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HUNTER  作者: 沙伊
101/137

      望まれぬ人<中>




 悠は屋上まで一息で駆け上がり、鉄製の扉を勢いよく開けた。

 そして男女の二人組を確認し、眉をひそめる。

 女は西洋人、男は東洋人――いや、日本人のようだ。どちらもそろいの黒いコートを着ている。

「てっきり、逃げたかと思ったけど」

 悠は小刀を構えながら首を傾げた。

「待ち構えてるとはね。鉢合わせになるかもしれないとは考えていたけど」

「逃げる必要を、私達は持たないわ」

 女の方が口を開いた。

「貴女を待っていたのよ」

「……やっぱり私のことを知っているか。それに――巧妙に隠しているけど、妖気を感じるね」

「……」

 女は笑みを深めた。同時に妖気も強まる。

妖偽教団(ヨウギキョウダン)の残党か」

「違うわ。所属していたことは確かだけれどね」

 女は目を細め、悠を見つめた。

「我々は使徒。崇高なる目的のため動く者達よ」

「……さっきの狙撃もその一環?」

 悠は女の後ろにいる、銃を抱えた男に目をやった。

 黒いコートは使徒とやらの服装なのか。今は夏にも関わらず、随分暑苦しい。

 黒いコート――まるで死神の装束のようだ。

 悠はそう重いながら、女の方に視線を戻した。

「どうなの」

「――彼女達は候補生だったのよ。でも、使えなかったわ。力があったからいけると思ったんだけど……駄目ね、日本の子供は」

 女はやれやれとばかりに首を振った。

「なまぬるいわ。知らないのよ、覚悟と――絶望というものを。平和に侵されて腐蝕した箱庭に生きている人間は、我々の邪魔になるだけだわ」

「……まぁ、前半は賛同するよ」

 悠は小刀の柄頭で頭をかいた。

「日本は同じ平和な国の中でも危機管理能力が極端に低い。楽観主義かつ理想主義。自分に災厄は降りかからないと思っている。同じ日本人として、吐き気がするよ」

「あらあら……」

「もっと吐き気がするのは」

 悠は小刀の切っ先を男女に向けた。

「おまえ達のような、腐るぐらいの平和に波風を立てる奴らだよ」

「……」

「人を殺した人間に崇高も何もあるものか。犠牲が必要だから――とか言うなら、私は怒るよ」

「犠牲が出るのは哀しいかしら」

「まさか。ただ、大量虐殺の上でなり立つ目的なんて、虚しいと思ってるだけだ」

 悠は不快さを隠さずに吐き捨てた。

「私が怒りたいのは、経過と手段だよ。妖魔の力を得て目的を達成したって、その先が見えてるじゃないか。話にならないね」

「……ふ」

 女の笑みが深まった。

 なぜこんな場面で笑みを浮かべるのか、全く解らない。

「やっぱり思った通り(・・・・・)だわ。それが世界と人間にも向けば最高なんだけど――それは高望みというものね」

「……? 何を言っている」

「今は解らなくていいわ。そう、そうね。三ヶ月はどうかしら」

「何が」

「貴女の返事よ」

 女は目を細めた。

「しばらく私は日本(ここ)から離れるの。その間、じっくり考えておいてちょうだい」

「……まさか仲間になれって?」

「そう」

「断る」

 悠はきっぱり言い放った。

「敵とみなした奴の味方なんて、誰がするか」

「どちらでもかまわないわ。ただ、考えてちょうだい。私達の目的を」

 女は綺麗に微笑み。


 とぷん


 屋上の床に沈んだ。

 正確には、自身の影に。

「なっ!」

またね(・・・)椿(ツバキ)悠」

 驚いている間に、女の姿は影に飲まれ、消えた。屋上に残ったのは、悠と男のみ。

「……やっぱり面倒なことになったわ」

 男がけだるそうにため息をついた。

 悠はその男の方を見、そこで気付く。男の肌には、鱗のように硬そうな黒い羽根が生えていることに。

 なるほど――妖鳥の半妖か。

「気ぃ付けや、おまえ。シスターは選ぶ権利あるみたいなこと言ってたけど、実際はどんな手使ってもおまえを仲間にしたいはずやから」

「……関西弁? それに、シスターって」

「俺は大阪出身や。それと、シスターってのはあの人の呼び名。……あぁ、話すのもめんどくせぇなぁ」

 男は再びため息をつくと、両手を広げた。

「飛ぶのもめんどくせぇ」

 はばたくような動きと共に、男の身体が浮き上がった。

「……まんま鳥人間だね」

 悠の呟きに反応したわけではないだろうが男は「そうだ」と、何かを思い出したように見下ろした。

「俺の親父に伝えといてくれ。迷惑かけてすまんって」

「……は?」

 親父って……誰だ。

 自分の知り合いだろうか――いや、待て。この関西弁は、もしかして。

「じゃぁな」

 男はそのまま、腕をはばたかせて飛び去ってしまった。しかし――なかなかシュールな図だ。

 追いかけようか迷ったが、どうせ攻撃は避けられるだろうし、第一飛び道具など持っていない。

剣姫(ツルギヒメ)』を持っていたら話は別だろうが――

 と。


「椿!」


 どたどたという足音が聞こえてきたと思うと、扉が開いて次郎が現れた。

「やぁ、高野(タカノ)刑事。一人?」

「まぁな。……狙撃犯はどうした?」

「逃げたよ。妖魔だった」

 悠は太もものホルダーに小刀を収めた。

「妖鳥と……多分、影法師。二人組の男女だよ。片方は西洋人だった」

「解った。後でモンタージュを作るから警察に来てくれ」

「勿論だよ」

「それから――非常に言いにくいんだが……」

 次郎は言葉を濁し、表情を苦々しいものに変えた。

華凰院早音(カホウインハヤネ)が、遺体で発見された。死亡時刻は――一昨日から昨日にかけてだ」


   ―――


『華凰院早音』がその路地裏に来た時には、女――シスターはすでにその場所にたたずんでいた。

「あら、遅かったわね」

「すぐ来れるわけないじゃん。警察わんさかいたんだからさぁ」

「そのかっこで動こうとするからやろ」

 と。半妖鳥のような男が彼女(・・)の隣に降り立った。

「その仮面(・・)は色んな姿に変えられんねんから、近く通った通行人にでも化ければいいやろが」

「あ、そっか」

 ぽんと手を打つ彼女(・・)に、男は「面倒な奴」と呟いた。

「今回はいいけど、他のことでうっかりはやめてちょうだいね」

 シスターは微笑をたたえながら言った。

「しばらく私はここを離れるんだし、フォローできないのよ」

「確か――『あの方々』に呼ばれたんでしたっけ?」

 男の言葉に、シスターは頷く。

「そう。報告のためにね。あと、他の指揮も少し」

「大変やなぁ。いやほんと、俺下っ端でよかったわ」

「下っ端ね……まぁいいわ。ところで」

 シスターは彼女(・・)に向き直った。

「椿悠の様子はどうだった?」

「……それがぁ」

 彼女(・・)は頭をかいて苦笑いした。

「あの娘、僕の正体に気付いちゃったんだよねぇ。さすがに僕が偽物(・・)だってことは気付かなかったみたいだけどぉ」

「……へぇ」

 シスターは笑みを深めた。

「さすがね――いえ当然と言うべきかしら。フレッド(・・・・)の正体に感付くなんて……死体もそろそろ見付かる頃合いでしょうし、貴方の正体にも気付くんじゃないかしら」

「いやいやいや」

 彼女(・・)は笑いながら己の顔に触れた。

 その顔が――外れる(・・・)

 まるで仮面を外すように。

 否――実際その『顔』は、仮面だった。

 肌の質感は消え、その代わりに黒い、大理石のような仮面が姿を現す。

 人の形をした、しかし目も口も開いていない、不気味な仮面だった。

「まさか僕達がこれを所有してるなんて、だぁれも思わないさ」

 その下から現れたのは、男にも女にも見える、金髪の子供だった。十歳ほどの背丈で、口調は少年のようだ。少しぶかぶかになったワンピースのような制服が、よく似合っている。

 性別を超越したような愛らしさ――と言うより、性別を失ったかのような気味悪さを感じる容貌だった。

「本来僕達のような存在(・・・・・・・・)を狩るためのものなんだもん。退魔武器だっけ」

「そうよ。銘は……何だったかしら」

 シスターに視線を向けられ、男はしぶしぶという(てい)で口を開いた。

「……『面模姫(メンモヒメ)』や。平安初期に創られた退魔武器」

「時期なんてどうでもいーよ」

 子供は長めの髪を指に巻き付けた。

「よーはここにあることが重要なんでしょ。そして僕が使えることでしょ」

「……」

 男は黙り込んだ。その面の危険性を知っているだけに、それを素直に肯定できないのだ。

 しかし、シスターの方はそうでもないらしい。

「その通りよ。私がいない間、諜報面は任せられそうね」

 シスターはそっと子供の頭を撫で、背を向けた。

「それじゃ、後のことは任せたわよ」

 シスターの足が、建物の影に沈んだ。そのままずぶずぶ飲まれていき、その姿は消えてしまう。

「……任せた、ねぇ」

 男は一人ごちながらそでをまくり上げ、自身の両腕にはまった腕環を見つめた。

 黒い金属でできた、いかにも重そうな腕環で、禍々しい色をした赤い宝玉が一つはめ込まれている。

 こんなものに頼っている俺達は――

 そうすることで力を得られるとはいえ――

 これを外した時、俺は――

「……」

 男は考えるのが面倒になって、思考を停止した。

 最近着け始めたものにあれこれ考えてもしょうがないだろう。

「……めんどくせぇ」

 男は口癖を呟き、目を閉じた。

 全ての考えを、頭から追い出すように。





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