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8 私のせいなのに、なんで?

 

ジェイクとナイタ港湾に行った日から、数日が経過した。


今日はジェイクとワムルは朝から出かけていて、イクスもグリモールにある騎士の訓練場に行っている。


私はというと……はっきり言って、ものすごくヒマ。

昼食も終えて、今は部屋のソファでゴロンと寝転がっている。


普段はチェストの上に飾っている黒ウサギのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめて癒され中だ。


ジェイクが欲しいと言って買った物なのに、結局「僕の部屋にあったらおかしいでしょ!」と言って私に渡してきたため、ありがたく受け取る事にした。



「あーー何もやることがないわ。

イクスがいないから街に行くのもダメだろうし……」



空は雲一つない晴天で、まさにお出かけ日和だ。

余計に1人部屋にこもっているのが虚しくなってくる。



庭を散歩でもしようかな?

この家の敷地内だったら、1人で出ても問題ないよね?



ヒールのある靴から歩きやすい靴に履き替えて、ストールを巻く。

黒ウサギのぬいぐるみは、元の場所に戻した。

さすがに、屋敷の中をぬいぐるみを抱いて歩くワケにはいかない。


メイに声をかけようと姿を探すが、部屋の近くにはいないようだった。



ここは侯爵家よりも使用人が少ないから、忙しそうなんだよね……。

庭を一周したらすぐに戻ってくるし、わざわざメイに伝えなくてもいっか。



廊下で会った使用人に「少しだけ散歩してくるわ」と伝え、早足で外へ向かう。

外は思っていた通り、暖かな風が吹いていてとても気持ちがいい。


子爵家の庭はまだ手入れが行き届いていなかったため、花が溢れる美しい景色……とまではいかないけど。



「んーー……外の空気を吸うだけでも、いい気分転換になるわね」



見回してみると、ここにはやけに木が多く、敷地内には小さな林のような場所があった。

この林の奥に、監禁された別棟があるとイクスに聞いたことがある。



……ちょっと見に行ってみようかな?



ここに来るまでは、自分自身トラウマになっているんじゃないかって少し心配もしたけど、実際は全く問題なかった。

嫌な気持ちに苛まれたり、悪夢を見ることもない。


確かに怖い思いはしたけど、結果的に私にとってはプラスになった出来事だったからなのかもしれない。



むしろ懐かしさを感じてる……なんて、エリックには言えないわね!

私がトラウマになってるんじゃないかって心配させてるのは胸が痛むけど、全然平気で楽しんでるって言ったらまた違う意味で心配されそうだわ。


トラウマを通り越して精神異常になってるんじゃないか、なんて思われたら大変!



そんなことを考えながら歩いていると、見たことのある建物が見えてきた。

間違いなく、私が監禁されていた別棟だ。



うわ……当たり前だけど、本当にあった……!



あの事件以来使っていないのか、人がいる気配とかそういった感じが全くしない。

数年放置された空き家のような寂しさが漂っている。



「改めて見ると、普通の小さめな貴族の家って感じ。

ここに窃盗団がいたなんて、知らなければ想像もしないでしょうね…………ん!?」



ほぼ無意識にドアノブに手をかけると、カチャリと開けることができた。



開いてる!? えええ!? ウソ!?

いくらもう窃盗団が来ないからって、無用心すぎない!?

ジェイクは知ってるのかしら……?



驚く気持ちと、ラッキーと思ってしまってる自分がいる。

監禁されてた場所に入ってみたくて少しワクワクしてるなんて、やっぱりエリックには絶対に言えない。



「お、お邪魔しまーす……」



一応声をかけてドアを開けるが、もちろん返事なんてない。

中に入ると、より一層しんと静まり返った空気に包まれる。



今が昼間じゃなかったら、さすがに怖くて1人では入れなかったわね。



「あ、ランプ……」



地下に行く階段の近くでランプを発見した。まだ使えそうだ。



こ、これは、私に地下に行けって神様が言ってるんじゃないの?



怖い気持ちと、好奇心が半々。

気づくと私はランプの明かりをつけて地下への階段を下りていた。



「はぁ……。エリックお兄様に知られたら怒られちゃうわね」



そう思いつつも、好奇心には勝てなかった。

みんなに知られる前に屋敷に戻れば問題ないはず。


地下は、扉が開けたままになった牢がいくつかあった。

全部同じだけど、自分が入っていたのがどこの牢なのかわかるのだから不思議である。



考えてみれば、なんでここにはこんな牢があるの?

いつの時代で使ってたものなのかしら?



自分の入ってた牢の格子にそっと触れると、ひんやりとした金属の冷たさが伝わってくる。



「……そういえば、ここで初めてジェイクの素顔を見たんだわ」



黒髪で赤い瞳のジェイクは、窃盗団に紛れ込んでここにやってきた。



ウサギの仮面を被っていなかったからすぐには気づかなかったけど、あの喋り方でジェイクだとわかったのよね。

最初は味方か敵かわからなくて、ドキドキしたなぁ……。



不意に、この格子越しに手を握られたことを思い出す。

何故か顔がボッと熱くなった。


最近はいつもこうだ。

ジェイクのことを考えたりするだけで、顔が赤くなることがある。

好きだった赤い瞳も、今はジッと見つめることすらできなくなっていた。



「……落ち着け、落ち着け」



私はボソボソと独り言を言いながら、サラと走り抜けた細い通路を歩いていく。

せっかくここまで来たのだから、あの本に囲まれた部屋ももう一度見ておきたい。


螺旋階段を上がり、1つしかない扉の前に立つ。

中は以前と変わらず、真ん中に机と椅子が1つあるだけの本棚に囲まれた部屋だった。



「うわ……懐かし……!」



サラが隠れていたクローゼット、カイザやイクスが入ってきた窓、窃盗団の若い男がカイザに蹴られて体を打ちつけてた本棚。

あの日の記憶が一瞬で蘇ってくる。


捕まりそうになって怖かったけど、ここは実際に助けられた場所でもあるからそんなにツラい思い出でもない。


ゆっくり室内を歩きながら、本棚の本に目を向ける。



あの時は必死で本のタイトルを見てなかったけど、グリモールに関する本がたくさんあるみたいね。

ジェイクに何か役立つ本があるかも!



どうせヒマだし……と適当に1冊の本を取り出し、真ん中に置いてある椅子に座る。



さぁ、読むぞ!



ヤル気を出して、私は分厚い本を開いた。





「…………ん」



机に突っ伏した状態で目を覚ます。

真っ暗な部屋に驚いて、一瞬で脳が覚醒した。ガバッと身体を起こす。



え!? 私、寝てた!? 

てゆーか、真っ暗なんですけど! 今、何時!?



窓を見ると、もう陽が落ちる寸前くらいだった。



ややややばい!!! もう夕方じゃない!!

私ってば何時間寝てたの!?

帰らなきゃ!!!



慌てて椅子から立ち上がりランプを手に取る。

オイルが切れてしまったのか、明かりがつかない。



「えっ!? ウ、ウソでしょ!?」



何度チャレンジしても、明かりがつかない。

この部屋の中は窓の外からのかすかな明かりでなんとか見えてるけど、地下は真っ暗なはず。



ど、どうしよう!!

さすがに真っ暗な地下牢を1人で歩くのは怖すぎる!!



「あーー!! もう!! 何やってんの私!!」



自分のバカさ加減に嫌気がさす。

この時間まで戻らない私を、きっとイクスやメイは心配しているはずだ。

まさか自分が監禁されていた別棟にいるなんて、誰も思わないだろう。



「地下……少しくらい明かりがあるかも……?」



そんな淡い期待をして、階段下を覗いてみる。

想像通りの真っ暗な空間がそこにはあった。



あああ。地下どころか、階段のちょっと先までしか見えない!

階段の途中からはもう闇の世界だわ!!



早く戻らないと……と思うのに、どうしても怖くて真っ暗な階段を下りることができない。



無理!! 行けない!!

でも、このままここで夜を過ごすことになったらどうしよう……!



夕陽が完全になくなれば、この部屋も暗闇に包まれるだろう。

そんなことを想像すると、不安と恐怖で涙が出てきた。


うずくまった状態で、頭に浮かんだ人物の名前を小さな声で呟く。



「助けて、ジェイク……」



その時、螺旋階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

座り込んだ状態のまま顔だけ上げて、扉の方を見る。


足音が止んだと同時に扉が開いた。



「あっ。リディ、みーーつけた!」


「!! ジェイク……!」


「大丈夫かい? みんなリディがいなくなったって必死に探して……」



ジェイクの話を最後まで聞かず、私は立ち上がるなり彼の腕にしがみついた。

安心感と嬉しさで、何故か涙がどんどん出てきてしまう。


声を押し殺して泣いている私に気づいたのか、ジェイクは優しく頭を撫でてくれる。



「……怖かったよね。ごめん、遅くなって」



私はブンブンと頭を横に振った。

行方不明になって心配をかけたのは私なのに、ジェイクが謝るなんておかしい。



「……よ、よくここが、わかっ、たね……」



涙をこらえながら話しているので、うまく話せない。

そんな聞き取りにくい私の言葉を聞いて、ジェイクがニコッと笑ったのがわかった。



「僕を誰だと思ってるのさ!

迷子探しだって、得意な仕事の1つだったんだよ。

リディを見つけるのだって簡単さ」



迷子!? この年で迷子扱いって!!



「ま、迷子じゃ、ない、わ」


「うん。じゃあ、そういうことにしてあげるよ」



ジェイクは自分の服の袖で私の涙を拭いてくれる。

慣れたような手つきに、少しだけ複雑な気持ちになった。



……今までも、こうして誰かの涙を拭いたりしたのかしら。



「よし。少しは落ち着いた?

もう少しここにいてあげたいところだけど、みんな心配してるから早く戻ろうか」


「うん……」



ジェイクは自然に私と手をつなぐと、持ってきたランプを手に取りゆっくりと歩き出した。

優しい手の温もりに、安心するような緊張するような……変な感情になってしまう。



「足元気をつけてね。

まぁリディくらいなら、階段から落ちても僕が抱き止めてあげるけどね!」



私を励まそうとしているのか、ジェイクが明るい声で軽口を言ってくる。

いつもみたいに呆れたような返事をしなきゃ……と思うのに、私は『僕が抱き止める』の言葉に脳内が興奮して返事ができなかった。



抱き止めるって!!! もう!!

こんな弱ってる時にそういうこと言うのやめて! ほんと!

わざと階段から落ちたくなる……って、ダメダメ!!



私が何も答えないのが不思議だったのか、ジェイクが足を止めて私の顔を覗き込んできた。



「リディ? 大丈夫?」



ランプの明かりしかない暗い階段で、何故かジェイクの赤い瞳がよく見える。

全て見透かすようなその視線に、バクバクと心臓が早鐘を打って耐えられない。



そ、そんなに近づかないで!!



「大丈夫だから!!」



手をつないでいない方の手で、ジェイクの顔をぐいーーっと押す。

ここが階段であることを忘れて力いっぱい押してしまったので、ジェイクがバランスを崩して後ろに倒れ込む。



あっ! ジェイクが階段から落ちちゃう!!



「お……っと」


「!!」



さすが身軽なジェイク。

すぐに体勢を立て直したので、階段から落ちることはなかった……が、慌てた私の方が足を滑らせてしまった。


身体が前のめりに倒れていくのが、スローモーションのようにゆっくり感じられる。



落ちる!!!



そう思った時には、結構な力強さでガシッと身体を掴まれた。

そしてすぐに引き寄せられて、全体重が何かにのしかかった状態になっている。


ハッと気づくと、ジェイクが私を受け止めてくれていた。

階段から落ちないように、片手は手すりを握って2人分の体重を支えている。



「リディ、大丈夫!?」


「う、うん。ごめ……」



なんとか体勢を整えて、ジェイクから離れる。

ジェイクは手すりに掴まっていた腕をプラプラと揺らしながら、ニコッと笑った。



「あーービックリした!

でも、リディが落ちなくて良かったよ」


「…………」



ジェイクが階段から落ちそうになったのも、私が落ちそうになったのも、全部私のせいなのに。


なんでジェイクは笑ってるの?

なんで私を怒らないの?


謝らなきゃいけないのに、何故か出てこようとする涙をこらえるのに必死で声が出なかった。


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