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HUNTER  作者: 沙伊
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第五話 Crimson<上>




 流星は手すりに掴まりながら一階に降りた。

 着地しようとしたのだが、血で滑り、床に背中を打ち付けてしまう。

 痛みより、服に付いた血の方が気になった。

 しかし今はそれより、悠と恭弥だ。

 二人は巫女装束の女性を見つめたまま、固まってしまっている。

「……葵姉、葵姉なんでしょ!? 生きてたの?」

 悠のこんな必死な声を、流星は聞いたことがなかった。

 なのに女性は、少しも表情を動かさなかった。

「葵? 誰、それは。私の名は月読よ」

「嘘! 貴女は、四年前に死んだ葵姉だよっ。だって、同じだよ? この感じは、葵姉と……」

 悠は口をつぐんだ。

 女性に、弓につがえられた矢を向けられたからだ。

「しつこいわよ、椿 悠。それ以上言うなら、この『鳴弦姫(メイゲンヒメ)』で貫くまでだ」

「あお……ね……」

 悠が目を見開く。

 女性の手に力が込められた。


 ヒュンッ

 バキィィッ


 巨大な刀が、女性に降り下ろされた。

 女性は紙一重でそれをよけ、刀の主を睨む。

 刀を持っていたのは、巨躯を誇る鎧武者だった。

 黒い堅牢な鎧兜を身にまとい、仮面のような顔を女性に向ける。

 その隣に、恭弥が立った。

 巨大亀の甲奕と、狼の走嵐が、彼の両脇を守っていた。

「式紙が三体……」

 女性は視線を恭弥に向けた。

「普通は一度に一体が限度のはずだけど、三体も同時に操るとは、さすが人柱最強」

「……」

 恭弥の顔が険しくなる。

 口を開きかけた女性の足首を、地面に這いつくばる高島が唐突に掴んだ。

「つ、月読ぃぃ。てめ、裏切りやがったな……!」

「裏切り? それはこっちのセリフだわ」

 女性は高島を冷たく見下ろした。

「おまえ、椿 恭弥を殺そうとしたでしょう。命令違反は、あの方への背信行為。それが何を意味するか、解ってるわよね」

 悠に向けられていた矢が、高島に向けられた。

「死ね、役立たず」


 ドパッ


 矢が高島の頭を貫いた。

 矢が当たった瞬間、頭は爆発を起こしたように破裂する。

 頭蓋が砕け、バラバラになった脳と血が床にばらまかれた。

 流星はその残酷な最期に、言葉を失う。

「人を殺しすぎて、自分が殺される可能性を考えなかったようね」

 女性は再度、恭弥を見た。

黒鉄丸(クロガネマル)!」

 恭弥は鋭い声を上げた。

 鎧武者が刀を持ち上げる。

 刀が横薙ぎに振られた。

 女性は地面を蹴って、後ろに跳ぶ。

 彼女が地面に降り立つと同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

「長居は無理のようね」

 女性は顔を少ししかめると、矢を流星に向けた。

 目にも止まらぬ速さで、矢が放たれる。

 一秒もしないうちに、矢が眼前まで迫ってきた。


 ガギィィィィン!!


「! 悠っ」

 矢と流星の間に割り込んだ悠は、矢を『剣姫』で真っ二つにした。

 おそらく朱崋に渡されたであろうそれを下ろし、悠はきっ、と顔を上げる。


 女性の姿は、もう無かった。


「……恭兄」

「わからない。気を取られてる間に、いなくな、て、た……」

 ぐらっと恭弥の身体が傾いだ。

「恭兄!?」

 膝を着いた恭弥に、悠は駆け寄ろうとした。

 しかし白い手が伸びてきて、それを遮る。

「ご安心を、悠様。恭弥様は少々お疲れになられただけですわ」

「! 氷華……」


 現れたのは、全身真っ白の美女だった。


 髪も目も透けるような白で、ゆったりと着こなす着物も、紫がかった白だった。

 悠に氷華と呼ばれた女性は、結われていない長い髪をなびかせて恭弥に近付いた。

「大丈夫ですか? 恭弥様」

「あぁ……ただの貧血だ」

 恭弥は、眉間に手を当てながら答えた。

「音からして、パトカーと救急車だね」

 まだ遠い音に耳をすませていた悠は、ぽそっと呟いた。

「警察には、私が事情を説明しとく。私の方が、警察に顔が効くから」

「あぁ。頼む」

 恭弥は氷華に支えられながら立ち上がった。

 返り血なのか、防具と胴着が赤く染まっている。

「……悠」

 流星が声をかけると、悠はゆっくり振り返った。

「……ごめん。巻き込みたくなかったのに」

「え?」

「流星、後で話がある。ちゃんと聞いてね」

 悠にじっと見つめられ、流星は頷くことしかできなかった。


   ―――


「……そんなことがあったのか」

 高野次郎はため息をついた。

 病院内であるため、声はひそめられている。

 もっとも、この休息室にはその必要は無いのだが。

「椿……おまえとの付き合いはまだ浅いが、俺はこの一年で、十は老け込んだ気分だぞ」

「知らないよ、そんなこと」

 悠はふい、と次郎から顔をそむけた。

「悠、おまえな」

 妹の身勝手さに頭痛を覚えたのか、制服に着替えた恭弥は額を押さえた。

 あきれた目で悠を睨み、恭弥は次郎に頭を下げる。

「すみません、高野さん」

「いや、慣れてるからいい。それより君は大丈夫なのか?」

「ただの貧血なので」

 恭弥は淡く微笑んだ。

「しかし……妖偽教団か。厄介な敵を持ってるもんだな」

 先程の説明を思い出したようで、次郎は顔を歪めた。

 流星はというと、青冷めた顔で突っ立っていた。

 そういう集団が本当に存在していたことに、ショックを受けたからである。


 悠の話では、妖偽教団とは、自分の欲を満たすためだけに、己自身を妖魔にする者達の集団らしい。

 金や地位や権力などを欲する者だけでなく、冗談抜きで世界滅亡を望む者もいるそうだ。

 そして彼らは、自分の力を保つために人肉を喰らうのだという。

 人の血肉を自分の体内に取り込まなければ、己の中の魔に侵食され、人格を失ってしまうそうだ。

 そんな、明らかに人道から外れた人間がいるなんて、信じたくなかった。

 悠が嘘でこんなことを言うはず無いということは、解っているが。


 ……しかし疑問も残る。


 妖偽教団は、なぜ恭弥を狙ったのか。

 恭弥のことを、高島は『人柱』と読んでいたが、その意味とは?

 そして、月読と名乗ったあの女性は、何者なのだろうか。

 悠は、彼女のことを葵と読んでいたが、本人は否定していた。

 悠からは兄の話は聞いてるが、姉の話は聞いたこと無い。

 それに、その姉は四年前に死んでいるようだし……何だか頭がこんがらがってきた。


 知恵熱が出そうな流星に気付かず、悠は次郎を見上げて尋ねた。

「それで、死傷者は何人出たの?」

「死者が十二人、重傷者は二人。重傷者の方は、生死の境をさ迷っている」

「そう。……朱崋」

 悠は後ろの朱崋に声をかけた。

「おそらくここの医者達じゃ彼らの傷は治せない。手を貸したげて」

「はい」

 朱崋は深く頭を下げ、その場から離れた。

「……氷華、いるな」

「はい。氷華は常に、恭弥様のお傍に」

 いつの間にいたのか、氷華が恭弥の背後にたたずんでいた。

「おまえも手伝ってやれ。その方が早い」

「恭弥様のご命令ならば」

 氷華は恭弥に微笑を向けると、朱崋の後を追った。

「何でここの医者じゃ治せないんだ?」

 次郎は不思議そうに尋ねた。

「妖魔や半妖が付けた傷は、ただの傷じゃない」

 悠は淡々と答える。

「傷口から妖気が入り込んで、細胞を破壊してしまうんだ。退魔師は修行過程で耐性を身に付けるから大丈夫だけど、一般人はそうはいかないからね」

「なるほどな。……さて、俺は本庁に戻るとするか」

 次郎はがしがしと頭をかいた。

「まったく。指名手配犯は死ぬわ、大量の死者は出るわ、おまえが関わるとロクなことが無いな」

「今更何言ってんの、高野刑事」

 ふふん、と笑う悠に、次郎は再びため息。

「ハァ……じゃぁな」

 次郎は疲れた顔で、その場を後にした。



「随分迷惑かけてるみたいだな」

 恭弥は咎めの言葉を口にした。

「したくてかけてるわけじゃないよ。ね、流星。……って、ショートしちゃってる」

 もはや脳の許容量を超えた流星は、立ったまま目を回していた。

「また器用な……」

 ズレたところに感心する恭弥に、悠はこけかける。

「恭兄の反応ポイント、そこなの? ……まぁ、天然なのは知ってたけど」

「? どういう意味だ?」

「解んなかったらいいから。流星ー、生き返ってー」

 ぺしぺしと頬を叩かれ、流星は覚醒した。

「……うおっ!?」

 近いところにある悠の顔に驚き、流星は後ろに下がる。

 その拍子に自分で自分の足を踏み、後ろに倒れてしまった。

 鈍い音を立てた頭に、激痛が走る。

「い、いってぇぇ」

「そりゃ痛いでしょ」

 凄い音したもん、と言って、悠は流星の目の前にしゃがんだ。

「で、大丈夫?」

「……これが大丈夫に見えるかよ」

「うぅん。まったく」

 あっさり首を振り、悠は手を差し出した。

 その手を取ろうとした流星だが、手を引っ込め、自分で立ち上がる。

「……悠。教えてくれよ、一体妖偽教団ってどういう存在なんだ? 人柱って? 葵って、誰なんだ?」

 まくしたてるように尋ねる流星を、悠はじっと見つめていたが、すくっと立ち上がった。

「知りたい?」

「……あぁ」

 流星がしっかり頷くと、悠はふ、と息を吐いて恭弥を見た。

「いいよね、恭兄」

「……後で父さんや刀弥兄さんに叱られても知らないぞ」

「解ってる」

 悠は少し笑って、流星に向き直った。

「まず妖偽教団ね。奴らは平安初期にできた組織なの」

「……随分昔だな」

「まぁね。昔は名前も、組織のあり方も違ったみたいだけど。教団ってとこでもわかるように、彼らは宗教団体なの」

「ってことは、神様でも祀ってんのか」

 流星は妖魔の姿をした神を想像した。


 爪と牙を持ち、鱗まみれで火を吐く……


「神じゃないよ、奴らの祀ってるのは」

「そうなのか?」

 流星は想像をぱぱっと消した。

「実はね、武器なんだよ」

「武器?」

「そう。でも、ただの武器じゃない」

 悠は声をひそめた。周りに誰もいないのに、だ。

「名工と謳われた武器職人、綺羅。退魔武器専門と言われた彼だけど、一つだけ、退魔武器と対極になるものを作った」

「対極……?」

「そう。降魔武器と言ってね、人を殺すことでその魂を喰らい、力にする武器だよ」

 悠は胸の前で腕を組んだ。

「どういうわけか一つだけ造ってね。銘は、『羽衣姫(ハゴロモヒメ)』」

「は、ごろも……」

「皮肉めいてるよね。魔性の武器の銘が、天女がまとう清らかな衣と同じ名とは」

 悠は肩をすくめ、言葉を続けた。

「でも、『羽衣姫』は千年前に封印された。十人の人間の人生を犠牲にしてね」

「犠牲?」

「……『羽衣姫』の本体は封印できたが、力までは抑えられなかった」

 ずっと押し黙っていた恭弥が、ぼそっと言った。

「そこで、十人の退魔師に『羽衣姫』の力を抑えるための(シュ)をかけた。以来、彼らの一族には必ず一人に」

 恭弥は突然上の制服を脱ぎ、背中をこちらに向けた。

「――!!」

「この印が浮かび上がる」

 恭弥の背中には、複雑な形をした黒い刺青のようなものがあった。

 黒い円を中心に、見たこともない記号のようなものと炎のような模様が、白い背中に刻まれている。

「僕を含む十人の人柱には、この印が背中にある」

「人柱って……恭弥……」

「人柱とは、印を持つ者の総称だ。『羽衣姫』の封印に携わった一族に一人。僕達が死ねば、あれの力は復活する」

「絶対に『羽衣姫』は復活させちゃいけない」

 悠は眉間にしわを寄せた。

「千年前、『羽衣姫』は当時の日本人口の半数以上も殺した。今復活したら、少なくともその倍は死人出るよ」

「……」

 流星は黙り込んだ。

 ことの重大さを理解したからでなく、頭がついていかなくなってきたのである。

「……まぁ、おいおい解ってくるだろうけど。それより」

 流星に理解させることにさじを投げ、悠は服を着直す恭弥の方を見た。

「恭兄に監視が付いてたとなると、最悪の事態を考えた方がいいね」

「あぁ。おそらく『羽衣姫』の本体は復活したと考えていいだろう」

 頭を抱えていた流星は、その会話にハッと顔を上げた。

「それって、マズイんじゃねーのか?」

「あぁ。実は今、父さんと兄さんが別件で『羽衣姫』が封印されていたところに行ってるんだが」

 恭弥は顔をしかめた。

「どうも……胸騒ぎがする」


   ―――


 夜の深い森の中を二人の男が走り抜けていた。


 その片割れである椿 刀弥は、前方を走る父の背に、切れ長の漆黒の目を向けた。

 刀弥は少し長めの、癖のある黒髪をなびかせ、整った甘い顔立ちを引き締めている。


『羽衣姫』が封印されている村からの報告があったのは、つい昨日のことだ。

 妖偽教団の攻撃があった。救援が欲しい、と。

 弟子に任せればよかったのだが、父が嫌な予感がするから自分が行くと言い出したのだ。

 しかし、椿家当主が一人行動をするわけにはいかないので、刀弥も付き添ったのだ。


 父、椿 奏司(ソウシ)は白髪混じりの短い黒髪、広くがっしりした肩幅をしていた。精悍な顔の表情は、後ろからでは解らない。

(って、んなこと考えてたら引き離されるな)

 ハッと我に返り、刀弥はスピードを上げた。



 数分ほどして、ようやく視界が開けた。

「――!?」

 二人は眼下に広がった光景に、目を剥く。

『羽衣姫』を封印している村は、すでに無かった。


 そこは、死臭漂う焼け野原だった。






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