推しの縁談を断ったら、推しから「おもしれー女」認定されました。なんで?
「この婚約、なかったことにして頂けませんか?」
私は目の前の男に誠心誠意頭を下げた。コッソリ顔を上げて彼の顔を見ると、彼は私の言葉の意味を図りかねているようで、首を傾げていた。
わー、悩んでいる姿も素敵‥‥‥じゃなくて。
「理由はなんだ?」
考え込んでいた彼は、しばらくして口を開いた。私はキッパリと答える。
「解釈不一致だからです」
「は?」
「私と推しが結婚するなんて、解釈不一致なんです。私は、あなたが私とは関係のないところで幸せになって欲しいと思っているのです」
嘘偽りない言葉。すべて本当の理由を話した訳ではないけれど、間違いなく本心だ。
こんなおかしなことを言う女なんて、そちらから願い下げだろうし、諦めてくれると思ったのだが‥‥‥
「そんな理由で? 俺との縁談を断るのか?」
彼はジワジワと目を見開き、吹き出した。そして、ひとしきり笑った後に呟いたのだ。
「お、おもしれー女‥‥‥」
ああ。推しの幸せを遠くから見ていたかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
⭐︎⭐︎⭐︎
「リーナ。また縁談が駄目になってしまった」
「そうですか」
縁談が破談にされたと聞いたのは、学園に行く直前の朝であった。
私の名前はリーナ・レアール。由緒正しき子爵家の長女ながら、私には婚約者がいない。周りの貴族令嬢たちの婚約が決まっていく中、縁談がなかなかこないのだ。たとえ縁談がきたとしても、大体が相手の不都合により破談になってしまう。
婚約は相手との相性もあるし、決まればラッキーくらいに思っているので、私としては大して気にしていない。結婚が決まらなければ働けばいいと思っているし、父にもこのことは伝えている。もちろん、働き口のアテもある。
けれど、当人達の問題を放っておかないのが貴族であり、人間の性で‥‥‥
「あーら、まだ縁談の決まらない令嬢が来ましてよ」
学園に到着してクラスに入るなり、そう嫌味を言ってきたのは、アイリス・レベラルフ。公爵令嬢にして王太子の婚約者である彼女は、この貴族学園において頂点に咸臨すると言ってよい。
今日も彼女の周りには5、6人の取り巻きがいて、私の方を見てクスクスと笑っている。
「あら、まだ決まってませんでしたのね」
「何か問題でもあるのでしょうか?」
「あらあら、可哀想に」
私は数ヶ月前から、アイリスに目をつけられていた。そのきっかけは些細なものだったと思う。
数ヶ月前まで、アイリスはとある男爵令嬢に嫌がらせをしており、私は傍観者だった。思わず目を背けたくなるような嫌がらせの数々に、少なくない人が不愉快に思っていただろう。けれど、王太子の婚約者であり、公爵令嬢であるアイリスには誰も口出しが出来なかった。
私だって子爵家の令嬢として、逆らわず、大人しくしてようと思っていたのだ。
なのに、ある日見るに見かねて言ってしまったのだ。これ以上はおやめください、と。
その後の展開はお察しの通り。アイリスのターゲットが私へと移り変わってしまったのだ。
唯一幸いだったのは、男爵令嬢がされていたみたいにひどい嫌がらせには繋がらず、せいぜい悪口を言われるだけに留まっているところ。とはいえ、悪口だけだって、それが一つ二つと重なっていけば、心にくるものはある。
それに、アイリスに目をつけられたくないから、友人はみんな私から離れてしまった。正直、学園に通うのを辞めてしまおうかと何度も思った。
それでも、私は学園に通う。何故なら‥‥‥
「見て、王太子殿下とリーダス様よ!」
「はぁぁ、今日もかっこいいわ‥‥‥」
うっとりしたクラスメイトの声を聞き、私はパッと顔を上げた。
教室の外を見ると、そこには我が国の王太子殿下とその友人であり公爵家の令息であるリーダスが歩いていた。
夜露の儚い輝きのような美しさを持つ銀髪碧眼の王太子殿下と、夕暮れの空を彷彿とさせる情熱的な赤髪を持つ美丈夫なリーダス。
容姿の整っている二人は、女子生徒から熱い視線を受けながらも堂々と歩いていた。
彼らが教室の前を通り過ぎて行ったのは、わずか5秒。けれど、その姿はバッチリ私の胸に刻まれていた。
「はあ‥‥‥今日も推しが最高に尊いっ」
私が毎日学園に通う理由。それは、私の推しがいるからである。
推しの名前は、リーダス・アルベント。
公爵家の長男で次期当主の彼は、学園で生徒会副会長を務めており、圧倒的カリスマ力で学園を手中におさめている。生徒会長である王太子とも仲が良く、いずれ王宮で官職を担うことも約束されている有望っぷり。
見た目と言動から俺様系と勘違いされがちだけど、意外と気さくな性格だから男子生徒からの人気も高くて、そんなところも推しポイントだ。
彼を推し始めたきっかけは、アイリスから悪口を言われて、人気のない校舎裏でこっそり泣いていた時のことだった。
『これをやるから、次の授業が始まるまでに泣きやめ』
偶然、通りがかったリーダスがそう言ってハンカチを渡してきたのだ。多分、彼は副生徒会長として色々な人を助けているから、このことは覚えてないだろう。
けれど、私は高位貴族である彼に話しかけられるなんて思ってなかったから、本当にビックリしたのだ。そして、ビックリして思ったのだ。
推せる‥‥‥! と。
そこからは、公式ファンクラブに入ったり、グッズ集めをしたり、生徒会会誌で彼の情報を集めたり‥‥‥
彼を推し始めてからは、そのことに夢中で、嫌がらせも、前より気にならなくなった。
もちろん何もかも嫌になることもあるけど、推しがいれば、私の生活はそれだけで輝く。推し活を通して、ファンクラブ会員の友達も密かに出来たしね。
今だって推しの姿を見て、だいぶ元気が出た。破談から嫌がらせの流れは最悪だったけれど、推しの姿を朝から見ることが出来たと考えればプラマイゼロどころか、むしろプラスにすらなる。
「リーダス様は、まだ婚約者を決められていないのよね? はあ、私が選ばれないかしら?」
「夢を見るのはやめなさい。きっと、身分の釣り合った美しい女が選ばれるのよ。私達には無縁だわ」
私の隣の席にいた令嬢が話している。
リーダスは高位貴族ながら珍しく婚約者がいない。ファンクラブ情報によると、「好きな女が出来るまで婚約者はつくりたくない」そうだ。見た目に似合わず、硬派なところも素敵。
リーダスの婚約者に選ばれたいという令嬢は多いだろうけど、私はそういう願望は特にない。自分と婚約する推しは解釈不一致だし、推しには幸せになって欲しいと思っているから。私に推しを幸せにするだけの力はないしね。
私は、遠くから推しの姿を見れるだけで幸せだ。推しがいてくれるから、頑張って毎日学園に通えるし、友人も出来たし、勉強にも力が入る。
ビバ、我が推し。推しがいる人生って、本当に素晴らしい。
どんなに辛いことがあっても、こうして推しの姿を見るだけで、私の人生ハッピーなのだから。
‥‥‥本当に、そう思っていたのに。
「お父様、今なんと仰ったのですか‥‥‥?」
「アルベント公爵家の長男から縁談が届いた。これ以上ない好条件だぞ」
「アルベント公爵家って‥‥‥アルベント公爵家ですか?!」
「それ以外ないな」
「それって、私とリーダス様が結婚するということですか?!」
「それ以外ないな」
「お父様やお兄様が結婚するのではなくて?!」
「それはあり得ないな」
父は咳払いをして、この縁談は決定事項だと伝える。
「こんないい条件の縁談が入るなんて、一切ない。絶対に縁談を成立させるぞ」
そんなことを急に言われても、混乱してしまう。だって、彼は公爵家の長男で、私は子爵家の娘。身分が違いすぎるし、なにより推しと結婚なんて、あり得ない‥‥‥!
「お父様!」
「なんだ?」
「嫌ですわ、この縁談」
私はキッパリと宣言した。
私は現在、公爵家の娘であり次期王妃でもあるアイリスに目をつけられている。
そんな私と結婚したら、次期国王の右腕として将来が約束されている推しに迷惑をかけてしまうな違いない。そんな苦労を推しに背負わせるくらいなら、私は死を選ぶ。
そして、何より、私にとって推しが私と結婚することは、解釈不一致。
推しは私なんて顧みずに、ひたすら幸せになって欲しいのだ。
「断ることは出来ませんか?」
「出来ないな。子爵家から公爵家の縁談を断るのは失礼に当たる」
「では、向こうから縁談を断らせればいいのですね?」
「は?」
まだ希望が絶たれた訳ではない。向こうから縁談を断らせれば、失礼には当たらないし、推しの名誉を傷つけることもないのだ。
とにかく、縁談の顔合わせの日に頼んでみよう。
⭐︎⭐︎⭐︎
縁談の顔合わせの日は、あっという間にやって来てしまった。
「初めまして、リーダス様。レアール家の長女、リーナと申します」
「リーダス・アルベントだ。今日はよろしく頼む」
わーい、推しが目の前にいるー。いやいや、だめよリーナ。目の前のことに集中するのよ。と心の葛藤をしながらも、私たちはしばらく談笑をした。話の内容は正直覚えてない。推しが尊すぎて。
しばらくしてから、私は切り出した。
「リーダス様、単刀直入に申し上げます」
「なんだ?」
「この婚約、なかったことにして頂けませんか?」
貴族同士の探り合いは、正直苦手だ。特に推しを目の前にしてしまったら、冷静に話せる自信なんてない。だから、私は誠心誠意、頭を下げることにした。
「理由はなんだ?」
考え込んでいた彼は、しばらくして口を開いた。待ってましたとばかりに、私はキッパリ宣言した。
「解釈不一致だからです」
「は?」
「私と推しが結婚するなんて、解釈不一致なんです。私は、あなたが私とは関係のないところで幸せになって欲しいと思っているのです」
嘘偽りない言葉。すべて本当の理由を話した訳ではないけれど、間違いなく本心だ。
こんなおかしなことを言う女なんて、そちらから願い下げだろうし、諦めてくれるに違いない。しかし‥‥‥
「そんな理由で? 俺との縁談を断るのか?」
彼はジワジワと目を見開き、吹き出した。そして、ゲラゲラと大爆笑。
私はと言えば、こんなに笑っている姿、見たことない。かわいい!!と口に手を添えて推しの大量摂取に耐えていた。
しかし、彼が発した次の一言で我に返ることになる。
「お、おもしれー女‥‥‥」
「へ?」
彼の言葉に一瞬、耳を疑った。婚約を断ったのに、「おもしれー女」? なんで?
「リーナにとって、俺は“推し”なんだよな?」
「はい。永遠に推します」
「推し相手に、結婚したいとはならないのか?」
彼は心底不思議そうに私を見ている。私は少し考えてから、彼の質問に答えた。
「それは‥‥‥人によると思います」
「じゃあ、リーナは俺の“何か”になりたいって考えたことはないのか?」
「え?」
推し活には色々な形があると思う。他の推しとの絡みを見るのが好きな人もいれば、それこそ恋愛関係になりたいと言う人もいるだろう。けれど、私は‥‥‥
「控えめに言って壁になりたい」
「は?」
「推しが健やかに生き、成長し、幸せになっていく様子を見守る壁になることができれば、本望です」
そんな私の返答に、リーダスは首を傾げた。
「‥‥‥つまり、リーナ自身の気持ちは報われなくてもいいということか?」
「推しが幸せなら、私の気持ちは既に報われています」
そう言うと、彼は再び吹き出した。
「なんですか?」
「いや、ひたすらに俺の幸せだけを考えている女は初めて見た」
「貴方は私の推しですから、当たり前だと思います」
「そうか? 今まで俺の周りには、俺の顔とか身分しか見てない女しかいなかったぞ」
「周りの女性は見る目がありませんね! リーダス様はお顔も身分も素晴らしいですが、それ以上に性格も尊いですから。身分関係なく気さくに話しかけて、誰かが困っていればすぐに助けることが出来るだけのスキルがあります。それに対する努力を惜しまない姿勢も‥‥‥」
「ながいながい」
彼は、ははっと笑って、私の言葉を打ちとめた。
「リーナと話すのは新鮮で面白いな」
「そうですか?」
「よし、決めた。俺はお前と結婚する」
「はい?!」
私は立ち上がって、声を上げた。
「私の話聞いてました!?」
「聞いてた。お前の話を聞く限り、俺のことが嫌いなわけではないんだろう?」
「それはもちろんです推しですから」
「じゃあ、決まりだな。まずは婚約しよう」
婚約の手続き書を持って来い、と従者に指示を出す。
「ちょっと、待ってください! 私より貴方に相応しい女性なんて沢山いるでしょう?! こんな身分の釣り合っていない女に簡単に決めてもいいのですか?」
「俺がいいと言ったら、いいんだ」
「そんな」
「それとも‥‥‥」
反論しようとしたが、すぐにそれは遮られてしまった。彼がずいっと顔を近づけてきたためだ。
あああ、推しのご尊顔が目の前に‥‥‥?!
「そんなに、俺との婚約が嫌か?」
「嫌じゃないです!!」
こうして、推しとの婚約が決まってしまった。
⭐︎⭐︎⭐︎
推しと婚約してから、3ヶ月近くが経過した。リーダスは、婚約者である私に非常によくしてくれており、なぜか学園では授業時間以外のほとんどを私との時間に当ててくれている。
お昼休みの時間である今も、私はリーダス様と共に生徒会室で昼食を取っていた。最初は生徒会室に入ることは躊躇われたのだが、生徒会長である王太子からも許可が出ていると聞いて、使わせてもらっている。
同じ生徒会室で昼食を取っていた生徒は、私たちの姿を見ると、苦笑いで「相変わらず、仲良いですね〜」と言ってきた。
「そのサンドイッチ、うまいか?」
「美味しいですよ。全部あげます」
「いらないぞ?」
「購買で買ってきますか?」
「婚約者にパシられようとするんじゃない。まったく」
リーダスは苦笑しながら、私の額にデコピンをした。その時に見せた彼の笑顔が尊すぎて、クラリときてしまう。「一生おでこ洗いません!」と伝えると、「それは洗え」と本気で心配されてしまったが。
婚約を交わしてからの3ヶ月で、リーダスは会話中にツッコミを入れることもあるし、意外と冗談も多いということが分かってきた。私としては推しの解像度が上がってとても助かるし、彼との会話はとても楽しい。ちょっと楽しすぎて困ってしまうくらい。
「じゃあ、リーナ。俺のは食うか?」
「いらないです。推しの食べた物を分けて頂くなんて、畏れ多い‥‥‥!」
「まだそれを言うのか」
「私は推しに幸せになって欲しいですから。施しを受ける立場ではないのです」
「あれか? 推しの壁になりたいってやつか?」
「そうですそうです」
「激しく同意するなよ‥‥‥」
リーダスが呆れ返るが、それが私の考えだ。リーダスは私が「おもしれー女」だから珍しくて、婚約者にしているだけなのだ。リーダスのことを理解できる私より素敵な女性は沢山いるし、勘違いしてはいけない。
「リーナは、俺に幸せになって欲しいんだよな?」
「はい。もちろんです」
「じゃあ。俺が幸せになるには、リーナが必要だと言ったら?」
「え?」
「俺は、他でもないリーナと結婚したいって言ってる」
勘違いしてはいけないと思っている。なのに、彼は時々こうやって揺さぶりをかけてくる。
「顔、赤いぞ?」
「私は‥‥‥」
そう言われて、彼の真剣な表情を尊いって思う余裕もないくらい息が詰まる。なんて答えようと答えあぐねている、その時だった。
生徒会室に一人の生徒会役員の生徒が入ってきて、リーダスを呼び出した。しばらくその生徒と話した後、リーダスは私を振り向いた。
「悪い。教師から呼び出されたみたいだ」
「じゃあ、私も教室に戻りますね」
私が昼食を持って立ちあがろうとすると、彼は首を横に振った。
「いや、まだ昼休みの時間は長い。生徒会室にいてくれ」
「? わかりました」
「頼んだぞ」
最後の言葉は、同じ部屋にいた生徒会長役員の男子生徒に向けたものだった。
彼が生徒会室から去って行って、私はほっとため息をついた。
‥‥‥彼と過ごす日々は、少し困ってしまうくらい楽しくて、私は彼に惹かれ始めていることに気づいていた。
けれど、私にとって彼は今でも推しだ。“私には推しを幸せにする力はないから、遠くから見守っていたい”と思っているのも、本当の気持ちなのだ。
どう答えればいいのだろうか。最近の私の悩みは、もっぱらそれだった。
考え事をしながらぼんやりと昼食を取っていると、再び生徒会室の扉がノックされた。生徒会役員の男子生徒が扉を開けると、果たしてそこにはアイリスの姿があった。
しばらくリーダスと一緒に過ごすことが多かったから、嫌みや悪口を言われることもなかったし、こうして休み時間に姿を見るのは久しぶりだった。
「ごめんあそばせ。リーナさんはいるわよね? 少し話があるから、ついて来てもらえるかしら?」
「あ、アイリス様‥‥‥」
青ざめた私の表情を見て、男子生徒は彼女の前にそっと立ちはだかった。
「アイリス様。リーナ様は‥‥‥」
「そこを退きなさい。それとも、あなたは王太子の婚約者に逆らうのかしら?」
「‥‥‥っ」
彼は彼女より爵位が低い。アイリスに爵位を盾に脅されて、言葉に詰まってしまったようだ。これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。私はアイリスの元に歩み寄った。
「大丈夫です。私はアイリス様について行きますから」
「そんなに怖がらないでよ。少し話し合いをするだけなんだから」
そう言ったアイリスに連れて来られたのは、空き教室だった。そこにはアイリスの取り巻きの令嬢達も待ち構えており、私はすぐに逃げ出せない状況に置かれてしまったようだ。
「ねえ。あなた、リーダスと婚約破棄しなさい」
「なぜ、アイリス様の指示に従わなければいけないのですか?」
私が口答えすると、彼女は「ふふ」と余裕の笑みを見せた。
「あなたが私の言うことを聞かないなら、リーダスの将来は、どうなってしまうのかしらね?」
「え?」
「彼は王太子の右腕として動くことが約束されているけど、私の権力を使えば、彼の領地を取り上げることも出来るし、地方に飛ばすことも出来るのよ」
彼女の言葉にドクンと胸が嫌な音を立てた。
「嘘だと思ってる? 残念ながら本当よ。事実、今までのあなたの婚約者候補たちにも、私の権力を使って脅してきたもの」
彼女は笑いながら話す。私の縁談がこないように裏で根回ししていたことや、縁談がまとまりそうになったら、その縁談相手を地方に飛ばしていたことを。
私は信じられない気持ちで、彼女の話を聞き、段々と手が震えてきた。
「あなたが公爵家の圧力を使っていたから、私の縁談がまとまらなかったのですか‥‥‥?」
「そうよ。だって、あなたが私に刃向かってきたのがいけないのよ?」
「‥‥‥っ」
彼女が私に目をつけたのは、私が彼女のしていた嫌がらせを諌めたからだ。たったそれだけのことを、彼女は「刃向かってきた」と判断したらしい。
「なぜ、そんなひどいことをするのですか?!」
「次期王妃の私は全てを手に入れる女なのよ? このくらいのことをして当然でしょう?」
ガタガタと震える私の目を覗き込んで、彼女は「ねえ」と話しかけた。
「さっさと婚約破棄するって言いなさい」
考えてみる。彼女の言うことを聞いて、リーダスと別れた方が彼のためになるのではないかと。
推しとの婚約なんて元々解釈不一致だったし、何より私には推しを幸せにするだけの力はないし‥‥‥
しかし、その時、私の脳内にリーダスの言葉が甦ってきた。
『俺が幸せになるには、リーナが必要だ』
『俺は、他でもないリーナと結婚したいって言ってる』
彼の言葉を思い出して、胸がきゅっと切なくなって、無尽蔵に勇気が出てきた。
推しであり、私の婚約者でもある彼のことが好きで堪らないのは、婚約する前も後も変わらない。彼のために頑張ることは、私にとってこれ以上ない幸せだから、アイリスなんかに従って婚約破棄するわけにはいかないと思うことが出来た。
私は息を吸って、きっぱり宣言した。
「リーダス様が私と一緒にいることが幸せだと言ってくれたから、私は婚約破棄しません」
「は?」
「それに何より、私はリーダス様が好きだから、これからも一緒にいたいんです!」
「何を生意気な! あなたなんて‥‥‥!」
アイリスは手を振り上げる。私はやがてやってくるであろう衝撃に耐えるために目をつむったが、その衝撃はやって来なかった。
「おい、俺の婚約者に何をしているんだ!」
「リーダス様‥‥‥」
リーダスが助けに来てくれたのだ。アイリスは、彼の姿を見て怒りに震えている。
「なにするのよ!」
「婚約者を守っただけだ」
「私は王太子の婚約者で、次期王妃よ?! そんな子爵家の女を庇ったって、何にもならないわ!」
「王太子の婚約者? いつまでもそんなこと言ってられると思うなよ」
リーダスは「はっ」と笑って、後ろを振り返る。そこには、アイリスの婚約者である王太子の姿があった。彼の後ろには、生徒会役員全員が付いていた。
「え? 殿下、なぜここにいるのですか?」
「リーダスに呼ばれたんだ。彼の婚約者が危ないってね」
王太子が「一部始終を見ていた」と伝えると、アイリスはサッと顔を青ざめさせた。
「君が気に入らない令嬢に嫌がらせをしていたことはよく耳にしていたが、まさか恐喝まがいのことまでしてるなんてね」
「そんな、違うのです。誤解です、殿下」
「流石に看過できない。君とは婚約破棄だ。アイリス」
「で、殿下‥‥‥!」
アイリスは王太子に縋り付くが、王太子はすぐに彼女の手を振り払った。
「今まで君が王太子の婚約者としての権力を好き勝手使ってきた分、その罪は償ってもらうよ」
そして、王太子の指示によって、アイリスは生徒会役員の生徒に連れて行かれてしまった。彼女の取り巻き達も事情聴取のために同行をさせられていた。「そんなつもりなかったのに」と叫んでいる令嬢もいたが、彼女につくと決めた時点で自業自得だろう。
この後は、学園の教師たちの調べによって、彼女に罰が下されるらしい。彼女のことだ。余罪は沢山あるだろうし、退学は絶対。修道院行きが下されることもあり得ると王太子は語った。
そして、彼は最後に、
「次の授業は欠席しても大丈夫なように取り計らっておくから、二人でゆっくりしていってよ」
と言い残して去って行った。
部屋には私とリーダスだけが残される。二人きりになると、すぐに彼は私の肩に頭を乗せたきた。
「本当に肝が冷えた」
「す、すみません」
リーダスがすぐにここに駆けつけることが出来たのは、生徒会室に残っていた男子生徒が、急いで彼を呼びに行ってくれたからだそうだ。リーダスは、元々彼に見張りを頼んでいたらしい。
「アイリスが君に嫌がらせをしているのは知っていたし、なるべく君が一人にならないようにしていたんだが‥‥‥今回は、俺の不注意で怖い思いをさせて、すなかった」
「いえ。リーダス様は悪くないです」
リーダスはそう言って頭を下げてくれたが、むしろ悪いのはアイリスに目をつけられてしまった私だ。爵位の高いアイリスに逆らわなければ、今頃彼に迷惑をかけることはなかったのに。
落ち込む私の様子を見て、リーダスは口を開いた。
「‥‥‥アイリスの蛮行は生徒会でも問題視されていて、半年くらい前に一度、アイリスの様子を俺が偵察することになったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。あの時のことはよく覚えてる」
アイリスの男爵令嬢への嫌がらせは激しく、その日は令嬢の教科書がズタズタに引き裂かれていた。俯いて必死に教科書を直そうとする男爵令嬢に追い打ちをかけるようにらアイリスは、彼女にバケツの水をかけようとしていたのだ。
これはあまりにひどい、とリーダスが止めようとした時だった。アイリスの前に一人の女子生徒が立ちはだかった。
『アイリス様。これ以上はおやめ下さい。流石に看過できません』
「その女子生徒がリーナだったんだ。男爵令嬢を助けるお前を見て、なんてかっこいいんだろうって惚れ惚れしたよ」
「そんな、私なんてずっと傍観者でしたし、結局は私がターゲットにされてしまいましたし‥‥‥」
「誰もが高位貴族に目をつけられると面倒だからと目を背ける中で、リーナだけは権力に立ちはだかった。それは誰にでも出来ることじゃない」
「‥‥‥!」
「そんなリーナだから、俺は気になって縁談を持ちかけたんだ」
そんな事情があったなんて知らなかった。でも、アイリスに立ち向かって男爵令嬢を助けたことを見ていてくれた人がいることに、あの時の私が報われる気がした。
リーダスは、そのまま話を続ける。
「それで実際に会ってみたリーナは、想像以上に‥‥‥」
「面白い女だった?」
「そう、それだ」
私たちは二人で笑い合う。ああ、やっぱり彼と話している時が楽しい。
私は改めて、彼に向き合った。
「リーダス様。私、リーダス様が好きです」
「俺もだよ。リーナを一目見た瞬間から、会うたびに好きになっている気がする」
私達は目を合わせて、口づけをした。そして‥‥‥
「リーナ?」
「うっ、推しの顔がゼロ距離に‥‥‥! 尊すぎて死にそう」
「お前は相変わらずだな」
「リーダス様が尊いことには変わりありませんからね‥‥‥!」
婚約者になって両思いになったが、彼が推しであることには変わりない。
「これから慣れてもらわないと困るぞ。結婚したら、この先のこともするんだから」
「ここここの先?!」
彼に言われて、私は頬を両手で覆った。解釈不一致どころの話じゃなくて、頭がパンクしそう。
そんな私の様子を見て、リーダスは「はは」と笑った。
「本当に見てて飽きない女‥‥‥」
「それおもしれー女から昇格されてません?!」
(おまけ)〜この先どうするのか問題〜
リーナ「ちょっと、私のことは壁だと思って接してもらえれば大丈夫な気がします」
リーダス「新手のプレイか?」
ブクマ・評価、ありがとうございます!