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HUNTER  作者: 沙伊
108/137

      呼び声<下>




 海岸の端には、確かに岩場があった。花火でもしてたのだろう、途中そこら中にそれの残りが散らばっていた。

 更にその奥には、洞窟らしきものがあった。

 覗いてみると、広さはそれほど無い。夜なのに、一番奥が見えるぐらいだ。

 誰もいない――ということは、ここではないのか。岩場は先が続いていたし、もしかしたらそちらにいるのかも……

 と。

「ん!?」

 がら、という、岩の崩れる音に、流星は振り返った。

 何も無いように見えた――が。

 何かは、起きた(・・・)

「な、何だ!?」

 流星は突然のことに対処できなかった。

 地面は不安定に揺れ、地鳴りが辺りに響く。

 これは――地震か!

「う、お……」

 流星は揺れに耐えきれず、洞窟の中に倒れ込んだ。

 同時に頭上から、がらがらという、何かが落ちる音を聞き、反射的に更に奥へ転がり込む。

 岩同士がぶつかり合うどでかい音と共に、辺りが一瞬にして暗くなった。

 流星は立ち上がり、周囲を見渡す。

 何も見えない。どうやら、完全に入口が塞がってしまった。

「あー……くそっ」

 流星は悪態をついた。反響する自分の声が、妙に腹立たしい。

 とにかく脱出しなければと腰に下げた小刀に手をやった時だった。


 ひやり


 と――首元を冷気がなでた。

 流星はその場から跳びのき、先程自分が立っていた場所を見つめる。が、目が闇になれていないせいで何も見えない。


『寂しい……』


 洞窟内に声が響いた。


『私を一人にしないで……私を助けて……』


 すすり泣くような声。声がすがりつくような感覚に、流星は憐憫より恐怖の念を覚えた。

 この声に答えてはならない。本能でそう感じ取っていた。

 あの時もそうだったから。

 自分にだけ見えるモノにおびえていた時も、そうだったから。

 答えては戻れなくなると、教えられたから。

 ……教えられた?

 誰に?

 家族――ではない。悠でも――ない。

 なら、誰に?

 もしそれが自分の力を封じた人なら――

 ……他には教わらなかったか。

 他に何か教わらなかったか。

 あるいは、悠から何を教えられたか。

 今、自分は一人なのだ。

 助けなど来ない。助けなど呼べない。

 だから一人でこの場を切り抜けなければ。

 自分はもう、あの時の無力な子供ではない。

 一人の――退魔師だ。

「……よし」

 流星は小刀の柄に手をやった。抜くと、刃に宿った炎が洞窟内を照らす。

 真正面に、女が一人立っていた。

 長い髪にワンピース。華奢な手足。

 白い肌にしなやかな肢体。

 ただ、目が人のそれとは違う。

 否、そもそも目玉そのものが無い。本来眼球があるべき穴は、空洞になっていた。

 その空洞から、何かが突きだしている。あれは……何だろう。白い石でできた枝のように見えるが。あれが彼女の頭蓋を貫いているのだろうか。

 どちらにせよ、ここではない。

 流星は塞がってしまった入口に目をやった。

 封鎖されたこの空間でいつまでも『煌炎』を抜いてはいられないし、ここは破壊して――

『痛い……目が痛い……』

 女は、ゆらりと一歩踏み出した。

『助けて……目が痛いの……』

 ずる、ずる、という何かを引きずる音に、流星は視線を下にやった。

 人がいる。それは、卓人が連れ去られたと言っていた男子だろう。

 しかし、彼は動かない。ぴくりともしない。

 流星はその男子にじっと目をやり、息を飲んだ。

 男子の頭が、潰れている。

 岩場で引きずられたからなのか、先程の落盤に巻き込まれたのか、側頭部が陥没していた。こめかみなど皮膚がめくり上がり、骨が見えている。

 何より……首が奇妙な方向に折れまがっていた。

 あれはあきらかに……

「くそっ」

 流星は奥歯を噛み締め、地面を蹴った。

 女との距離を詰め、下段に構えた小刀を振り上げる。女の胸が裂け、そこから血が吹き出した。

 更に流星は女の腹を蹴り、その反動で入口のがれきのところまで移動する。

 すぅ、と息を吸い、そのがれきに裏拳を放った。


 ドガアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!


 がれきが、破裂したように大破した。岩が外へ吹っ飛ばされ、外の空気が洞窟内になだれ込む。

「……やってみるもんだな」

 勿論、流星は生身でやったわけではない。鬼童子の力を一部解放して放った裏拳だ。

 それでも、がれきを軽く粉々にするというのは予想外だった。

「気を付けて使お――て!?」

 流星は腰を掴まれたことに驚き、振り返った。

『助けてよ……私を……助けて……』

「は、離っ……」

 流星は抵抗しようと腕に力を入れかけ、ふと思い至った。

 このまま連れていかれれば、彼女の死体がある場所までたどり付けるのではないだろうか。

 ただむざむざと殺されるだけかもしれないが、行ってみる価値はある。

 悠が知ったら、怒るだろうなぁ――

 そう思いながらも、流星はされるがままになっていた。

 女が、胸から多量の血を流しながら向かうのは――海。

 浮遊感を感じながら、流星はすぐに来る衝撃にそなえて目を閉じた。


   ―――


 流星は回想する。過去の自分を。

 気味の悪い子供だと言われた。

 見えないものを見たと言い、聞こえないものを聞いたと言い、無いものをあると言う自分は、さぞかし奇異に見えただろう。

 けれど流星には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、そして無いものが存在していた。

 確かにあるものだった。

 人とそれ(・・)の違いが解らなくなるぐらいに、当たり前だった。

 けれどその当たり前は誰からも理解されなくて――家族にすら理解されなくて――

 そんな折、言われた。

「無視すればいい」

 ()は、そう言った。

 顔など覚えていない。ただ、声だけは覚えている。

 低く、優しい声だったことは、覚えている。

「返事をしなければ――あるいは領域を汚さなければ、彼ら(・・)は君に干渉できない。君は人と彼らの違いが解らないと言ったが、区別(・・)は付いているんだろう?」

 その時、自分は何と答えただろう。応とも否ともつかない返事だった気がする。

 それに対し、彼は。

「そうか……君には人間がそう見えるのか」

 私の息子と同じだな――彼は笑った。

 それは嘲笑か。

 それとも苦笑か。

「なら、教えておくが――人はそんなものじゃないよ。たまたま周りの人間がそう(・・)なだけだ。実際、君の家族は違うだろう?」

 その時頷いたのは覚えている。

 はっきりと、覚えている。

「それとな……彼ら(・・)もまた、人間だったんだよ。いや、人間じゃないのもいるかな。だが大半はそうだ。もし君が」

 その時、彼はどんな表情をしたんだろう。

 覚えていない。思い出せない。

 印象的だったのに――忘れてしまった。

「その力を使って何かをしたいなら――聞きなさい、彼らの声を」

 どういう意味なんて覚えていない。第一、とうに忘却していたことだ。

 なのに今、こんなにも心に残っているのは――退魔師になったからか。

 彼ら(・・)の声を聞くこと。

 そう言った彼の真意は、流星には解らない。


   ―――


 連れて来られたのは、海の底だった。

 とても浅瀬とは言えない、それなりに深い場所だ。

 流星は顔を歪める。そろそろ息が苦しくなってきた、というのもあるが、途中で見たもののせいでもある。

 もう一人の、連れ去られた男子を見付けたのだ。

 動かない身体を水に浮かせた状態で。

 助けられなかった。

 流星はそれだけで心が折れそうになっていた。

 悠なら助けられたかもしれない。

 本当に、俺って奴は……

『あれ……』

 女の声に、流星は我に返った。

 女の異様に細い指が、海底を差している。目をこらすと、ゆらゆらと揺れる布が目に入った。

 女に引っ張られてそれに近寄ると、それが何か解った。

 ワンピースだ。色あせ、ぼろぼろになってはいるが、彼女が着ているものと同じ――

 そして着ているのは、肉片が一切残っていない、完全な白骨死体だった。

『見付けて、ほしかった……』

 女は微笑んだ。

『目が、痛い……寂しい……』

「……」

 流星は無言で(海中なので喋れるわけが無いのだが)、遺骨の頭を見た。

 頭蓋の目のところに、珊瑚が突き出している。彼女の目から出ているものと同じものだ。

 あれは、これだったのだ。

『ここにいるのは、嫌……妹の、清のところに……』

 女の姿が薄らいでいく。流星は、掴まれていた腕が自由になったことに気が付いた。

『寂しいの……一人は嫌なの……なのに……あの人、は……』

 やがて女の姿は、海に溶けるように消えてしまった。



「ぶっは!」

 ようやく海面にたどり着き、流星は荒い息をくり返した。

 水を吸った服が重い。それ以上に、頭と身体が重かった。

 もう一度もぐらねばならないのに。

 もぐって、『彼女』を引き上げてやらねばならないのに。

「助けて、ほしかっただけなんだよな……?」

 彼女はただ、見付けてほしかっただけなのだろう。

 見付けてほしくて、男にすがった。

 どういった経緯で彼女がああなってしまったかは解らない。

 それに――彼女の願いのせいで、二人の命が消えてしまったことを忘れてはいない。

 けれど――助けなければと思ってしまう。

「……約束だからな」

 流星は自分に言い聞かせるように呟き、再び海をもぐった。


   ―――


 悠はじっと携帯を見つめていた。

 先程自分の言ったことに照れてつい切ってしまったが、少しまずかったろうか。

「ていうか、思いっきりまずいよね……」

 はぁ、とため息をつき、ソファーの背にもたれかかる。そしてまたため息。

 悩んだ末、流星が帰ってきたら謝ろうという結論に至った。

 至ったところで、立ち上がった。

 事務所を出、一階のアンティークショップの方に出る。

 店内には朱崋以外誰もいない。時間帯もあるが、元よりそれほど客が入る店ではないのだ。先程の地震の被害も無いようである。

「周りに人は」

「おりません。人払いをしたようですね」

「陰に身をひそめたいのは向こうも同じか。ふん……」

 悠が視線を向けると、朱崋は『剣姫』を差し出した。

 それを受け取り、悠は外に出る。なるほど、確かに人の気配は無い。

 悠は車すら通っていない道路に出て、口を開いた。

「出てきてくれる? わざわざ人払いをしたんだ、会う気があるんでしょ」

 返答は、無かった。ただ、反応はあった。

 人影が、現れたのだ。

 背の高い青年だった。顔立ちは平凡だが、スウェットのような白い服を着た身体はそれなりに鍛えられていて――

「……え」

 悠は目を見開いた。

 まさか、いやしかし、あの姿は……

「流星……」

 悠は呆然と、恋人の名を呼んだ。

 しかし、段々と冷静になっていき、脳がいつもの回転速度を取り戻した時、理解した。

 全て、理解した。

「……その姿で現れるなんて、いい度胸してるじゃないか」

 悠はじろりと『彼』を睨んだ。

 一方、『彼』の方は笑っている。流星が絶対浮かべないであろう嫌な笑みを浮かべている。

 それだけで、別人と判断するには充分だった。

「君はあの、偽物の『華鳳院早音(カホウインハヤネ)』だね」

「……んー? 何で解ったの?」

『彼』は首を傾げた。声は流星そのものだが、反応が妙に幼い。

「……あー、とりあえずその姿やめてくれない? その姿でその動作と喋り口調はダメージが……」

 むしろ大打撃を受けるのは、流星本人かもしれない。

「演技すればいいじゃないか。あの時みたいにね」

「疲れるから、や。でも……ふぅん。僕があの娘の偽物だって気付いたわけじゃないんだぁ。当てずっぽうなんだねぇ」

 当てずっぽう。

 確かに、それはその通りだ。悠は確たる証拠があって言ったわけではない。

 けれど――どうして気付いた(・・・・)

 顔には出していないはずなのに――

「ま、どーでもいいけどねぇ。それよりさぁ、僕と遊ばない?」

『彼』は笑みを深め、一歩踏み出した。

「君に関してはシスターが戻るまで静観するのが基本姿勢らしいんだけどさぁ、それだとつまんないんだ」

「つまらない?」

 いや、それより今、シスターが戻るまで静観と言ってなかったか?

 つまり、あの三ヶ月とは彼女がいない期間のことか――

 その間に、何とか手を打てないだろうか。あの女は、どうやら幹部の一人のようだし――

「つまらない――とは、何が?」

 悠は慎重に尋ねた。『彼』から、何か情報を引き出せないだろうか。

「ジンジャブッカクの破壊とか? 暗殺とか? いちいち地味なんだよねー」

 暗殺……ということは、今まであった人死には彼らが関わっているものもあるのか。これは大きな情報だ。

 まだ引き出せないだろうか。彼らの目的や……

「おっとと」

 と。『彼』は口元を押さえて目を細めた。

「目的なんて言わないよぉ。教えるもんか」

「何……」

 この口振りは、何だ。まるでこちらの思惑を見抜くような口調は、一体何なんだ。

 まるで思考を見通すように。

 まるで策略を見破るように。

「解んない? 解んないかぁ。まぁしょうがないかなぁ?」

『彼』は笑った。

 にやにやと。にたにたと。

 いやらしく――笑った。

「けど、解んなくていいよ。僕が解ってさえいればいいんだから」

「さっきから、何を言っている?」

 悠は眉をひそめ、刀の柄に手をやった。

「それより、来なよ。遊びに(・・・)来たんでしょ――さっきから殺気を隠そうともしないでさ」

「あははは。まぁ、そのために来たんだけどね♪」

『彼』は一歩、悠との距離を詰めた。

「シスターが欲しがってるその力、僕に見せてよ」

「私の力? 違う、おまえ達が欲しいのは、この『剣姫』だろう」

 悠は、微笑を浮かべて刀を抜いた。

「おまえこそ見せてもらおうか。使徒の力がいかほどかをね――!」

 だんっ、と地面を蹴り――

 悠は、一瞬で『彼』との距離を消した。

「っ……!」

「君が実力を見せられたらの話だけどね」

 白銀の刃が、『彼』に迫る。





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