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HUNTER  作者: 沙伊
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      喰人<下>




 宿に戻り、流星の傷の治療をすませた悠は、じっと流星の顔を見つめていた。

 一体それに何の意味があるのか解らないが、見られている流星は落ち着かない。

 猛は邪魔したくない、などと言って部屋から出て行ってしまったし――気が利くんだか利かないんだか。

「……なぁ」

「ん?」

 呼びかけると、すぐ返事をくれる。どうやら無視はしないらしい。

朱崋(シュカ)はどうした? あいついたら、すぐ治るのに」

「今、ちょっと動けない状態でね。頼んでることもあったし、無闇に呼べないんだよ」

「……ふぅん」

 朱崋が動けない状態、というのは気になったが、それよりも。

 じぃっ、と。

 悠は目をそらさず、こちらを見ている。目玉が動かないんじゃないかというほどだ。

「悠……」

「何?」

「見られてると、落ち付かねぇんだけど」

「や」

「やじゃなくて」

「やなものはや。私が何しようと、私の勝手」

「そうなんだけど」

「見るか否か、全ては、私次第だよ」

「それ今使う言葉かよ!?」

 何なんだ、今日の悠は。本格的におかしいぞ。

 流星は眉をひそめて悠の髪をすいた。少しためらわれたが、関係上おかしくはないだろう。

「……? どうかした?」

 不思議そうな顔をしてされるがままになっている悠。本当に無防備だ。

「悠、この腕のことでまだ怒ってんのか?」

 流星は髪をすく手を休めず、左腕をかかげた。それに対し、悠は首を横に振る。

「それに関しては、もう怒ってない」

「そうか」

「私が怒ってるのは、約束を覚えてなかったことだ」

「……そうか」

 何となく予想が付いていたが、やはりそっちか。

 約束のこと自体は忘れていたが――内容までは忘れていない。

 ずっと傍にいてほしい。それが、悠の願いだった。

 今思うと、それはどう考えても告白なのだが、流星は全く気付いていなかった。

 どちらにせよ流星は、その願いに頷いたのだ。

 約束した。

 流星はその前に、悠の過去を知った。

 母親殺しという、最悪の過去を。

 悠以外なら、誰であろうと許さなかったかもしれない。だが、悠だからこそ許せたのだろう。

 いや――別に許したわけではない。けれど、認めはした。

 それもまた悠の一部と、受け入れた。

 だからこそ、傍にいる。彼女と一緒にいる。

 これから先もそうするために、もっと強くならなくては――

「流星」

「……ん?」

「名残惜しいけど、そろそろ離してくれない? 仕事の話をしよう」

「あぁ、そうか」

 流星は今置かれた状況を思い出した。

 確かに、何らかの対策を練るためにも話し合わねばならないだろう。

「……流星、すっかり忘れていたね」

「……すんませんでした」

 しっかりばれていた。

「君、一回脳の訓練したら? 付き合ってあげるからさ」

「……おう」

 しかも心配までされた。

「まぁ、それはともかく。問題は相手が二人組だってことだね。しかもタイプがばらばらだ。こちらが四人五人ならともかく、これはまずいよ」

「……? 何で」

「戦闘スタイルが違うってことは、対策も違うってことだよ。例えば」

 悠は流星の、包帯でぐるぐる巻きに固定された左腕を指差した。

「その傷。君の油断も一因だけど、何より間合いがせまかったことも一つだろう」

「間合い?」

「空手やってる流星なら解ると思うけど、構えを取られただけでも攻めにくくなるでしょ」

「あぁ、そうだな。向かい合ったら解るけど、構えは一種の防御なんだよな――こういう風に構えられると、攻めにくくなるんだよ」

 流星は空手の構えを取った。座ったままだし、左手はうまく動かせないので様にならなかったが。

「勿論、構えを見たら相手が何するかある程度解るけど……でもやっぱり、攻めにくいもんは攻めにくい」

「そう。懐に入り込んで攻撃って話をよく聞くけど、案外そういうのってできないんだよね。格下ならともかく、達人レベルになると、自分の武器の弱点なんてしっかり解ってるものだし」

 悠は肩をすくめた。

「剣道や薙刀、槍術棒術――その他武芸百般、その全てに構えがあり、間合いがある。ただ、間合いが違うもの同士で戦ったら、広い方が有利なんだ」

「……間合いがせまいと、うかつに近付けないからか?」

「そう。例えばナイフと銃じゃ、圧倒的に銃が有利だ。遠距離武器だからね。ナイフを投擲するんなら、また話は別だけど」

 悠はまた肩をすくめた。

「さて、立ち戻って今回はどうだろう。小刀を持つだけでも間合いは違うけど、流星って逆手に持つでしょ」

「あぁ。その方が使いやすいから……あ」

 流星ははたと気付いた。

「そっか。逆手に持ったら刃が腕に添うから、間合いはその分無くなるのか……」

「そう。手首の角度によって刃の向きは変えられるけど、間合いは順手の方が広い」

「そっか……あー、じゃぁ順手でないと駄目なのかよ……」

「そうでもないよ」

 首を振る悠に、流星は眉をひそめた。

「……どういう意味だ?」

「逆手の方が戦いやすいのは、いつもの戦い方に近くなるから。流星は本来、無手の方が得意なんだよ。まぁだからって、持たない方が強いってわけじゃないけど」

「……」

「それに、その腕の傷は、他にも原因がある」

「……原因?」

読めない(・・・・)んだよ」

 悠は流星を睨むように見上げた。

「私は少し見ただけだから断定はできないけど、あの動き、どちらかと言えば獣に近い。獣は武術をたしなまない」

「そりゃ……当たり前だけど」

「武術をたしなまないなら、型も無い」

「……だから?」

「鈍い」

 悠はぺしり、と軽く流星の頭を叩いた。……地味に痛かった。

「型が無いと、動きが読めないんだよ。定石が当てはまらないから」

「……あ」

 そうだ、と流星は今更気付いた。

 空手にしろ何にしろ、武芸には型がある。型があるということは、動きが固定されているということだ。

 固定されているということは、動きは無数ではなく有数なのだ。

 それに、武術というのは決まりがある。反則うんぬん以前に、対応法というものがあるのだ。

 それをいかにうまく使いこなせるか、読み切るかが、勝負の決め手になる。

 だが、獣はどうだろう。武術を学ばない、型が無い、動きが固定されない、動きが有数ではない、決まりが無い。

 そんなものに、流星の空手が通じるだろうか――!

「私達退魔師は妖魔という獣と戦っているから私と猛はいい。そういうもの(・・・・・・)との戦いには慣れてる。けど空手の『型』が染み付いている流星に、あの男の相手は難しい」

 悠ははっきりそう言い、眉根を寄せた。

「型と定石を忘れろって言っても、そう簡単に忘れられないし、何もかも忘れるわけにはいかない。基本は念頭に置いとかなくてはね」

「……対抗法は?」

「無い――わけじゃないけど。しかしそれでも難しいかな。あんな肉食獣(・・・)相手じゃね。だから、一番いいのは、もう一人の方と戦うこと。けど、こっちも厳しい」

「……確かにあいつ、激強だったな」

 流星が呟くと、悠はそれだけじゃない、と首を振った。

「私が見る限り、あの男は軍隊格闘技のプロだね」

「あ、あいつ男だったのか。小柄だったから解んなかった……ん? 軍隊格闘技? 何それ」

「書いて字のごとし。軍隊で実際に使われてる格闘術だよ。空手と違って勝利が目的ではなく、人体破壊を目的とした戦闘技術だ」

「人体、破壊……」

 流星は呟いた後、眉をひそめた。

「確かに、左側にばっか攻撃されたな……」

 それどころか、首を踏み付けられた。うつぶせだったからよかったものの、あおむきだったら気管が潰れていただろう。

「人喰いに……軍人? めちゃくちゃだな」

「別に軍の格闘技使えるからって軍人ってわけじゃないでしょ。傭兵とか――でも、それにしては身体ができ上がってなかったな」

「んん?」

 流星は顔を上げて悠を見た。

「でき上がってなかったって、あいつ?」

「うん……服越しだったからよく解らないんだけど、何か、成長途中で止まったみたいに思えて」

「成長が、止まってる……?」

 そんな馬鹿な、と思った。

 いくら小柄だからと言って、そんなはずは無いだろう。

 だいたい――

「成長って、途中で止まるもんかよ」

「止まるよ」

 瞬時に返ってきた言葉に、流星は言葉を失った。

「肉体的なものか精神的なものか、あるいはその両方か。とにかく成長が止まってしまうってことはあるんだよ」

「……そうなのか?」

「うん。まぁ、彼がそうとは限らないけどね。勘違いかもしれないし」

「そう、か……」

 けれど、もしそうだとしたら、彼は何者なんだろう。

 何が目的なんだろうか。


   ―――


 この街の全体は、警察により非常線が張られている。ゆえに、誰も入れないし誰も出られない。

 しかし、例外もある。

 猛や悠のように、警察に許可をもらったり、顔が利いたりする者はあっさり入れる。

 そして、もう一つ――

「んー、弱りましたねぇ」

 エドワードのように、強行突破する方法もある。

「見付からずに行こうと思ったのに、見付かってしまいましたし……祖国の警察(スコットランドヤード)もなかなかでしたが、日本警察もあなどれませんね」

 いや、単に僕が隠密行動が苦手なだけなんですけどね――エドワードはむぅ、と唸る。

 そこで、ふと苦笑した。

 いやいや全く――前にクラウディオに指摘されたのに、独り言を言う癖が直っていない。

「しかし、癖というのは総じてなかなか治らないものなんですよねぇ」

 案外、その辺りに自分が隠密行動が苦手にしている理由があるかもしれない。

 いや、詭弁だが。

「それより……これ、どうしましょう」

 エドワードは足元に転がるそれ(・・)を見下ろし、嘆息した。

 日本の警官の制服を着たそれらは、濁った目を四方に向けている。その一つが自分に向いていることに、エドワードは気が付いた。

 断末魔の表情が張り付いた顔を見、エドワードは再び嘆息。心なし、息が震えていたように思えた。

「そんな目を――そんな顔をしないでくださいよ。僕だって好きでやってるわけじゃないんです」

 けれど、とエドワードは呟き、足を進めた。

「神の御心には逆らえないんです。僕――僕達はそういう存在なんです」


 僕達は、使徒ですから。


 小さな呟きは、誰の耳にも届かない。

 誰も、この時はまだ彼の存在を認識していない。

 けれど、目的は先に街に入った『同志』と同じである。

「この街を潰してみせましょう――全ては神の(おん)ために」

 その呟きも、誰も耳にも届かなかった。





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