撃を受けはしましたが、恭弥様が全て防ぎましたゆえ。……ただ、その前に行っていた戦闘にて、舜鈴様と猛様が負傷しております。特に猛様は、骨を折る重傷のようで」

「……そう」

 朱崋の淡々とした、いっそ冷淡な言葉を受け、悠は前髪をくしゃりとかき上げた。

 しかしそれで幾分か気がまぎれたのか、ゆるゆると息を吐き、顔を上げる。

「いそぐよ。こんなところで時間を潰している余裕なんて無い。捕縛者がいる以上、迅速な救出が必要だ。その後はすぐその場を離脱。これがベストだ。反論は認めないよ」

 悠が一息に言うと、流星以外は全員頷いた。一人反応の遅れた流星は、慌てて口を開く。

「ま、待てよ。土御門の連中を倒さなくていいのか?」

「反論は認めないと言ったはずだよ」

 悠にぎろりと睨み付けられ、流星は言葉に詰まった。固まる流星を一瞥し、悠は歩き出す。

 同じく動き出す面々を見つめ、流星はしばらく動けなかった。

 悠に冷たく見られたことだけが、ただただ哀しかった。


   ―――


「こんにちは」

 感情の抜け落ちた声に、刀弥は顔を上げた。

 土御門邸内の居間。ただ一人、刀弥だけが通された。 手足は縛られていない。武器は奪われ、仲間も捕まっているが、戦えないわけではない。

 だというのに、抵抗もせずにここに来ているのは、目の前の男――土御門護縵に会うためだ。ただ、刀弥には土御門護縵個人に会うという認識は無い。

 恭弥を傷付けた男。刀弥の彼に対する認識は、土御門家当主以外にそれしか無かった。

 彼に対する記憶が、無いわけではない。しかし、印象はそれしか残っていなかった。

 彼がどのような人間だったかは、思い出せない。

 刀弥は一メートルほど離れて前方に座った護縵を、じっ、と見つめた。

 天地と似ているところは、少ない。天地が少女らしからぬ粗野な表情を浮かべるのが多いのに対し、護縵は上品を形にしたような面立ちだ。

 傷一つ無いその顔を見て、刀弥は恭弥が与えたダメージが癒えているのだと悟った。

 もっとも、この男の様子から見て、どんな傷を負っていようと普段と変わらないのだろう。刀弥はそう思う。

「……怪我は、していないのですね」

 刀弥が護縵の姿を観察していたのと同様、彼もまた刀弥の様子を見さだめていたらしい。目をそらさず、首を傾げていた。

「弟が、優秀だからな」

 刀弥はふん、と鼻を鳴らした。

 朱崋が悠達に報告した通り、刀弥が天地と対峙した時、刀弥達は爆炎に襲われた。

 それは天地の合図を受けた土御門家の者達の術だったのだが、その時の彼らが悟れるはずもない。

 ただ、対応できたのは恭弥だけだった。恭弥だけが、その爆炎に対し、動くことができたのである。

 したこと自体は単純だ。術に対抗するための結果を張っただけに過ぎない。

 しかし、とっさに対処するには、術者の冷静さが求められる。爆炎に包まれる直前で動揺しない人間はそういないだろう。

 我が弟ながら、できた退魔師だよ。

 刀弥は内心、弟を評価する。

 うがった見方をすれば、恭弥の人間性が欠けている証拠とも取れるが、、刀弥は考え至らなかった。

 否、考える必要を感じなかった、と言うべきだろう。

 恭弥に人間性が欠けていようと、感情が抜け落ちていようと、刀弥にとって弟であることに変わりはない。

「さようですか」

 さして興味を示すわけでもなく、護縵は一つ頷いてから刀弥を見つめた。

「ですが、解りませんね」

「うん?」

「そうであるならなぜ、我らの拘束を受け入れたのですか?」

 護縵の疑問はもっともだった。

 恭弥のおかげで、刀弥達は誰一つ傷付くことは無かった。傷付いていないのであれば、抵抗もできたはずだ。その場から離脱することも可能だったはずである。

 しかし、刀弥はここにいる。恭弥達も、おとなしく捕らえられている。

 彼らの行動は、土御門家の面々の理解の外だろう。

「……話をつけに来た」

 こちらを見据える護縵に、刀弥はそう切り出した。目を瞬く護縵にかまわず、刀弥は続ける。

「別に和解しようと思っているわけでも、降伏を促しているわけでも無ぇ」

「貴方がたが降伏するという考えは無いのですか」

「誰がするか。ただなぁ」

 刀弥は正座から脚を崩し、あぐらを組んだ。そして護縵を睨み付ける。

「てめぇの行動の意味が解らねぇ」

 刀弥は護縵に対して、何の感情も抱かない。行為に対しての感情は持っても、彼自身には特に感じるものは無いのだ。

 しかし、それでも、疑問はぬぐえない。

 彼自身に疑問は無くても、彼の行動には疑問があった。

「てめぇらは、なぜ俺達に弓を引いた?」

「……なぜ、ですか」

 護縵は、軽く目を伏せた。何かを考えているらしい。

 言うべきか否か、それともごまかすか否かだろう。刀弥は黙って護縵の言葉を待った。

 護縵はしばらく沈思した後、ゆっくり顔を上げた。

「言えませんね。少なくとも、今は」

「いずれ言うということか」

「そういうわけではありませんが……いずれ理解するでしょう」

 貴方は、頭のよい方ですから――護縵は言う。そこにはやはり、感情などこもっていないように思えた。

「質問は、以上ですか?」

「あぁ。質問は(・・・)、これで終わりだ」

 刀弥は立ち上がった。部屋の外の空気が揺れるが、刀弥は気にもとめない。

「交渉だ、土御門護縵」

 刀弥は、この時初めて彼の名を呼んだ。

 椿家当主代行として、土御門家当主の彼に対してだが、、刀弥は呼んだのだ。

 土御門護縵という、名を。

「俺と勝負しろ」

「……それが、どう交渉になると?」

「よくある、単純な賭けだよ。俺とおまえ、どちらかが勝てば、己の目的を果たすことができる。負けた方は、勝者に従う」

 従う、と、護縵は繰り返した。その言葉に対して、何か思うところがあったらしい。

「これに対しての返答は、好きにしろ。交渉とは言ったが、現在に置いては俺が下手に出ているようなものだしな。拒否を更に拒むだけの交渉材料を、俺は持っていないわけだし」

 ただし、と、刀弥は護縵をきつい眼差しで見返した。まるで、見定めるかのように。

「ここで拒否し、更に俺達を人質とするような動きを取れば――その時は覚悟しろ。椿家は、全戦力を持って貴様らを殲滅する。椿家だけじゃねぇ。場合によっては、全国の退魔師を敵に回すことになるぞ」

 脅しなどではなかった。そもそも刀弥は、そんな安っぽいことはしない。事実を言ったまでである。

 椿家は、優秀な人材を外に出すという方針を取っている。家を守るのではなく、妖魔を狩ることをむねとせよという椿家の教えにのっとっているのだ。悠が、その最たる例である。

 だが、彼らが椿家に対する恩義や忠義を忘れたわけではない。妖偽教団との戦いの折には何人も椿家につどったし、その他の者も椿家の命に従って動いていた。

 そしてそんな彼らに対して、一番最初に命令してあることがある。

「当主、もしくは主家の者が人質となった場合、その身柄の確保ではなく敵の殲滅を優先せよ――椿家が下の者に対してする、最も古い契約だ」

「……それは」

「言葉の重要性は、おまえなら解るだろう? これが崩されることはない。絶対にな」

「……例外は?」

「ただの例外は、俺達兄妹かな。だが、それは人質が聞くという意味じゃねぇぜ?」

 刀弥は目を細めた。まるで、猫のようである。

「さぁ、どうする?」

「……いいでしょう」

 護縵は立ち上がった。刀弥よりやや低い位置にある目が、彼の様子をうかがうように上げられる。

「それを受ければ、私の望みも叶えられそうです」

「……再度訊くが、それはどんな望みなんだ?」

「なに、つまらない願いですよ」

 護縵は言った。いつもの無表情で。

「つまらなくて、ささやかな願いです」

 ただ瞳だけが、寂しそうに揺れた。





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