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HUNTER  作者: 沙伊
122/137

      幼馴染み<中>




 若菜は結局、保健室ではなく病院に運ばれることになった。

 すでに父親である次郎(ジロウ)には連絡を入れており、じきに来るだろう。

「問題は、この娘がどんな嫉妬を買ったか、だ」

 病室のベッドで眠っている若菜を見つめ、悠は肩をすくめた。

「同性の嫉妬を買うようには見えないけどね、彼女」

「……おまえが言うと皮肉に聞こえる」

「? 別に他意は無いけど」

「でしょうとも……」

 流星は額を押さえた。

「まぁそれはともかく。同感だぜ。あいつ男にはきついけど、女には優しいし」

「きついね……それは流星にだけじゃない?」

 悠の意味深な視線に、流星はたじろいだ。

「な、何だよ」

「何でも無いよ。ただ、いずれは決着を着けないとね……」

「はぁ!?」

「それより」

 話を無理矢理方向転換させた悠は、腕を組んで気に入らなさそうに鼻を鳴らした。

「呪いとはやっかいだね。妖魔狩りや除霊よりやっかいだ」

「そうなのか?」

「そうなんだよ。呪った本人を見付けて、もう二度と呪いなんてさせないようにしないと、二回三回と呪いをくり返すよ」

 人を呪う人間っていうのは、執念深いからね――悠の眉間にしわが寄った。

「呪いを解いてそれで終わりじゃないんだ」

 流星がそう呟くと、悠は顎を引いた。

「たいがいは呪いを跳ね返すんだけどね。けど、それだとまずい展開になるんだよ」

「まずい展開?」

「私は自業自得だと思うけど、君は看過できないだろうね」

 悠はこちらを見てため息をついた。そして説明する。

「人を呪わば穴二つ。これは呪いに対するリスクを示している。人を呪うとそれと同等の不幸をしょい込むことになるってことなんだけど。ここまでは解るね?」

「おう」

「けど、呪った側のリスクはそれだけじゃないんだよね。跳ね返された場合も、リスクをしょい込むことになる」

「跳ね返された場合?」

「私のチョーカーや流星の数珠。これって実は、呪いを跳ね返す力もあるんだよね」

 悠はチョーカーに付いた十字架をいじった。流星は右手に付けた数珠を見てへぇ、と感嘆の声を上げる。

「そんな力もあるのか。俺、てっきり鬼童子の力を抑えるだけかと」

「鬼童子も、ある意味一種の呪いだからね。それはともかく――呪いを跳ね返された場合なんだけど」

 悠は若菜をちろ、と見やった。

「放った呪いと同じ呪いが自分自身に降りかかる。呪いそのものが軽いもの――風邪にしたり、軽い怪我を負わせたりするもなら、まだいい。けど、今回は……」

「今回は?」

「……相手を苦しめ、最終的に殺す呪いだ。これを跳ね返すと、呪った本人が死ぬ」

 悠は壁に背を預けた。

「それを、流星は見過ごせる? 片方を助けて片方を見捨てるなんて真似、できる?」

「正直……無理かな」

 流星は顔をしかめた。

「どこの誰かは知らないけどさ、やっぱり人が死ぬのは嫌だ」

「……相変わらずだね」

 悠はくすりと笑った。

「じゃ、とりあえず呪いを放った本人を探すとするか。……ただ、呪われて一週間たってる。あまり猶は予無いよ。他を頼ってる場合じゃない」

「俺達だけで何とかしなきゃいけないのか……」

「そうなるね。とりあえず高野(タカノ)刑事を――お」

 悠がふと顔を上げた。どうしたかと尋ねる前に、病室の扉が開く。

「若菜!」

 入ってきたのは次郎と、若菜の母親だった。知らない人物がいるせいか、悠の片眉が上がる。

「おじさん、おばさん」

 流星が声をかけると、二人はぱっと流星を見た。

「流星……それに椿も。その、電話の話は……」

「本当だよ」

 悠が少し前に出て答えた。次郎の顔が歪む。

 母親の方は悠とは初対面だったらしく、目を丸くしていた。

「高野刑事、外で話さない?」

「ん……そうだな」

 次郎は苦い顔のまま頷いた。



 母親を病室に残し、悠と流星は現在に至るまでの経緯を話した。

「呪い……」

 次郎は呆然と呟き、そのまま黙り込んだ。

 悠はしばらくそれを眺めていたが、ふい、と背中を向けた。

「じゃ、私は高野若菜の部屋を少し見させてもらうよ。鍵は不要だから」

「お、おい悠」

「流星も来なよ。私は家の場所を知らないんだからさ」

 すたすたと歩き出す悠を、流星は慌てて追いかける。その際にちらと見た次郎の顔は、一気に二十は老け込んだかのようだった。

「……いいのかな、ほっといて」

 流星が不安を口にすると、悠は軽く腕を叩いてきた。

「私達がいても、できるのは呪いで死ぬのを先延ばしにするだけだ。だったら早く呪いを解いてやるのが先決だよ」

「……そうか」

 流星は頷き、歩く足を速めた。


   ―――


 若菜の家に来たのは、思えば5ヶ月振りだった。

 悠の仕事の手伝い、妖偽教団との戦い、このところの異能者騒ぎ――日常を感じる余裕さえ無かった。

 若菜達と過ごすことが、家族と過ごす以外で一番日常に近かったはずなのに。

「流星、合い鍵持ってるよね」

 どうやら知っていたようである。差し出された悠の手に、流星は合い鍵を置いた。

「しかし何て言うか……普通の家だよね」

 悠は鍵を扉に差し込みながら、そんな感想をもらした。

 流星は若菜の家を見上げる。確かに、言われる通り平凡な家だった。

 両隣に建つ家と大差無い、風景に溶け込んでしまうような家。

 父親が警察官であることを除けば、若菜はどこまでも平凡な少女だった。

 家は大金持ちでもないし、霊が見えるわけでもない。

 特別強いわけでも。

 飛び抜けて美人でも――ない。

 今思うと――

「俺、若菜に憧れてたんだろうなぁ」

「……はぁ?」

 悠が目をつり上げて振り返った。

「何? 堂々と浮気宣言?」

「ち、違ぇよ!」

 流星は慌てて否定した。そんな誤解されたくない。

「そうじゃなくて……俺、若菜みたいに普通がよかったんだ」

 普通の家庭。

 普通の家族。

 普通の生活。

 普通の風景。

 普通の日常。

 普通の人生。

 平凡で、凡庸で、月並みで、当たり前で。

 退屈だけど確かな幸せがある、そんな人間。

 流星がなりたかった、けれどなれなかった存在。

 もし夢は何かと訊かれれば、流星は平凡な人生を送ることと答えるだろう。

 それこそ、夢のまた夢だけど。

「……うらやましいよ、ほんと」

 流星は地面を見て呟く。

 悠は無言で玄関の扉を開けた。



 久し振りに入った若菜の部屋は、完全に様変わりしていた。

 当然と言えば当然で、最後にこの部屋に入ったのは、もう六年も前になるのだ。

 オレンジを基調とした家具を好んでいるのだけは変わらない。けれどそれ以外は、何もかも変わっていた。

 流星は入口で足を止めた。止まってしまった、と言う方が妥当か。

「……流星」

 入口で固まってしまったのを不審に思ったのだろう。先に入った悠は振り返った。

「どうかした?」

「あ……いや、その」

 思わず口ごもると、悠は首を傾げ、しかしすぐ視線をそらした。

「……辛い?」

「え?」

「知っている人間の、知らない部分を見るのが」

 悠は壁際に置かれた勉強机に近付いた。

「気持ちは解らなくもないよ。私も味わったことがあるから」

「悠も?」

「うん。……一年前ぐらいかな。所用で猛の家に行ったんだよね」

 悠の目が、遠くを見るように細められた。

「その時猛の部屋に入ったんだ。二年振りにね――びっくりしたよ。何ていうか……知らない男の子の部屋になってたんだから」

「知らない……男の」

「猛とは、日影(ヒカゲ)(リン)より長い付き合いでね。物心つく前から知ってるんだよ。なのに、気が付いたら知らない部分があった。いや、知らなかった部分を知ったと言うべきかな。全てを知ってるように見えて、私は知らなかったんだから」

 自嘲の笑みは浮かんだ。自らの無知に対するものか、知っているとおごっていた自分に対するものか、どちらだろうか。

「知らないことは、けして恥ではない。けど知らなかったという事実に気付いた時は、何らかの痛みが伴うものだよ」

「……今回がそうだってか」

「幼馴染みが知らない人間に感じる。その感覚が、いい証拠でしょ」

 見透かしたような物言いをした後、悠は机の上に置かれた教科書を手に取った。

「……あれ? 何か真新しいね。もう二学期入ってるのに。マーカーも入ってないよ」

「あぁ。あいつ、勉強の時は教科書使わないから」

 流星はよく知った事実に、少なからずほっとした。

 それでも、部屋に足を踏み入れることはできなかったが。

「ふぅん。まぁ、ノートを見るだけで充分とかいう人、いるよね」

「そういや、恭弥(キョウヤ)って凄ぇ頭いいけど、どんな風に勉強してるんだ?」

「恭兄? 恭兄の場合は記憶力いいからね、教科書一回読んだだけで完全に暗記できるし、授業内容も一回聞けば充分だよ。なのにノート取ったり復習したりするんだよね」

「……」

 異常な天才性と勤勉な習慣を垣間見た気がした。

「ん? これは日記かな」

 いつの間にか机の引き出しを開けていた悠は、一冊のぶ厚い手帳を取り出していた。

「ちょ、待て。日記だったら、見たらまずいんじゃ……」

「けど、呪いの原因が解るかもしれないでしょ」

 意見は意に介さず、悠は手帳を開いた。

 流星はしばらく手を上下させていたが、結局諦めて下ろす。

 しかしじっとしているわけにもいかず、家を見て回ることにした。

 部屋を後にしてまず向かったのは、リビングだった。

 リビングは変わってはいなかった。白い壁やソファー、カーテンや絨毯にいたるまで。

 何も、変わっていない。

 なのに俺は、随分と変わってしまった。

 自嘲でも皮肉でもなく、れっきとした事実だ。

 あの時の俺は、霊が見える以外はただの常人だったのに。

 今じゃ、とても常人とは呼べなくなってしまった。

 後悔があるわけじゃない。ただ、寂しいのだ。

 この場にいることが、酷くそぐわない気がして。

「……ここにいたの」

 後ろから声をかけられ、流星は緩慢な動きで振り返った。

 悠は、手帳片手に不快そうな顔をしていた。

「? 何か解ったか?」

「最悪なことが解ったよ」

 悠は顔をしかめ、手帳を開いて渡してきた。

 流星は首を傾げつつも手帳に目を落とす。

 ためらいつつ文字を追い、しばらくして――

「……何だよ、これ」

 流星は呆然と呟いた。

 書かれていた内容は信じがたく、同時に許しがたいものだった。

「自業自得は、どうやら彼女の方だったようだね」

 悠は冷めきった目で手帳を見つめた。

「どうする? これを見てなお、君は救うという選択ができる?」

「……」

「正直、私は不愉快だよ。勿論仕事としてはこなすよ。でも個人的には嫌だ」

 心の底からそう思っているというのがありありと解る口調に、流星は押し黙った。

 気持ちは嫌というほと理解できる。流星だって、あまりに度しがたいのだから。

 呪いをかけていたのが、若菜だったという事実が。





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