5 ジェイク視点
しばらくの間、情報屋の仕事をマリに任せて、僕は子爵としてグリモールに行くことになった。
今は引き継ぎ確認のために、未解決の書類をまとめている最中だ。
まったく、氷の侯爵……エリック様も強引だよね!
あんなに突然、当たり前のように言ってくるんだもんなぁ〜。
ビックリしちゃうよね、ほんと。
貴族の仕事なんてつまらなそうだし興味もないけど、密輸をして経理管理者を監禁していた、ガタ落ち領地のグリモールとなると……少しおもしろそうだ。
ここからどこまで立て直せるのか、見てみたいという気持ちもある。
それにリディが一緒に行くとなったら、もう断る理由はないじゃないか。
僕がここ最近で1番お気に入りの『興味対象』……それがリディだ。
彼女と初めて会ったフェスティバルのあと、僕は『リディア・コーディアス』について調べた。
出てくる彼女の話は、どれもワガママ、性格悪い、ブラコン、頭が悪いといった内容ばかりで、過去の武勇伝なんてとても侯爵令嬢とは思えないようなものばかりだった。
フェスティバルの時には感じなかったが、家から追放されるかもしれないと考えているくらいだから事実なのだろう。
女ってのは裏の顔があるというからね!
でも、彼女と会うたびにその情報が正しいのか混乱させられた。
狙って護衛騎士にしたはずの男が、明らかに自分に好意があるというのに気づいていないのはおかしくない?
話に聞いていた彼女なら、すぐにそういった関係になっていても不思議じゃない。
なのに、僕が見た限りでは完全に騎士くんの片想いだ。
さらに不思議なのは、自分を大事にしている兄や婚約者の皇子にワガママを言っている様子もない。
元々ワガママな女が、あんなにも自分に向けられた好意を利用しないなんてことあるのか?
突然、見た目だけでなく性格が変わった……という噂は本当のようだが、そもそもなんで急に変わったんだ?
性格が変わったというより、まるで別人になったみたいだ。
今までの自分の行動を反省して心から変わったのか。
変わったフリして、内心ほくそ笑んでいるのか。
いつかまた、元の彼女に戻るのか?
そんなことを考えると、ゾワゾワッと身震いしてしまう。
おもしろい!
こんなおもしろい令嬢、なかなか見れないぞ。
ずっと見てても、一緒にいても飽きない、興味深い美少女。
リディといると楽しくてワクワクしてくるよ。
*
エリック様との打ち合わせの後、夕食に誘ってもらえた僕はエリック様、カイザ様、リディと一緒に食事を楽しんでいた。
騎士くんはあとで他の騎士達と食べるらしく、この時間はリディの後ろについて立っている。
護衛騎士とは大変な仕事だとは思うけど、彼にとっては幸せなことなんだろう。
純粋で一途な騎士くんを、つい応援したくなる。
僕はそこまで1人の女を好きになることはないと思うけどね!
めんどくさそうだし。
その日王宮に行ってきたらしいリディは、皇子との婚約を解消してきたと報告していた。
そう報告するリディの後ろでは、この場で誰よりも喜んでいるであろう騎士くんがニヤけ顔を隠せずにいる。
あーーあ、あんなに嬉しそうな顔しちゃって。
クールなくせに、意外とわかりやすいよね、彼。
僕の温かい視線に気づいた騎士くんが、プイッと顔をそらす。
それにしても、皇子との婚約を解消したのか……。
騎士くんと何かあるわけでもなさそうだし、あれだけ一途に想ってくれる可愛い皇子を断って、王宮に入るのを拒むとは……やっぱり『リディア・コーディアス』らしくない。
僕の調べた彼女なら、王宮で贅沢な暮らしを選ぶはずだ。
たとえ、そこに皇子への愛情がなかったとしても。
というか、よくあの皇子がリディとの婚約解消を許したなぁ。
そっちの方が信じられないよ。
そう思ったが、どうやら皇子にはまだ伝えられていないらしい。
「陛下が、時期をみて話すって言ってました」
リディがそう言うと、僕らはみんなで顔を合わせた。
皇子のことをよくわかってるので、みんな背筋に寒気を感じているような顔をしている。
カイザ様がボソッと呟くと、すぐに騎士くんも続いた。
「あの皇子にそんな話ができる時期なんて、絶対こねぇだろ」
「そうですね。納得するはずないですから」
「暴れて王宮を破壊しちゃうかもね〜」
僕もそれに続く。
冗談半分、本気半分のセリフだったが、否定したのはリディだけだった。
「まさか、そんな……。
ルイード様は、いざとなったら私の意思を尊重してくれる方ですよ」
うーーん。それはどうだろうね?
リディとの婚約に関してだけは、譲らないんじゃないかなぁ?
せっかく婚約解消しても、それを知られたらすぐに何か動き出すような男だと思うけどなぁ……って、それってやばくない?
騎士くんの恋のチャンスがなくなっちゃうじゃないか。
「リディ。本当に王宮に嫁ぎたくないのなら、早く新しい相手を探したほうがいいと思うよ!
またすぐに婚約させられるかもしれないからね!」
そう忠告したが、兄達がそれを止めに入ってくる。
無理に相手を見つける必要はない、15歳のガキだからすぐに探す必要はない……だそうだ。
まったく!
妹が大事なのはわかるけど、皇子にバレるまでのタイムリミットがあるってこと、わかってないのかな!?
それに、一途でいい男ならすぐ近くにいるじゃないか。
元々気に入っていた騎士くんなら、リディだって嬉しいだろう?
これは、本人に言わせるしかないか……。
「リディだって、恋したいんじゃないかい?」
「え!?」
突然話を振られて驚いたのか、リディは目を丸くして僕を見た。
何故か顔がどんどん赤くなっていく。
「そっ……それは、あの、ま、まぁできるなら……してみたい……けど」
恥ずかしそうにうつむきながら、小さな声でそう言う彼女。
思わず、僕までドキッとしてしまうほどの可愛さだ。
こんな彼女を見たなら、大抵の男は落ちてしまうだろう。
兄達や騎士くんも同じことを考えているのか、複雑そうな顔をしている。
「ほら! こんなに可愛いんだから、すぐに相手ができてもおかしくないよ。
変な男に狙われる前に、ちゃんとした相手を見つけた方がいいんじゃないかい?」
僕の提案に、兄達は納得しているようだ。
そうそう。そこで早く騎士くんの存在に気づいてくれれば……。
ああ、僕ってなんて優しいんだろう。
騎士くんには感謝してもらわないとね!
そんなことを考えていると、突然リディが疑いの目で僕に問いかけてきた。
「ジェイク、何を企んでいるの?」
「えっ」
あれ、僕がリディと騎士くんをくっつけさせようとしてるの、バレちゃった?
なんとか誤魔化すと、今度はカイザ様が突然テーブルを叩いて立ち上がった。
婚約者という存在がいなくなったリディは男に狙われやすい……ってことに、やっと気づいてくれたらしい。
そこですぐに騎士くんの存在にも気づいてほしいところだけど、何故かカイザ様は険しい顔で僕を凝視している。
「な、何?」
なんだろう……なんか、嫌な予感がするんだけど。
「そうだ! お前が婚約者のフリすればいいじゃねーか!」
「はい?」
「ジェイクが婚約者だと周りに言っておけば、変な男も寄ってこないだろ!」
さも名案が浮かんだとでも言いたげな顔だ。
そこに気づいてくれたのは嬉しいんだけど、そこは僕じゃなくて騎士くんでしょ!?
ああ、ほら。騎士くんが真っ青な顔になってるじゃないか。
「いやいや。だったら僕よりも騎士くんの方が……」
「皇子との婚約解消したばかりで、すぐ新しい婚約者がいるのはおかしいだろ」
僕の言葉を遮って、エリック様が割り込んでくる。
「いえ、だからね、僕じゃなくて騎士く……」
「だったら、ただの恋人ってことにすればいいんじゃねーか?」
「いや。あの……」
「まぁ、それなら。いい案かもしれないな」
もーー、お願いだから、僕の話を聞いてくれるかな!?
この兄弟、人の話全ッ然聞いてくれないんですけど!
横目でリディと騎士くんを見ると、2人も困惑しているのがよくわかる。
騎士くんなんて、口を出したいのを必死に抑えてる感じだ。
どうしたものかと思っていると、エリック様が僕とリディに向かって堂々と発言した。
「と、いうことで、グリモールにいる間、お前達は恋人のフリをするんだ」
「え、ええぇ……!?」
僕とリディの弱々しい声が重なる。
有無を言わさぬそのエリック様の態度に、僕達は反論できなかった。
なんで、こうなっちゃうわけ?
僕はただ騎士くんを応援しようとしただけなのに……これじゃ、逆に邪魔してるじゃないか。
部屋から静かに出ていこうとしている騎士くんを追って、一緒に廊下に出た。
「あ、あの……騎士くん? 怒ってるかい?」
「……なんで俺が怒るんだ?」
そう言って振り向いた彼は、今にも僕を刺しそうなほど憎々しそうな目を向けてきた。
わあ〜。めちゃくちゃ怒ってるね!
剣に手を触れてるんですけど! こわいこわい。
「いやぁ……リディの恋人役、君のがいいんじゃないかと……」
「エリック様とカイザ様が決めたことなんだから、おとなしく従えよ」
それだけ言うなり、彼はプイッと背を向けて行ってしまった。
まるで自分自身に言った言葉みたいだ。
うーーーーん。
今までの彼なら、もっと僕を罵倒してもおかしくないのに。
……想像以上に、彼は落ち込んでいるのかもしれないなぁ……。
「ジェイク」
「わっ! リディ!」
気づくと、すぐ後ろにリディが立っていた。
身体を少しモジモジさせて、どこか元気がなさそうに見える。
「ビックリした〜! どうしたんだい?」
「あの、ジェイク……」
「ん?」
なんだ?
いつもハキハキと喋るのに、こんなに言いにくそうにしてるリディは初めて見る。
「あの、私と恋人のフリするのが嫌なら……断っていいのよ?」
「へ!?」
そう言うと、リディは不安そうな顔で僕を見つめた。
垂れ下がった眉毛に、少し潤った大きな瞳。キュッと閉じた小さな口。僕の答えを、上目遣いで見つめながら待っている。
あーー、こんな顔で見つめられたら、コロッと落ちる男が何人いることやら……。
僕は彼女の頭を優しく撫でた。
きちんとした返事もせずに、部屋から出た僕の行動が彼女を不安にさせてしまったのなら、安心させてあげたい。
「嫌だなんて思っていないよ。
僕が君の害虫除けになるのなら、喜んで協力するとも!」
「が、害虫……?」
「そうさ! 男はみんな害虫さ!」
そう言うと、リディが突然笑い出した。
口元を手で押さえて、肩を震わせて笑っている。
「お、男は狼だって言葉は……聞いたことあるけど……が、害虫って……ふふふ」
「男は害虫で、狼で、獣で、単純バカなのさ!」
「あははっ……ひどい言われようね……ふふ」
目の前で笑う彼女を見ていると、不思議と心が温かくなる。
もっと笑わせたくなるし、もっとその笑顔を見ていたくなる。
騎士くんには悪いけど、リディを守るためだし……恋人のフリ、引き受けようか。
僕も彼女ににっこりと微笑むと、また先ほどの部屋に戻っていった。