第3話 異空間
入って見えた景色は、知らない森の中だった。
植物も息をしている。動物の気配も感じる。はずなのに、どこかおかしい。
「なんだ?ここ」
「何処かに飛ばされたわけじゃなさそうだな」
ここは何か感じが違う…
まるでごく普通の『森』なのに、生態系があるように感じられない。見える物全てが作り物のような感覚だ。
気配はあるのに、淡々と役割をこなしているような機械感で少々不気味に思う。
それに…
「霊力だ」
「霊力?」
「ああ。ここの空気、全てが霊力で満ちている」
「それって…」
「この空間は霊に創られたものということになる」
霊力は霊の扱う力。いわば霊の神力だ。
この空間は創造物だ。それも壊れかけの。あの霊が創ったのか?いやあれにはそんな力は無い。なら、他の外的要因?まさか。
いずれにせよ急がなくてはいけない。
「この空間もいつ崩れるかわからん。急ぐぞ」
「おう!」
緑一色の中を駆けていく。
あたりは大きな木が等間隔に生えており、ほとんど空が見えない。
なのに明るいのは、木漏れ日のおかげとはとても言えないだろう。
通ったあとは残らず、獣道も存在しない。
本当に“理想の森”だな。
いくらか進むと、道を見つけた。
その道は手入れされてはないが、獣道とは言い難いほどわかりやすい。さぞ「通ってください」と告げられているような感覚。
その道を真っすぐ進むと開けた空間に出た。
「シュン!マサ!」
輝橋がそう叫んだ。
目線を辿ると、広場の中心に二人の少年が倒れていた。
依頼にあったので間違いはなさそうだ。愛称で呼んでいることからおそらく同級生なんだろう。そりゃ心配も倍増する。
しかし、一人いないな。
「駿也っ!正戸っ!しっかりしろ!」
「光迅、まずは二人を起こせ」
「わかった!!」
周りを見渡せば、半径五メートルほどの広場になっている。
ここだけ植物が生えておらず、空から光が煌々とこの空間を照らしている。
やはり歪だ。普通じゃあり得ない。
そこで、倒れていた二人が目を覚ました。ひとまず無事らしい。
「ん、こうじん…光迅なのか!?」
「ああ、そうだ」
「お前も食われちまったのか?」
「いや、俺はお前たちを助けにきた。愛美はどこだ?」
「愛美は…」
「無理だ光迅!あいつは強すぎる!」
「そうだ正戸の言う通りだ。愛美はもう助からないよ…」
「どういうことだ?霊がいたのか?」
「そうだよ!あれはやばいっ!もう、動けないんだよ。そしたら、愛美だけを連れていっちゃって、俺たちは助かったんだ。だから逃げよう!!」
霊の中に霊がいることは珍しい。
事例としては確認されているが、少ない。そして強い。
何人もの霊跋師が殺され、最終的に二、三級の霊跋師が戦う羽目になっている。
二人は、諦観の表情をしている。当たり前だ。よっぽどの強さがないと少人数では勝てっこない。
この状況は不利だ。だが、これは仕事だ。責任がある。
「お前たち、その霊は階級的にどのくらいだ?」
「あんた誰だ?」
「まさかあいつと戦う気なのか!?」
「頼まれたんだから仕方ないだろう。これが俺の仕事だ」
「やめておけ!みんなやられちまう!」
なんかこいつら勘違いしてるな。俺がどうやってここに来たとか考えてないだろ。
危機的状況に陥ると人の判断力は鈍るという。無視しておこう。
「それでわかるのか?」
「やめとけ!自殺行為だ!!」
「ちょっと、駿也。落ち着いてくれ」
「でも!」
「俺、決めたんだ。絶対に見捨てないって。さっき死にかけて、でもそれ以上に死ぬほど後悔した。だから斂徒さん、勝手だけど俺もついて行くよ」
「好きにしろ」
「光迅!?ダメだ!」
「ごめんな、シュン。俺はみんなを助けなきゃいけない。リーダーとして、そして自分のために」
「だけど!」
「安心しろ。そいつは俺が絶対に死なせない。これでも長くやってるんだ」
「そうだ。斂徒さんはめちゃくちゃ強い、大丈夫さ」
「そんなこと言っても…」
「はぁ…」
これじゃ拉致があかない。気持ちが理解できないでもないが、ウジウジしていても進めない。
少し圧をかけよう。言葉に重みを乗せる。
「どっちにいったんだ」
「…」
「教えろ」
「頼む!教えてくれ!」
「…」
「…あっちだ」
そう言ってマサと呼ばれていたほうの少年が右奥の道を指差した。
確かに言われてみれば少し気配が強い気がする。嘘は言ってなさそうだ。
少し手間取ったが、覚悟を持ってくれたのだと考えておこう。
「おい!正戸!」
「ありがとう!マサ!」
「仕方ないよ、どっちも引く気ないし。そこの斂徒さんって人信じるしかない」
「でもなぁ!」
「わかってるよ、すごく怖かったし。でも、愛美を置き去りにはできないし、助けられるんなら良いにこしたことはない」
「それは…」
「僕たちは諦めたけど、光迅ならって思ったんだ」
「…わかったよ」
あの駿也っていうのも仲間思いなんだろう。共感は出来ずとも理解はできる。
ただ、求めるものの違い、それ以上に覚悟が違う。
だから輝橋は俺と共に行動することを決め、こいつらは諦めた。だが、ここで『託す』を選んだのは賞賛しても良いのかもしれない。
「お前たち」
「はい」「なんだよ」
「言いたいことはあるが、助言をしよう」
「「助言?」」
「仲間の言葉は目を見て判断しろ。真偽なんてどうでもいい。ただ目を見て、信じている仲間のままかどうかを判断しろ。どんな状況でも仲間は仲間だ。戦場で唯一頼れるものだ。だから信じてやれ。信じようと思え」
「目を見る…」
「信じようと思う…」
「簡単だが、一番わかりやすい。今の光迅は信じられないか?」
二人は輝橋の顔を、目を見て、首を横に振った。
これで大丈夫だ。安心して帰ってもらおう。このまま待つと言われても困る。
結局、輝橋もついて来ると言った。負担も多くなるが、自己責任で生きてもらうことにしよう。
「あんたらは、もう戻れ。あとは俺がなんとかしておく。もう意味のない会話はよしてくれよ」
「うっ…分かった」
「光迅と愛実のことよろしくお願いします」
「了解。請け負った」
俺は一枚の札を取り出し二人の足元に貼った。
———飛門の札
一枚では、なんの効力も持たないが二枚貼ると
その空間を繋げることができる。使い捨て。
ここに入る前に一枚張っておいた。ここからでも繋がるだろうし安全だ。
二人を送り出し、右を見る。
大きな気配はしない。だが、油断もできない。能ある鷹は爪を隠すとも言うしな。
「さぁ、いくぞ」
「分かった」
右奥の道を走っていく。
先ほどとは異なり、自然の中にいる感覚がだんだんと消えていった。
進むほど霊の気配と霊力が強くなっていくことを感じる。身にかかるプレッシャーが高くなる。
霊というのは強ければ強いほど巨大な気配を持ち、ベテランの霊跋師だろうと近くにいるだけで息苦しくなる。気配の圧というものはそれだけ凄まじい。
霊の気配が濃くなるということは、それだけ命の危険も増えるということ。すなわち、今の輝橋は…
「大丈夫か?」
「悪い、大丈夫だ」
嘘だな。もう常人じゃ気を失っている。こいつのは、単なる強がりであり気合で耐えているだけ。
神力なんてもので守られてても、多分耐えられない。光纏なんてまだまともに使えないだろう。
単純にとても強靭な精神力だと思うが、正直置いていきたい。それくらい危険だ。案外、ショック死というのも馬鹿にならないと感じる。
流石に置いてはいけないので、死んでも引っ張って行くしかない。
「無理だけはするな。絶対だ」
「わかった。無理はしない。斂徒さんの指示に絶対に従う」
彼は強く頷いてみせた。目に先ほど見た強い光を感じた。
少し、凄いと思った。今の言葉だけで持ち直せる人間はなかなかいない。仲間は彼にとってとても大きいものなんだろうか。それとも全てが大切なんだろうか。
正義感は強すぎるし無謀だが、見直した。ついてくるだけなら足手まといにはならないだろう。
視界の先に、前のよりもさらに広い広場を見つけた。
その奥、広場を挟んで真正面に景色を埋め尽くすほど巨大な樹があった。
見上げた瞬間、ガツンと殺気が頭に響く。視力を集中すれば…いた。巨木の中腹あたり、その太い枝に霊が立っていた。
これほどか…どうやって隠していた?
それは、人型の霊。この世で最も凶悪な造形の霊だ。
霊の階級は7段階あって、
・亡霊級 適正 全霊跋師
・餓霊級 適正 全霊跋師
・恐霊級 適正 全霊跋師
・堕霊級 適正 「六級」霊跋師以上
・死霊級 適正 「五級」霊跋師以上
・邪霊級 適正 「四級」霊跋師以上
・神霊級 適正 「三級」霊跋師以上
集団戦を想定しているので、一人ならば2、3段階は落ちると思っていください。