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悪役令嬢は断罪されて気づくと日本のJKになっていた


「シーラ・カンス公爵令嬢を国家反逆罪で死刑とする」


 これでわたしの人生は終わった。次期王妃となる令嬢へのエスカレートしたイジメの発覚。やりすぎだと思いながらも、止められなかった。まさか攻撃魔法を使ったのが見られていたなんて。

 後悔しても仕方がないけれど。

 今度の人生があれば、いじめとか何の得にもならないことはやめて、身の丈にあった生活をしよう。次期王妃なんて狙わずに、平凡な貴族として生きてゆこう。

 バシュッと縄が切られる音がした。

 そして、わたしの世界は真っ暗になった。



「ぎゃあああああっっっっ!!」


 乙女の悲鳴は、乙女らしくもなく部屋の中に響いた。少女はベッドからガバッと跳ね起きた。

 

「首、首が回ってーー」

 

 ペタペタと両手で、首の周りを触る。

 覚悟していたとはいえ、痛みとか視界のぐるりと回る感覚は、生理的に受け付けなかった。なにもかも諦めていても、心と体は別だ。


「つ、ついてる」


 ほっと息をついて、少女はベッドから足を下ろして部屋を見回す。黄ばみの一つもない白い壁、床は木製だけどやけにツヤがある。机は安っぽく見えるけど、上に置いてある紙は上等そう。

 ここは……わたしの……部屋。

 少女が部屋を観察していると、ドアがいきなり開かれた。


「ど、どうした、ミナト、大声を出しーー」


「きゃああああああっ!!!」


 とっさに少女は、手元にあった何か丸いものを投げつけた。乙女の部屋に成人した男がいきなり入ってきたのだ、当たり前の反応だ。

 でも、少女には、その男の顔にどこか見覚えがあった。

 お、お父さんーー?

 あれ、なんで、わたし、おかしい、記憶が……。

 少女はベッドに倒れて、意識を失った。



 わたしは、ミナトーー茜ミナト。K市の南西にある私立清常女子学園の高校一年生。部活はテニス部。趣味は漫画、アニメ。成績は上の中。将来の夢はなし。


 眠っている間に、なぜかシーラは茜ミナトという人物のことが少し分かってきた。理由は分からないけれど、シーラは茜ミナトという少女と意識が結びついたのだと理解した。

 そして、ここが、自分が住んでいた『シンカイ』という世界のラティメリア帝国ではなく、地球のニホンだということも理解した。高度に科学文明が進んでいるが、魔法が発展どころか存在も認識されてない世界の、先進国の一つ。

 まぶたが動く。そろそろ起きないと。シーラは、いやミナトは、目を覚ました。


「おお、起きたか。ミナト」

「ほら、あなたは大袈裟なんだから、救急車なんて呼ばなくてよかったでしょ。二度寝みたいなものよ。寝ぼけてても、目覚まし時計を投げたらダメよ」


 この人たちは、お父さんとお母さん。大丈夫。なんとか、理解できる。わたしが投げた丸いものは、目覚まし時計のようだ。時計をみれば、五分ぐらい経っていた。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 ミナトだと思われているし、それらしく振る舞うことはできる。

 ラティメリア帝国の親子の関係とは違って、もっと距離が近くて親しげにする。比較的に裕福な家庭だけど、貴族というわけではない家の親子関係。


「ごめんなさい、少しびっくりして。起きるね、早く学校行かないと」


 おかしくはないはず――。

 学校。ニホンでは、この年頃の少年少女は、全員そこに通うことになっている。とにかく一度落ち着きたい。あんまり喋るタイプではない子のようだし、学校でいろいろと考えよう。

 シーラは、ベッドから立ち上がって、二人をおいて2階の階段を降りていった。



 洗面台、魔法のようにお湯が出るのに驚く。一応はミナトの知識の中で知ってはいたが。ジャバジャバと顔を洗って、寝癖を整える。短めの髪だ。貴族のシーラとしては考えられないぐらいの肩あたりまでの髪。


「これ、すごいわね」


 自分の姿を映す鏡。完全に綺麗に反射している。ここまで、精巧な鏡が平民レベルの家にもある。それが、この世界の普通。

 シーラは、鏡を人差し指で、自分の顔を斜めに両断するようにつーと触る。


 あなたは死んだはずなのに。


 シーラは、アゴを上げて、首を見つめる。ほっそりとした白い首は、どこにも傷がない。繋がっているという安堵感があった。

 シーラは、まだ色々と洗面台の物を見てみたい気持ちがあったけど、学校に遅刻してはいけないから、見るのをやめて、リビングに向かった。


 食事は貴族ほどは豪勢ではないけれど、味も食材もとてもおいしかった。パンではなく、お米というものが主食らしい。それに味噌汁、焼き魚、卵、サラダ、漬物。定番の食事メニュー。

 初めは箸の使い方が下手で心配そうな目で両親から見られた。知識としてあるのと、実際にすることに、まだ少し距離がある。それでも、ちょっとしたら普通に動かせるようになった。シーラとしては違和感がまだ残るけれど、周りから見れば自然に動かしているようなレベル。


 清常女子学園までは、母が車で送ってくれる。毎朝娘をわざわざ学校に送るとは、大変なことだ。車という科学の発明品があったとしても。シーラは、車から街の風景を眺めていた。ラティメリア帝国と全然違った街並みを。高層ビル群、この世界の建築技術の高さが分かる。ミナトには、どういう理論に基づいて建てているのかの知識はないようだ。

 街路樹が並ぶ道路をぬけて、すこし街の中心部から外れた位置に学校は存在する。

 


 校門前で、車から降りて、シーラは母と別れた。

 貴族の学園と同じような門をくぐり、広場の噴水を抜けて、校舎に入る。高校一年生だから一階。クラスはCクラス。

 気になる点はあるし、見てまわりたい気持ちはあるけど、さっさと学校の自分の席に座る。ミナトの知識があって助かる。なかったら、きっとおかしなことをしていたから。


 さっそく考えよう。

 こういうのを異世界転移、転生というらしい。ミナトは、悪役令嬢や婚約破棄などの最近流行りのネット小説を少しだけ知っていた。そして、シーラは、その中に、自分に近い、いやほぼ同じといえる作品があるのが分かった。

 『ラティメリア帝国盛衰期』

 長文タイトルが流行っている中では、味気ないタイトル。

 ラティメリア帝国皇妃となる低級貴族の少女スフィアの栄達と、その後の帝国の崩壊までをつづる物語。その中の学園編で、わたしは彼女をいじめる悪役令嬢として出現する。そして、断罪されて首を落とされるわけだが、実は裏で糸を引いている人物がいて、と話が続く。たしかに、なんで彼女をあんなに目の仇にしていたのか、シーラ自身不思議ではあったけど。まさか魔法がかけられていたのか。

 でも……。

 シーラはよくよく考える。

 すでに、どうでもいいことだ。この物語の登場人物だった自分は死んでいるし、どうにもしようがない。『ラティメリア帝国盛衰期』がラティメリア帝国のお話だったとしても、わたしには、もう関係がない話だ。首を切られて、そこで退場したのだから。脇役の悪役令嬢だったのだ。再登場もない。

 それよりも、わたしは、この世界で人生をやり直す方が大事なのではないか、茜ミナトとして。でも、ミナトという人間はどうなったのだろう。ここにたしかにいたはずの。これも考えても答えなんて出るはずもない話か。

 魔法は使えるのだろうか。

 シーラは小声で呟く。


「『シンカイ』の精 『シンカイ』の理 真意の扉 神秘の権』


 魔力が流れているのが分かる。これなら使えそうだ。シーラは、周りに影響が少ない水魔法を選んで、流れてきた魔力を、極々小さな水の球にした。


「うん、問題なし」


 魔法は使用可能、ハンカチで水の球を処理する。

 とりあえず、魔法が使えるならばいろいろなことができる。

 でも――このミナトという子には、特に将来の夢も目的もなかったなぁ。だとして、わたしは、何を目的に生きればいいのだろう。この世界は法制度が進んでいるし、別に死刑を逃れるために必死になる必要もなさそうだ。

 何をしようか。まさか王子様と結婚という感じではないし。この国には身分制度自体がもうないようだ。

 ミナトには好きな人でもいたのかな。マンガやアニメのキャラクターには、好意を抱いている時があるけど、特になさそう。


 シーラは、だいたいの現状を理解し終えた。

 結果ーー、することがなかった。

 元々、貴族教育ガチガチだったせいで、特に自分のしたいこととか考えてこなかったし、このミナトという少女も別にそこまでしたいことがあったようではない。

 元のラティメリア帝国に戻って復讐だ、みたいなこともする気も起きそうにない。そもそも戻り方も分からないし、戻ったところで首無し人形かもしれない。

 そして、喫緊に対処すべきこともなくーー、モラトリアムというものだ。


「おはよう。ミナトは、なんで朝から難しい顔しているの」


 声をかけてきた少女は、ミナトの友人、三条シホ。テニス部仲間だ。髪はミナトと同じくらい。運動部だし、短い方がやりやすいのだろう。

 テニスか。身体を動かすのも悪くはないのかもしれない。貴族で、そこまで運動を楽しむということはなかったし。


「おはよう、なんでもない。ちょっと考え事」


「恋の悩みね」


「そういうのじゃない」


「またまた、目を見れば分かるよ。これは、恋するおと…… 、なんか右目、青くない。カラコンでもつけてるの。校則違反だよ」


「……え?」


 典型的なニホン人で、黒髪黒目だったはずだ。

 シーラは、鏡に映ったミナトの姿を思い出すが、たしかに目は黒目だった。もしかしてーー。


「ほら」


 シホは、学校指定のスクールバックからポーチをとって、中から手鏡を出して、シーラの手にのせた。

 シーラの片方の目は青かった。綺麗に透明感のある青い目。シーラの元の目に近い。

 これは、やっぱり……。

 シーラには憶えがあった。魔力を始めて使う子がたまに、目や髪の色といった部分に影響が現れることを。考えなしに試しに使えるかどうか隠れて使用した結果、ミナトの目は青くなったのだ。

 特に、現実的な問題はないはずだが、この世界では、瞳の色がこの年齢で変わることは一般的ではない。髪色が赤とか白に変わるよりかは目立ちはしないけど。


「ホントだ。わたしの目、青いね」


「こういうの、なんていったけ。オッドアイ?かっこいー」


 可能なら後で、幻術系の魔法で黒く見せておけばいいか、とシーラは考えた。そうすれば、魔法の練習にもなるし。この身体の魔力量も分からないのだし、ひとまず魔法を鍛えておこう。

 授業を受けている間、シーラはできるだけ魔法の練習をすることにした。わたしが魔法を使えるということは、実はこの世界にも魔法の存在を知っている勢力がある可能性がある。それに、事故死や通り魔に襲われて死亡なんて第二の人生は嫌だ。鍛えておいて損はないだろう。

 シーラは、適当にシホと話して、黙々と授業を受けて過ごした。





 いじめというものは、人間社会があれば、どこにでもあるものだ。子供だろうが大人だろうが平民だろうが貴族だろうが女子だろうが男子だろうが。シーラは、教室内で行われている悪意の行動に対して、ミナトと同じように見て見ぬふりをしていた。別にたいしたことではないから。ちょっとしたじゃれあいレベル、貴族の学園の陰湿な嫌がらせに比べると。

 だから、今日の最後まで我慢して、見て見ぬふりをするつもりだった。いじめ、関わらないのが賢い。前世でも、関わらなければよかった。


「なに、ずっと見てきてるの」


 シーラは、見て見ぬふりをしていたが、視線が自然と幾度も向かっていた。だから、いじめている集団もさすがに気づいていた。女子のリーダー、桜木坂サンガ。そして、その他三名。

 ここでの人間関係が将来に役に立つことはほとんどない。この世界では、学校は卒業すれば無関係になるのが通常。だから、あんまり関わらないのが正解のはずだ。貴族社会とは異なり、派閥にも経済的・政治的な意味合いもない。ただ気に入った人間同士でつるんでいるだけ。それを友情という綺麗事で塗布して。


「気のせい」


 シーラはそっけなく、視線を逸らして授業のプリントの方に向かった。この世界の数学は進んでいて、面白い。微分積分や座標幾何なんて考えたこともなかった。

 スタスタと、サンガがこちらに歩いてきていることに気づく。


「なんか、あんた、変わった」


「変わらない」


 シーラは、少し空気がぴりついていることに気づいた。シーラも貴族社会の中で生きてきた人間だから、教室内の格付けというものは理解している。茜ミナトは、派閥に入らず遠巻きにいる数人のウチの一人。人間の中心にはいなくて、好かれもせず嫌われもせずを維持していた。

 シーラはできるかぎり茜ミナトという人間のイメージをあまり壊す気はなかったし、もし魔法が使えなければもう少し穏便な反応をしていただろう。ただ、いじめというものには、ミナトはあんまりいい思いを持っていないようだし、シーラは元公爵令嬢だった。なんで平民程度に、と無意識に思考が回ってしまう。

 

 サンガが前のイスを引いて座った。

 こちらをジロジロと無神経に見てくる。


「目が変わってる」


 ジッとわたしの目を見てくる。


「そう」


 こういうのは目を逸らさない方がいい。あんまり睨んでいるふうでもなく、かといって余裕ぶってもなく、自然体の目で見つめ返す。


「桜木坂さん、ひじ治そうか」


 桜木坂サンガ、女子中学のテニスの実力者だったけど、ひじを痛めて、そのあと荒れてる。ミナトの知識。

 身体強化魔法で、力の差を見せつけて押さえ込んだり、威圧や幻惑魔女で恐怖を植え付けることも考えたけど、学校でそういうことはしないほうがいいだろう。ここで、ちょっと恩を売った方が得か。興味ないことで邪魔もされたくないから。

 それから、魔法の実験にちょうどいい。


「ッ、治んねーんだよ」


 殴りかかってきたりはせず、机が拳でダンっと叩かれるのみ。

 その間に、わたしはさっさと治癒魔法をこっそりと使った。この世界、わざわざ外科手術なんてことをしているようだけど、だいたいは魔法で一発で治ってしまう。スポーツ障害なんて微妙な病気は異世界ではなかった。

 

 ひじの痛みがないことに気づいたのか、訝しげな目をして、サンガは自身の右ひじを触る。押してきたり、捻ってみたり、曲げては伸ばしたりーー。


「くだらないことやめて、静かにしてよ」


「あ、ああ」


 呆然とシーラを見つめてくるサンガを無視して、数学のプリントに戻った。

 これで、教室内でより静かに過ごせるだろうか。茜ミナトの教室内のポジションをそれほど動かさず。



 放課後になって、シーラは部活には行かなかった。少し体調が悪いと顧問の先生に告げて、街に出た。

 とにかく発展した街を見てみよう。実際と記憶・知識では、また感じ方が違うものだ。茜ミナトの経験は、彼女の経験で、わたしの経験はわたしのものだ。やりたいこと探し、自分探し。魔法を鍛えておくにしても、その先はーー。



 シーラがあまり理解していなくて、同時に茜ミナトが少し分かっていなかったことは、清常学園がかなり裕福な家庭の子が通う学校で、このあたりのお嬢様学校の筆頭であるということだった。

 したがって、街に出て、一人で歩いていたりしたら、変な輩に絡まれることだって、可能性としては十分にあって、そして現実はその可能性を拾い上げた。


「セイジョーのお嬢さんが、一人? 勉強とか嫌になったとか、すか」

「俺らも暇してるんだよなぁ」


 ナンパーー、可愛らしいものだ。貴族の子女だからナンパよりも誘拐の方がメジャーだったから。男が4人。

 

「ごめんなさい、急いでいるから」


「どう見てもキョロキョロ周り見て、暇そうだけどー」

「なんか面白いこと探しているなら、いい遊び場所知ってるよ」

「カラオケやボーリングでもいいからさ。金なら奢るし」


 ああ、めんどくさい。異世界だったら、問答無用でぶっ倒しているのだけど。この世界はあまりそういう荒事を日常で行う世界ではない。自力救済には否定的なようだ。狙われないように安全に行動しなさいと、護身用のナイフも持たないし、護衛もいない国。


「ああ、そうだ……」


 シーラは小声で呟いた。


「いいわね。あなたたち、遊びましょう」


 シーラの抑揚のない言葉が男たちに届く。男たちは一瞬ビクッと動くと、頷いた。覇気のない自動化されたような動きだった。


 催眠魔法もうまく機能することを確認したシーラは、制服のままで男たちを連れ回して、彼らのいう遊ぶ所とやらを巡った。

 数日後、この街の不良集団は一つの派閥『アゴラ』によってまとめられた。『アゴラ』と名付けられたのは、ただ世界史の授業をシーラが受けたばかりだっただけだ。





「ミナト、なに、呼び出されてたの」


 職員室から戻ると、シホが話しかけてきた。面白半分興味半分、全体で好奇心だ。


「ちょっとね、街で遊んでいたのがバレたみたい」


「ああ、体調不良で部活休んだ日の」


「そう、それから男と一緒だったとか、変な噂もね。わたし、一人だったのに」


 カメラというのも気にしないといけないことを理解した。人間の認識だけ阻害しても、自動でカメラが動いている。


「ミナト、恋の予感がするわ」


 シホは恋に恋している。


「ないない」


「だって、お嬢様が根は優しい不良とのロマンスはテッパンじゃない」


 今、起こっているのはそういうラブコメではなくて、悪役令嬢モノ、と答えるわけにもいかない。しかも、現在、わたしは不良を束ねて魔法の実験をしている。もし魔法を使う敵対勢力がいた場合に対処するために。

 

「わたし、そういうタイプじゃない」


「まぁ、ミナトは、俺様系好きじゃなかったもんね。でも悪い男にひっかかりそうだから、怖いなぁ」


「ごめんね、大丈夫だから。心配しないで」


 シーラは答えながら、ずっと魔力を体内で循環させて魔力量を鍛え続ける。ミナトの知識で知ったが、こうすると魔力量を効率的に上げられる。『ラティメリア帝国盛衰期』の知識。


「そうだー、聞いてよ。サンガ、テニス部復帰するんだって。なんかもう二度とテニスできないみたいな噂だったのに。所詮、噂だよね」


 桜木坂サンガ、そういえば治療しておいた。経過は良好のようだ。経過もなにも、魔法による治癒だから、あの場で治っていたら治っているのだが。

 

「それはよかったね」


「てか、部活、来ないの。朝は自由だけどさー」


「ちょっと考え事。今日は行くよ」


 ミナトはこういうのは断らないタイプ。面倒だと思っていても、なんだかんだ付き合う。部活も、遊びも。

 朝はシーラとしては行く気力が湧かなかったが。



「下手くそになってない」


 テニス。なかなか身体の感覚が戻ってこない。

 ここ数日、テニスの練習は雨だったから、筋トレなどになっていた。それで、今日、初めてのボールを使った練習。

 球技なんてシーラはやったこともなかったから。舞踊と演奏、マナー、護身術、それと魔法の訓練。あとは乗馬。そういう生活で、ボールを使って競うスポーツなんてやったことはなかった。

 ミナトは、運動神経は普通ぐらいで、テニスの実力も部の中頃。


「サーブぐらいいれてよ」


「ごめーん。もうちょっと待って。少し感覚が合わなくて」


 コートの向こうのシホに叫ぶ。


「体調悪いのー」


「だいじょーぶ。いくよー」


 ボールを上に放って、ラケットを振り抜く。

 スカッーー。


 向こうでシホが大爆笑していた。

 中学時代からやってきって、ボールを空振り。

 くっ、わたしが、なんで、こんな無様なーー。


「ミナト、もっとボールを見ないと、当たらないぞ」


 向こうのコートから、桜木坂サンガが近寄ってきていた。まだガッツリ練習するというより様子を見ながらやっている段階。


「ラケットの持ち方も……こうだ」


 丁寧に指導される。

 ミナトが感覚でやっていたものが、意識下にストンと落ちてくる。箸を使った時と同じように。

 ああ、こういうことか、とシーラは動かし方が分かり始めた。


「ミナト、もういい?」


 痺れを切らしたシホがボールを手に、打つよと合図する。

 サンガも言いたいことを言い終わったようでフェンスの方まで下がった。


 パンとサーブが打たれる。ボールをシーラは、ぐっと力を入れて、面でとらえてーーーー、ホームラン。


「ちょっとっ!!当てればいいってもんじゃないからっ。なに、スカッとした顔してるの」


 シホの文句が飛んできた。

 けど、シーラはその後、普通にラリーを返せるぐらいになっていた。まだ、どこか拙さを残しながらも。



 さて、学校の時間はおしまい。

 夜の時間だ。以前なら家で漫画やアニメを見ていたようだけど、今はそれより魔法の訓練に時間を割こう。

 不良の集まる溜まり場は誰にも知られずに、訓練するのにちょうどいい。今日も適当に攻撃魔法を放ってみて、今の力量を確かめた。

 それからーー。


「姉御、今日も指導お願いします」


 アゴラ、急造の派閥。

 わたしがいない間に、他との抗争で負けないように戦い方を叩き込んでいる。この街の目ぼしい集団は催眠魔法で、うまいこと支配したが、よその街から攻められる可能性もあるから。

 

「さてとーー」

 

 身体強化魔法をかけて、男の集団を次々とぶっ潰した。

 実戦だけが訓練だ。後で治癒魔法をかけてばいいし。これが、ラティメリア帝国でも主流の新兵教育だ。技術の前に、心。それがない人間には、戦う技なんてあったって意味がない。

 しこたま人骸を作って治療して、催眠魔法で修正して帰らせた。

 

 しばらくの間は、こういう毎日が続いた。




 けど、失敗したなぁ。

 アゴラが、まさかここまで拡大するとは思っていなかった。

 一つの県のトップをはる不良集団となっていった。逆に目立ってしまう。

 この世界の警察という組織は優秀らしい。こんな不良集団のボスがお嬢様学校の生徒だということもいずれ掴むかもしれない。かと言って、自分が組織した集団を見捨てるのは、貴族の血が許さない。

 一般人には迷惑をかけないように、言ってはあるが、どこまで効果があるか。

 それと、この不良集団、どうやって食わしていくんだ、わたし。

 もろもろ問題だらけだ。なんで勝手に拡大なんかしたんだろう。


 そして最悪な時は訪れる。


 テニスの大会があった。

 応援席に、ずらりと並ぶ明らかに態度のデカい連中。アゴラのメンバーがどうしてか応援に来ていた。


「ミナト、やっぱり不良少年との恋のノロシがーー」


 ダブルスのペアのシホが大盛り上がりしていた。どう考えても、そんな不良少年の束ねる規模の人数じゃない。観客席がもうヤクザの親分の娘さんの応援に来た子分たちの規模だ。


「シホ、わたし、結構、大失敗しちゃったかも」


「恋にヤケドはつきものだよ」


 ヤケドどころか大炎上しそう。ミナトの昼の人生が……。

 あれ、わたし、もしかして断罪ルートになろうとしてない。投獄されない。裏に隠れていなくてはいけないのに。ラブコメだったらいいのに。

 もう全然隠れていけない。親バレもしました。変な連中とつるんでいると。



 アゴラのメンバーのおかげで、だいたいの魔法の訓練が終わった。

 そして、シーラはモーレツに悩んでいた。資金源をどうするのか。みかじめ料や麻薬なんてものに手を出すわけにはいかない。それこそこの世界で逮捕からの死刑があるかもしれない。今は各々のメンバーが土木や交通整理、喫茶店やバーなどのバイドで回している。

 そもそも、これって何の集まりなんだ。

 シーラには、ミナトの漫画やアニメの不良知識ぐらいしかなかった。この目的もない集団ーー、処分していいなら逃げ出して終わらせるが。

 でも、まずは資金だ。


 シーラは、当座の間は、治癒魔法でスポーツ障害を治して、資金を得ることにした。この世界はこういう病気は多いみたいだし、治したら感謝も金も得られる。


 シーラは気づいていなかった。

 その行為が、この世界でどのように判断されるか。

 数ヶ月で、信者の団体ができ、アゴラは宗教団体へと変貌をとげていた。

 その勢いは止まらない。特にオリンピック候補の選手や引退を決意していたスポーツ選手たちを治してから。



「あはは、やりすぎた。だから、断罪されたんだよなぁ。学ばないなぁ、わたし」


 こんなカルト宗教団体作ったら、また国家反逆罪とかで殺されるよ。いつのまにか大きくなっていく組織を止められない。キラキラしている信者たちの目が辛い。もう一回やり直したいんだけど、無理かな。

 で、わたしはこれからどうすればいいのだろう。

 魔法を使って敵対する勢力もいなさそうだし。とりあえず資金はどうにかなった。スポーツ選手が多額の寄付をしてくれたから。


「国政にうって出るべきです」


 何か知恵袋的な参謀が理解不能なことを言っていた。

 絶対やばいでしょ。

 フランス革命や軍事クーデターの知識がある。それに魔女狩りも。なんで嬉々として断頭台の方にわたしは歩を進めている気がするのだろう。

 政治なんて血筋なのに。民主主義とか意味不明な制度のせいで担ぎ上げられようとしている。くたばれ民主主義。わたしはたしか平凡な人生を望んだはず。


「く、くたばれ民主主義ですか」


 あ、声に出ていた。


「それが私たち主の望みならば」


 あれ、やばい。


「さすが、姉御。俺たちが姉御を選んだんじゃない。俺たちが姉御に選ばれたんだ」


 政変を企ていそうなことを喋っている。

 どうしよう。こんなのガチで国家転覆罪が……。

 ギロチンが……。

 なんなの、この世界……ちょっと魔法使っただけなのに。


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