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3話

眉間に皺を寄せたまま苦しそうな表情で寝ている彼を見下ろす一人の男。

「大分弱ってきたな。そろそろ刈り取り時期かな。」

伸ばそうとする手を払いのけるもう一人。

「そんなことはさせない。この人は私が守ります。」

「守護精霊の分際で、森の神の使者である俺に盾突こうと?」

「あなたが森の神の命令で来たように、私は森の神の娘に懇願しこの地位を授かりました。あなたに負けているとは思っていません。」

「しかし、守護精霊たるあんたができる事と言えば、わずかばかりに敵の矢や剣の軌道をずらす事と、夢の中での助言程度だろう。」

「そうよ。でもそこにこの人の努力で得た反射神経があれば、致命傷を受けにくくできる。」

「しかし、助言の方はこいつ自身の自責の念から真っすぐには受け取れずに、歪んでこいつの心を傷つけながら届いてるんだろう。」

「それは、」

「それにだ、こいつの守護精霊サマだから気が付いているだろうが、こいつは俺が何もしなくても明日の戦で死ぬ。それは決定事項だろう。」

「・・・。」

「だから後は、この俺に魂を刈り取られるか否かの問題だけだ。」

「・・・結果がそうだとしても、明日がこの人の最後だとしても、あなたからこの人を守る事が私の願いであり役目です。」

「そうかい。じゃあこうしよう。最後の瞬間だ。その時に俺は罠を仕掛ける。あんたがこいつを守りたいって言うんだったら最後の時に助言をしてみればいい。それで勝負だ。」

「・・・わかりました、お受けしましょう。」

「面白くなってきた。明日が楽しみだ。」

男は笑いながら消える。

女もまた暗い表情のまま闇に消えた。


翌日早朝。

ここまで付いて来てくれた部下達を長として、自分の配下に編入された民兵部隊をチーム分けしていく。

あくまで行動の目安程度のもので、混戦となることが予想されるため、その通りには動かないだろう。

そして今日の作戦内容を発表する。一見すればただの遊撃部隊。その実が敵を盛大に釣る為の囮である事は、流石に部下達の表情を見ればすぐにわかる。

微妙に温度差のある民兵部隊に分かりやすく説明する。

「我々の部隊は傍目から見れば、相手の第二拠点を叩く遊撃部隊だ。しかし困ったことに、俺が率いている事は直ぐに敵にばれるだろう。

そうなれば、敵は警戒して通常よりも多数の兵が第二拠点に配置されるだろう。

そうする事で敵の本陣を手薄にさせ、わが軍の多勢が攻め立てる。」

「じゃあ、この部隊は、」

民兵の一人が言う。そこに続く。

「その通り。ただの撒き餌役だ。当然通常以上の猛攻が予想される。」

一息入れてから軍約違反になりかねない言葉を続ける。

「だから今日の作戦に参加したくない者はここに残ってもらっても構わない。それによって不利益にならないよう私の方から上官には話を付けておく。

私と私の名前が十分に撒き餌の役目を果たせる。君たちまで無駄に命を散らす必要は無い。」

たとえこれで付いて来る人が居なくなっても良い。彼らをみすみす死なせるぐらいなら一人で戦うほうが何倍も良い。

そう思っていたが、部下の一人が発言する。

「しかし分隊長。撒き餌なんて相手をいかに長い時間そこに拘束するかが肝でしょう。いくら分隊長が英雄と言われるほど秀でていても一人では多勢に無勢であっという間にかたが付いてしまいます。

数がいてこその撒き餌。分隊長の盾にでも槍にでもなって使いつぶされる事を望んでいるものばかりがここに集まっていると俺は思っています。」

周りからは喚声が上がる。彼らの意思は固かった。俺の提案ぐらいでは崩せなかった。

「・・・、わかった。皆ありがとう。ただこれだけは頭に入れといてくれ。さっきの意見でも有ったように、必要なのは長時間の戦いだ。だから無理に攻めてやられていては困る。

我々があっという間に瓦解すれば、敵は本陣に集結し、我々の軍はそれだけ不利になる。

だから、攻める事より守ること。一分一秒でも多く敵の注意を引き付けよ。敵の時間を奪い取れ。」

部下も民兵も一緒になって鬨の声を上げる。皆の士気が十分に上がった所で我々は進軍を始めた。


決戦の舞台は大きく分けて二つに分けられる。広い平原ににらみ合うように両軍の本陣がある。そこから木々を挟んだ先に小さな野原がありそこに、敵の第二拠点がある。

我々は地元の民兵の指示に従って、森の中を見つからないように進み、敵の第二拠点のすぐそばまで移動した。

「分隊長。敵の数は当初の予定の倍以上は居ると思われます。敵の総戦力のおよそ4割。」

「・・・これは少しやられたかもな。」

俺が遊撃部隊として移動している事は筒抜けだったらしい。その上で我々を一気に潰すため、想定以上の兵力をこちらに割いていたらしい。

我々を即座に制圧し、すぐさま本陣に加勢に行くのだろう。

「しかし、それだけの量の敵を足止めできると考えれば、舞台は十分だろう。」

皆を見渡す。誰も彼も緊張の面持ちで、中には神に祈るものまで居る。皆がそれぞれにその瞬間を待っている。

号令とともに全員で森から駆け出し、強襲する。敵が対応する前に数人を切り倒し、すぐに盾を構え飛んでくる矢を防ぐ。

後は矢を防ぎながら徐々に進軍し、しびれを切らして飛び込んできた敵を切り捨てる。

混成部隊をいくつかの集団にして互いに守り合わせて、強固な盾とする。

ふとした隙から一人また一人と仲間が倒れていくが、その分敵の時間を奪い取る。

ふと見上げれば、木々の向こうで直接は見えないが敵の本陣がある辺りから、煙が上がっている。

既に本陣同士の衝突が始まっているようだ。

「我々の勝利の時が近づいてきたぞ。もうひと踏ん張りだ。」

見方を鼓舞して盛り上げる。その間も飛び込んできた敵を倒す。

どれだけその状態を保っていたかは既に見当もつかない。極度の緊張と集中力の維持でとっくに時間の間隔が無い。

数個の集団に分けた混成部隊も残るのはわれらだけとなり、われらに集団も少しずつ人数が減っていった。

そろそろ限界を感じてきた時、一人の民兵が話しかけてきた。

「隊長提案が有ります。」

若い少年兵の彼は、飛んでくる矢を盾で必死に防ぎながら何とか続ける。

彼には見覚えがあった。民兵一人一人の名前を聞いていた時の印象がとても強かったからだ。

彼の名前もまた、マッテオだった。幼いその少年兵の顔に自分の息子の顔がダブったのをよく覚えている。

「我々の部隊はそろそろ壊滅すると思います。」

「その通りだ。」

「しかし、隊長は我々の英雄です。このあたりの村々にとって誇りです。」

「ありがたい称賛だが、流石の俺でもこの状況はひっくり返せないぞ。」

「違います。英雄であるあなたには生き残ってほしいのです。自分が躍り出て敵の注目を引き付けます。その間に退却してください。」

悲壮を含んだ決意の表情。その言葉がただの気休めや冗談では無い事が痛いほどわかる。

「馬鹿を言うな。少年の命を踏み台にしてまで生き残れるほど、俺は図太くない。」

少年の提案を却下するも、彼の気持ちには変化が無かった。

「お願いです。必ず勝利を手にしてください。」

それだけ言うと少年は盾を投げ捨て、剣を握りしめ敵に向かって飛び出していった。

「ま、」

待て、という言葉が口から出る前には既に、声の届ぬような遠くで飛んできた矢が少年を貫く。

歩みが止まった少年の元に次々に矢が放たれ、あっという間に何本もの矢が突き刺さりその場に崩れ落ちる。

「そ、そんな、」

まだあどけなさすら残る少年に、なんということをさせてしまったのだろう。

少年の輝かしい魂を掛けるほどに、それほどにこの自分に価値があるのだろうか。

偶々生き残っているだけの自分に英雄というレッテルが勝手に付いているだけなのに。

少年は自分に生きて欲しいと願ってくれた。しかし、自分はその願いを受け取れるほど優れた人間ではない。

ただただ生き残っているだけの、何もない人間。

ソフィアを殺しておいて生き残って、フェデリコや村をぼろぼろにされておいて生き残って、ついには息子ほど年の離れた少年を贄にして生き残ろうとしている。

そこまでして生きる価値は、自分には無い。

うつむく自分の耳に入ってきていた戦場の騒音が遠くなる。

そこに聞きなれた声。

「お前に選択肢は無い。生きる為にあがき続けろ。少年だろうと部下だろうと何でも利用して醜く生き延びろ。それがお前ができる唯一の私への償いだ。」

いつもの姿に、いつもの表情。ソフィアの怒りは未だ消えていない。

「しかし、万策尽きて身も心も果てた。」

泣き言を言う自分にさらに表情を険しくするソフィア。その口から更なる罵詈雑言が飛び出そうとした時。

「わかりました。もう良いのです。もう休みましょう。」

別の方からもソフィアの声が聞こえた。そちらを振り向くとそちらにもソフィアが居た。

しかし、その表情ははるか昔に見たあの頃の笑顔だった。

「あなたは十分に頑張りました。もう一緒に休みましょう。さあ、こちらに手を伸ばしてください。」

手を伸ばそうとした所に、険しい顔をしたソフィアから檄が飛んでくる。

「何をしている。お前にはまだまだ苦しんでもらわなければならない。勝手に楽な方へ落ちるなんて、私は許さないぞ。」

一瞬手が止まる。少し考え、後ろにいるソフィアに一言だけ。

「ごめん。」

そう言って、前にいる微笑をたたえるソフィアの手をつかんだ。



戦いは侵略軍が本陣襲撃により指揮官を失い撤退し、防衛成功となった。

遊撃部隊として第二拠点を攻めていた混成部隊は隊長を含め全滅した。

戦死した村の英雄たる隊長の遺骸は丁寧に村に運ばれた。

遺骸は村人たちにより、その魂が神のもとへと行けるように祈られて妻の横に埋葬された。


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