表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HUNTER  作者: 沙伊
11/137

    回りだした歯車<中>




 流星は携帯画面を見て飛び上がりそうになった。

 メールが来てる。しかも悠から。

 いくらこっちがメールしても返信しなかったのに。

 わたわたとメールを開くと、超が付くほど簡潔な内容だった。


『ニ、三日分の泊まりの荷物をまとめて事務所に来ること』


 俺が送ったメールに関しては総無視っスか、悠サン。

 泣きたくなった流星である。

 ともあれ了解のメールを送り、さっさと着替えを済ます。

「悪ぃ卓人、先帰るっ」

「お? バイトから呼び出しか?」

「あぁ」

 学ランに腕を通し、鞄をひっ掴む。

「がんばれよー」

「おう!」

 手を上げて応じ、流星は小走りになった。



 マンションに帰ってすぐ普段着に着替えた流星は、スポーツバッグに荷物を突っ込んだ。

 テレビをつけると、物騒なニュースが流れていた。

『――連続殺人犯の高島竜介(タカシマ リュウスケ)容疑者は、依然逃走中です。高島容疑者は四月七日、二十人をナイフのようなもので殺害し――』

 あまり気分のいいニュースじゃないのでテレビを切った。

 学校はどうしようか、と思いつつ、替えの服やら何やらを投げ入れる。

「あれ? シャツどこやったっけ……」

 普段から片付けをあまりしないせいで、部屋は荒れ放題である。

 よって、探し物はいっこうに見つからない。

 昔は、掃除をしてくれる人がいたから、こんなことなかったのに……


 ピンポーン


「うげっ。こんな時に客!?」

 急がねぇと悠に怒られんのにっ、と考えながら玄関を開ける。

「……若菜。何でここに?」

 玄関先に立った幼馴染みに、流星は目を瞬いた。

「渡辺君から、忘れ物預かったのよ」

「卓人から?」

 差し出されたのは、未使用のタオルである。

 汗をかかなかったので、使わず出しっぱなしにしてたのだ。

「サンキュ」

「ん。……何してたの?」

 流星の肩越しに部屋の惨状を見た若菜は、目を丸くした。

「バイトで泊まりするっぽいから、用意してたんだよ」

「ふぅん。今日中にできんの? これ」

「う゛」

 喉から奇妙な声を出す流星に、若菜はため息をついた。

「手伝ってあげるわよ。その代わり、下着とかは自分で管理してよね」

 流星を押し退け、部屋に入っていく若菜。

 それを止めることはできるが、一人でまとめられないのも事実なので、ここは甘えることにした。



 十数分後、ギリギリまで入れられたバッグを、流星は肩に背負った。

「ありがとな。一人だったら確実日が変わってた」

「……どうでもいいけど、携帯の充電器はともかく漫画とゲーム持っていくのはどうかと思うわよ」

 若菜はあきれ顔になった。

「うっせーな。とりあえずもう出るから。家まで送ろうか?」

「いいわよ。まだ明るいし。知っての通り、うちフリーダムだしね」

「ん。まーな……」

 確かに、警察官の家とは思えないほど自由な一家だ、若菜の家は。

「ところで、パパがしょっちゅう流星の心配してるんだけど、何かやったの?」

「え、いや」

 多分、悠のことだろうと思った。

 今のところ死にかけたことは無いが、これからは何があるかわからないし……

 だが、若菜の次の言葉で、思考が一瞬止まった。

「やっぱ、一ヶ月前のことを……」


 ダンッ


 思わず壁を叩いていた。

「若菜」

「な、何……!?」

「その話は、するな」

 我ながら、随分怖い声が出たものだ。

 若菜は顔をひきつらせながら頷いた。

 罪悪感を感じつつも、流星は若菜を促して部屋を出る。


 まだ忘れられないのだ、自分は。

 いや、忘れられるはずない。

 だってあの日俺は、俺の家族は……


『あまり自分を責めないでよ』


 悠の言葉が脳裏に蘇った。


『どんなに願おうと、過去は取り戻せない。大事なのは、今をどう生きるかでしょ』


 解ってる。解ってるのだ。

 でも俺は、俺を責めずにはいられない。


 流星はぐっと唇を噛んだ。

 己の無力さと弱さを、思い出して。


   ―――


 背後の気配に、男は振り返った。

「順調かしら? 例の任務は」

 巫女装束の女性に、男は「あぁ」と答えた。

「例の人柱なら変わり無い。……なぁ、月読」

 男はにたぁっ、と笑った。

「あの人柱、俺がもらってもいいか?」

「駄目よ」

 きっぱりと断る女性。

「あくまで椿の人柱は監視。手を出すのはまだ先よ。第一、人柱は皆、あの方の獲物だわ」

「ふん。なら……」

 男は女性の首を掴んだ。

「おまえを壊そうか」

 男の手が、振るわれた。


 ヒュンッ


 空振り。

 掴んでいた女性の姿は無く、代わりに男の手には、人型の紙が握られていた。


『忠告したわよ。あの人柱には手を出すな』


 女の声が、闇夜に消えた。

「ちぃっ。女狐が」

 忌々しげに吐き捨て、男はその場を後にした。


 まぁいいさ……俺は好きなようにやる。

 伊達に連続殺人犯やってないさ。


 男の目に、景色は映らない。

 映るのは、狂った欲望を満たす、獲物のみ。

「待ってろよ……椿 恭弥。もうすぐおまえを、壊してやるよ」

 男の哄笑が、闇空に響き渡った。


   ―――


 流星は現在置かれている状況が理解できなかった。

 事務所の前まで来たら、近くに停まった高級車に乗せられたのだ。

 流星の現在地は後部座席。

 左隣には悠、そのまた左に朱崋。

 運転するのは、スーツ姿の見知らぬ男性。

「……悠。どこ行くんだ?」

 恐る恐る尋ねると、悠はにっこり笑った。

「私の実家」

「は? 何でまた」

「誕生日明後日でしょ、私。だから流星も連れていこうと思って」

 ……何でそこに繋がるのか解らない。

「えっと……時間かかるのか?」

「まさか。隣町の山中にあるのに」


 実家が山ん中にあるのか!?


 唖然とする流星に気付いてないのか、悠は笑顔で続ける。

「でね、恭兄、あ、下の兄貴のことね。明日練習試合あるから見に来いって。だから今日帰ることにしたの。恭兄の学校休みで、試合はお昼からだから」

「へ、へぇ……ん? 試合?」

 何のだ? と一瞬首を傾げかけたが、すぐ思い至った。

「もしかして剣道の?」

「そ。流星今日会ったでしょ。私の兄貴、椿 恭弥に」

 流星は驚きよりも、やっぱりという気持ちが濃かった。

「どーりで似てるよなー」

 シートにもたれかかった流星が呟くと、悠の表情が一瞬曇った。

 そのことを訊くより早く、悠は話題を変える。

「今日、父さんともう一人の兄貴はいないの。今家にいるのは、恭兄と門下の人達だけだよ」

「門下?」

「うちは退魔師の一族の中でも名門の一つだからね。弟子とかがいるんだよ」

 悠は話は終わりとばかりに目を逸らした。

 流星は、まだ残った質問を飲み込んだ。

 なぜ父と兄が不在なのか、なぜ母親が話題に出ないのか、なぜ兄と似てると言われて顔を曇らせたのか。

 しかし今は訊けない。

 悠は尋ねることを拒絶していた。

 顔をそむけられただけだが、流星には何となくわかった。

 拒絶する人間から無理矢理訊き出すのは、たとえ家族でも許されない。

 失礼とかそれ以前に、相手を傷付ける。流星自身、経験があるので知っていた。

 他人にできるのは、言えるようになるまで待つことだけだ。

 流星は少し迷ったが、軽く一回だけ、悠の髪を撫でた。

 悠は肩を一瞬震わせたが、それを振り払ったりはしなかった。


 悠、俺、待つから。おまえが話せるまで。


 流星は心の中で、呟いた。


   ―――


 山奥に突然現れたのは、日本家屋だった。

 鉄で補強された門の扉が開くと、日本庭園が広がり、その奥には日本式豪邸が建てられていた。

 車から降りた流星は、思わず唸る。

 山のど真ん中に家、それもこんな立派な家があるとは。

「びっくりでしょ? でも歩きだと大変なんだよ」

 流星の後から降りた悠は小さな胸を張って言った。

「この山全体に結界が張ってあるから、妖魔も入ってこれないし、安全なの。だから安心して退魔師修業ができるんだよ。ま、他の流派でもやってることだけど」

「流派?」

 流星は首を傾げた。

「退魔師は流派があって、椿家もその一つなの。各家には、姫シリーズと呼ばれる退魔武器を所有している」

「姫、シリーズ……?」

「平安初期、綺羅(キラ)と呼ばれる武器職人がおりました」

 朱崋が語りだした。

「造るものは共通して皆退魔武器。そして銘には全て姫と付いていました。全部で百〇八個あるそれらを総称して姫シリーズと呼んでいるのです。悠様の刀、『剣姫』もその一つ」

 朱崋の視線が、悠の右手に握られた刀に注がれた。

 例によって、刀は紫の布にくるまれている。

 へぇ、などと言っていると、背後から声をかけられた。

「いつまでそこで立ってるつもりだ?」

 振り返ると、悠そっくりの青年が離れた場所に立っていた。

「恭兄! 流星連れてきたよー」

「一言目がそれか」

 悠のセリフに、恭弥は微苦笑を浮かべた。

 それだけで、最初の印象が覆る。

(何だ、笑えるんだ)

 てっきり鉄仮面男だと思ってたのに、と失礼すぎることを考えていると、恭弥がこちらを向いた。

 もしかしてバレた!? と焦った流星だったが、全然違った。

「改めて、というのもおかしいが、初めまして」

 すっと差し出された手に、流星は目を瞬く。

「椿 恭弥、君と同じ十七歳だ。よろしく」

 暖かな微笑を浮かべる恭弥に流星は呆然としていたが、慌てて彼の手を握った。

「こ、こちらこそよろしく。華鳳院 流星デス……きょ、いや、えっと」

「恭弥と呼び捨てで構わない」

「えっとじゃ、恭弥」

 流星は頬をかいた。なぜか照れくさくなったのである。

「部屋に案内する。悠、おまえの部屋はそのままにしてあるよ」

 手を離した恭弥は、流星達に背を向けた。

「流星、明日と明後日は学校サボりなよ」

 悠の言葉に、流星は目を剥く。

「ハァ!? 俺再来週テストだぜ。ただでさえ理科と数学と英語がヤベェのにこの上サボれと!?」

「多いしマンガばっか読んでる奴がよく言うね。でも、その点は大丈夫だよ」

 悠はにっこり可愛い笑顔を見せた。

「流星がどれだけサボろうと成績悪かろうと留年させないよう、校長脅したから♪」


 何とんでもねーことしてんだぁぁ!!


 内心で絶叫し、遠ざかる小さな背中を見つめることしかできない流星であった。


 この時、長い悲劇の幕開けが近いことを、まだ誰も気付けないでいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ