ここにいる
二年を迎えてからは、時の流れは早かった。
その期間も、二人はお互いに仲を深めていった。
約半年という短い期間でやりたいことを我慢せずに楽しんだ。
朝は二人でご飯を食べ、昼はお互いにやるべきことをやる。
女奈は女神の仕事を、陽衣は加護を使いこなすための修行を。
夕方からは、また二人になり加護をもらう。
夜は、また一緒にご飯を食べて話を楽しむ。
そんな日常生活の中に少しの非日常を織り交ぜながら二人は生活を送った。
そして…
「今日でついに千日目だね」
「そう、だな」
今日で最後の日だ。
「それじゃあ最後の加護を渡すね」
「あぁ」
そう言うと、女奈の瞳が水色になった。
女神の能力を使う時の色だ。
女奈がしばらく陽衣を見つめると、陽衣の周りの空気が渦を巻いて光りだした。
その光が加護の輝きらしい。
光が止むと、女奈は口を開けた。
「それが最後の加護『奇跡』。これからどんな事があっても決して諦めないで。諦めなければご都合主義が君の味方をしれくれる」
「それはまたなんともあやふやなチートだな」
「諦めないことって大事だよ」
そう言うと、女奈は言った。
「やったね。これで今日から君は本物の『チーター』だね」
「本物の反則者って言われても嬉しくないけどな」
女奈の言葉に苦笑気味に返す陽衣。
だが、二人ともどこか元気がない様子だった。
「これで契約も終わって、これから君は転生するわけなんだけど」
少し気まずくなったタイミングで、女奈が話し始めた。
「最後に一つ言っておかなくてはいけないことがあるの」
その真剣味に陽衣は黙って話を聞くことにした。
「あなたは今後、転生したらいろいろなことに巻き込まれる。あなたはそういう運命のもとに生まれてきたから」
その言葉の強さに陽衣は驚いた。
運命、一体どういうことなのだろうか。
女奈は真剣な顔で話を続ける。
「もしかしたら、あなたのその運命はあなたの大切な人を傷つけるかもしれない」
そう話す女奈の瞳はどこまでも冷たかった。
言葉よりも、その瞳の冷たさに陽衣はゾッとした。
しかし、女奈は一度言葉と目線を切ると、話を続けた。
「でも、その運命に救われる人もいる」
女神以上のきれいな笑顔を浮かべて、
「ここにいる」
右手で自分を左手で陽衣を指さして言った。
「私はあなたと過ごした毎日に救われた」
その言葉には最大限の優しさを、
「ありがとう」
その瞳には一滴の涙をためて。
そして、その感謝を受け取った陽衣は、
「勘弁してくれよ……」
消え入りそうな声でそう言った。
手を握りしめ、歯を食いしばり、必死に涙に抗っていた。
「泣かないって決めたのに」
笑顔を作ろうとする。
「しょうがないことだって納得したのに」
涙をこらえようとする。
「そんな事言われたら」
だが、
「離れたくなくなるだろ!」
止まらなかった。
「なぁ、本当にどうしようもないのかよ」
答えはわかっていた。
だが、聞かずにいられなかった。
「君はあと数時間後に転生する。私とあなたは一緒にいることはできない。総契は変えられない」
やはり答えは変わらない。
それでも、陽衣は考え続けた。
希望を諦めきれない。
(どうしたら一緒にいられる)
(どうしたら契約に抗える)
そこで、陽衣はなにか違う気がした。
(違うだろ、おれは女奈と離れたくないだけだろ)
ふと思ったことを聞いてみる。
「女奈は転生できないのか?」
「できるにはできるんだけど……」
その答えは歯切れに悪いものだった。
「神が転生すると、記憶がなくなってしまうの」
「『瞬間絶対記憶能力』を使えば…」
「加護というものは、そもそも生きている魂に与えるものなの。今のあなたの魂は、正確にはもともと生きていた時の魂が活動している状態だから。今回は、あなたの魂を他の体にそのまま移すことで、その加護を安定させる。加護を与えられる人間というのは、転生時に前世の記憶を持つことを認められた人のことなの」
そこまで言うと、いったん話を止めた。
「話がそれちゃったね。私達、神にはその魂がないの。だから、植え付ける前世の魂の記憶がない」
「ちょっと待てよ。今、こうして話しているだろ!?」
「私達は、いわば3Dマッピングのようなものなの。光の粒子だけでそこにいるように見えるあれと同じ。私達の存在は、粒子の集合体」
「それじゃあできないことだってあるだろ!?」
「もちろん例外もいる。時の神は代表的な例だよ。でも、私は違う」
だから、転生はできないという女奈。
だが、陽衣が心配していたのは、別のことだった。
「じゃあ、仮に女奈が転生したら自分が女奈だって自覚はないんだな?」
「うん。そうなる」
その言葉に陽衣は、ホッとした。
(なら、女奈は傷つかない)
そして、決心したようにうなずくと、その顔に笑みを浮かべた。
その笑みに女奈は戸惑っていたが、一つ思った。
(加護が全部欲しいって言ったときと同じような展開なのに、あの時より笑みが優しいな)
そんな笑みを浮かべて、陽衣はたずねた。
「おれと同じ世界に転生してくれないか?」




