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HUNTER  作者: 沙伊
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      仮面<中>




 自分が常軌を逸していることぐらい、とうに自覚している。

 肉体も、精神も、容貌も、世界観も、人生観も、常識も、倫理も、道徳も、意志も、意思も。

 全て範囲外。全て規格外。

 そう、一言で表すなら。

 流星が普通なら。

 刀兄が最強なら。

 恭兄が天才なら。

 私は――異常だ。

 そんなの――とっくに理解している。

 思わなかったわけじゃない。

 普通であれたら。

 範囲内、規格内の人間であれたら。

 叶わない願いだと、とっくに解っている。

 願いは必ず叶うなどという戯言を知るまでもなく。

 哀しい――とは思わない。

 寂しい――とも思わない。

 ただ――虚しい。

 当たり前の日常が、ただただ虚しい。

 息苦しい。狭苦しい。

 ただ苦しい。

 だから戦う。

 虚しさを埋めるためでも、苦しさから逃れるためでもない。

 ましてや――自分の異常性から目をそらすためでもない。

 むしろ逆だ。

 私は、自分の異常と向き合うために戦うんだ。妖魔を狩ることで、自分を見つめ直しているんだ。

 自分の本質は、闇にこそあるはずだから。


   ―――


『彼』の姿が変わっていく。流星から別の者へと――ではない。

 人間から鬼へと――だ。

「そう来るか」

 悠はふ、と笑った。

 額から突き出した一対の角、猛禽類のような鋭い爪、血のごとく紅い瞳、獣のような長い牙――

『彼』の今の姿は、まさしく鬼童子の力を解放した流星そのものだった。

「しかし、『面模姫(メンモヒメ)』もやっかいな人間を選んだものだね」

 悠が呟くと同時に、『彼』は飛びかかってきた。

 鬼童子の力を考えると打ち合うのは危険と判断し、悠はとりあえず回避に専念することにした。

 回避しつつも――『面模姫』の特徴を思い出す。

 姫シリーズはそれぞれ形が違い、同じものは一つと無いが、その中で『面模姫』は特異性だけなら姫シリーズの中でもトップクラスだ。

 姿を変える面。能力を変える面。自分の知っている人間ならば、自分の知っている範囲内なら、誰にだってなれる。

 そして――既知のものならば、その人物の能力を使うこともできるのだ。

 今現在、『彼』が使っているのは流星の鬼童子の力だ。こちらのことを知っているなら、鬼童子のことを知られてもおかしくない。

 流星の姿を取ったのはこちらの動揺を誘うためだろうが――あいにくだ。その程度でぐらつくほど、自分は繊細ではない。

 それより、一番やっかいなのは――

 ――やめよう。これ以上考えては、相手に有利になってしまうかもしれない。

 相手が『面模姫』の真の特性を知っているとも――


「真の特性ってなぁに?」


 考えに熱中するあまり、気付けば彼の接近を許してしまっていた。

 両の二の腕を掴まれ、コンクリートの地面に叩き付けられそうになる。

 だが悠は脚を後ろに振り上げ、半回転することでそれを回避した。

 だけでなく、その回転を殺さず『彼』の脳天に痛烈な踵落としをお見舞いする。

『彼』の身体がふらりとよろめいた。その隙に、『彼』の手から逃れる。

 肩がねじれた気がしたが……まぁいいだろう。

 悠はとどめにと跳躍した。

『彼』の頭近くまで跳ね上がり、左脚を旋回させる。

「ぐぉっ……」

 跳び回り蹴りが、『彼』の右側頭部に決まった。

 頭に二度も蹴りを喰らっては、さすがに意識を手離さざるをえなかったらしい。『彼』は倒れ込み、そのまま動かなくなった。

 その際、『面模姫』は『彼』の顔から剥がれ落ちる。

 うつぶせに倒れたため、顔はよく解らないが――体格的に、どうやら少年のようだ。

 夜闇の中でも輝く金髪、華奢な身体付きは流星とは似ても似つかない。年齢は、自分より下だろうか。

 顔を確認しようとして、悠は戦闘態勢をといてしゃがもうとした。

 が、突然左脚が崩れた。

 太ももを何かが通過していく感覚と痛みに、顔が歪む。足に力を入れようとしても入らない。

 これは――狙撃? まさかこの間の男か!

 悠は攻撃が来たであろう方向を見、刀を構えた。

 サイレンサーを付けているのか、音は無かった。しかし銃弾なら、ある程度対応できる自信がある――

 だが。

 相手は予想と反した行動に出る――

「っな……」

 狙撃手と思われる敵は、何とこちらに走ってきたのだ。

 悠は思わず刀を振るが、膝を着いた態勢だった上に驚いたままだったため、その攻撃はあっさり避けられた。

 反撃がくるかと思いきや、敵は倒れたままの少年を抱え上げ、更に『面模姫』も拾い上げた。

 まずい。

 奴の狙いは、回収か――!

「っの……」

 悠はほぼ無理矢理立ち上がった。傷口から血が吹き出すが、気にしてられない。

「させるか!」

 だっと走り出すと、相手はそれに気付いたのか振り返った。

 しかし悠が彼の顔を視認する前に――


 ドンッ


 突然、地面から氷柱が突き出してきた。

「っな、何……!?」

 すんでのところで後退できたものの、あと半瞬遅れていたら全身を突き刺されていた。

 悠がぞっとしている間に、敵は長い髪をなびかせて走り去ってしまった。

 小柄とはいえ、人一人を抱えているのになんてスピードだ。

朱崋(シュカ)、追え!」

 悠が声を張り上げると、わきを銀毛の狐が通り過ぎていった。

「っつ。私としたことが、まさか油断するとはね」

 刀を杖代わりにして立ち上がりながら、傷を見る。思った通り、その傷は銃創に見えた――が。

 はたしてこれは、本当に銃創だろうか。

 何も無いところから氷柱を出現させるような奴が、わざわざ銃を使う必要があるだろうか。

 能力を隠したいなら、あの場面でこんなものを出現させるはずがない。それほど切羽詰まった場面でもなかったろう。

 先程の攻撃も、あるいは……

「影法師に妖鳥、サトリもどきに炎と水――バライティに富んでるよね」

 悠は皮肉げに呟き、ため息をついた。


   ―――


 朱崋がその男を追い詰めたのは、ビルの屋上だった。

 入口から入ったのではない。この男、ビルの壁に氷の足場を作り、駆け上がっていったのである。

 一体どういう意図があってそんなことをしたのかは解らない。

 特にどちらかが有利になるような場でもない――一体どういうつもりだろうか。

 狐の姿でなかったら、さしもの自分も驚きを隠せなかったに違いない。朱崋はそう思った。

『それにしても――貴方がたは、仮面がお好きのようですね』

 声ではなく、念を発してそう言う。狐の声帯では人の言葉は話せないので、どうしてもそうなってしまうのだ。

 しかし、その男がどんな表情をしたかは、朱崋には解らなかった。

 陰になっているから――ではなく、隠されているからだ。

 先程口にした通り、白い仮面によって。

『面模姫』とは違い、何の変哲も無いただの仮面のようだ。顔の上半分を隠していて、細い顎や薄い唇だけが見えている。

 黒いコートとあいまって、かの歌劇に出てくる怪人のようだった。もっとも、あれはコートではなくマントだったが。

『人の身でそこまで動けたことは評価しましょう。ですが、私から逃れることはできませんよ』

「……」

 男は答えない。聞こえていないのではないかというぐらいに反応が無かった。

 別に無反応なら無反応でかまわない。無言でいたければ無言でいればいい。

それを貫き通せたらの話だが。

 朱崋はその場から動かず、尾だけを伸ばして男に迫った。

 男はすぐさま後ろに退くも、朱崋は更に尾を伸ばし、男の後ろに回り込ませる。男の身体を巻き取り、そのまま引き倒した。

 男の口から呻きのような息がもれるも、少年と『面模姫』は離さない。どころか、更に自分の近くに引き寄せた。

 朱崋は、追い討ちをかけるように男に語りかける。

『諦めなさい。敵を見逃すような優しさを、私は持ち合わせていないのです』

 男の反応を待つも、彼は身じろぎすらしない。しかたなく朱崋は、男の仮面を取ろうとした。

 顔を見られたくないということは、顔を見られてはまずいということ。ならばその顔を確認し、主に報告しなければ……

 だが、敵もそう簡単にことを進めさせてはくれなかった。

 からみ付かせた尾、すでに固定してしまった尾を、男は地面から突き出させた氷柱で貫いたのだ。

 朱崋は短い悲鳴を上げて尾を引っ込めた。自由になった男は、少年と『面模姫』を抱えたまま立ち上がる。

 そして、再び跳躍した。

 屋上にある、貯水タンクの傍へ。

 何をするつもりなのかと思った。そちらに行っても、逃げ場があるわけではないのに。

 むしろ、これは朱崋にとって絶好の機会だった。

 尾を傷付けられたものの、この程度ならすぐ再生する。大体、これぐらいなら戦闘に差し支え無い。

 だからこそ――前に出ることはできなかった。

 絶好の機会過ぎた。あまりにも、こちらに有利過ぎる。

 何かある。確実に。こちらから動いては逆にやられてしまうだろう。

 朱崋はそう予感してたし――実際その予感は的中した。

 男は、『面模姫』を持ったその手で、貯水タンクに触れた。

 そうしただけに見えた。少なくとも、目に見えたのはそれだけだった。

 けれど、起こったことはそれどころではなかった。

 最初に朱崋がきいたのは、めしり、という、何かがひしゃげる音だった。

 次に、ぴしぴしという何かがひび割れる音。

 それが貯水タンクからの音であると気付き、次に起こることを直感した時には、もう遅かった。

『う、くぁ……!』

 貯水タンクをぶち破って飛び出した、枝わかれした氷柱に、朱崋は全身を貫かれた。

 手や足だけではない。尾や胴体、頭もかすめた。無事なところが無いというぐらいに、朱崋の身体は傷付けられた。

 普通の妖魔であったなら、ここで絶命していただろう。

 しかし朱崋は千年以上生き続けた妖狐だ。頭を半分吹き飛ばされたところで生きていられるし、しばらくすれば再生できる。

 今だって、完全に動けなくなったわけではない。人一人喰い殺す(・・・・)ことぐらい、わけ無い。

 だが、敵は容赦無かった。

 ある意味で、朱崋以上に冷酷だった。

『うっ……』

 朱崋は呻いた。実際発せられたのは狐としての鳴き声だったが、その声もやはり呻き声だった。

 胸を、何かが貫通していくような感覚がしたのだ。

 それは銃弾のような――否。

 銃弾より高い威力を持った攻撃。

 朱崋はそのまま、空中に放り出された。

 自分の身体が空を切る音を聞きながらも、朱崋は動けない。

 さすがに今ので傷を負い過ぎた。このまま落ちても死にはしないが、数日は動けなくなるだろう。

 ――お許しください、悠様……

 視界がぼやけ、目の前が暗に閉ざされていく。

 私めは、貴女のご命令を守れませんでした……

 全身を襲った衝撃に、朱崋の意識は完全に途絶えた。


   ―――


 乱れた息を整えながら、エドワードはその場に座り込んだ。

 廃ビルの一階。待ち合わせの場所に着いた時には、エドワードは疲れ果てていた。

「子供一人抱えながら戦うからだ。この馬鹿」

 クラウディオの抑揚の無い声によるその言葉に、さしものエドワードもむ、とする。

「しかたがないでしょう。あぁしないと、追い付かれてましたよ」

「走るのが遅いからだろ」

「……一回フレッド抱えて走ってみなさい。同じ目に会いますよ」

 さすがにもう呼吸は元に戻っている。エドワードは立ち上がり、クラウディオを睨み下ろした。

「おい、おまえら。ケンカすんなら外行け外」

 手や頬に黒い硬質な羽根がはえた男が、少年――フレッドの容態を確認しながら言った。

「しかし……あの娘、ほんま容赦無いなぁ。折れてはいないが、これひび入ってるんと違うか」

「だが、手加減はしていただろう。刀傷が、浅いもの一つだけなのがいい証拠だ」

 クラウディオの指摘に、エドワードも頷く。

「そうですね。このぼろぼろ具合から見て、かなり圧倒されていたようです。普通に考えたら、刀で斬り伏せられるはずですよ」

「何だ、見ていたわけじゃないのか?」

「仲間のピンチに高見の見物できるほど、僕は図太くありませんよ」

 エドワードは苦笑した。

「しかし、どうして生かしたんでしょうかねぇ。わざわざ時間をかけて」

「情報がほしかったんやろ」

 男は肩をすくめた。

「おそらくは、最初は戦闘の中で情報を引き出そうとしたんやろう。が、こいつの能力に気付き、捕まえることにした。思考を読むんなら、普通に一対一で話した方がええからな。もしくは多数対一」

「……ぼろぼろなのは?」

「こいつに逆らったらあかんってすり込ませるためやな。性格で、こいつが子供と気付いたろうし」

「……年下ながら恐ろしいですね」

 エドワードは眉間にしわを寄せた。

「もしそれらを全て考えていたとしたら――そしてその考えを元に戦っていたのなら――とてつもなく頭の切れる娘ですよ」

 色んな意味で――と呟きながら、エドワードは背筋が冷えていくのを感じた。

 本当にそうなら、そんなことを当たり前にやってのける少女に、おぞましさすら感じる。

 たかだか十四の子供が――

「退魔師ってのは、たいがいそんなもんやで」

 男の言葉に、エドワードは顔を上げた。

「常識も道徳も倫理も――世間で尊重されてるもんは、みんな戦いにおいては邪魔者。まぁ敵が敵やからなぁ。そもそもそれらから外れたもんやし」

「……随分詳しいな」

 クラウディオが、呟くように言った。

「さすが元退魔師(・・・)

「あー、ちゃうちゃう」

 男は彼の言葉を否定して立ち上がった。

「俺は退魔師にすら(・・)なれんかった男や。だから、面倒やけど使徒なんてもんをやっとるんや」

 その後、男は憎々しげに――彼にしては珍しく、吐き捨てた。

「こんな姿と力のせいでな」





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