第6話 見舞い
「いやぁ、今回は助かりました。ありがとうございます。斂徒くん」
「仕事はもう終わりですか、桃さん。まだあるんじゃないんですか?」
あれから数日が経ち、今日は、いろいろと忙しくて取りに来られなかった預かり物を受け取りに、また本部へと来ている。
今回は時間通りで、個室付きだ。
そのついでと言ってはなんだが、前の一件についての事後情報を聞くこととなった。
ちなみにプライベートでは、この人はタメ口だ。
「いいじゃーん。斂徒くんはケチだな~」
「ケチとかじゃないです。ただ、公私混同しないで欲しいだけです」
「大丈夫、大丈夫。そーゆーところはバッチリやってるからさ!」
こうやって右手をサムズアップさせてドヤ顔を決めている。何故ドヤ顔なんだ。
普段の仕事ならかなり優秀な人なんだけどなぁ。
「それで、あの件。どうなったんですか?」
「はいはい。えーと、ちょっと待ってね」
そう言って桃さんは鞄から何枚かの書類を取り出した。
「前回、斂徒くんの進言した内容を元に調査班が現場に向かった。しかし、斂徒くんが懸念していた人工的な霊の発生に関する情報は一切見つからなかった。だそうね」
「わかりました。ちなみに今回出向いた調査班は?」
「霊跋師調査班特課第二部隊だって」
「特課ですか。それはまた…」
霊跋師調査班。その名の通り、霊関係の事案を調査することに重きを置いた霊跋師だ。
その中で特課は邪霊級以上の霊の調査や、霊跋師全体での治安維持もとい情報調達をも行っているスペシャリストのことを指す。
そんな通称『特課』が出るとは、なかなか以外だ。
「随分、気に掛けてるみたいですね。もしかして、他にも何個か報告が来てるとか?」
「いや、私はそんなこと耳にしてないよ。もちろん冥様からもなんとも」
「そうですか…」
この業界では耳が早い桃さんでも知らないとなると、そんなことは無いのだろう。
だったら何故こんなにも早急に取りかかったのか。とても気になる。
「そんな難しい顔してるけど、私は単純に斂徒くんを評価してるだけだと思うけどな」
「俺?」
「うん。斂徒くんは一級っていう実績もあるし、経験だって並の霊跋師なんかよりも豊富でしょ?それに、あなたが自分からここがおかしいなんて意見すること滅多にないじゃない。だから、冥様とか他の五角の方まで話が飛んでいったんじゃないかな?」
「それは、大げさですよ」
「そんなことないよ。実際、斂徒くんが異変を感じたっていうのに、異常は無し。たったの一つもだよ?あの特課が出向いて異常ゼロなんだから逆におかしいよ」
それは、そうだ。特課は調査をさせれば一級品。どんな場所だろうと何か改善点を見つけて帰ってくると聞く。そんな特課が何も見つけられないなんて逆に怪しいことこの上ない。
「あとさ、斂徒くん」
「はい」
「あなた、調査してたのが特課じゃなっかたらもう一回申請かけてたでしょ?」
「よく、わかりましたね」
「伊達に長い付き合いじゃないからね。いつから斂徒くんを見てると思ってるの?」
「すみません」
「いや、そこ謝るとこじゃないよ。まあとにかく、そこまで斂徒くんが気にするってことは何かあるってことだと私は信じてるよ?」
そう。なんだかんだこの人はいい人だ。別に血のつながりなんか無いのに、同じ家族のように俺を信じてくれる。
ここまで言ってもらえるなら、後はあちらに任せよう。師匠もいるしな。
「ありがとうございます。じゃあ待ってみます」
「うん!それが良いと思う」
「進展、あったら連絡お願いします」
「はい。冥様にも確認しておくね」
最後に本部の入り口まで送ってもらい、また当分会わないだろうから名残惜しさと共に別れの挨拶を交わした。
「じゃあ、また」
「バイバイ。またね斂徒くん」
「はい」
「あっ」
「どうしました?」
「忘れてた忘れてた。はいこれ」
「なんですか、これ?」
「前助けた子達の病院の住所。また会ってお礼がしたいらしいから行ってあげて!」
「え」
「じゃあね!」
「あ、ちょっと」
少し、いや、俺にとっては結構でかい置き土産を置いてかれた。
やっぱり、桃さんは桃さんらしい。
――――――
「場所はここか?」
桃さんに渡された紙には、一つの住所と部屋番号らしき数字が書かれていた。
そして目の前にあるのは、とてつもなく大きな病院。俺の記憶が間違いじゃなければ、県でも一二を争うほど大規模な病院の筈だ。
この大きな病院がほぼ霊跋師のために存在するのだから驚きものだ。
受付の人に説明をして関係者のタグを貰ってから、手元の紙頼りに部屋を見つけた。
入ると、ほぼベットは空席。ただ左奥に輝橋光迅率いる師団のメンバーが全員揃っていた。
一人はベットで寝ている。おそらく愛美と呼ばれていた少女。その他がベットを取り囲んでいる。
手前の眼鏡を掛けた少女、前に依頼をした泡舞歌奈という子が、入り口側を正面にして座っていたため、一番に俺に気付いた。
「あ、斂徒さん!」
「先日ぶりだな、団員の体調はどうだ?」
「ご心配ありがとうございます。駿也と正戸、光迅は軽傷で今は全快。愛美も順調に回復していってます」
「そうか、それは良かった」
「前は本当に助かったよ!」
「はい、本当にありがとうございました!」
「みんな斂徒さんに感謝してるんだ。もちろん俺も」
皆こちらに礼をしてくれた。
仕事だから当然と割り切ればそれまでだが、たまには桃さんから言われた通り縁を大切にしてみるのも悪くないかもしれない。
そうとなれば、俺を呼び出した本当の目的を教えてもらうとしよう。
「本題に入ろう。輝橋、俺を呼んだのはなんでなんだ?俺達は霊跋師。基本ホームはあるが東奔西走の身だ。礼なんかなら言伝、良くて手紙で十分だ。お前のことだから律儀なだけとも思ったが、そこら辺相手に合わせると判断させてもらった。つまり俺に直接言わないといけないこと。または直接言った方がいいことがあるんだろ?」
「さすがだな。あの受付の宍輪さんに聞いたら普通は伝言だっていわれて。だから個人的にお礼をしたいってお願いしたんだ」
「なるほど。それで?」
「まずは伝えたいこと。俺たちは、解散することになった」
「…そうか」
まぁ、あんなことになったんだ。無理もない。
仲間が帰ってこない恐怖、圧倒的強者に襲われた恐怖、単純な死の恐怖。
違いはあれど、差なんて無い。
こんなこと続けたいなんて普通は思わない。
「メンバーは全員解散か?」
「あーえっと、どこから話せばいいかな?」
「もう、光迅くんはいいから。経緯は私から話させていただきます。まず私達は帰還したあと、愛美が目を覚ますのを待ちました…
――――――
愛美が目覚めてからは、ただ沈黙が続きました。
何分かして光迅くんが話し始めました。
「なぁ皆、俺たちのこれからの話をしないか?」
「これからってどういう?」
「率直に言うと師団の今後の話だ」
メンバー全員の顔が遂にといったような、まだ話したく無いというような、複雑な表情で光迅くんの方を見ました。
「今回の件で俺たちは辛い思いをした。それでも俺は霊跋師を続けたいと思っている。でも、皆はそうじゃないと思う。俺を応援してくれてるのはうれしいんだ。俺から皆を誘ったもんな。けど、自分の恐怖を押し殺して、我慢してまで付き合ってもらう必要はない。だから…皆の気持ちを聞かせてくれないか?」
場が重苦しい空気となってしまいました。
最初に静寂を破ったのは愛美でした。
「私は正直二度とこんな目には遭いたくない。だから、師団は抜けようと思う。応援したいし力になりたいけど、怖いまんまじゃ足手纏いになっちゃうからね」
次に正戸くんと駿也くんが口を開きました。
「僕も師団を抜けるよ。僕にはこんな仕事は向いてなかったって今回わかったんだ。でも、この業界には残りたい。中途半端かもしれないけど、光迅やあの斂徒さんとかを手助けできるようになりたい」
「俺も、辞める。なんか気が抜けちゃったような気がしてさ、今じゃ前と変わんない。それどころかもっと迷惑かけるだろうし。それに俺は光迅ほど勇気もない。だからごめん…」
みんな申し訳なさそうに、でも決意は堅くして話してくれました。
「全然いいんだ、ありがとう。気にしないでくれよ、応援してくれるだけでもありがたい」
「ううん、こっちこそありがとう。私これでも丈夫だから、すぐ回復するよ!そしたら私も手助けくらいならできるかな?」
「それいいよな!正戸も愛美も裏方になるってことだろ?俺もなろうかな?」
「駿也には難しいんじゃない?」
「そうかも。ねぇ光迅?」
「そうかもな」
「なんだとっ」
みんなの意見はもう決まったようで、私も意を決して話すことにしました。
「わ、私は霊跋師を続けたい…って思い…ます」
「えっ」
「だ、ダメでした!?」
「いやそうじゃなくて、いいのか?また危険な目に遭うかもしれない」
「そんなものは大丈夫ですよ。もとより霊跋師になる時から危険は承知の上です」
「でも、本当に?」
「はい、本当です。なんならここで契約書でも書きますか?いいですよ?」
「ありがとう。でも何でだ?」
「えっと…秘密です」
「えっ秘密?」
「まだ秘密です」
「なんかここ熱ーい」
「そうだね、僕ら帰った方が良い?」
「そうかもな」
「ここ私の部屋なんだけどーー!」
――――――
「という感じです」
なるほど、皆業界には残りそれぞれの選択を取ったということか。
個人的には良い選択肢だと思う。どんな時でも仲間としているには最良だろう。
まあ、話の最後は違う気もしなくもなかったが置いておくとしよう。
「話は理解した。仕事の斡旋とか師団の推薦くらいなら出来ないこともない。俺に何をして欲しいんだ?」
「俺を弟子にしてくれっ!」
「お願いしますっ!」
「は?」