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HUNTER  作者: 沙伊
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第三十四話 望まれぬ人<上>




 橘猛(タチバナタケル)は、突然目の前で倒れた西野紗矢(ニシノサヤ)に驚いて足を止めた。

 京都にいる退魔師の、ある一派の屋敷。妖偽教団との戦いによって一族を滅ぼされた面々は、そこに身を寄せていた。

 京都は平安時代から都があった地ゆえに、退魔師が全国でもっとも多い。古来より妖魔が出やすい土地なので、自然そうなったのだ。

 そもそも関西はそういう(・・・・)土地だ。人柱がいた家――椿家も含め、皆始まりは関西からである。関東に移住したのは、ただ単純に首都が変わったからだ。

 首都には人が多い。人が多い場所には、妖魔も多い。そういうものだ。

 しかし退魔師の数全国一位の座は、未だ動いていない。それにそういうたぐいの資料も多いので、家の復興にはおおいに役立っている。

 そして身を寄せている屋敷の廊下で、紗矢は倒れたのである。

 正確に言うと倒れたというより膝から崩れたという(てい)で、手ではなくひじをついている。四つん這いと言うにはいささか前めのりだった。

「さ、紗矢さん! 大丈夫っスか?」

 猛は数秒して我に返り、紗矢に駆け寄った。

 起き上がらせた紗矢の顔は真っ青で、目は見開かれている。何か、見てはいけないものを見てしまったような顔だ。

「紗矢さん……?」

「……え」

 紗矢はぎこちなく首を巡らせ、猛の方に顔を向けた。

「……あぁ、猛君か」

「はい――じゃなくて! どうしたんスか、急に倒れ込んで」

「……いや」

 紗矢はうつむいた後、自力で立ち上がった。

「悪い。何でも無い。ちょっと立ちくらみ……」

「なわけ無いだろ」

 と。紗矢が身体を向けていた方向から、梅見雨彦(ウメミアメヒコ)が歩いてきた。

 彼は退魔師としての力はほとんど持ち合わせていないが、梅見家の一人として復興に力添えしている。そちらに集中するために、流星(リュウセイ)の校医を臨時休業しているらしい。紗矢は彼のサポート役だ。

「その顔色はたちくらみや貧血じゃねぇ。保険医なめんな。第一、おまえ薄幸そうな顔して、めちゃくちゃ丈夫じゃねぇか」

 雨彦は紗矢の顔を覗き込んだ。

「何を視た?」

「え?」

 猛は雨彦の言葉に驚いた。

 見た――ではなく、視た。それはつまり、彼女が未来を視たということ――

 未来を視ると言ってもいつも断片的なことらしく、それがいつ起こるかは紗矢にも予測がつかないらしい。

 しかし、だからこそ自身の視る未来に対して普段は落ち着いている彼女が――一体何を視たのか。

 何を視て、ここまで動揺しているのか。

 紗矢はしばらく唇を引き締めていたが、やがてゆっくり、震えながらも言葉を発した。

(ユウ)ちゃんが……流星君を刺していた」


   ―――


 まずい、と流星は思った。

 ここは病院。医者や看護師を含め、一般人が大勢いる。このままここにいたら、犠牲者が出るだろう。

 ――いや、犠牲者ならもう出てしまった。床に倒れている看護師だ。

 何とかあの、血みどろの手の男から引き離さないと。朱崋(シュカ)なら、彼女の傷を治してくれるはずだ――

「う、あ……」

 と。看護師の腕が流星へ伸びた。

「た、助け……い、逃げ……」

 助かりたいという思いと助けたいという気持ちがごっちゃになっているようだ。目には痛みからか涙が浮かんでいる。

「……うるさいな」

 男は不愉快そうに眉をひそめた。

「仕事の邪魔だ。もう死ねよ」

 血に濡れたままの手を振り上げ、男は看護師を貫こうとする――

「てめぇ!」

 流星は朱崋の手を振り払い、男との距離を詰めた。

 男の手を蹴り上げ、顔面に拳を叩き付ける。男はたやすく吹っ飛んだ。

「朱崋、その人を頼む!」

「はい」

 流星が言うと、朱崋は看護師に歩み寄った。

 流星はそれを確認した後、床に伏した男に向き直る。

「てめぇは何だ。関係無ぇ人間傷付けて……何なんだよ!」

「……僕は」

 男が起き上がった。殴られた際に折れたのか、鼻が妙な方向にまがっている。しかし気にせず、唇を動かした。

「君を殺しに来たんだよ。さっき言ったろう、死ねって」

「だったら俺を狙えよ! この人を刺す必要無いだろうっ。第一」

 流星は看護師の一瞬視線を送った後、男の手を指した。

 血で解りにくいが、あきらかに男の手は変質している。爪が鉤爪のようになった――だけでなく、指そのものが鉄の爪になったような印象だ。

「その手……一体何だ? 妖魔――じゃねぇよな」

 妖気は感じない。ゆえに妖魔ではない。半妖でもないようだ。

 けれど――だったら彼は何なんだ。

 彼は何で――自分を狙う。

「……知らないのかい?」

 男は笑った。鼻が折れた状態であるため、その笑みはあまりにも凄惨だった。

「知らないのか、僕達の存在を――『使徒』の存在を!」

「えっ……!?」

『使徒』――聞き覚えがある。いや、それどころではない。

 それは、今日悠から聞いたばかりではないか――!

「まさか……寺の襲撃もおまえが!」

「寺? あぁ、邪教徒狩りのことか」

 男はにやにやしながら立ち上がった。

「いいや。あれは別の奴だよ。僕の任務は邪魔者狩り。同じ『邪』でも、全く違う」

「邪教……?」

「さて、まず自己紹介だ」

 男はまがった鼻を戻し、両手を広げた。

「僕は竈内幸哉(カマウチユキヤ)。仲間内での通り名は『マンティス』」

「ま、まんてぃす?」

「カマキリ――ですね」

 朱崋の言葉に、流星は顔だけをそちらに向けた。

「フランス語が何か?」

「いえ、英語です」

 英語にとことん弱い流星だった。

「しかし、なるほど。その爪がカマキリの鎌というわけですか」

「僕はそう呼ばれるのは不本意だけどな」

 男は腰を低く落とした。

「別に変化できるのは――手だけじゃない」

 踏み込み、一息で距離を詰められる。意外な俊敏さに、流星は目を見開いた。

 しかしそれでも、ほとんど反射で、流星はその動きに反応した。

 突き出された貫手を左手ではじき、それとほぼ同時に膝を振り上げる。

 今度は相手も無反応ではなかった。腹を狙った膝蹴りを腹筋で受け止め、流星の動きが止まると同時に頭突きを喰らわせてくる。

 額に一撃を受け、流星は後ろによろめいた。しかしそれでも、相手の第二撃を何とか避けることに成功する。

 再びの貫手。今度ははじかず紙一重でかわし、相手の右わき腹に回し蹴りを放った。相手は呻き声を上げて後ろに下がる。

 追撃しようとして、流星は自身の息が上がっていることに気が付いた。

 何ぶんこちらは病み上がりだ。傷はもう塞がっているとはいえ、身体にかかった負担はまだ残っているだろう。

 それに、この男が予想以上に強いことも原因の一つだ。

 何か格闘技でもやっているのか、それとも我流なのか。どちらにしてもかなりきつい。

「……ふむ」

 竈内は唸った。

「傷がありながら、そこまで動くとは。少しなめていたかな」

「……傷はもう塞がってるよ」

「それは……さすが」

 竈内は目を丸くした。

「しかし、なら、本気でやらねばならないかな。ギャラリーも来たことだし」

「なっ……」

 流星は後ろを振り返った。

 いつの間にか、廊下の向こうに人だかりができている。皆竈内の手を見てざわついているようだ。

 非常にまずい。もしこちらに近付いてこられでもしたら――!

「君達、何をしてるんだ!」

 人ごみをかきわけ、医師らしき男と看護師数人が前に出てきた。

 彼らは朱崋の近くで気絶している看護師を見、手を血で深めた竈内を見て足を止める。

「こ、これは一体……」

 震える声でそう言った後、医師はずかずかと前に出てきた。

「何をしているんだ! こんなことをして……」

「駄目だ、来るな!」

 流星は大喝して医師を止めようとした。だが、医師の足は止まらない。状況の危険性をまるで解っていなかった。

「特に君、その手は何――」

 医師の足と言葉が止まった。否、止められた。

 流星はその瞬間を見て、頭が真っ白になった。

 竈内がその医師に走り寄り、勢いよくその首を斬ったのを、見て。

 ただ斬ったのではない。首を刈り取り、胴体と離れさせてしまったのだ。

 身体を失った頭は、ごろりと床に転がった。首の断面が流星に向く。

 遅れて、身体が前に倒れた。

 首から吹き出した血が廊下や壁を汚す。一気にその場に血の臭いが立ち込めた。

 臭いが広がると共に、辺りは静まり返る。音が消えたと錯覚させるような数秒が過ぎ――


『う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 膜を破るかのような複数の絶叫が、廊下にこだました。医師、看護師、患者――何の例外も無く、押し流されるようにその場から逃げ去っていく。

 耳に響くその悲鳴を聞きながら、流星は愕然としたまま竈内を見つめた。

 竈内の片腕は、手と同様変質していた。

 ひじから下は骨のような外殻に覆われ、そこから虫の羽根のような刃が飛び出している。ぬらぬらと光っているのは、おそらく血のせいだけではないだろう。

 そして何より――この感じは。

「君、退魔師とやらになりたいんだって?」

 竈内はくるりと振り返った。先程は陰になって見えなかったが、もう片方の腕も逆の腕も同じように変質している。

「その夢はここで途絶えることになるが、しかし、()が相手というのは皮肉だと思わないかい?」

 竈内は両腕を持ち上げた。

同類(・・)である俺に、おまえ(・・・)が殺されるというのは」

 今まで感じなかった気配。

 人の気配にあらず、人の気配に近い。

 妖魔ではあらず、妖魔に近い。

 この姿と気配は、まさか――

「その姿――虫の妖怪とでも合体したか?」

 流星は腹に力を込め、文字通り声を絞り出した。

「なるほど、妖気をかくしていたのか。どうりで気付けなかったわけだ。ここはそういう(・・・・)場所だからってのもあるが――なぁ、朱崋」

 流星に声をかけられ、看護師を移動させようとしていた朱崋は顔を上げた。

「何でしょうか?」

「周りに人はいないか?」

「おりません」

 朱崋は首を横に振った。彼女の矮躯ではうまく抱えられないらしく、看護師の足が動くたびに引きずられていた。

「皆、先程逃げられました」

「そうか、よかった」

 流星はふ、と息をついた後、身体の重心を低くした。

「なら俺が本気(・・)出しても、誰も迷惑しねぇってことだよなぁ!」

「……重病患者もおられるでしょう。どうかここではほどほどに」

 朱崋の言葉を背に受け、流星は竈内に飛びかかった。





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