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HUNTER  作者: 沙伊
111/137

      仮面<下>




 視界がかすんで見える。身体も鈍い痛みのせいで動かない。

「おい、狐」

 と。朱崋にそう声をかける者がいた。

 どこかで聞いたことがあるような声だ。でも、どこで?

「こんなところで倒れて、情けない様だな」

 誰だろう。聞き覚えのある声なのに、視界がぼやけているせいで姿がとらえられない。

 せいぜい――()が黒衣を着ていることぐらいしか、解らなかった。

『……誰ですか』

「ん? あぁ……そうか。目がちゃんと見えてないのか。その傷じゃあな――」

 彼は、どうやら自分の身体に触れたようだった。冷たい手の感触が毛越しに伝わる。

『私に……気安く触らないでください……』

「そう言うな。せめて傷口だけでも塞いでやるから」

 傷口を……塞ぐ?

 口で言うほどに、治癒の術は簡単ではない。日本の退魔師でも、使える者はほんの数人しかいないはずだ。

 退魔師なら自分を狩るか、知っているなら自分の名を呼ぶはず。

 ならばこの男は……人ではないのか。

 人外。

 私と――同じ。

『……なぜ私を助ける』

 身体中の痛みが引いていくのを感じながら、朱崋は身をよじろうとした。しかし、彼にやんわり止められる。

「動くなって」

『この私を……喰らえばいいでしょう』

「おいおい」

 彼は――どうやら苦笑したようだった。

「何か勘違いしてないか? 俺は人ではないが、妖魔でもないぞ。第一」

 彼の手が離れた。朱崋はそこで、視界が鮮明になったことに気付く。

たかが千年(・・・・・)生きた程度の妖狐を喰ったところで、何の足しにもならない。それ以前に、俺は何も食さないからな」

『……! あ、貴方は』

 彼の姿を確認した朱崋は、らしくも無く目を見開いた。

 そこにいたのは、背の高い男。中性的な美しい顔立ちに銀の瞳、見目麗しい銀髪は間違えようが無い。

熾堕(シダ)……!』

「改めて、久しいな。狐」

 銀の髪の男――熾堕は、美しい微笑を浮かべた。

「一ヶ月振りか。椿(ツバキ)悠は元気のようだな。華鳳院(カホウイン)流星も、それなりか――いやしかし、やっとあの二人くっついたのか」

 悠と流星を知る者達が誰しも口にした言葉を、彼は口にする。そんな彼に、朱崋は文字通り牙を剥いた。

『なぜ生きている! いや、それより、なぜここにいる! 返答次第では――』

「おいおい狐。その身体じゃ波の妖魔はともかく、俺と戦うには無謀にもほどがある。いや、それ以前に」

 熾堕は目を細め、朱崋の首に触れた。

「おまえに俺は殺せない」

『っ……』

「そう、なぜ生きているかとなぜここに来たか――だったな」

 首から手を離した熾堕は笑みを深めた。

「生きているのは当たり前だ。椿悠に言ったがおまえには言ってないかな。地上の理は俺には通じないと。外から斬られようと中から焼かれようと、どちらも俺にとっては等しく同じだ」

『同じ……』

「そう、同じく通じない」

 まぁ、と、熾堕は肩をすくめた。

「目の付けどころは、悪くなかったんだがな。いかんせん使う武器がなぁ……あいつ(・・・)が造ったとはいえ、使ったのはしょせん地上のものだし」

 あいつ、と言う熾堕の顔が、大きく歪んだ。

 常に飄々としていて、余裕げに笑みさえ浮かべるこの男が、一体どうしたのか。

『……かの武器職人、綺羅(キラ)のことを知ってるのですか』

 朱崋はとりあえず、そう尋ねた。

 綺羅。姫シリーズを造った男。

 彼がいた時代、平安初期における武器は太刀か弓が主流だった。しかしそれらは、現存するものが無いほどできが悪いものばかりである。

 主権を握っていたのが、戦のための兵法一つ知らぬ貴族だったのかも理由の一つだったのかもしれない。

 事実、戦ばかりだった奈良以前はいい退魔武器が多く造られたし、武士が台頭し始めた平安後期以降は名品と呼ぶべき代物が多く、しかも多様性も出てきた。

 武器の進歩は戦と共にある。退魔武器とて、その例外ではない。

 そんな、この日本に置いて退魔師――当時は陰陽師と呼ばれていた――が、最も武器に頼らなかった、否、頼れなかった時代。

 そんな時に、綺羅は現れた。

 制作過程、使用した技術、及び材料は不明だが(当時を生きていた朱崋さえ、噂一つ聞かなかった)、彼の造る武器は卓越していた。

 否、常軌を逸していたと言うべきだろう。なんせ、当時の技術では造りえない武器まで造っていたのだから。

 何より、武器が自分の意思を持ち、自分の身体にふさわしい者かをえり好みし、そうでない者を殺すというところが何より異常だった。

 俗に、刀は持ち主を選ぶが斬る相手は選ばない、という言葉があるという。

 姫シリーズはその言葉にふさわしく、そして一番縁遠い存在と言えよう。

 特に『剣姫(ツルギヒメ)』は、姫シリーズ最初の作品であり、最も傲慢な武器だ。しかも、なぜか椿家の人間ばかりを好む。

 椿家開祖、椿月凪(ツキナギ)も、その娘であり二代目の椿朝陰(アサカゲ)も、三代目の椿影護(ヨウゴ)も――月凪の血を引く者ばかりが『剣姫』に選ばれた。

 一時は『剣姫』を扱う者が当主に選ばれたぐらいだ。今は違うのは、周知のことだが。

 無論、その分絶大な力を誇った。全ての力を引き出せた者はいないと聞くが、それでも数百の妖魔を圧倒したという記録もある。

 それほどの力を持つ武器の数々を造り出した男を、熾堕は知っているのか。口振りからして、直接会ったことがあるようだが――

「知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らない」

 そう言った彼の顔は、複雑そうだった。

「しかし……まぁ、奴の正体は知っている。いや、黒幕かな」

『黒幕……』

 朱崋は熾堕の言葉をくり返した。

 綺羅は――誰かに操られていたということか。しかし、一体誰に?

『……貴方は、一体何を知っているのです』

 朱崋の問いに、熾堕は首を傾げた。

「知っているとは何をだ? 綺羅のこと? 姫シリーズのこと? それとも――おまえの姉の、子供達(・・・)のことか?」

『……!』

 かっ、と頭が熱くなった。目の前が赤く染まり、半ば無理矢理立ち上がる。

おまえ(・・・)、彼女に何をしたのです』

「何もしてないさ。ただ問うただけだ、おまえは何のためにあるのかと」

 熾堕は微笑んだ。

「おまえは根本的に勘違いをしている。それは間違ってはいないが、大局的には間違っている」

『……何を、根拠に』

「おまえが人でないモノなのが、何よりの根拠さ」

 伸ばされる白い手。朱崋はその手を怒りに任せて噛み砕いた。

 怒りによる攻撃をするのは何年振りだろう。しかし、その怒りをぶつけた相手は、涼しい顔をしていた。

 それどころか、口を離した手は先程と変わらない。骨どころか、手そのものが原型をとどめていないほどぐちゃぐちゃになっていたはずのに。

「だから効かないって。それより狐、知りたいのなら、椿悠を奴らにもっと近付けさせろ」

『……奴ら?』

「使徒とか名乗っている、あの『馬鹿』共だ」

 熾堕は肩をすくめた。

 ……気のせいか、馬鹿という言葉が妙に強調されていたような。

「奴らはおまえ達の思う以上に強大な組織だよ。規模うんぬんの話じゃない。それ以前の問題だ。俺が今言えるのはそれだけだな」

 熾堕はふ、とため息をついた。憂いを含んだ表情が、意外なほどよく似合っている。

「俺のことを椿悠に言ってもいい。黙っていてもかまわん。ただ覚えておくといい。星はすでに動き始めたのだから」

 そう言って、熾堕はその場を去ってしまった。

 歩み去ったのでも走り去ったのでもなく、まして飛び去ったのでもない。

 文字通り、消えてしまった。

 転移の術でも使ったのか。だとしたらあの男、思った以上に力がある。

 戦闘能力ではなく、術師としての力が。

『……しかし、悠様に何とご報告すればいいのでしょう』

 一人――じゃない、一匹になった朱崋は、珍しく頭を悩ませていた。


   ―――


 流星が清の部屋に再び訪れたのは、翌日の昼だった。

 遠くでサイレンが鳴っているので、あの二人の死体はようやく見付かったようだ。

 流星が海岸まで運んでもよかったが、骨を拾うのが精いっぱいだった。

 実際、先程まで朝食も取らずに眠っていたぐらいだ。思った以上に体力を使っていたらしい。

「――シスター?」

 ようやく起き、着替えて清のところに行って彼女の口から聞いた単語に、流星は首を傾げた。

 何だろう、聞き覚えがあるような――

「ええ。姉は生前、シスターと名乗る女性と仲よくしてたんです」

「その人が、亡くなったことに関係があるんですか?」

 流星の質問に、清は解りません、と首を横に振った。

「けれどその人……変だったんです」

「変?」

「姉に対する態度が妙というか――うまく言えませんが、彼女は姉に対して、何か思うことがあったのではないかと思いまして」

「思うことねぇ」

 この時、清はその『思うこと』の見当はついていたのだが、流星は同じ答えにいたらない。

 至るはずもなかった。

「けど、五十年も前のことじゃ、知りようが無いんじゃ……」

「ですよね……」

 流星と清はため息をついた。

「すみません。こんな話をしてしまって」

「いや、別にかまいませんけど……」

 何だろう。妙に引っかかる。一体何に引っかかっているんだろう。

「姉の死の真相――知りたいですが、きっと無謀なのでしょうね。遺骨が見付かっただけでもありがたいですから……」

 だから、と、清は座したまま、深々と頭を下げた。

「ありがとう、ございます」

「あ、いや、あの……」

 流星は戸惑った。

 礼をを言われるのは慣れてない。そもそも礼を言われるようなことはしていない。

 骨を引き上げたこと以外は、全く駄目だったのだから。

「……あの」

 その空気に耐えられず、流星は声を上げた。

 清が顔を上げ、こちらを見る。次に続く言葉が見付からず、流星は口を開閉させた。

 けれど、言葉は不要だった。

 不要になってしまった。

「失礼しますっ」

 そう声をかけ、入ってきたのはここの従業員らしき男だった。走ってきたのか、息を切らしている。

「どうかしたんですか?」

 清が尋ねると、彼は「警察が」と呟くように言った。

「警察? 海岸の方で起こった事件のことで来られたのでしょうか」

 清は眉をひそめ、立ち上がりかけた。だが、従業員は違います、と半ば叫ぶように言った。

 何か見てはいけないものを見たような、そんな半狂乱な様子に、流星は嫌な予感がした。

 嫌な予感はよく当たる。

 本当に、嫌になるほどに。

 そして今回も、その予感は的中してしまった。

「警察が、殺されている(・・・・・・)んです」



 地獄絵図のような状況を、流星は今まで何度も目の当たりにしている。

 それらと比べて、それは優っているとは言わないが――しかし、劣っているわけでもなかった。

 砂浜で、人が喰い散らかっている(・・・・・・・・・)

 まさしく、そう形容すべき光景だった。

 スーツや制服を着た人間。それらの身体の部位が、無くなっている。

 遠目からでも解る。あれは喰いちぎられてる。腕や足、腹や喉――中には、頭そのものが無い死体もあった。

 どれを見ても生きているとは思えず――まだ、生きていたとしても、悲惨であることに変わり無かった。

 赤黒く染まった白い砂浜。その周りを取り囲む人の群れ。しかし、誰も砂浜に足を踏み入ろうとしなかった。

 当たり前だ、と流星は思った。あんな死体置き場と化した場所に、誰が好んで近付きたいものか。

 しかし……一体誰がやったんだ。

 警察が来たのは、朝から昼にかけて。白昼堂々殺しをやってのけたというのか。

 何のために……?

 死体を、まるで獣のように荒らしたのは、何のためだと言うんだ。

 妖魔の仕業? こんな明るい時間にか?

 だったら、まさか……

「……くそったれ」

 見えない敵に対して、流星は小さく悪態をついた。


   ―――


「華鳳院流星は俺の獲物なんだがな」

 クラウディオは呟いた。

 朝早くからこちらに来てみれば、仲間の姿が見当たらない。探してみれば、案の定動いていた。

 それをとがめる言葉を向けると、彼はこちらを見た。

 その空虚な目に、クラウディオは冷たい視線を返す。

「人を喰らうのはおまえの勝手だがな、奴に勘付かれたらどうする。ただでさえおまえは……」

「解ってる。これからは自重しよう」

 男は頷いた。それをしばらく見つめた後、クラウディオは彼に背を向ける。

 男の傍を離れながら、クラウディオは沈思した。考えるのは勿論、あの男のことである。

「……人喰い(カニバル)、か」

 男の通称を口にし、クラウディオは携帯を取り出した。

 かけた先は、相棒である。

『――クラウディオですか? どうです、様子は』

「駄目だな。よりによって警察を喰いやがった。しかもこんな時間だぞ」

『それは――まずいですね』

 さすがに予想外だったらしく、エドワードの声は上ずっていた。

「しかし過ぎたことはしょうがない。当初の予定より規模を広げる」

『規模?』

「あぁ」

 クラウディオは目を細めた。

「奴には、この町を喰らい尽くしてもらう」




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