7 2人きりでのお出かけ……デート?
「リディ! 今日、一緒にナイタ港湾に行かないかい?」
「え?」
グリモールに到着した翌日。
朝食の席で、突然ジェイクに誘われた。
彼は朝食をあまり食べないのか、彼の前にはパン一切れとコーヒーしか置かれていない。
「ナイタ港湾って……海が見れるってこと?」
「そうさ! 一度見に行ってみたいんだよねぇ。
今日は1日時間があるから、一緒に行かない?」
「行ってみたい!」
数ヶ月前に誘拐された時は、船に乗せられるのが怖くて行きたくないって思った場所だけど。
今はワムルがしっかり管理してくれてるし、この世界の海も見てみたい!
あ、でも……。
「今日はイクスがいないの。
土地勘がないから、この屋敷周り周辺を全部把握しておきたい……って言って、朝早くから出かけてしまったわ」
「騎士くんがいなくても大丈夫だよ。
港湾付近には警備隊もいるし、元々ここは治安がいい場所なんだ」
そうなのね……。
どうしても隣国の窃盗団のイメージが強くて不安だったけど、そう怖い場所でもないのかな?
ジェイクはいつも通りに明るい笑顔で、軽い調子に話している。
それなのに、何故か彼が言うと安心感があるのだから不思議だ。
「それに、僕は逃げ足は速いんだよ。
もし何かあっても、リディを抱き上げて逃げるから大丈夫さ!」
「ぐっ……!」
思わず、飲みかけの紅茶を噴き出しそうになってしまった。
ジェイクにお姫様抱っこされた自分の姿を想像してしまい、顔が赤くなる。
だ、抱き上げて……って!
「フェスティバルの時みたいに、こうやって……」
ジェイクは米俵を担ぐような仕草をした。
確かに、兎のジャックに誘拐された時は肩に担がれたな……と思い出す。
お姫様抱っこじゃなくて、お米様抱っこかよ!!
……って、お米様抱っこって久しぶりに言った気がするわ。
「だから大丈夫さ!
向こうにはたくさん屋台が出ているそうだから、お昼はそこで食べようよ」
「…………!」
屋台のご飯を買って、そのまま外で食べる!?
貴族に転生してからまだ一度もやってない……楽しみ!
「楽しそうね!」
「そう言ってくれて嬉しいよ。
じゃあ、準備ができたら出発しようか」
食事が終わるなり自室に戻り、メイに準備を手伝ってもらった。
動きやすいように膝丈のワンピースに着替えて、大きめの帽子を被る。
爽やかな薄いブルーのワンピースが、海の雰囲気に合っていてテンションが上がってくる。
鏡の中にいるリディアは、長い金髪をなびかせていて今日も天使にしか見えない。
ふふっ。帽子に付いてるリボンとお花も可愛いわね。
こんな女の子がデートに来たら、きっと彼氏も喜ぶ……って!!
デートじゃないから!!
ジェイクは彼氏じゃないし! 何言ってんの私!!
「リディア様? お気に召しませんか?」
変な顔をしている私を見て不安に思ったのか、メイが心配そうに問いかけてくる。
「あっ! 違うの! とっても気に入ったわ!」
「良かった。楽しんできてくださいね」
私はメイに向かってニコッと微笑むと、ジェイクの待っている外へと急いだ。
用意されていた馬車に乗って、ナイタ港湾を目指す。
移動中、ジェイクは機嫌良さそうに外の風景をよく観察していた。
子爵邸から馬車で30分ほどで、ナイタ港湾の入口に到着した。
「街の入口から歩いて行きたいんだけど、いいかい?」
「もちろん」
そう答えて馬車から降りると、いつもより冷たい風が頬に当たった。
海が近いんだと感じて、ワクワクしてくる。
そういえば、社会人になってから忙しくて海に行ってなかったから……久しぶりだな。
「港湾のあるこの街は、色々な国の商品や食べ物が売ってるお店がたくさんあるんだってさ!
何か気になるお店があったら教えてくれるかい?」
「わかったわ…………って、え!?」
「え?」
歩き出そうとした瞬間、するりと自然にジェイクに手をつながれた。
驚いた私を見て、キョトンとするジェイク。
「な、なんで、手を……?」
「え? だって、ここは人が多いからはぐれたら大変だからさ」
「そう……だけど」
「ほら、行こう!」
戸惑う私と違って、まったく気にした様子のないジェイク。
まるで小さい子どもと手をつないでいるような感じだ。
……ドキドキしてるのは、私だけみたいね。
なんか、ジェイクは女の子と手をつなぐの慣れてない?
実は、こうやって遊ぶ相手とかたくさんいたりするのかな……。
複雑な気持ちになるものの、興味津々に街の様子を観察しているジェイクの顔を見ると、なんだかどうでも良くなってしまう。
「思ったより栄えてるみたいだね!
……あっ! 見て、あの店! 変な置物がたくさんある」
情報屋の血が騒いでいるのか? と思うほど、ジェイクは初めて見る物をキラキラした瞳で見て回っている。
この国では食べないようなゲテモノ料理や、センスを疑うほどの意味不明な像や、気味の悪いお面など……ジェイクが楽しそうに見ている物は、申し訳ないほどに興味が湧かない私。
もっと素敵なお店もたくさんあるのに、ジェイクが惹かれる物がまったく理解できないわ……。
少し引き気味に見守っていると、隣のお店のショーウィンドウに飾られたウサギのぬいぐるみが目に入った。
真っ黒なウサギのぬいぐるみには、赤い小さな宝石の目が付いている。
首元には赤いリボンが巻かれていて、黒と赤の色合いが誰かを彷彿させる。
まるでジェイクみたい……!
「あのぬいぐるみが欲しいのかい?」
「!!」
隣のお店のお面に釘付けになっていたはずのジェイクが、いつの間にか私の視線の先を見ていた。
ジェイク! いつの間に!?
……あのぬいぐるみが自分に似てるって、気づいて言ってる!?
「べ、別に欲しいわけじゃないわ。ただ見てただけ」
「ふーーん……?」
どこかニヤニヤしているジェイクの目は、私の気持ちを透かして見ているようだ。
気まずくて視線を外すと、つないだままの手をグイッと引っ張られた。
「わっ!」
「僕はあのウサギが気に入ったよ!」
「え?」
そう言うなりジェイクは隣の店に入り、先ほど見ていたウサギのぬいぐるみを買ってしまった。
そして、それを空いた私の手に押しつけてくる。
「え……なんで? ジェイクが欲しかったんじゃ……」
「いやいや。だからって、僕がこれを抱いて歩いてたらおかしいでしょ?」
「!」
ふと、黒いウサギのぬいぐるみを抱いて歩くジェイクの姿を想像してしまった。
似合うことは似合う……が。
「……そ、それ……は、に、似合って……ると……思う……」
「リディ。笑ってるの、誤魔化せてないからね?」
「あははっ。だって、確かにそれは怪しい人物だなって思って」
バレていたのなら、と堂々と笑い出す。
ジェイクは特に拗ねた様子もなく、優しく微笑んでくれている。
「でも、私だってもうぬいぐるみを抱いて歩くような歳じゃないわ」
「大丈夫だよ。似合ってるし、可愛い」
「!」
……もう。なんでジェイクは、こんな簡単に可愛いって言うのかしら。
やっぱり言い慣れてる?
ジトーーッと疑わしげな目を向けると、私の考えてることがわかったのか、急に片手で髪をかきあげながらジェイクが呟いた。
「ああ……。ドキッとさせちゃったかな?
僕ってほら、意外と色男だからね」
「全然。まったく。ときめいてないから」
カッコつけながらそう言うジェイクを、スパッとぶった斬る。
ジェイクはすぐに普段の顔に戻り、楽しそうに笑った。
「はははっ。さすが、リディ。
あんなお兄様達に囲まれて育った君には、色目は効かないね!」
確かに、あんなイケメン達を見て育ってたら、理想が高すぎてたかもね。
転生した私には、まだ免疫なくてドキドキしちゃうけど……。
その後は、屋台の美味しそうな串焼きを食べたり、めずらしいフルーツを食べたりしてこの街を楽しんだ。
立ち並ぶお店の先には、たくさんの船と青い海が見えてきた。
歩いてる人々も、異国の人が多いのか見慣れない服装の人がたくさんいる。
「わぁ……! 海、すっごく青い!! 綺麗!」
「あれ? リディ、海は初めてかい?」
「異世界の海は……って、あああ、な、なんでもない!」
「イセカイ?」
やば!! 思わず素になって答えちゃった!
焦っていると、誰かに肩をポンポンと叩かれる。
振り向くと、そこには褐色肌の異国民と思わしき男性が立っていた。
え? 何? 誰??
男性は、急に私の手をギュッと握りしめるとニコッと明るい笑顔を向けてくる。
さっき海を見た瞬間、テンション上がってジェイクの手を離して走ってしまったのだ。
ウサギのぬいぐるみを抱いていなかったら、両手を握られていたんじゃないかと疑ってしまうほど、やけに力強く握られている。
「君、名前は?」
「え? え……っと」
「こんな可愛い人は初めて見たよ! ねぇ、名前を教え……」
男性はそこまで言うと、言葉に詰まった。
少し驚いた表情で、私の隣に立つジェイクに視線を向けている。
「ジェイ……」
ジェイクを見上げようとしたその時、肩をグイッと引かれ、ジェイクの身体に密着した状態になった。
ガッシリと肩を掴まれていて、少し離れようとするけどびくともしない。
!? ええ!? な、何!?
私達を見てポカンとしている男性に向かって、ジェイクが明るく話しかける。
「ごめんね! この子、僕の恋人だから!」
「!?」
恋人!? ななな何言ってるの!?
ジェイクの顔を見たいけど、肩を固定されてて動けない!
「え……?」
男性は目を丸くしてジェイクと私を交互に見た。
「だから、彼女は僕のなんだよね。
その手……そろそろ離してもらっていいかな?」
「……あっ、すみません! あの……失礼しました!」
そんな宣言をされた男性は、慌てた表情で小走りに逃げていった。
男性の姿が見えなくなってから、やっとジェイクが身体を離してくれる。
私は、ジェイクが男性を追い払ってくれたことをやけに嬉しく感じていた。
「大丈夫かい、リディ?」
「うん。でも、あの、こ、恋人って……。ジェイク、何言って……」
「え? だって、エリック様と約束したじゃないか。
ここでは僕がリディの恋人のフリをして、変な男を近づかせない……って」
「あっ……」
そういえば、そんな約束してたわね。
じゃあ、さっきのも特に意味はなくて、ただエリックとの約束を守っただけ……?
ジェイクの『恋人』だという言葉にドキッとしてしまった数分前の自分を殴りたくなる。
ああ、もう! 自意識過剰の勘違い!!
何を期待してたのよ私は!!
…………ん? 期待? って、何を?
「なんか変な顔してるけど、本当に大丈夫かい?」
ジェイクが眉間にシワを寄せて、顔を覗き込んでくる。
真っ赤な瞳がやけにキラキラ輝いて見えて、鼓動が速くなったのがわかった。
「だ、大丈夫だから!
ほら、早くナイタ港湾を見てきましょ!」
ジェイクに背を向けて走り出そうとしたが、すぐに腕を掴まれてしまった。
そのまま手を滑らせて、また手をつながれる。
「待って! また声をかけられたら困るから、今度はちゃんと手をつないでおこう」
「…………っ!」
ドキドキとうるさい心音に耐えられなくて、その手を振りほどきたい衝動に駆られる。
けれど我慢してなんとかこらえた。
実際にさっき迷惑をかけたばかりなので、言うことを聞くしかない。
ううう。今は、ジェイクと少し距離を置きたい精神状態なのに……なんでこんな近くにいなきゃいけないの……。
手が熱い!! 身体が熱い!! 緊張する!!
鼓動が速すぎて、胸が痛い!! もうやだ!!
チラッとジェイクを見ると、ワクワクした様子で並んだ船やその積み荷を眺めていた。
私と手をつないでいることなんて、なんとも感じていないのが丸わかりだ。
はぁ……なんで私ばっかりドキドキしなきゃいけないのよ!
経験の差ですか!? どうせ男に対する免疫なんてありませんよ!
私は帽子のつばで上手く隠し、ジェイクからこの真っ赤になってるであろう顔を見られないようにした。