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HUNTER  作者: 沙伊
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第四十三話 土椿<上>




「エド」

 呼びかけられて振り返ると、クラウディオが少し離れたところに立っていた。

 京都の一角にある土産物屋。ガラスケースに飾られた模造刀を眺めていたエドワードは、聞き慣れたその声にすぐさま答える。

「何ですか?」

「刀を見て、何が楽しい。しかもまがい物じゃないか」

 刀剣マニアだったか、と訊いてくるクラウディオは、表情こそ平素と変わらないものの、心底解らないという雰囲気だった。

 対し、エドワードは苦笑する。

「いえ、そういうわけでは。ただ、純粋に美しいと思いまして」

 目を戻すと、視界に再び何本もの抜き身の模造刀が映る。

 徳川家康やら伊達政宗やら真田幸村やらと、有名な戦国武将の刀を模したものらしい。中には槍も飾られていた。

 ……一番奥にあった漫画のキャラが使ったという模造刀は、見なかったことにした。

「武器に実用性と美麗さを求めるのは、どの国も一緒ですね」

「くだらん」

 微笑むエドワードに対し、クラウディオの返答はそっけないものだった。

「どれだけ飾り立てようと武器は武器でしかなく、武器であるしかない。どんなに華美であろうと、所詮人殺しの道具だ」

「……夢もロマンもありませんね」

 エドワードはため息をついた。

 いつものことながら、この男は本当に無粋だ。

「もう少しぐらい、想いをはせてもいいのでは?」

「それもくだらん。俺は夢など見ないし、ロマンなど解さない。だから想うことも無い。俺のような存在にとっては不要だ」

「……そうですか」

 再びため息。

 本当に――この男は。

「まぁ、いいですけどね。君に理解を求める僕が愚かでしたよ……」

 エドワードは模造刀から目を離した。

「それで? 華鳳院(カホウイン)流星(リュウセイ)はどうでした?」

椿(ツバキ)(ユウ)に連れていかれた」

 クラウディオは言いながら、近くに置かれた扇子を手に取った。

 手の中でもてあそびながら、不愉快そうに眉を動かす。

「尾行しようかとも思ったが、奴らに気付かれる可能性があったから捨て置いた。勿論、居場所は把握している」

「こちらも大まか同じです。場所は晴明神社。相手は土御門(ツチミカド)の者です」

「土御門――あぁ、例の、椿家の光だとかいう」

 呟いた後、クラウディオは三度目のくだらんを口にした。

「連中に光などあるものか。邪教徒であろうとなかろうと、連中は所詮裏の人間、闇の人間だ。どれほど名を上げようと表舞台に上がろうと、それは変わらない」

「同感です。だいたい僕、彼らのトップが考えていること自体、理解できません」

「全くだな」

 エドワードとクラウディオは視線を交え、上司に教えられた今回の騒動の目的を思い出した。

 土御門家当主、土御門護縵(ゴカゲ)

 彼の目的、それは――


   ―――


「喰らえ、走嵐(ソウラン)

 恭弥(キョウヤ)の命令に従い、大口を開けた巨狼が護縵に襲いかかった。

「護れ」

 しかし、護縵の言葉と同時に、弾き飛ばされてしまう。

 恭弥は一旦走嵐を呪符に戻し、護を睨み付けた。

 正確には、護の式神を。

 彼の身体に巻き付いた黒い蛇。紅い三つ眼を持ったそれは、本来無いはずの前足を持っていた。

 鉤爪の付いた、猛禽類の足を護縵の右肩にかけた蛇は、ちろちろと長い舌を揺らしている。

 挑発めいたその動きを見つめつつ、恭弥は先程の戦いを思い返していた。

 護縵の一言で、蛇は見事攻撃を防いでみせた。

 式神はそれぞれ何かしらの能力に特化している。恭弥の走嵐は、攻撃特化の式神だ。

 あの蛇は防御特化か、それとも――

 まさかとは思うが、しかしあの式神の密着状態はもしや――

「……黒鉄丸(クロガネマル)

 恭弥は呪符を鎧武者に変えた。が、それだけにとどまらない。

「走嵐」

 再び巨狼を呼び出し。

玉鼎(ギョクテイ)

 青い髪の人魚も呼び出す。

「椿の君――無茶はしないよう」

 護縵は静かに語りかけてきた。

「一度に三体など、精神をいたずらに減らすだけですよ」

「気遣いは無用です」

 恭弥は揺るがず、じっと護縵を見つめた。

「何なら、四体出してもいいですよ。五体、六体……お望みでしたら百、でも」

 言いながら、恭弥はこれ以上式神を出すつもりは無かった。

 精神力が続かないから――ではない。

 単純に、これ以上は必要無いからだ。

 これから行う術には、三体充分である。

「三位一体術、金土水(キンドスイ)ノ陣」

 恭弥が印を切ると、三体の式神は護縵を取り囲んだ。

 眉をひそめる護縵を視界に収めつつ、言の葉をつむぐ。

 言の葉――祝詞(ノリト)である。

 勿論世間に広まっている、神にささげる言葉や祭りの際に言われるようなたぐいではない。

 術を正しく発動させるための、呪い言葉だ。

「っ、椿の君、何を」

 ようやく気付いたらしい護が、焦ったように声を上げる。が、それより早く。

 恭弥の術は、発動した。



 爆音と轟音。爆風と熱風。

 それらは、恭弥に届くことはなかった。

 直前で放った式神に、防御させたのである。

「いいぞ、甲奕(コウエキ)

 恭弥が言うと、巨大な亀は呪符に戻った。

 それを眺めた後、視線を上げて煙を睨み付ける。

 視界は悪いが――いずれ晴れる。その後見えるはずだ。

 土御門護縵という男の真実(・・)が。

 爆風と爆煙が収まっていく。恭弥は油断せず、呪符を手に取った。

「……百年に一人の天才」

 ぞわり、と。

 全身が撫で回されたような感覚に襲われた。

 恐怖――は感じていないが、悪寒はしている。

 やはりこの(ひと)は、人を捨てた(・・・・・)か。

「椿の君がそう称されるのが、よく解りました。創作術――しかも合体呪術など、そうそうできないでしょう。百年どころか、千年の天才と言っていい」

 晴れた煙の先。明瞭になった視界に、護縵はいた。


 異形となった護縵が。


 ぼろ衣と化した着物、ただれ、崩れた肌。その下にあったのは、黒い皮膚だった。

 てらてらと光るウロコの浮いた皮膚が、右腕から首筋にかけて露出している。人間の肌(皮と言うべきだろうか)の下から垣間見えるそれに、恭弥は眉をひそめた。

 妖気は感じない。となると、やはり。

「式神を、取り込みましたね」

 恭弥の呻き声に、護縵はこともなげに頷いた。

「ええ。妖魔と違い、人間を喰らう必要がありませんので」

「それだけ、ですか」

「あと、身近だったから――といったところでしょうか」

 護縵は右腕をかかげてみせた。動いたせいか、ぼろぼろと人の皮膚が剥がれ落ちる。

「式神融合――禁術の一つでしたね」

 恭弥はため息をついた。

 式神融合。その名称通り、人体と式神を融合させる呪術である。

 式神は、呪符が姿を変えたもの――ではない。呪符を媒介とした召喚術である。

 呪符を使い、契約を結んだ霊や妖を操る。恭弥の走嵐は犬神、黒鉄丸は武士の霊だ。更に言えば、究極的に媒介は何でもいいのである。

 花や木、そのあたりに落ちている石やゴミでもいい。呪符を多用するのは、利便性や能力向上のためでしかない。

 しかし、契約を交わしているとは言えど、本来は狩るべき存在である。何かのきっかけでこちらに牙を剥くとも限らない。

 そんな式神を、己が身に取り込んだ者がいた。

 それが土御門家が源流、安部家最高にして最強の陰陽師――安倍(アベノ)晴明(セイメイ)である。

 式神融合は、当時禁術ではなかった。どころか、術でもなかった。

 机上の空論ですらなく――妄想の産物とすら認識されていなかった。

 無だった。存在していなかったのである。式神融合は、安倍晴明が創り出したのだ。

 一体どういう経緯でそれをなしたかは解らないが、その後、安倍晴明以降の代で式神融合は禁術とされたというのは確かな事実である。

 なぜなら、彼以降の誰も成功しなかったからだ。

 皆、一人の例外も無く無惨な最期を迎えた。内側から式神に喰い破られ、人とも妖魔とも取れぬ骸となってしまったのだ。

 半妖は己の闇を元に妖魔を取り込む。己の闇を糧とし、自分に合った妖魔と合体する。だからこそ、一種の拒絶反応は起きない。最終的に悲劇的な末路は迎えるものの、一時でも力を自由に行使できる。

 しかし式神は違う。式神と組んだ契約は大概が一方的で、利己的だ。当然拒絶される。そして負けるのは、身体の弱い人間の方なのだ。

 妖狐を母に持つ安倍晴明は耐えられたかもしれないが――普通の人間は耐える耐えない以前の問題である。

 恭弥には――無理だろう。戦闘能力は常人のはるか上だが、肉体は平均をはるかに下回る脆弱さだ。耐え切れるはずがない。

 この男は、耐え切ったのか。

 式神の力を。

 あるいは、受け入れられた?

 だとしたら、安倍晴明も――


 グルルゥ……


 ふと右手にすり寄られる感触がした。

 目をやると、巨狼が自らの首筋をこすり付けている。意図を読み、恭弥は微笑んだ

「そうだな、走嵐。考えている暇など無いな」

 顔を上げ、呪符を持ち上げる。目に力を入れたが、護縵は揺るぎもしなかった。

「椿の君は、私を恐れないのですね」

「もっと恐ろしいものを知っているのでね」

 恭弥は自然と、自分の背中に意識を向けていた。

 背中に刻まれた呪いの証。降魔武器と呼ばれた一人の女の魂を封じていた呪印。

 あの時ほど、恐怖したことはない。

 死ぬことに、ではない。むしばまれ、自分が自分じゃなくなる感覚に、である。

 後遺症は無い。それでも、覚えている。

 哀しみは感じられないが、恐怖は感じられる。

 あぁ――僕は人間なのか。

 そう実感できたのは、皮肉と言えば皮肉か。

「土御門護縵」

 恭弥の手の中の呪符が、剣へと姿を変えた。

「貴方の――否、貴様の所業、目に余る」

 剣の切っ先を護縵に向け、傲慢に言い放った。

「椿家第三子、椿恭弥が止めてみせる」

「……無駄ですよ」

 護縵はふぅ、と、悩ましげなため息をついた。

「私を止められるのも、倒せるのも――殺せるのもただ一人。そう、世界でただ一人だけ」

 次の言葉に、恭弥は少なからず動揺することになる。

 詮無い話で――少なからず土御門護縵という男を知っていれば、誰であろうとそうなっていただろう。

「椿刀弥(トウヤ)、ただ一人なのです」

 それが初めて、彼が刀弥を認識した瞬間。

 そして、初めて彼が、誰かの名を呼んだ瞬間だった。





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