契約
「はい?」
女神のびっくりした表情に、こんな顔しかみてないなとか思いながらも陽衣はもう一度言った。
「だから、おれがしばらくここに住んで、毎日女神様からチートをもらう。」
とんでもないことをさも当然かのように言う陽衣に女神様は今までで一番驚いた顔をしながら言った。
「だめです」
「え〜、なんで〜」
と返しながらも、陽衣は少し行ける気がしていた。いままでは、できないという言葉に対して今回はだめという言葉。
(言葉に私情が入ってきた今なら行けるかもしれない)
「頼むよ〜」
「何言ってるんですか。あなた今の状況わかってるんですか。自分が死んだショックで頭おかしくなったんじゃないですか」
「言ってることが辛辣すぎる」
そこで少し我に返った陽衣は、ずっと気になっていたことを思い出した。
「ていうか、おれが助けた女の子大丈夫だった?」
「あなたのおかげで擦り傷程度ですみました。このあとあなたを死なせたショックでどうなるかわかりませんけど」
「そこらへんのことはおれの母さんがどうにかしてくれるよ」
「まあ、一人であなたを育てているぐらいですからね」
「そうだな」
「おや?なぜあなたの家庭事情を知っているか気にならないのですか?」
「いまさらじゃね?たぶん全世界の歴史書みたいのがあるんだろ?」
肯定する代わりに無言になる女神を横目に見ながら陽衣は少し母親のことを考えた。
陽衣の家は母親と陽衣の二人で暮らしていた。女手一つで育ててくれた母親のことを陽衣は尊敬していた。
「って、いまはそうじゃない」
「バレましたか」
「まじでチート全部くれよ〜」
「なぜそこまで加護がほしいのですか?あなたの頭脳は少なくとも他の人に劣るとは思えませんし、体力だって引きこもりのわりに高い方だったはずです。たとえ初めての世界でも苦労しないと思いますが」
その言葉に、陽衣はなぜそこまで自分が加護をすべて集めることにこだわっているのかもう一度考えた。
そして出てきたのはいままでの陽衣の集大成のような考えだった。
「おれがオタクになったのは、もともとは有り余るほどの読書欲が原因だった」
唐突な静けさに、女神はつい言葉を発することができなかった。
「でも、そのオタク趣味ができることの前提に母さんの折れない優しさがあったんだ」
その言葉を発する彼の声色はとても優しかった。
「おれの読んできた本の主人公たちだってそうだ。優しいやつや、性格的に痛いやつ、自己中心的なクズだっていた。」
そう話す彼の顔はうつむいていて女神からは見えなかった。
「だけどな、」
彼が顔を上げた。
「どいつにも、折れない何かがあったんだ。」
その顔は優しくあると同時に、目はとても強かった。
「おれは母さんに支えられてここまでオタクやってこれた。母さんの優しさに守られてきた。」
「もちろん、ただおれがオタクだからチートがたくさん欲しいっていうのもある」
「自分勝手って言われても文句言えないような理由でしかない」
「それでも、」
その次に続いた言葉は、彼を象徴するような言葉だった。
「おれの芯となる部分をおれは曲げたくない」
「おれはこれから一人で生きていかなくちゃいけない」
「その時に自分を捻じ曲げて生きてるような人間におれはなりたくない」
「おれはおれ自身で自分を守れる人間になるために自分を曲げるわけにはいかない」
「母さんに認めてもらっていたいままでを捨てたくない」
「やるなら全力だ」
そこで自分が思ったより熱く語っていたことに気づいたらしい。
「いや、それでも自分勝手であることに変わりはないんだけど……」
急にゴニョゴニョしだす元陰キャ。そんな陽衣に女神はというと、
「ふふ。なんですか、それ」
笑っていた。
「たしかに自分勝手な理由ですね」
そんな言葉とは裏腹に彼女の声色は優しかった。
「でも、そんな理由で心を動かされるなんて私も馬鹿みたいじゃないですか」
そして、
「わかりました。あなたに私が与えられる加護をすべて渡します」
一瞬の空白。
その言葉に一番驚いたのはもちろん目の前にいるオタクであり……
「ええ!?マジで!?」
「えぇ、本当ですよ」
まさか本当に認めてくれるとは思わなかった。もちろん、認めてくれたことは嬉しくもあるし、自分の願いが叶ったことから喜ぶ場面だと思うのだが……
「女神様、そんなにチョロインだとお兄さん心配になっちゃうよ」
「誰がチョロインですか」
そう言いながらも女神は理由を話し始めた。
「あなたが私に話しかけたのがいけないんです。責任を取って少しの間、私にあなたの芯を見せてください」
その言葉は、女神にしてはあまりにも理不尽な言い草だったが、陽衣はその言葉を発したときの女神の笑顔んに釘付けだった。
その花咲くような笑顔は女神の笑みという言葉ですら、足りないような綺麗さだった。
「私を笑わせてくれたお礼です」
しかし、そこでやわらか女神タイムは終わったのか、無表情に戻るとまた話し始めた。
「ただし、女神と契約してもらいます。」
契約という言葉に反応したオタクは目線で続きを催促した。
「これから千日間、私は毎日あなたに加護を一つ与えます。千日経過したら、あなたは必ず転生することを約束してください。」
「わかった。約束する」
その言葉に満足そうな顔をした女神様は手を光らせて陽衣の前に差し出した。
「この一番最初に渡すチート《瞬間絶対記憶能力》は、その契約の証です」
そう言うと、女神様はもう一度笑顔をみせていった。
「これから約二年半、よろしくおねがいしますね」
女神様の三人称は『女神』と『女神様』で使い分けています。おかしかったら教えて下さい。




