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HUNTER  作者: 沙伊
105/137

      母校<下>




 姫は疑問に思った。

 それは大半は刀弥のことであり、その中で最たるものは――


「五年前、彼に何があったの?」


 姫の質問に、一は目を瞬いていた。

 夜の校舎。何を言ったかは知らないが、刀弥が警察を説き伏せ、校舎内の出入りを可能にしたのだ。とはいえ、事件発生から1日たってはいるのだが。

 しかしだからといって夜に来なくてもという話だが、刀弥が夜でなければ意味が無いということで二人を呼び出したのだ。

 一体どうして自分達が呼び出されたのか。今のところそれは解らない。

 とりあえず刀弥が来るまで暇なので、一を質問責めにすることにした。刀弥のことをもっと知りたい、という強い思いもあるが。

「五年前ってーと、あー……」

 一は言いよどんだ。やはり、何かあるのだ。あの刑事の言葉通り、五年前の事件と椿刀弥は関係がある。

「……宮先生は五年前の事件のこと、どこまで知ってます?」

「え……と。確か夜遅くまで残ってた女子生徒が、何者かに殺されたのよね。犯人はまだ捕まってないって」

「その殺された娘」

 一の顔が歪んだ。


「刀弥の彼女だったんです」


 最初、一が言ったことがよく解らなかった。じわじわと理解する内に、それがどういうことか気付いて愕然とする。

「ちょっと待って……第一発見者って、彼よね? 椿さん……だって、刑事さんが」

「ええ。だから、あいつは彼女の死体を発見した(・・・・・・・・・・)ことになる」

「……」

 姫はあまりのことに絶句した。

 付き合っている少女を死体として発見する。その時の刀弥の心境は、想像を絶する。それこそ、何も言えない状況だろう。

「刀弥、あの顔だから凄ぇモテたんです。すぐ彼女できるんですけどすぐ別れるんです。そういう付き合いはドライなんス。だから、彼女の方がだんだん嫌になっていくんでしょうね」

「……来る者拒まず去る者追わず、てことかしら」

「まぁ、そんなとこ。でも、その娘とはけっこー長く続いてたんです。けど、あんなことに……」

「……警察は、彼を疑ったのかしら?」

 恐る恐る尋ねると、一は最初は、と肩をすくめた。

「けど、すぐ晴れましたよ。校門で彼女を待つ刀弥を目撃した人、割といたから」

 でも、と一はため息をついた。

「それ以来、あいつは彼女を作らなくなったんです。その時、弟が病弱で一緒に住めなかったらしいし、妹とも何か問題あったらしいし、精神的に限界が来たのか、しばらく学校も来なかったし」

「弟さんと妹さんがいるの……」

 姫はぼそりと呟いた。

 思った以上に問題を抱えていたらしい。ここまで(・・・・)とは、さすがに思っていなかった。

 見た目に惹かれて、彼をよく知りたくて質問して、とんでもないことを知ってしまった。

 けれど、何だろう。同情よりむしろ――


「あいつのこと、好きになった?」


 姫は我に返った。

 一を見上げ、驚きで口をぱくぱくと動かす。

「い、いきなり何……」

「一目惚れって、よくある話ですから。あいつは特に、それされるの多かったし」

 一はぶつぶつと、低い声で囁いてきた。その冷気を帯びた声に、姫は凍り付く。

 身体も頭も。呼吸さえも。

 全て、固まった。

「あ……!?」

「本当にあいつは凄いですよね。何であんなに凄いんだろ。おまけに影があって、そのせいで女に同情される。どんだけ女にモテりゃ気が済むんだが」

 静かに、けれど憎々しげに、一は言葉をつむぐ。

「昔からそうだ。何でもできて、何でも持ってて。傍にいる俺の身にもなれよなあの馬鹿。ふざけるなよな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな」

「え……あ゛……?」

 姫は動けなかった。ぴくりともできなかた。

 延々と憎悪を込めた言葉を吐き続ける一。

 彼は気付いているのだろうか。自分の口から、煙のようなものが吹き出ていることに。それが姫を縛り付けていることに――!

 まるで紐のように姫の身体を縛り付け、呼吸すら不可能にしていた。叫びたいが、息が吸えなければ大声も出せない。

 更に。


 ずっ、ずっ、ずっ、ずっ……


 何かを引きずるような音が聞こえてきた。

「っ……」

 姫は目を見開く。

 廊下の奥から、何かがやってくるのが見えたのだ。

 床を這うようにして、黒い影が姫と一に近付いてきた。二つの小さな光だけが闇の中で輝いていて、不気味さを通り越して恐怖を覚える。

 姫は視線を動かせないまま、その影を見つめることしかできなかった。そして、それが人影であることに気付く。

 その人影の全貌をようやく確認し、姫は文字通り声にならない悲鳴を上げた。

 その人影は、なんと下半身が無いのだ!

 長い髪を振り乱し、細い腕で身体を引きずる。腹ばいになっているが――下腹から下が無い! 制服の下から伸びているはずの下肢が見当たらない――

 まさか、あれが霊? 刀弥さんの彼女だった――


 ゴォッ


 突然だった。

 突風が姫と一との間に割って入った。

 突風は一の口から放たれた煙を断ち切り、姫を解放する。姫は座り込み、せき込んだ。

 何なんだ、今のは。そもそも校舎の中でなぜ風が――


「やっぱりな」


 と。聞き覚えのある声に、姫は顔を上げた。

 すらりとした背中に、くせのある黒髪。後ろ姿だが、間違い無い。

「刀弥、さん……?」

 姫がかすれた声を上げると、彼は顔だけをこちらに向け、切れ長の瞳を細めた。

「怪我無いですか?」

「は、はい。あの、でも……」

「話は後に」

 刀弥は顔を一に戻した。右斜めを向いていた身体を正面に向け、一と全身で向かい合うようにする。

 そこで姫は気付いた。彼の右腕が、何かに覆われていることに。

 鎧のような、硬質なものだ。黒光りするそれは、刀弥の片腕を一回り大きく見せている。

「よう、一」

 刀弥は気さくな調子で左手を上げた。

「おまえがやったんだな、全て」

「……」

「だんまりかよ」

 刀弥はため息をついた。後ろからでは、彼がどんな表情をしているかは解らない。

「まぁいい。俺は勝手に推理を話させてもらう。その前に」

 刀弥はとうとう足元まで来た霊を、右腕で抑え込んだ。

「おまえの産んだ幻像(・・)、狩らせてもらうぞ」

 言下と共に、右の手の平が突然巨大化した。大人一人隠れてしまいそうなほど巨大な手は、霊をたやすく握り潰す。

 ぐちゃり、と、肉の潰れる嫌な音に、姫は思わず口元を覆った。

 だが、なぜかその手から血はしたたったりはしなかった。どころか、開いた手には霊の身体そのものが無かった。

「ど、どういうこと?」

「幻ですよ」

 刀弥は鎧の腕を引いた。

「今のは霊でも何でもありません。ただの幻です」

 こいつの創り出したね――刀弥はそう言って肩をすくめた。

「下半身の無い霊の噂を流したの、おまえだろ――一」

「……」

「噂が広まったのはおまえの実習期間中。いなくなった二人は実習の時受け持った生徒。そもそもな、五年前の事件を元にした怪談が今頃はやること自体おかしな話だ。俺達の時から噂されてたんならともかくな」

 刀弥に睨まれでもしたのか、一はたじろいだ。

 刀弥の『推理』は、なおも続く。

「調べたら、噂の発信源はおまえだったよ。自分の在学中にはやった噂だと言ってな。物珍しかったんだろうな。そして、その噂を使って幻を創り出した」

「……」

「動機や、これを使った理由は解らないが、いなくなった二人を殺したのはおまえだな」

「……はぁ」

 一はため息をついた。疲れたような、あきらめたような表情だ。

「本当は……おまえを殺すつもりだったんだよ」

「……」

「動機? ただの予行練習だ。理由? おまえを追い詰めるためだよ」

 一は少しだけ後ろに下がった。

「下半身を無しにしたのはただショックを与えるためだったんだがな……おまえ、全く動じないな。いや、それよりも、いつから気付いた?」

「疑問に思ったのは、おまえから噂を聞かされた時だ」

 刀弥は肩をすくめた。どうってことない、とでも言うように。

「俺が当時のことを話した時、おまえ知ってるっつったよな。あの時俺は一人で(・・・)いたし、おまえは帰ってた(・・・・)はずだ。警察も死体の状態を公開してないし、俺はおまえにそのことを話していない」

「……あー」

 しまった、という顔をする一。姫は何が何だか解らなかったが、刀弥の次の言葉に全身の血の気が引いた気がした。

「五年前、あいつを殺したのはおまえだな」

 五年前。

 五年前に死んだ人間と言えば、一人しかいない。

 刀弥さんの、彼女だった人――

「……相変わらずの洞察力、恐れ入る」

 一は憎々しげな笑みを浮かべた。

「っとに、うらやましい」

「……嫉妬か?」

「あぁ、嫉妬だよ」

 隠す気は無いのだろう、低い声には、どす黒い感情が込められているように思えた。

「俺はおまえがうらやましかった。ねたましかった。おまえは誰もが欲しがるものを全部持ってる! 最初はこんな奴が親友だったらと思って近付いたが、すぐ後悔したよ」

「だったら、離れればよかったろう」

 刀弥はあっさりと言い放った。

 来る者拒まず、去る者追わず。

 その精神は、どうやら友人関係にも表れているようだった。

「おまえといると、色々都合よかったんだよ」

「打算的な友情だな」

 刀弥は再びため息をついた。あきれたのだろうか。

「けど、その内耐えられなくなってな……おまえがあいつと付き合い出してからだ。すぐ別れると思ったら、長く続いたし……」

「何それ……」

 姫は思わず声を上げた。

「そんなの、ただの逆恨みじゃない。椿さんは何も関係無いじゃない!」

「黙れ! あんたに何が解んだ!? 俺の気持ちが、あんたに一部も解るわけないだろう!!」

「理解されようともしねぇ奴の気持ちなんざ、誰も解らねぇよ」

 刀弥が低い声で唸った。

「おまえの性根を見抜けなかったのは、俺の目が曇っていたからだろうが――おまえが理解されることを放棄したのも要因だろうぜ」

「何……」

「どうせ解らない、おまえに何が解る。んな言葉吐くのは、理解される努力してからにしろ」

 刀弥は空いた間を詰めるようにして一に向かって疾走した。

 そのまま一に殴りかかるのかと思いきや、刀弥は彼の横を通り過ぎる。

 刀弥の目的は、どうやら違うもののようだ。

 一の背後に回り込んだ刀弥は、その場の床に鎧腕の拳を叩き込んだ。

 離れた場所にいるはずの姫にまでその拳の衝撃が伝わり、近くにいた一など倒れてしまう。

 倒れた一の後ろを確認しようと立ち上がった姫は、短い悲鳴を上げた。

 刀弥が殴ったもの――それは、下半身の無い少女(・・・・・・・・)だった。

「妖魔は人の闇から生まれる。噂話も、また人の闇」

 刀弥は、背中の潰れた少女から拳を離した。

「昨日の教師は、多分こいつに殺されたんだろうな。俺のことをうさんくさく思ってたんだろう。だから学校に来て――こいつに襲われた」

 刀弥は一歩後ろに下がった。伸ばされた少女の手をつれなくかわし、再び鎧の腕を振り上げる。

「おまえは幻を創り出したかっただけなんだろうが、普通はそれだけじゃとどまんねぇんだよ。だから不用意に噂話を流すんじゃねぇよ」


 ザンッ


 鎧の腕の爪が、霊の身体を引き裂いた。

「一つ間違えば、こんなものを生み出しちまうからな」


   ―――


「結局……あれはなんだったんですか?」

 校舎を出てすぐ、姫はそう尋ねてきた。

「噂が具現化したものですよ」

 煙管に火をつけた刀弥は微笑を浮かべた。

「恐ろしい噂を聞く時の人間の反応は人それぞれですが――大概は興味と好奇を抱く。そして、そんな感情を抱く人間は、大抵本当にあったら面白いのにと思います」

「そんな感情が、あんなものを生み出したっていうんですか?」

 姫は信じられない、というように呟いた。

「そんなことが……」

「一の奴は、幻を造り出そうとしたみたいですけど……それでとどまるなら、退魔師なんて必要ありませんから」

「……よかったんですか?」

 姫の言葉に、刀弥は煙管を吸いながら首を傾げる。質問の意図がよく解らない。

「逃がしてしまって」

「あ。あー……かまいませんよ、別に」

 刀弥は一のことだと得心がいき、頷きながら苦笑した。

 一は逃げた。刀弥が妖魔を狩るのを見、自分もそうなると思ったのか、制止する間も無く走り去ってしまったのである。

「俺の仕事は妖魔を狩ること。犯罪者を裁くことは専門外だ」

「でも、彼は貴方の彼女を――」

「仇討ちに走ったら、弟と妹にどやされますよ」

 刀弥は煙管を加えたまま頬をかいた。

「思うところが無いでもありませんが、その辺りは警察に任せますよ」

「……そう、ですか」

 姫はうつむいた。

 刀弥は少しだけ悩む。

 彼女には、今日のできごとはショッキング過ぎたかもしれない。彼女をおとりに使っていたところもあるし、ここは記憶を操作して――

「あのっ」

 と。姫ががばっ、と顔を上げた。刀弥は思わず後ずさる。

「今度、また会えますか!?」

「え?」

「仕事とか、そういうの関係無くて――ていうか」

 姫は、刀弥のほとんど動かない右腕を掴んだ。

「私と! 付き合ってください!!」

 来る者拒まず、の刀弥だが、この時ばかりは――彼でなくともそうだろうが――二つ返事ができなかった。

 ただ、鈍い反応をしただけである。

「……は?」


   ―――


 逃げていた男を、エドワードは追いつめていた。

「せっかく協力したのに、椿刀弥は殺せずじまいですか」

 情けない――そう呟くと、男は一気にまくしたてた。

「しかたがないだろ!? あ、あんな力を持っているなんて聞いてないぞ!」

「それに対抗するために、言霊、でしたっけ? それを使った呪いを教えたんでしょう。次点として、銃も貸し出しました。死体もこちらで処理しましたね」

「む、無理だ、俺には……それに、あんな化物出てくるなんて聞いてない……!」

「……何てことでしょうか」

 エドワードはため息をついて手袋を脱いだ。

「全くもう……情けない。こちらがこれだけ協力したのに、なんて情けない」


 ビキッ


 空気が凍り付く音が響いた。

「どちらにせよ消さねばならない存在ではありましたが、こんな報告を受けて消したくはありませんでしたね」

 エドワードの手は、氷に覆われていた。

 手刀に構えた手に合わせた形の、鋭い先端を持った氷だ。厚さもあるため、硬度はかなりのものだろう。

 凶器となった手を、エドワードはためらい無く男の腹に突き刺した。

 ぐっ、と詰まる男の呼吸。深く刺さったのを確認すると、エドワードは手を引き抜いた。

 崩れ倒れる男を見、エドワードはため息をつく。

 深く深く――ため息をつく。

「……終わりましたよ、クラウディオ。行きましょう」

 エドワードがそう声をかけると、クラウディオは閉じていた目を半眼にし、胸の前で組んでいた腕を解いた。

「……その殺し方は好かん」

「そう言われましてもねぇ。溺死させるわけにはいかないでしょう。彼と僕らは無関係(・・・)なんですから」

 彼らに気付かれるわけにはいきませんからね――そう言うエドワードの手は、凍っていない。濡れてすらいない。先程まで氷で覆われていたのが嘘のようだ。

 代わりのように、手の甲に十字型の傷跡が刻まれていた。

 それを隠すように手袋をはめ、エドワードはクラウディオを見つめた。

「仲間が一人、死んだそうですね」

「……先に神の元に行っただけだ。哀しむことは無いだろう」

「それは……そうなんでしょうけど」

 エドワードは、胸中に複雑な思いを抱かずにいられない。

 何か大きなことを成すためには、犠牲は付きものだということは解っている。

 しかし――最後の時(・・・・)となるまでに、一体どれだけの犠牲を出すことになるのだろう。

 そう思うのは、この状況にうんざりしているからなのか。

 それとも――非情になりきれないからなのか。

 ……いや。ただの気の迷いだ。気にすることは無い。

「……帰りましょうか」

 そう言うと同時に、エドワードは歩き出した。クラウディオも、その後についていく。

「しかし……どうやら椿刀弥を潰すには、直接的では無理のようですね。となると――」

 これからのことを考えようとするのは、現状整理のためか現実逃避のためか。

 それは、エドワード自身には、解らなかった。





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