表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HUNTER  作者: 沙伊
123/137

      幼馴染み<下>




 病室に戻った時には、もう空は朱色に染まっていた。

 病室も例外ではなく、差し込む光のせいで夕空と同じ色になっている。

 水で薄めた絵の具で塗り上げられたような色の病室は、どこか不吉な感じがした。

「流星……」

 若菜はすでに起きていた。顔色は悪いが、今は呪いの影響は出てないようである。

「ど、どう? 呪い……解けるの?」

「……その前に」

 悠が流星を押しのけ、前に出た。若菜の顔が歪む。

「何で、あんたが一緒にいるのよ……! 私は流星に話して」


「私が無事なのが、そんなに意外?」


 悠が冷笑を浮かべると、若菜の表情が凍り付いた。

 わけが解らないという顔の次郎夫婦をよそに、悠は畳みかける。

「まぁ驚きだろうね。自分は自分がかけた呪いで苦しんでいるのに、私は何とも無いんだからさ」

「何、言って……」

「これ、読ませてもらったよ」

 悠は手に持っていたものを放った。若菜が日記として使っていた手帳だ。

 若菜の顔から血の気が引いた。自分の膝辺りに放り置かれた手帳を見て固まっている。

「……その反応、肯定と受け取るよ」

 悠はじ、と若菜を睨み付けた。

 その後ろで、流星は日記の内容を思い出していた。

 日記には、若菜の中で燃え上がっていた憎しみが延々とつづられていた。

 文字を変え、表現を変え、言葉を変え。

 それでもにじみ出てくる――否、あふれ出てくる憎悪に、流星は戦慄した。

 直接憎しみを向ける者の名前は書かれていなかったが、読み進めていく内に誰がその対象か解った。

 悠だ。

 何より流星が驚愕したのはそのことだった。

 悠と折り合いが悪いことは知っている。

 しかし、これほどまでの憎悪をため込むほどとは思っていなかった。

 日記には、呪いを使うまでの経緯も書かれていた。

 ネットでたまたまそういう関連のホームページを見付けたこと、興味本位で見ていく内にのめり込んでいったこと、悠の存在から流星の目をそらしたくて呪いを行ったこと――

 だが、呪いは不完全だったようだ、と悠は語る。

 悠のチョーカーは呪いを跳ね返す。しかし、悠自身に全く影響が無いわけではない。

 少なくとも、呪われたことは感じる。人を殺すだけの呪いならなおさらだ。

 なのに、悠は呪われたことに気が付かなかった。つまりそれほど、若菜の呪いは弱かったのである。

 しかし、不完全だからこそ――跳ね返った時、呪い主の若菜に牙を剥いた。

 人を呪わば穴二つ。

 人を呪えば、同等の不幸を背負うことになる。

 逆に言えば、呪い以上のことは術者にも対象者にも起こらないということだ。

 同等――等価。

 必要以上の報復はできないし、必要以上の対価も払わないのである。

 それが吉と出るか凶と出るかは、呪いの内容次第だが。

 だが、不完全な呪いは違う。

 不完全な呪いでは、等価という一種の約束ごとすら守れない。

 ちまたに流布する呪術など所詮そんなものだと、悠は言っていたか。

 しかし、今回は若菜にとってそれが裏目に出てしまった。

 不完全だからこそ呪いは凶暴化し、若菜の命を危険にさらしている。

 そして現在に至るのだ。

「呪いに使ったと思われるものは全て捨てたようだけどね――でも、それでも痕跡は残るんだよ」

「こ、痕跡……?」

「残滓と言いかえてもいい。呪いの、思念の残りかすだ」

 悠の目に見つめられ続けたせいか、それとも次々と突き付けられる事実にか、若菜は確実に追い詰められていた。

 表情はみるみる内にひきつっていき、顔色はどんどん悪くなっていく。

 しかし、誰より驚いたのは次郎夫婦のようで、目を白黒させて悠と若菜を見比べていた。

 若菜は白っぽくなった顔を流星に向けた。

 幼い頃から見知った顔。しかし――

「流星! こ、この娘止めてよっ。意味、解んないわよぉ」

「……若菜」

「私、何も知らない。呪いなんて知らない。この娘の言ってること、全部嘘よっ」

「俺も、読んだ」

 それ、と流星が手帳を指差すと、若菜の顔がデスマスクのようになった。

「おまえは確かに、悠を呪った」

「……違う」

 呟かれたのは、否定の言葉だった。

「私、何も知らない……ねぇ、助けてよ。流星、助け――うぐぅっ」

 突然若菜の身体が前に折れまがった。

 何かに抑え付けられているような――否、実際抑え付けられているのだ。

 目に見えない、自らの嫉妬の蛇によって。

「あ、ぐ、あ゛ぁ」

 悲鳴を上げて額を膝に押し付ける若菜を見て、流星は一瞬ひるむ。

 だが、悠に背中を押され、我に返った。

 言わなければならないのだ。これからのために。

 若菜と――自分のために。

「契約だ」

 流星が絞り出した静かな声に、若菜の目が揺れた。

 何だと問う目に、流星は畳みかける。

「おまえはこれから、悠を呪わないと誓え。そして――俺に関わらないと誓え」

「……っ!?」

「もし応じないなら、俺はおまえを助けない。もし応じた後、同じことをしたら――俺は容赦しない」

 口に出すのにははばかれるが――流星の本心だった。

 悠を傷付けようとするなら、俺はおまえを殺す。

 言外に、そう言ったも同然だった。

「選択権はおまえにやる。……契約するか否か、全ては、おまえ次第だ」

 それは、悠の代名詞と言うべきセリフだった。

 選択肢を与えているように見えて、その実一択しか道を作らないセリフ。

 選択権を、奪うセリフ。

 流星はあえて、それを口にした。

「……」

 若菜は黙り込んでしまった。

 その間にも若菜の身体は締め上げられているらしく、身体は折れたまま、顔は紙のように白くなっていた。

 すっかり歪んでしまった幼馴染みの顔を見ていると、憐憫の情が心ににじんでくる。

 だが流星は、あえてその顔を睨み続けた。

 やがて若菜は――苦しみに耐えかねたのか、または別の理由かは解らないが――何度も頷いた。

 全身を震わせ、今にも泣きそうな顔で。



   ―――


 病院の外に出ると、すでに空は暗くなっていた。

 星は無い。のっぺりとした三日月が浮かんでいるだけの空は、完全な黒だった。

「――依存。恋でも愛でもない。友情でも愛情でもない。ただ彼女は、君を繋ぎ止めたかったんだ」

 悠は夜空を見上げ、囁きかけた。

 流星は黙って聞いていた。右手は悠の髪をすいている。

 その右手で、流星は若菜の呪いを滅した。

 蛇の形をした呪いを掴み、鬼の力で取り払ったのである。

 その時手を鬼化したため、周囲を驚かせたが――いや、驚かせたどころではなかった。

 事情を知っていたらしい次郎はそれほどではなかったが、知らない若菜と母の驚きは半端ではなかった。

 特に若菜は、流星の手を見てあきらかにおびえていた。

 しかたがないのだと思う。異形の腕を持つ青年を恐れるのは当たり前だ。

 見知った存在でも――見知った存在だからこそ、その力は恐怖の対象となったのだろう。

「依存って……どういうことだ?」

 尋ねると、悠は手にすり寄ってきた。次いでため息をつく。

「そのままの意味だよ。君に近過ぎたがゆえに、君の存在が傍にいないことが許せなかった。君の傍に自分がいないことが許せなかった」

「……」

「だから、私の存在が許せなかった」

 幼馴染み。幼い頃からよく見知った存在。

 しかしよく見知っているからこそ、その存在がいなくなるのが耐えがたかった。

 何より、自分の知らない存在といることが許しがたかった。

 確かに、それは恋でも愛でもないのだろう。友情でも愛情でもない。

 どちらかと言うと、所有物に対するようなものだ。

「……俺は物かよ」

 思い至った結論に、思わず自嘲の笑みがこぼれる。

 狂ってる、とは思わない。ただ、歪んではいると思う。

 一体彼女は、いつからそんな感情を自分に抱いていたのだろう。

 もう、知る術は無いが。

 若菜との縁は、もう切れてしまったのだから。

「……帰るか」

「そうだね」

 頭から手を離すと、悠は頷いた。

 流星はため息をついて肩にかけた鞄をかけ直し――


 ぞくり、と。


 背筋が逆立った。

 何の前触れもない戦慄だったが、流星を身震いさせるには充分だった。

「っ……!?」

 流星は反射的に鞄を遠くへ思いっきり投げた。

 どうしてそうしたのか。流星は自分の行動に困惑した。

 しかしすぐ、その行動が正しかったことを理解することになる。


 ドンッ


 爆音を上げて、鞄が燃え上がった。

 範囲こそ小さかったものの、その勢いはすさまじく、空を焦がさんばかりに高々と火柱が上がった。

 もしそのまま持っていたら、流星は炎に全身を焼かれれていただかろう。そうでなくとも、腕ぐらいは失ったかもしれない。

 流星は呆然とその炎を見つめていた。悠も同じだったらしい。

 声が、震えていた。

「……中に、燃えるようなものがあった?」

「……いや……無かった。『煌炎(コウエン)』も、今家だし」

 流星も震え声で返した。

 携帯と自宅の鍵、財布は常にズボンのポケットに入れている。鞄には大切なものは特に入っていなかった。

 だから大丈夫――というわけにはいくまい、この場合。

「誰かが、何かをしかけたね」

 悠は呻き、こちらを見上げた。

「鞄を誰かに触らせた? あるいは、中身でもいい」

「中身……」

 中に入っていたのは教科書とノート。しかし今日は使っておらず、取り出してすらいない。

 後は――筆箱ぐらいか。

「……あ」

 一人だけいた。

 彼は、落としたと言って自分のペンを拾った。

 流星の物に、触れたのである。

「……クラウディオ……」

 無愛想な転校生の名を呟き、流星は顔を歪ませた。


   ―――


「失敗しましたねぇ」

「だな」

 揶揄するようなエドワードの口調に、クラウディオは短く応じた。

 病院の屋上。フェンスの上に並んで腰かけ、二人は青年と少女を見下ろしていた。

「『火種』は付けたが、気付かれたな。とんでもない野生の勘だ。いや、この場合は鬼の勘、か」

「普通気付きますか、あれ……」

 エドワードはあきれたように呟く。心底理解できない、と言いたげだ。

「なまなかなやり方じゃ、暗殺は無理か――」

「……何ですか、その体勢」

 エドワードのあきれ声が降ってきた。

 クラウディオは、上体を後ろに倒した状態になっていた。腰はフェンスに下ろしたまま、上体は逆さまという、何とも滑稽な様である。

「頭に血、のぼりますよ」

「ん」

 エドワードに言われ、クラウディオは素直に上体を起こす。

 ふとエドワードを見、目を細めた。

「何だか浮かれてるように見えるな」

「え? そうでしょうか?」

 エドワードは首を傾げ、次いであぁ、と一つ頷いた。

「来週、学校行事がありまして」

「ほう」

「修学旅行です」

 京都と奈良に行くらしいです、とエドワードは笑った。本当に楽しそうである。

「学生らしいことなんてほとんど経験してませんから。だから嬉しいです」

「ふぅん……。……ん? 京都と奈良なら俺も行くぞ」

「はい?」

「こちらも修学旅行とやらだ」

 面白い偶然だな、とクラウディオは肩をすくめた。言葉の割に笑ってないが。

「……何も無いといいですね」

「だな。まぁせいぜい楽しむさ」

 微妙な顔をするエドワードに同意しつつ、クラウディオは屋上に降り立った。

「どうせ一時の夢だ」

「……ですね」

 エドワードの声から、明るさが消えた。

「どこまでいっても、僕らは『異常』ですから」

 頬を生ぬるい風が撫でる。いつまで湿った日が続くのかと、クラウディオは頭の片隅で考えていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ