第1章 身の毛もよだつ
8月。ほとんどの学生は旅行や遊びやと忙しくしているころだろう。
この少年...中村嶺斗も例外ではない。だが、彼には決定的に他と違うところがあった。
彼は夜行性だった。というか単刀直入に言うと猫である。比喩ではなく、本物の。
彼はある日突然ネコの獣人になったのだ。不思議な夢の中で、適当に放った願いが叶ってしまった。
昼間は寝て、夜に活動する。典型的な夜型人間の生活だ。
しかし、この生活に彼は満足していなかった。なぜなら...
「俺はビビりなんだよおおおお!!!」
1人しかいないはずの寮の一室で嶺斗は叫んだ。もちろん彼がおかしくなったわけではない。
物理的に1人なだけであって、彼の手には携帯電話があった。
通話の相手は、小学生からの幼馴染の矢吹大政だった。
この日、嶺斗は大政から肝試しに誘われていた。
前述したとおり、彼はビビりだった。だから真っ暗な夜は彼にとってあまり居心地のいい時間ではなかった。
『大丈夫だって!3人でいるんだから怖くないって!どうせなんもいないよ!』
「いやいやただの高校生がネコ化するなんてことが起きてんだからわかんねーだろ!!」
『百聞は一見に如かず!見に行ってみたら案外どうってことないって!リクにも話し通しといてくれ!じゃあな!』
「あっ...おい!ちょっと!...切れた...」
リクというのは、彼のルームメイト「裏喰」のことで、今は部活で部屋にいない。彼もまたただの人間ではない。人狼といった種族で、
自身を人間の姿か狼の姿へと自由に変えられるのが特徴だ。彼は嶺斗の命の恩人である。
散らかった部屋を片付けながら、ため息をつく嶺斗。昨日は満月で、狼としての本能が抑えられないリクが暴れまわった後なのだ。
ひとしきり片付け終わったのは、17時を知らせるチャイムが鳴り始めるころだった。
「おーっす。ただいまー」
部活着のまま部屋に戻ってきたリクは、嶺斗の疲れた様子を見て少々気まずそうな表情を浮かべた。
「おかえり。片付け終わったよ」
「お疲れ。毎度悪いな」
「もう慣れた」
他愛のない会話。嶺斗はリクを同級生というか兄弟のように思っている。人懐っこくて無邪気に笑うこの少年は
嶺斗のひそかな癒しになっていた。
夕飯の準備も済ませて、二人は手を合わせた。
「「いただきまーす」」
自分で作った生姜焼きをほおばりながら、嶺斗はふと昼間の電話の内容を思い出していた。
「あのさ、リク。昼間大政から電話があって、今日の深夜、例の廃病院まで肝試しに行かないかって誘われたんだけど」
「んー...肝試しかぁ...オレ、なんか急にビビらされるの苦手なんだよなぁ...」
「だよねー。じゃあこの話はなかったことに...」
「んーでも3人で集まれる機会なんだし行ってみるか!」
「えぇ...マジで行くの?本物出てきたら嫌なんだけど...」
「大丈夫だって!いざとなったらオレらが守ってやるから」
「うぅ...」
一言目で持った希望は簡単に打ち砕かれてしまった。
嶺斗は観念して廃病院に行くことにした。