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HUNTER  作者: 沙伊
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第四十四話 願い<上>




 どういうわけか、印象に残らない男だった。

土御門(ツチミカド)護縵(ゴカゲ)です。よしなに」

 差し出された手は――おそらく握ったのだろう。

 その後も何度か会ったものの、顔はおぼろげで、酷い時は名前すらあいまいになることがあった。

 影の薄い男ではない。むしろ、人の記憶に残りやすい男のはずだ。

 だというのに、どうして彼を覚えられないのだろうか。

 まるで、脳が彼を拒否しているかのようだ。

 覚えられない以前に、彼の存在を拒んでいるかのような。

 我ながら、おかしなことだと思う。

 来る者拒まずの自分が、存在そのものを拒むなど。

 嫌悪――は、無いはずだ。そもそも印象にも記憶にも残らない人間を、どう嫌悪すればいいのか。

 弟を。

 弟を傷付けられた時も、憎悪や憤怒は抱かなかった。否、抱きはしたが、それは行為に対してだった。本人に対してではない。

 ――俺は。

 俺は彼をどう思っているんだ?

 あるいは――どう思っていないんだ?


   ―――


 赤いワンピースに赤い槍。どちらも、つい先刻見たばかりだ。

 彼女――土御門天地(アマツチ)の登場により、後ろの気配が身じろぎした。

 それを受けて最初に動いたのは、(タケル)である。

 天地のとは違う、赤ではなく黒を基調とした槍、『鉤槍姫(カギヤリヒメ)』を構え、彼女へと突っ込む。

 天地はにやりと唇を歪ませ、二槍を交差して受け止めた。

「やっほー、たけちゃん。元気そうで何より何より。ど? 橘家は復興できそう?」

「たけちゃん言うな! なれなれしいんだよ、おまえはっ」

 猛は防がれた槍を一旦引き、今度は下から振り上げた。

 下からの一撃を、天地は後ろに引くことでかわす。次いでくり出した二槍を、健は槍の柄で受け止めた。

 槍対槍。一槍と二槍の違いはあるが、戦い方は互いに熟知しているし、予想もできる。

 ゆえに、実は二人共、本気を出していなかった。

 槍は攻撃範囲が広い分、懐に入られると一瞬で終わる。おまけに、大振りした時の隙が大きいのだ。

 違う武器相手であったなら、また違ったろう。

 飛び道具でもない限り、対抗手段はある。

 しかし、槍同士だとやりにくい。刀同士とは違い、両者共に攻撃範囲が広いゆえだ。

 隙ができても突きにくい。攻撃されても回避しずらい。槍は、小回りの効かない武器なのである。

 だからこの場合、勝敗を左右するのは、使い手の実力と槍の数だ。

 ――もっとも、それは一対一の場合だが。

 びゅん、という、空を切る音が聞こえた。

 直後、振るった天地の槍に、鉄の塊が弾き飛ばされる。

 否、鉄の塊ではなかった。鋼製のクナイである。

「あやや、弾かれた」

 クナイの持ち主である舜鈴はおどけたように言って、新たなクナイを取り出した。

 今度は投擲せず、両手に持って天地に突っ込む。天地は迎え討つように槍を薙いだ。

 しかし半瞬速く、舜鈴は地面を蹴っている。

 ツインテールを揺らめかしながら空中へ舞った舜鈴はクナイを天地に向けて落とした。

 何の工夫も無く落とされたクナイを、天地はたやすく避ける。

 しかし。

「残念」

 に、と笑った舜鈴が空中で取り出したのは――二丁の銃だった。

 表情を強張らせる天地だったが、銃を回避することはできない。

 飛び道具には――対抗できない。

 破裂音が、二度続いた。弾は狙いを外すこと無く、天地の脚を貫く。しかも撃ち抜いたのは、天地の膝だった。

「あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 天地の引き絞るような悲鳴に、猛の顔がひくり、と引きつった。勇輝(ユウキ)など、泣きそうな顔になっている。それほどまでに、えげつない攻撃だった。

 表情を変えない刀弥(トウヤ)恭弥(キョウヤ)が恐ろしい、と、少なからず思ってしまう猛である。

 一方、撃たれた天地は、立っていられずに地面へと倒れた。悲鳴はもう上げてはいないものの、顔は酷く歪んでいる。先ほどまでの余裕は、もう無かった。

「これで、もう戦えないでしょ。完治したって、動き回るのは無理だろうし」

 地面へ舞い降りた舜鈴は、にこやかに言い放った。しかし、両の手に持っているのは、武骨な銃である。

 シュールな図だった。

「さぁて。土御門の情報を吐いてもらうよー。怪我人だからって、容赦はしないんだから」

 銃をしまった舜鈴は、軽やかな足取りで天地に近付いた。

 そこで、猛は思い出す。先程恭弥が示唆した通り、猛達は囲まれている可能性が高い。なのに、なぜ彼らは動かないのか。

 天地は当主の実妹で、十華(ジッカ)の一人である。土御門門下の連中は、なぜ助けに来ないのか。

 恭弥の予想が外れたのか、それとも何か目的があるのか。

 そんなことを考えていた猛は、それこそ予想外のできごとに、目を見張ることになる。

「っ、舜鈴!」

 最初に異変(・・)に気付いたのは、恭弥だった。彼らしくもなく、声を荒げる。

 舜鈴はすぐさま何かを悟ったようで、身体を後ろにそらそうとしていた。

 しかし、少し遅かった。

「あ、くぅ……」

 上体をひねった舜鈴の肩を、紅い槍がかすめた。

 かすめただけだというのに、彼女の肩の肉は、少なからずえぐり取られる。噴出した血が、舜鈴の顔を染めた。

「……あー、外したか。腕を取っちまうつもりだったんだけど……まぁいいか。それで、しばらくは銃は使えないでしょ」

 そう言ったのは天地で、槍を突き出したのも天地で。

「さぁて、続けよっか」

 そんな彼女は、立ち上がっていた。

 両膝には、明らかな銃創。血は、未だ流れていた。

 なのに――どうして起き上がれる?

 確かに彼女の膝は、割れているはずだ。

「なんで、何で……おまえ、痛みを感じないのかよ……」

 猛が愕然として呟くと、天地は彼の方を見た。そして、笑う。ぎたり、という擬音語が聞こえてきそうな笑い方だった。

「んなわけねーじゃん。めっさ痛い。でなきゃ、やり変えそーとは思わないよ。それに、痛みが無くても、両膝撃たれりゃたてなくなるしな。知ってる? 人間って足の指一本でも失ったら、歩行が難しいんだって」

 つらつらとそんなことを言っている天地の膝は、今なお血を長し続けている。

 とくとくと。むしろどくどくと。

 たらたらと。というよりだらだらと。

 流れている血は、先程より多くなっているようだった。

「……え?」

 健は目を見開いた。

 どうして天地の脚は、あれほど(・・・・)血が出ているのだろうか。

 血が出ているのは当然だ。彼女は、怪我をしているのだから。しかし、動脈を傷付けでもしない限り、多量の出血は無いはずである。ましてや、怪我の部位は膝だ。貫通したわけでもないし、切れた血管は、比較的少ないはずである。

 なのに、膝下全てを濡らすほど(・・・・・・・・・・)流血するなど、ありえない。

 そもそも、あの出血量では、立つどころか意識をたもつことすら困難ではないのか――

「けど、脚の代わりに支えるものがあれば、可能だ」

 天地は、太もも辺りを軽く叩いた。

 代わりに支えるもの。それは、まさか――


 ぴきり、と。


 何かが固まる音がした。

 一体それが何なのか、猛は一瞬解らなかった。

 気付いた時には、すでに終わっていた。

「……え?」

 気付いた時には、猛は吹っ飛ばされていた。

 衝撃を感じる隙など無い。激痛が脳に行き渡ったのは、地面に転がった後だった。

「あ、あ゛……な、何が」

 何を、ではなく、何が。それが、猛の心境をよく表していた。

 彼は、何が起きたのか解っていなかった。

 気付いた時には空中にいた、としか認識できなかったのである。

 理解の追い付いていない猛だが、受けた被害は甚大だった。

 肋骨を三本を折る、かなりの重傷である。胸骨にもヒビが入ったいるゆえ、呼吸をするたび、猛の息は痛みで止まった。

 そんな内側の傷を、猛が理解できるはずがない。だが、自分がもう立てないことは痛感していた。

 本当の意味で、痛いぐらい解った。

 それでも、自分を襲ったものの正体は知ろうと、無事な首を動かす。

 そして、見た。天地の脚にまとわり付いた、紅い結晶を。

 日光をあびて煌めくそれは、心無し赤黒く見えた。

「……血の、結晶」

「そ」

 猛が呻くと、天地はにっこり微笑んだ。まるで悪戯を成功させた子供のようで、視線をゆっくり刀弥達にもはわせる。

「式神融合の力、だよ。あんたらもきっと、警戒はしてたろうね。してたけど、血は意外だったってところか。説明してやると――あたしの式神は紅乙女(クレナイオトメ)。あたしの血だ」

 天地は右脚を持ち上げた。足裏まで至っている結晶が、猛達の前にさらされる。

「兄貴の式神ほどじゃないけどさ、硬いよ、この娘」

 そう言って、天地は脚を下ろした。

 否、振り下ろした。

「っ、う……」

 地面が揺れた。がごり、という、割れた音も響く。天地が、地面を踏みつけたゆえだ。

 猛からは見えないが、踏み付けられた地面は、大きなへこみを造っていた。まるで、クレーターのようだ。地面に倒れたままだった猛は、その衝撃をじかに味わうことになる。

「硬いもので蹴っ飛ばせば、何だって粉砕されちゃうんだよねぇ」

 天地の笑みが深まった。その笑みは、やはり子供のようである。

 残酷で残虐な、純粋な子供のようだった。

「正直な話、あたしの二槍はただのポーズなんだよ。そりゃ、槍術において、プロフェッショナルでいる自信はあるよ。でも別に、それ専門のつもりは無い」

「……つまり槍は、サブでしかないということか」 刀弥がぼそぼそと、聞き取りづらい声を発した。

「メイン武器はそれ、ということだな?」

「そうだよ。そうだけど……それがどうかし」

 天地の言葉が不自然に途切れた。

 上体を後ろに倒し、半ば転げるように後ろへ回避する。そうしなければ、襲いかかってきた攻撃に、頭を破壊されていただろう。

 攻撃。それは、刀弥の『如意(ニョイ)ノ手』だった。刃に変形させた腕を、天地目がけて突き出すように伸ばしたのだ。

 一体いつの間に装備したのだろう。先程の天地の言葉から察するに、おそらくは一瞬のはずだ。

 そして、とてつもなく速かった。でなければ、あのような避け方はしないはずである。

「あっぶな……頭吹っ飛ぶとこだったじゃーん」

 立ち上がった天地は、ぷくりと頬を膨らませた。

 彼女の文句はもっともだが、今のあの人にそれを聞く余裕はあるのか、と、上体を起こしながら猛は思った。

 要因は猛にはうかがい知れないが、怒り狂った刀弥を止めることは、誰にもできないのだから。

「っとにてめぇらは……そんなに死にてぇのかよ」

 きしむような、刀弥の声。それほど大きくないはずなのに、その場の全員の耳にははっきりと届いた。

「俺をそんなに怒らせてぇなら、来いよ。相手してやる、土御門天地ぃ……!」

「……あはは」

 天地は、笑った。

 いかにもおかしそうに。面白くてたまらないというように。

 おかしなところも、面白いところも、一切無いというのに。

「いいなぁ……あんたって最高にいいや。戦えないのが残念」

「……何?」

 刀弥の片眉が上がった。

 それもそうだろう。この状況に来て、天地の発言は戦わないと言っているようなものである。

 舜鈴を手負いにし、猛を倒したというのに、この期に及んで?

 いぶかしげな顔をした一同を前に、天地はやれやれとばかりに首を振る。どこか、演技がかった仕種だった。

「全員集まってからがよかったんだけどなー。しかも椿刀弥を抜きにしなきゃいけないし。でも、ま」

 にこり、と、天地は笑う。とろけるような、甘い笑顔だった。

「いっか」

 そう言った声と鳴らされた指の音が、いやに大きく聞こえた。





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