6 この2人はいつもこうなんです
数日後、私達はグリモールを目指して出発した。
もう2日は経過して、今日やっと子爵邸に着くことになっている。
領地と共にジェイクに渡されたのは、元ドグラス子爵邸だ。
平民へ降格したドグラス一家は、今は違う国で暮らしているとエリックから聞いている。
奥さんに離婚されたとか、されてないとか……詳しいことはわからない。
「家の中はそのままなのかしら? 家具とか」
「一応そのままだとは聞いてるよ。
エリック様、僕に領地を渡すためにかなり急いで没収してたからさ!」
没収って……。
領地や爵位の話なのに、随分と軽い言い方ね。
今はグリモールに向かっている馬車の中だ。
私とジェイク、それからイクスの3人が乗っている。
その後ろからついてきている馬車には、数人の使用人が乗っている。
何人かは先に子爵邸へ行って、屋敷内の準備を整えてくれているらしい。
「だから、ジェイクの荷物はそれだけなのね?」
私はジェイクの横に置かれた1つの荷袋を見た。
どう見ても3日分の着替えが入っているくらいの大きさしかない。
しばらく住むことになるというのに、個人的な荷物は何もない。
「本とか、何か趣味の物とか……何も持ってこなくて良かったの?」
「そんな物、何も持ってないよ!
趣味は街に出て人間観察するくらいだしね」
「悪趣味だな。それの何が楽しいんだ?」
イクスが顔をしかめてそう言うと、ジェイクは気分を害した様子もなく楽しそうに反論した。
「何言ってるのさ! 人間が1番おもしろいんだよ。
時に思いもよらない行動をしてる人を見ると、ワクワクしちゃうじゃないか」
何故か私にチラッと視線を向けてくる。
その赤い目に私の中を透けて見られているようで、妙に心がざわついた。
私のこと? ……のわけ、ないわよね。
転生してリディアの性格は変わっちゃったけど、昔のリディアをジェイクが知ってるはずないし。
ジェイクの言葉に、イクスはさらに険しい顔になる。
「全くわからない」
「え〜? もう、騎士くんは他人に興味がなさすぎだよね。
リディのことばかり考えすぎなんじゃないの?」
「なっ……!?」
ガツン!!
私の隣に座っていたイクスが突然勢いよく立ち上がり、馬車の天井に頭をぶつけてしまった。
頭を抱えてうずくまるイクス。
どうしたイクス!?
なんかコントみたいになってましたけど!?
痛いのか恥ずかしいのか、顔が赤くなっている。
「イクス、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
私のほうを見ずにボソッと答えるイクスを見て、ジェイクは静かに爆笑中だ。
肩がブルブルと大きく震えている。
「もーー! ジェイクってば、すぐイクスをからかうんだから。
私の護衛騎士なんだから、私のこと考えててもおかしくはないわよね? ねっ、イクス?」
「……は、はい」
何故かさっきよりもイクスの顔が赤くなる。
ジェイクは我慢できなくなったというように、大きな声で笑い出した。
腹を抱えて涙まで出している。
そんなに笑う!?
相変わらず、ジェイクのツボはよくわからないわ。
「もーー、ジェイク! 笑うのは……きゃっ!!」
山道を走っていたからか、突然馬車が大きく揺れた。
その反動で、身体が前に飛び出してしまう。
どこかに身体が当たる衝撃を覚悟したが、ボスッと何かに受け止められた。
痛く……ない?
「リディ、大丈夫かい?」
「え……」
頭の上からジェイクの声が聞こえる。
ハッと気づくと、目の前に座っているジェイクに抱きとめられていた。
意外とガッシリとした胸板に、顔をうずめている。
えっ!? きゃあああ!!!
ジェイクの胸に飛び込んだみたいになってる!!
「ごっ、ごめ……!!」
慌てて顔を離して見上げると、ジェイクはにっこりと笑顔になった。
「え? なんで謝るのさ!
僕は美少女に抱きつかれて、むしろラッキー……」
バシッ!
ジェイクの言葉は、イクスに頭を叩かれたことで中断された。
イクスはそのまま私の背中に回されていたジェイクの腕を引きはがし、私を支えて元の場所に座らせる。
「リディア様に触るな」
イクスは、まるで変質者を見るような蔑む視線をジェイクに送っている。
そんな扱いをされても、ジェイクは軽い調子で笑っているだけだ。
「ええ!? 今のは助けただけじゃないか。
まるで僕がわざと触ったみたいに言わないでよ〜」
「あんなに抱きつく必要はないだろ!」
「え〜? なんのことだい?」
イライラした様子のイクスと、ニヤニヤしながら受け流すジェイク。
2人とも普段と何も変わらないのに、何故か私だけがおかしな状態になっていた。
ど、どうしよう。心臓が速くて落ち着かないよ!
男の人に抱きしめられるとか、経験少なすぎて……!
落ち着け。落ち着け。
ジェイクが何も気にしてないのに、私だけこんなドキドキしてるとか恥ずかしすぎる!!
いつもなら止める2人の言い合いも、今の自分の状況を悟られたくなくてそのままにしてしまった。
*
子爵邸に到着した瞬間、イクスとジェイクがなんとも言えない低い声を発した。
「ああーー……うん、そうそう、ここだよね〜」
「想像していた以上にイライラするな」
2人は微妙そうな顔で子爵邸を見上げている。
本邸を初めて見る私は、特に何も感じない。
完全に、はじめまして状態だ。
「イクスはともかく、ジェイクも本邸を見たことがあるの?」
「ああ。一応僕、事前に色々調べるタイプだからさ!
別棟に行く前に、この敷地内は全部確認したんだよ」
なるほど。つまり、初見は私だけってことね。
そんな会話をしていた私を見て、イクスが急に焦り出した。
「あっ! リ、リディア様、大丈夫ですか!?
何か嫌な記憶でも……」
「大丈夫よ。
私は本邸は初めて見るし、なんとも感じないわ」
「そうですか……」
言葉通りケロッとしている私を見て、イクスは安心したようだった。
こんなに心配してくれていたなんて……と、嬉しい気持ちになる。
ここでは下手に落ち込んだ顔はできないわね。
イクスやジェイクだけじゃなく、メイもやけに気にしていたもの。
気をつけなくちゃ……!
その後子爵邸に入り、先に来ていた使用人達から屋敷内の案内をされた。
部屋や家具は全てピカピカに掃除されていて、中はとても綺麗だった。
さすがにシーツや布団などは全て買い直し、新しくされているらしい。
お金がなかっただけあって、家具は少ないわね……。
買い足そうかというエリックの提案も、ジェイクは断ったと聞いたけど……それは、ここに長く住む気はないから?
無意識にジッとジェイクを見ていたらしい。
私の視線に気づいたジェイクが、ニコニコしながら声をかけてきた。
「ここが、僕の家だってさ!
大きすぎて、どうしていいかわからないね!」
心から喜んでいる感じではなく、どこか他人事のようだ。
イクスはジェイクを無視して屋敷の中をキョロキョロと見回している。
「その言い方……ずっと暮らすつもりはなさそうね?」
「そりゃあね! ここには仕事で来たんだし! どう考えても、僕が貴族とかおかしいでしょ?
やることやったら、すぐに返して僕は僕の居場所に戻るよ」
ズキッ……
ジェイクの『僕の居場所』という言葉に、少しだけ胸が痛む。
まるで一線を引かれたような気分だ。
ジェイクが情報屋に戻ったら……もう、あまり関わらなくなるわね。
長く一緒にいて情が湧いてしまったのか、やけに寂しく感じてしまう。
それを笑顔で言っているジェイクの態度も、彼にとってはなんともないことなんだと言われているみたい。
ん? でも、それでなんで寂しくなるの?
別に会おうと思えば会えるんだし、その頻度が減ったところで特に問題はないじゃない。
…………?
モヤっとした自分の感情を不思議に思っていると、後ろから声をかけられた。
「リディア様!」
「えっ……? あっ! ワムルさん!」
振り返ると、そこにはメイドと共にこちらへ歩いてくるワムルがいた。
彼とこうして顔を合わせるのは、あの監禁された牢の中で会った時以来だ。
ボロボロの姿だった彼は、身なりを整えて真面目そうな管理官という雰囲気が出ている。
メガネの奥から見える優しそうな目は、彼が信頼できる人物だと物語ってくれている。
「ワムルとお呼びください。
リディア様、本当にご無事で良かったです」
「ワムルこそ、無事でよかったわ」
ワムルは私に挨拶をした後、すぐにジェイクとイクスに向き直った。
「新しくこちらの領主様になられるジェイク様ですね。
それから、リディア様の護衛騎士のイクス卿。
私はナイタ港湾の管理を任されているワムルと申します」
ワムルが丁寧にペコッとお辞儀をする。
ジェイク様と呼ばれたジェイクは、引き攣らせた笑顔でワムルに挨拶を返した。
「エリック様から話は聞いてるよ! よろしくね!
……でも、僕のことはジェイクって呼んでくれていいよ」
「そうはいきません!
ジェイク様はこの地の領主様なんですから!」
「ええぇ……」
そんなやり取りを聞いていたイクスは、顔は無表情のまま、肩を震わせてワムルに返事をしている。
「イクスと申します……よ、よろしくお願いします」
……あれ、絶対に笑いをこらえているわね。
困っているジェイクを見て、おもしろがっているんだわ。まったく。
……まぁ、気持ちはわからなくはないけど。ふふ。
「お疲れのところ、すぐに訪ねてしまい申し訳ありません。
急ぎの手続きに、どうしてもアレクマール子爵のサインが必要なので……」
「アレクマール子爵!?」
私とジェイク、イクスが声を揃えて聞き返した。
ワムルは驚いた表情で持っていた用紙をチラリと確認したのち、オドオドと問いかけてくる。
「あ、あれ? 間違ってますか?
こちらの書類には、アレクマール子爵と書いてありますが」
「アレクマール子爵って誰のこと? ジェイク?
あなた……アレクマールっていうの?」
「ああ〜……そういえば、そんな名前を付けられたような……」
名前を付けられた!? どういうこと??
ジェイクは複雑そうな顔をしながら、説明してくれた。
その説明を聞いて、私なりの解釈がこうだ。
この小説の中では、侯爵や子爵の前に付けるのは領地の名前ではなく、その家の姓だった。
コーディアス侯爵やドグラス子爵も姓だし、卿や閣下と呼ぶ時には名前だったりもしてる。
それはこの作者なりにわかりやすくする設定なのかもしれないけど、ここにきて大変なことが……。
この小説の中、平民には姓がないってこと。
まぁ実際、ジェイクが貴族になるなんて話はなかったし。
作者も考えていなかったのね。
ということで、ジェイクに領土を譲渡する際、新しい姓がつけられたらしい。
そして、本人も今さっきまでそれを忘れていた……と。
「ジェイク・アレクマール……」
私とイクスがそう呟くと、ジェイクは少し恥ずかしそうな顔をした。
「やめてよ。僕だってまだ慣れてないし」
そんなジェイクに対して、イクスがすぐに反応する。
「何をそんなに恥ずかしがっているのですか。
もっと堂々としてください、アレクマール子爵」
「……騎士くん、絶対おもしろがってるだろ」
「まさか。そんなことないですよ、アレクマール子爵」
真面目な顔でアレクマール子爵を連呼するイクスと、気恥ずかしそうなジェイク。
2人のいつもの言い合いが始まり、ワムルはあわあわしながらその様子を見ている。
「ワムル、気にしないで。この2人はいつもこうなのよ」
「そ、そうなんですか……?」
着いて早速この状態か。
このグリモールでの生活、大丈夫?
そんな小さな不安を抱えつつも、2人の言い合いが終わるのをワムルと黙って見守っていた。