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HUNTER  作者: 沙伊
107/137

      呼び声<中>




 翌日スポーツバックを肩にかけた流星がたどり着いたのは、都心から少し離れた海辺だった。

 平日とはいえ季節柄、人はそれなりに多い。とても霊がいるとは思えない様子だ。

 ――表面上は。

「……えっと、確かこの辺りに海の家があるんだよな」

 そこの女主人が依頼人であり、今日泊まる宿の主人でもあるらしい。

 悠の言う通り、宿の心配は無くなった――が。

「はぁ……どうやって除霊しよう」

 流星は辺りを見渡しながら嘆息した。

 妖魔狩りならともかく、除霊の仕方など解らない。経の読み方すら知らないのだ。

 ……そういえば、悠は素人が経を読むのは逆に危険なのだと言っていた。

 理由は確か、逆に霊を引き寄せることになるからだっけ――


「あれ? 流星じゃん」


 覚えのある声に、流星は振り返った。そして目を丸くする。

 なんと、昨日電話をよこしてきた卓人がいるではないか。見覚えのある男子が数人、見覚えの無い女子が数人、後ろにいる。

「なんだよー、結局おまえも来てんじゃん。でも残念。別の奴に数会わせ頼んだわ」

「いや俺、仕事っつーかバイトっつーか……とにかく別の用事で来たんだけど」

 そもそも卓人達がここに来ること自体、流星は知らなかったのだ。なので、こうして会ったのは偶然である。

 彼らは水着を着用しており、完全に遊びに来たことがうかがえた。

「けど、ちょうどいいや。海の家って、どこにある?」

「海の家? それならあそこだけど」

 卓人の指差す先には、少し古い感じの小屋があった。人の出入りを見るに、それなりに繁盛しているらしい。

 一軒しか無いのだから、当たり前と言えば当たり前だが。

 流星は卓人に礼を言った後、海の家に向かった。

 入口を覗くと、席のほとんどが埋まっている。少し空腹だった流星は空いた席に座った。

 店内を見渡してみるが、依頼人らしき女性は見当たらない。宿の方にいるのだろうか。

「あの、すみません」

 近くの給仕の青年に声をかけると、青年は営業用らしい笑顔で近付いてきた。

「お決まりになりましたか?」

「えっと……焼きそばとコーラで」

「はい」

「それから、ちょっと訊きたいことが」

 流星は若干声を低めた。

「ここの店主、どこにいますか? 俺、その人に会いに来たんです」

 少しストレート過ぎたかな、と、後悔した。当然男性はいぶかしげな顔をしている。

「店長なら、辺り散歩してると思いますよ」

「そうですか……」

 流星がありがとうございます、と言うと、男性は不思議そうな顔付きをしたまま店の奥に行ってしまった。

 流星は机にひじを置き、店主が戻ってくるまで待とうかと思った。

 どちらにせよ、依頼人である店主が戻ってくるまで動けないのだから。



『助けて』

 焼きそばを食べながらうとうととしていた流星は、助けを呼ぶ声に見開いた。

 妙な声だ。まるでノイズがかったような、壊れたラジオから流れてくるような声。

 流星は近くに誰か――もしくは何かがいるのかと辺りを見渡した。

 と――

「おい、誰かおぼれてるぞ!」

 誰かが、海の家の外で叫んだ。

 ざわり、と空気が揺れる。流星もまた、立ち上がり、外を覗いた。

 確かに、沖の方で水しぶきが上がっている。人の姿は見えないが、おそらく水で隠れているのだろう。

 ライフセイバーらしき男がその水しぶきに向かっているので、多分大丈夫だ――


『一人は嫌……』


 流星はぎくり、と身体を震わせた。

 またこの声……いや、それより、今の声が聞こえた時、水しぶきが黒くなったような――

「っ、まさか!?」

 流星は海の家を飛び出し、海辺まで駆け寄る。案の定(・・・)、ライフセイバーも海の中に沈んだ。

 周りから悲鳴まがいの声が上がるのを聞きながら、流星は海に飛び込んだ。

 水の吸った服が重くなるが、泳げないほどではない。

 学校の着衣水泳、真剣にやっててよかった――などと思いつつ、まずは水しぶきの方へ向かう。

 近くで見ると、確かに若い男が今にも沈みそうになっていた。

「大丈夫ですか!?」

 流星が声をかけるて腕を掴むと、男は涙目ですがりついてきた。

 それはいいのだが、暴れるせいでこちらがうまく浮けなくなってしまう。

 流星はどうしようか思案した末、男に気絶してもらうことにした。

「すみま――せん!」

 みぞうちに拳を打ち付けると、男の身体から力が抜ける。それと同時に、その身体が沈んだ。

 もの凄い力で引っ張られるような水没に、流星も巻き込まれてしまう。

 流星が海水の中で目を開けると、海中でも際立つほど白い手が男の足を掴んでいるのを見た。

 しかし、見えるのは手だけだ。他の身体の部位は見えない。

 ただ、もう片方の手が何を掴んでいるかは解った。

 さっきのライフセイバーだ。同じように足を掴まれている。

 こちらはまだ冷静だ。手を外そうともがいている。

 しかし、息もそう長くは続かないだろう。それは流星にも言えることだ。

煌炎(コウエン)』を持ってくればよかった、と、内心で呻きつつ、流星は気絶した男の足を掴む手に近付いた。

 どうにかして手を外そうとして、その細い手首を掴んだ時だった。


『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 脳内に、頭が割れるほどの大絶叫が響いた。流星は思わず手を離し、頭を押さえる。

 同時に、男と一緒に身体が浮上した。

「ぶはっ」

 海面から顔がでたところで空気を吸い込む。一緒に海水まで喉に入ってしまい、げほげほとせき込んだ。

「き、君、げほっ……大丈夫か!?」

 振り返ると、先程のライフセイバーが同じくせき込みながらも近寄ってきた。

「そっちの人は……」

「気絶してるだけですよ。息もしてるし」

 実際には、気絶させたのだが。

「そ、そうか……それより早く砂浜へ」

 ライフセイバーが男を抱え、泳ぎ出した。流星もそれに続く。

「それにしても……君は一体何をしたんだ?」

「え?」

「君が触れたとたん、あの手は消えたじゃないか」

「……えーと」

 流星は口ごもった。

 どうしても何も、流星自身なぜあの手が退いたかなど解らないのだから、説明しようが無い。

 鬼童子だから? しかし、流星はあの時その能力(ちから)を使わなかった。

 あとは――理由として考えらるのなら――

「……あ」

 流星は自分の右手首を見た。正確には、手首にはまった数珠を。

 悠からもらった、この赤い数珠。のちに、鬼童子の力を抑えるためのものだと聞かされた。

 これをはめた手で触れたおかげであの手が消えたのだとしたら――

「……まさかなぁ」

 流星は呟きながら砂浜に立った。

 ざわざわと騒がしくなる浜辺。流星はそれより、ぬれてしまったことが気になった。

「うっわ……全部びしょぬれだし。最悪」

 八割九割がた自分のせいとはいえ、気分が落ち込む。

 と。

「……あの」

 そう、声をかけられた。

 振り返ると、六十は過ぎているだろう女性が、少し離れたところで立っていた。

 立ち姿がすっきりした、若い頃は相当の美人だったろうと思わせる老婆だ。

「……? 何スか?」

 流星はシャツをしぼりながら首を傾げた。夏だからよかったものの、そうでなかったら風邪をひいていたかもしれない。

「貴方は……もしかして退魔師ですか?」

 老婆の質問に、流星は目を瞬いた。


   ―――


『確かに、それは数珠の力だよ』

 電話越しに、悠は頷いたようだった。

 夜。流星は悠の予約してくれていた民宿にいた。

 ぬれた服は着替え、今はTシャツとジャージを着用している。

 携帯を持ち直しながら、流星は畳の上に腰を下ろした。

 通された部屋は、質素な和室だった。

 少し古くさいが別に文句は無い。長期に渡って滞在するわけではないのだから。

 現在は、悠に現状報告中だ。

『流星の数珠、瑪瑙(めのう)っていう石で作られててね、その石自体が退魔の力を持ってるんだ。特にそれは、ちょっと特殊でね』

「特殊?」

『瑪瑙は本来、赤褐色や白のしま模様なんだけど、それ(・・)は純粋な赤でしょ? 模様も、目をこらさないと見えないし』

 言われ、流星は携帯を左手に持ち替えて数珠を見た。

 確かに、悠の言う通りだ。

『真意はさだかじゃないけど、父さんが鬼童子として生まれてしまった者のために使いなさいって、生前私に託したんだよ』

「この数珠をか?」

『正確には、元となる石をね』

 悠はくすり、と笑った。耳元で悠の笑い声を聞き、流星は背筋がぞくりとする。

『これは私の予想なんだけど、多分流星の力を封じたの、父さんだと思う』

「……は?」

『鬼童子の力は、力の強い術師でなければ封じられない。私が思うに、流星のことを知っていたからこそ、その赤い瑪瑙を私に託したんじゃないかな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 流星は携帯を持ち直した。

「何で悠の親父と俺が関わってくるんだよ! 意味解んねぇよっ」

『そうすると、色々辻褄が合うんだ』

 気のせいか、悠の声は少しはずんでいるように思えた。

『瑪瑙を託されたことも、父さんが流星のことを知っている風だったのも』

「え?」

『流星のことを話した時、父さんの反応がおかしかったんだ。瑪瑙を託したのも、その後だしね』

「……本当か?」

『真偽のほどは……父さんが死んだ今では確かめようが無いよ。でも、私はそう信じたいな』

 どういう心の内で、悠はそう言ったんだろうか。

 確かめようとしたが、なぜか通話を切られてしまった。

「……何で?」

 もう少し話してもいいのではないか。

 頬をかきつつも、数珠を見つめる。

 もし悠の言う通りなら――本当に悠の父親が救ってくれたのなら――

「感謝、しなきゃな」

 流星は唇をゆるめ、立ち上がった。


   ―――


「最初にあの幽霊が目撃されたのは、五十年前でした」

 海の家と民宿の主である佐田清(サダキヨ)は話し始めた。

 民宿にある、彼女の部屋。生活スペースと言うにはいささか狭いその部屋を、流星は話を聞くために訪ねていた。

 彼女はよく似合う着物に着替えており、その姿は洋服姿より若々しく見えた。

「遠目から、女性らしき人影を見たというだけだったんです。それが、十年たってはっきり姿を見る人が出てきたんです。更に十年たって、声を聞く人が現れました。いずれも男性です」

「目撃者も声を聞いた人も、全員男……」

 そういえば、悠も男の前にしか姿を現さないと言っていた。しかし、一体どうして……

「その霊に触れられたという人が出てきたのは十年前です。今回、とうとう引っ張られる人が出てきてしまった……」

 清はうなだれた。

「このままでは死人が出かねません。どうか、その前に……」

「は、はぁ。ところで、その幽霊に心当たりはありませんか? 例えばこの辺りで死――亡くなった人。特に女性で」

「いるのは……いますが」

 清は口ごもった。どうしたのかと見守っていると、意を決したように顔を上げる。

「五十年前に失踪した――私の姉です」

「あね、姉って……お姉さん、いたんですか?」

「ええ……五十年前から行方知れずで、どこにいるかも解らなくて……でも、死んでしまったと考えたら……」

 清の言葉が切れた。唇がわなわなと震え、目線は揺れている。

「姉は……奔放な人、でしたから。だから、てっきり男の人と出ていったと思ったんですけど……」

「清さん」

「お願いです」

 清が手を掴んできた。

「こんなこと、お願いするべきではないのかもしれませんが……もし姉なら、遺体を見付けて、私の元に連れてきてくれませんか?」

「……」

 その時、流星は気付いた。

 亡くなったかもしれない、遺体を見付けてほしいと言いながら、彼女は信じていないのだ。

 姉の死を、信じたくないのだ。

「お願いします、どうか……」

 清の手に力がこもった。細い肩は、小刻みに震えている。

 そんな彼女の願いを拒否するすべを、流星は持っていなかった。


   ―――


「あーあ」

 流星は部屋に戻る途中で、四度目のため息をついた。

 どうして引き受けてしまったんだろう。死体探しなど、あきらかに退魔師の仕事ではないではないか。

 退魔師の仕事は妖魔を狩ること。それ以上でもそれ以下でもない――悠に言われたことだ。

「でも、警察に頼むわけにはいかないしなー」 霊がいたのでこの辺りに死体が無いか確かめてください、などと言ったって、絶対に信じないだろう。

 上層部の方はどうか知らないが――

「……ん?」

 と。流星は廊下の先が騒がしいことに気が付いた。

 騒いでいるのは――卓人達か?

「おい、どうしたんだ?」

 声をかけると、卓人が振り返った。あせった顔は青ざめている。

「流星、さ、さっき海岸で幽霊が……」

「え……!」

「そ、それで、それで、二人……連れてかれて……」

 卓人は混乱しているのか、早口でまくし立てる。それでも何とか聞き取った情報と人数を照らし合わせてみた。

 ……男子が二人、足りない。

「その二人、どこに連れていかれた!?」

「え……海岸の先にある、岩場に。お、女の幽霊で……」

 みなまで聞いていなかった。流星は途中から走り出していた。

 今すぐ『煌炎』を取ってこなければ。手遅れにならないうちに――!





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