【3】物置部屋での密談
ここに来て明日で10年になるが、案外悪くない生活だ。
まず、家がとんでもなく裕福。メイドや執事がたくさんいる。
誰しもがうらやむ貴族の生活をとことん味わえる。
そして両親が優しい。母親のバブゥは、幼い(物理)名前だが母性の塊。
時に優しく時に厳しく、俺を淑女に育てるべく日々頑張っている。
そして父親のラインハルト。我が家がここまでの名家になったのは、ひとえに彼が『剣聖』だからという理由に他ならない。
『剣聖』というのは、誰もが10歳になると授けられる『固有スキル』、その中で最も優れたスキルのうちの一つだ。
彼一人で国家一つ分の戦闘力に相当するらしく、その存在をおとぎ話だと信じて疑わない人間もいるくらいに規格外の強さらしい。
ラインハルトもバブゥ同様に俺のことを溺愛している。
転生した人間で、しかも男である俺だ。ここまで愛してくれるのは嬉しい半面、少し罪悪感を覚える。
「いよいよ明日ですね」
そして最後に弟のボルバルザーク、こいつの存在は少し特殊だ。
「明日『ゴミの分別』を引いて追放されないといけない、だろ?」
俺たちは今、物置小屋の中でひっそりと会話をしている。表立って会話を聞かれては不味いからだ。
こいつだけは俺の正体を知っている。というか一話で俺をこの世界に転生させたのはこいつだ。
「うう、なんで僕まで転生しないといけないんだ。。」
そう言ってボルバルザークは落ち込んだ。
俺が女としてこちらの世界に転生した理由は、こいつが俺の行動を監視するためだ。
貴族は跡継ぎが必要であるから、その特性を利用して俺を姉、こいつを弟としてラインハルトの家に生まれさせたそうだ。
あくまで上からの命令らしく、俺の都合に巻き込んでしまったような気がする。少し申し訳ない。
「追放されてしばらくしたらここで落ち合いましょう」
ボルバルザークと俺は追放後の計画を話し合っている。
これは実はかなり重大な会議だ。明日は俺の10歳の誕生日、スキルを授かる日。
この世界のスキルは、ラインハルトの『剣聖』が示す通り、それ一つで数多くの人間の人生を左右する非常に強力なものだ。
そこで俺はハズレスキルの『ゴミの分別』を引き、失望され、追放される、それがシナリオだ。
「でも不思議だよな」
「何がです?」
「『剣聖』って超強力なスキルなんだろ?なんで俺は『ゴミの分別』とかいうハズレスキルを引くことになるんだ?」
スキルは若干の遺伝性があるらしく、『剣聖』の娘である俺のスキルは、かなり多くの人の関心を集めているらしい。
そんな俺がなぜハズレスキルを引いてしまうのだろうか。
「そうですね、お母様のスキルはご存じですか?」
お母様というのは俺たち二人の母親であるバブゥのことだ。
「そういえば知らないな、どんなスキルなんだ?」
「『犬の散歩中に、犬の糞を放置してもバレない』というスキルです」
「あ、、」
どうやら俺は母親側のスキルを強く引き継ぐことになるらしい。なんだその倫理観が欠如したスキルは。
「それにしてもここはやっぱり暑いな」
物置小屋という密閉空間である以上、晴れの日の昼間は相当蒸し暑い。
汗をかいて服を汚す前に、一度脱いでおこう。
「ちょっとぉ!なに脱いでるんですか!」
俺が服を脱いで下着だけになろうとしていたら、ボルバルザークが全力で止めてきた。
「別にいいだろ、男同士なんだし」
「中身はそうですけど、、」
ボルバルザークは何故だか分からないが赤面している。
たしかに今の俺は、いや私は傍から見れば人形のように美しい。
ここまでの絶世の美女に生まれる必要は無いと思うのだが、まあちょっと得したくらいの心持ちで良いだろう。
とにかく、俺は今最高に幸せだ。何不自由ない生活、大好きな両親、そして少し気弱な弟。
こんな生活が明日で終わってしまうと考えると少し悲しい。
俺の尊敬する両親は、俺がハズレスキルを引いたと知った時どんな反応をするのだろう。
きっと、優しく受け止めてくれるはずだ。何も心配は要らない。
スキルは確かに大切だが、二人はありのままの俺を見てくれている。
スキルがどうしたって笑い飛ばしてくれる。
きっと追放なんてしない。
ん、追放しない?
「おいボルバルザーク」
赤面しているボルバルザークに俺は話しかける。
「実は俺たち、かなりピンチなのかもしれない」
とても濃い一日が始まる。